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イリダルルート

32.予言書に書かれている事は、絶対!

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「それは、公女に毒を売った人間を知っている⋯という事かな?」

冷ややかな視線でそう陛下に聞かれ思わず生唾を呑む。

「ーーいいえ。『イリダル殿下』に毒をお渡しした人間を知っています」

私がそう発言すると同時にその場にいた人々がざわつき、陛下から向けられる視線が一層冷たくなった。

“そりゃそうよね⋯私の今の発言は、イリダル殿下こそが毒殺を目論んだ真犯人だと言っているようなものだもの”

ちらりとイリダル殿下の様子を窺うが、イリダル殿下の表情はただ張り付けたような微笑みで固定されている。
光のない瞳が、その表情がひたすら不気味に思え私の背筋はゾクリと震えた。


意外にも先に話し出したのはイリダル殿下の護衛騎士で。

「それでは、殿下がご自身も飲む可能性のあるお茶に一口で致死するほどの猛毒を仕込まれたと⋯そう仰るんですか?」

その質問に、私は首を左右にゆっくりと振る。


“予言書に書かれていた、自作自演で死んでしまった悪役令嬢ー⋯”


一口で致死に至る毒を、なぜ飲んだのかが不思議だった。
死ぬことこそが復讐だと、だからなのかとも考えたがー⋯

“予言書の中のセシリスは、間違いなく今と違う選択肢を選んだ私自身だわ”

そしてだからこそ、わかる。
私なら、もし私が毒を選ぶなら⋯


「致死するほどの猛毒を選ぶ⋯?あり得ませんわ」

断言する私の言葉を聞き、イリダル殿下の眉がピクリと動く。
その些細な変化に背中を押され、私は話を続けた。

「あの毒はイリダル殿下が持ち込まれました。しかし、イリダル殿下は被害者であると⋯私はそう断言致します」
「毒を持ち込んだのに被害者?私達を馬鹿にー⋯」
「馬鹿になどしておりません、陛下!」

陛下のお言葉を遮るなんて不敬だと頭を過るが、そんな事は無視して私は真っ直ぐイリダル殿下を見据えた。



“悪役令嬢セシリスは騙されて飲んだのよ”

少しお腹を壊すくらいの、軽い毒。
そう信じていたからこそ毒だとわかっていて口に出来たーー⋯

“だって私なら。猛毒だとわかっていて飲むなんて怖くてきっとできないもの”


そして“悪役”が騙されていたのだとしたら。
“悪役という配役に割り当てられてしまった殿下も、私と同じように軽い毒だと思い込んでいた可能性が高い”


それは何一つ確証のない、しかし自分だからこそわかる推測という事実だった。


「イリダル殿下、あの毒は殿下が持ち込まれたものですね?」
「⋯⋯⋯。」
「軽い毒⋯、いいえもしかしたら毒だとすら知らずにいたのではないでしょうか?」
「⋯⋯⋯。」
「殿下にその毒を渡したのは、ゾーイ伯爵ですね?」
「⋯⋯⋯。」
「ゾーイ伯爵家といえば、第二王子であるヴァレリー殿下の派閥⋯」
「お兄様は関係ない!」


ビリビリと響くような鋭い声で怒鳴られ一瞬怯む。
ずっと無言を貫いていたイリダル殿下のその発言は、私の推測を肯定したも同義だった。


「⋯イリダル、お前が本当に毒を?」
「陛下、その⋯ボクは⋯っ、ボクはただ⋯」
「ーー陛下、これは暗殺未遂です」

私がハッキリそう告げると、ざわついていたその場が一気に静まり返った。


「⋯イリダルが狙ったのは王太子の婚約者か、それとも公女ー⋯」
「では、ありません!!」
「ーーーは?」

より一層声を大きくした私に、苦虫を噛み潰したような表情をしていた陛下の両目が一気に開かれる。
その横に立っていたイリダル殿下も、私のその発言にポカンとしていた。


“ここから、ここからよ⋯!”

