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番外編

レオンルートtrueエンド

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「ご機嫌よう、セシリス・フローチェですわ」

にこりと微笑んだ5歳の少女はあまりにも眩しくて、7歳の僕は聞かれるまで名前すら名乗れなかった。


その頃のフローチェ公爵家は、僕の家であるネストル伯爵家と一緒に悪い人を追っていると聞いていて。
だからこそ、もちろん使用人はいるものの一人になってしまうセシリス様の遊び相手として僕が抜擢されたと聞いた。


公爵家の令嬢であるセシリス様は誰からも愛されとても可愛がられていたし、それが当たり前だと思えるほど本当に愛らしくて。
伯爵家の三男である僕なんかが側にいていいのだろうかと思うほどなのだが、そんな事を気にしていないセシリス様は無邪気に僕の手を取って庭園を走り出す。

「あ、危ないですよっ」
「だいじょぶだわっ、トゲは抜いてくれたのですわっ」

無理やり貴族令嬢らしい話し方をしているのか、まだ幼さゆえの舌足らず感が残っているからなのか少し違和感のあるその言葉遣いすらも可愛くて。

“僕のお仕事は、このお姫様の遊び相手になることなんだぞ”
なんて自分に言い聞かせていた。


彼女は庭園を走るのが大好きで、よくお気に入りのぬいぐるみを抱き締めながら庭を走っていた。

“刺、本当に全部ない⋯”
チラリと確認して驚く。

なぜならここは数えきれないほどの薔薇に囲まれていて、その薔薇の刺を全て外すだなんてあまりにも途方なく現実離れしていてーー⋯


そして、それらの努力は無邪気に走り回る彼女が怪我をしないようにという使用人達の配慮からで。

「本当に愛されてるんだな」
思わずそう呟いてしまうくらいだった。


貴族であれば三男である僕はハズレである。
長男が家を継ぎ、次男がそのスペアであり補助。
しかし三男ともなれば家を継げる可能性は限りなく低く、政略結婚の相手すらもままならないのが普通。
しかしネストル伯爵家は代々騎士の家系ということもあり、ハズレである三男にも『騎士』という明確な道が示されていた。

そんな家で育ったからか、幼い僕は騎士という仕事を理解する前から『お姫様』という守るべき主君に憧れがあって。


“セシリス様が、僕のお姫様になってくれたらいいのに”

なんて願わずにはいられなかった。


そんな無邪気で天真爛漫、使用人だけでなく一瞬で僕の心を鷲掴んだ彼女にねだられたら叶えたくなるのが男というもので。


「ねぇっ!レオンさま、今日は秘密の場所に行きたいんですのよっ」
「秘密の場所、ですか?」
「でも、セシリス一人では行けなくてですの。だからレオンさまに連れてって欲しいのだわ!」


相変わらずのめちゃくちゃなお嬢様言葉が愛おしく、僕はくすりと笑いながらすぐに頷いた。


「はい、セシリス様」

本物の騎士になったように彼女の前に跪き、握った右手を胸にあてる。

“本当にセシリス様の騎士になったみたいだな”
なんて。

愚かな僕はその話の“危険”に気付けなかったのだ。

子供二人で“秘密の場所”に行くということは。
敵からしたら絶好の機会であるということにーー⋯



「すごい、こんなところに抜け道なんてあったんだ⋯」
「わたくしが見つけましたのよ!」
どや顔をこちらに向けたセシリス様に、自然と笑みが溢れる。

そこは公爵家の庭園から外れた場所で、5歳の少女には少し高い塀を登らないといけないが、登った先には少し古い小屋のような建物があった。

彼女に言われるがまま抱き上げ塀を登らせた僕もすぐに塀によじ登り、目の前に広がった光景にわくわくして。


“すごい、まるで冒険に出たみたいだ!”

気を取られていた僕は、近くにあった気配に気付けなかったのだ。



「きゃぁぁあ!」

突然響いた叫び声にハッとした時にはもう遅く、無理やりセシリス様を抱えた男達が目の前にあった小屋に入った。


まるで冒険の一歩を進んだかのような小屋。
そのわくわくが詰まったはずの小屋は一瞬で牢屋に変わり、無情にも僕と彼女を引き裂いた。


「なぁ、女の子だけって話だろ?このひっついてきたボウズはどうする?」
「見られてるしな、殺せ」

冷たく言い放たれた言葉が僕の耳に届くと同時に、僕は声とは反対方向に飛び避ける。

「すばしっこいな⋯」
「んだよ、これだからガキは」


相手から目を離さないようにしながら気配を探る。
離れた場所とは言えここはまだ公爵家の敷地内だ。
先程の彼女の叫びを聞いた使用人が必ず来るーー⋯

「少しでも時間を稼がないと⋯」

“今の僕ではそれしか彼女を守れない⋯!”


目撃者を殺すつもりならば、こちらとしては上々。
僕が“死ぬまで”時間を稼ぐことが出来るから、だ。


“男が6⋯、いや、セシリス様のところにも2人はいるはず”

騎士の家系ということもあり、既に剣術を学んでいたことに感謝し、それと同時にまだ習得しきれていない事に苛立ちを覚える。

“今の僕では倒せない”


倒せない、しかし逃げるなんてあり得ない。
ならば全て避ける、そう考えた僕を、いとも簡単に彼らの蹴りが腹部に入った。

「ーーーッ、ぅえ⋯っ」
「ばっかお前、吐いちまっただろ汚ねぇな。ちゃんとほら、ナイフで裂けよ」
「刺す、じゃなくて裂けってところがアンタのやべぇとこだな」

あはは、と大声で笑いながらそんな会話をする男達。


ーー敵わない。


ーー殺される。



「出して!こんなところいたくない⋯っ」



ーー誰が、殺される⋯?


「助けて、レオ⋯っ」

その時に聞こえたのは、小屋の中で叫ぶ彼女の声だけだった。


“今の僕では、敵わないから”

「うわぁぁあ!!」

わざとなるべく大声を張り上げる。
彼女の使用人達がこの声を頼りに真っ直ぐここへ到着する事を願いながら。


「ははっ、ヤケになったのかぁ?」
なんてニヤニヤ笑う男へ真っ直ぐ走り、寸前で方向を変えて閉じられた小屋のドアに体当たりをした。

思ったよりも劣化していたのか、ドアが開き部屋に転がるように入る。
そこには何を引き換えにしても助けたい彼女が泣いていて。

“あぁ、泣かないで僕のお姫様⋯”

僕の唯一のヒロインである彼女の無事に少し安堵した。
それでも何も状況は好転してはいない訳で。


「手を!!」

彼女に手を伸ばす。

“セシリス様の盾になりながら、せめてあの塀の向こうに行ければ⋯!”

向かってきているはずの使用人に、彼女を預けられれば⋯


「だめっ、レオ!!!」
「え?」

必死に考えを巡らせていた僕は、既に背中にナイフが刺さっている事に何故か気付けなくて。


ぼんやりと、どうして彼女の手まで届かないんだろう、なんて考えていた。

「こいつ、いらんことしやがって!」

腹いせなのか何度も体を蹴られる。
その拍子に刺さったままだったナイフが抜け、熱い血の水溜まりに僕は横になっていて。


“熱いのに、体は寒いーー⋯”

なんでだろう、なんて考えながら、それでもただひたすら彼女に向かって手を伸ばし⋯

そこで僕の意識は途切れた。




次に目を覚ましたのは、フローチェ公爵家ではなくネストル伯爵家で。

「ここは⋯」
「目を覚ましたのか、レオン!」

沢山の人に囲まれていた僕は、まだ覚醒していない頭で人々の顔を確認して。


「っ、フローチェ公爵様っ!」

彼女の父親に気付き起き上がろうとする。

「君は5日も眠っていたんだ、そのまま横になっていなさい」

静かにそう言われ、そのまま上半身を再びベッドに沈めた僕は、それでも公爵様から目が離せなくて。


「セシリスは、無事だよ」
「!!」

求めていたその一言を貰い、僕は恥ずかしながらわぁわぁと泣いてしまった。


そんな僕を、悲しそうに見た公爵様と両親。


「まず、我が娘を守ろうとしてくれてありがとう。君は立派な騎士だった」

誉められているはずの言葉がひどく沈んだ声色のせいで僕の不安は掻き立てられて。


「だけど、すまない。もう娘には会わせられない」
「え⋯?」

言われた意味がわからず呆然とする。
そんな僕を慰めるように手を握って下さった公爵様は、説明をしてくれた。


「セシリスが、記憶を失ったんだ」
「き、おく⋯?」
「君の事も覚えていない。拐われた事も、君が倒れた事も怖かったんだろう」
「⋯⋯」

小さくため息を吐いた公爵様につられ、俯いたぼくの視界は揺らめいていて。

「君には感謝している。あの時すぐに連れ去られていたら間に合わなかったのを、君が体を張って時間を稼いでくれたからこそ我がフローチェ騎士団が間に合ったんだ」
「いえ⋯僕は⋯」
「だからこそ本当にすまないと思っているんだが、娘が⋯笑っているんだ」
「笑う⋯?」
「拐われた事を忘れているからこそ、いつもと同じ笑顔で無邪気に過ごしている。親として、出来ればこのまま過ごさせてやりたいんだ」
「⋯はい、わかっています。僕と会って思い出してはいけませんから⋯」

その後も公爵様は何か話していた気がするが、僕の耳にはもう届かなくて。


“僕が、彼女を守れるくらい強ければ”

“僕が、本物の騎士だったなら⋯”



騎士の家系だから、ではなく。
今度こそ守れるように。

ただそれだけを願って、もう会えないかもしれない僕のヒロインを想いながら今日も訓練をする。



「もう、あんな事には絶対にさせないー⋯」

そう僕は決意した。

それでも毎晩のように泣いてる彼女が目の前に現れ僕の未熟さを責めてー⋯


“違う、責めているのは彼女ではなく僕自身ーー”





「ーーーっ、は、はぁ、はぁ⋯」

セリと再び出会ったおかげかあまり見なくなった昔の夢。
あの時の彼女の泣き顔が今も目にこびりついてー⋯



「ん、⋯んん」

ハッとして隣を見ると、突然僕が起き上がったせいで上掛けが捲れ、肌が露出してしまったセリが寝ていた。

「あ⋯、っと」

慌てて彼女の肩までしっかりと上掛けをかぶせ、僕も再び横になる。

“さっきまで泣き顔が目の前にあったはずなのに”

夢では泣いていた彼女が、今僕の隣で穏やかな寝息をたてていて。

「今度こそ必ず僕が守りますから⋯」



あの時届かなかった手が、今ではいつでも届く距離にあるこの幸せに、僕はまた泣きたくなるのだった。
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