「ーー陛下、改めて発言致します。これはイリダル殿下の暗殺未遂ですわ」
「は?」

その発言に誰よりも驚き声をあげたのはイリダル殿下本人だった。

「あの毒の入ったお茶を飲む予定だったのは私でも、アリスでもありません。イリダル殿下本人ですよね?」
「そ、れは⋯」
「私か、アリスか⋯それとも両方か。嫌がらせを受けたという風に装うつもりだったのでは?」


あたかも名探偵になったかのように私は話続ける。
“ーーまぁ、予言書に書いてあったことから推測しただけでカンニングみたいなものなのだけれども⋯”

今大切なのは私が本物の名探偵か偽物の名探偵かという事ではないのでそこはスルーした。


「イリダル殿下、教えてください。殿下が飲むはずだったのは、本当にあんなに強い毒だったんでしょうか?」

しかしイリダル殿下は私から視線を外しただけで肯定も否定もしてくれない。


“やっぱりゾーイ伯爵家が第二王子派というのが引っ掛かってるのね”


それは簡単な推測だった。
王太子がもう定められているとはいえ、それでも王位継承権のある第三王子が消えて喜ぶのは他でもない第二王子だからだ。

“極度のブラコンを患ってるイリダル殿下が、ヴァレリー殿下に少しでもマイナスになる事を発言するはずないわよね⋯”

はぁ、と周りに気付かれないように小さくため息を吐く。


“なんとかイリダル殿下に認めて貰わないと、真犯人の話まで辿り着かないのにどうしようかしら⋯”

なんとかイリダル殿下が頷いてくれるよう説得しなくては、とあの時の事を思い返すがいい案は浮かばなくてー⋯


「ーーーイリダル殿下、いいんですか?」
「は、なに⋯?」
「このままだったら、ヴァレリー殿下に嫌われますよ」

それはほぼ口から出任せの適当な一言だったのだが。

「えっ!?」
「だってヴァレリー殿下の大事な大事な婚約者を嵌めようとしたんですもの」
「な、違⋯っ!ボクはそんなつもりじゃ!」

“あら?効果があるわね?”
そういえばストーカーを撃退するには『嫌いになりますよ』という一言が効果的だと誰かが言っていたなと思い出す。

“イリダル殿下にとって一番嫌なのはヴァレリー殿下に嫌われる事なのね”
ふむ、と考え込んだ私はひたすらそこを強調するしかないとそう思い⋯

「でも猛毒でしたよね」
「そんなはずはなかったんだ!」
「ヴァレリー殿下怒るだろうなぁ⋯嫌いになっちゃうだろうなぁ⋯」
「え?あ、いや⋯っ、今のは⋯!」

焦るイリダル殿下に向かって思いっきり悪どく笑う。

「ヴァレリー殿下の婚約者が死ねばまた殿下だけのお兄ちゃんになってくれるとでも?」
「そんなこと⋯っ!」
「ありますよ!」
「えっ、あるの!?」
「えぇ、だってイリダル殿下が大事に想うように、ヴァレリー殿下も弟を大切に想っているはずですから」

はぁ!?と反応する陛下とイリダル殿下。
ぶっちゃけ王子達の兄弟愛のレベルなんて知らないが、こんなの言ったもの勝ちである。

「今回ヴァレリー殿下は、大切な人を二人も失うところでした」
「え⋯」
「たまたま私が投獄されたから未遂で終わりましたが、もしあの毒を殿下が飲んでいたら⋯?」
「ボクは、死んでいた⋯」
「そしてお茶を入れたアリスに嫌疑がかかったでしょう」
「それは⋯」

畳み掛けるように言いくるめにかかる。
私が欲しいのは一言だけ。

「大切な弟と、大好きな婚約者。二人を一度に失うその理由を作ったのは、猛毒を売ったゾーイ伯爵ですね?」
「⋯あぁ、そうだ。ゾーイ伯爵から買った」

“!!!”

欲しかった一言を貰った私は「レオ!」と大きく呼ぶ。

「はい、セリ」

さっと現れたレオから私は書類を受け取った。


「イリダル殿下、これはヴァレリー殿下のプラスになる話です」

効果があるかはわからないが、私はそう前置きし話し出した。

「陛下、ここに今回の暗殺未遂の証拠としてこの契約書を提出致します」

それは、予言書のスチルを見直して気付き、レオに頼んで探して貰っていた書類だった。

「契約書?」
「えぇ、第二王子派のゾーイ伯爵が今回の真犯人ではありません」
「え⋯?」
「今回の真犯人は、ゾーイ伯爵を使って猛毒を手配したブルゾ侯爵です」
「え、ブルゾ侯爵?」

完全にゾーイ伯爵が毒を手配した犯人だと思っていたその場がざわつく。

“そりゃそうよね、完全にゾーイ伯爵が犯人の流れだったし⋯”



イリダルルートのように腐っても公爵令嬢であるセシリスがイリダル殿下と結婚したら、後ろ盾としてとても強力で。
そしてセシリスが死にイリダル殿下の婚約者がただのメイドになれば、殿下は後ろ盾を失うだけでなく王家の血筋に庶民の血を混ぜる事になる。
それは第三王子派にとってはかなりの痛手で、第二王子派にとっては願ってもない出来事。

だからこそセシリスが飲む毒を用意したのはこれ以上イリダル殿下が力を持っては困る第二王子派と考えれば辻褄が合うー⋯

の、だが。
私はセシリスが死んだ後の、恐らくハッピーエンドを迎えただろうあるスチルに違和感を覚えた。


そのスチルは毒に倒れたセシリスの代わりにイリダル殿下の婚約者になったヒロインが描かれていた。
幸せそうな二人の背景に描かれていた『第二王子派の伯爵』は、何故そこにいるのかという違和感はあるものの笑顔で描かれていて。

“自分の望んだ展開になったから笑顔だった、と考えれば納得できるわ”

そしてもう一人違和感のある人物、その人こそが『ブルゾ侯爵』だった。
第三王子派の筆頭であるブルゾ侯爵も、何故か満面の笑みで描かれていたのだ。

“単純にイリダル殿下の幸せを喜んでいるのかとも思ったけど⋯”
しかし第三王子派にとって、それはイリダル殿下が王太子になる可能性を限りなく0にした瞬間でもあったのに、第三王子派の筆頭である侯爵がそこまで喜ぶのはやはり違和感があって。


「この契約書は、ブルゾ侯爵が猛毒をゾーイ伯爵に販売した時の契約書です」
「な、に⋯!?」
「ブルゾ侯爵とゾーイ伯爵はそもそもの派閥が違うせいで信頼関係が築けておりません。だからこそこうして書面で残したのでしょう」

私がそうハッキリ伝えると、突然後ろでガタンと大きな音がして。

「うわぁぁあ!」
「!?」

慌てて音の方を振り向くと、私の真後ろでレオに引き倒されたゾーイ伯爵がいた。

「安心してください、セリには指一本触れさせませんから」
「レオ⋯」

その頼もしい婚約者の表情に安堵した私は再び陛下とイリダル殿下の方へ向き直る。


“ブルゾ侯爵が何故派閥を乗り換えるような事をしたのかはわからないけれど”

私は予言書に描かれていたスチルを思い出しながらハッキリと伝えた。


「イリダル殿下、私はゾーイ伯爵を使って殿下を陥れようとしたブルゾ侯爵こそが真犯人だと考えています」

“でも、真犯人がいたからと言ってあの瞬間私が毒に気付けた理由は証明出来ないわ”

だからこそ私の嫌疑は、投獄を命じ毒を持ち込んだイリダル殿下にしか晴らせない。

そしてスチルに描かれていたイリダル殿下は、どの表情も慈しみを持っていたから。
“本当のイリダル殿下はきっと、無差別に相手を貶めるような人ではないはずだからー⋯”


「大切な人を守るためにも。教えてください、今回の事件はー⋯」
「あぁ、ボクの間違いだった。セシリス・フローチェ公爵令嬢はただボク達を助けようとしてくれただけだ」
「っ!」


決して大声ではなかったが、イリダル殿下のそのハッキリとした声色はその場にしっかりと響き渡る。
そして私の無罪が証明されたと言うことは私の発言した内容が真実だと認められたと言うことでー⋯


「今騎士に取り押さえられているゾーイ伯爵はもちろん、ブルゾ侯爵にも聞きたいことが出来てしまったようだな。⋯取り押さえろ」
「ハッ!」

陛下のその一言で駆け出した騎士は、あっという間にブルゾ侯爵も取り囲む。

“抵抗とかはしないのね⋯”


あまりにも呆気ない終わりを私はただ呆然として眺めていた。


「やっと⋯帰れるのね」

拘束それていたのは実質たったの5日ではあったけれども、思ったよりも疲弊していると気付く。
やっと家に戻れるのだと、私はぼんやりと考え心の底から安堵したのだった。
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