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最終章:その寵愛、真実につき
24.同業他社
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「あの扇を持っていたのって、前にこんちゃんが言ってた犬神の人……だよね」
「羽団扇のことだね。あいつは乾瑞季、犬神の家の次男だよ」
“やっぱり……!”
ハスキー犬のような色味の耳と尻尾。
こんちゃんから犬神のことを聞いていなければ犬ではなく狼だと思っていただろうその男性は、影で私たちに危害を加えようとした。
そんな悪意のある相手が烏天狗の家宝を所持しているというのは恐怖であり脅威。
一仰ぎするだけであれほどの威力のある風を起こせるものが奪われたと思うと、それだけで不安に感じた――の、だが。
「羽団扇は問題ないよ。そもそも羽団扇は烏天狗たちの神通力を増強させる代物だから、神通力のない犬神には使えない」
あっさりと断言されてぽかんとする。
「でも、あの時確かに団扇を使ってたよね?」
「残っていた神通力で風が起こっただけだよ、現にあいつが使った時の威力はまだ幼い楓ちゃんが使った時より弱かったでしょ?」
“そう言われればそうだった、かも?”
言われて思わず首を傾げた私だが、確かにその乾さんが使った時は楓ちゃんが使った時とは違い木を根っこから薙ぎ倒すほどの威力はなっかた。
「そもそも当主の羽を使った団扇だからこそそれなりの威力はまだ残っていたみたいだけど、神通力の補充が出来ない以上今頃はただの団扇でしかないはずだ。もしかしたらもう捨てられてるかもね」
「なっ!」
「まぁ家宝ではあるけど、作り直せないものでもないし。楓ちゃんが当主を継ぐ頃にはその羽で新しい羽団扇を作ってるんじゃないかな」
「そういうもの、なんだ……」
家宝というくらいだから取り返すために抗争でも起きるのではと内心ひやひやしていただけに、その説明に思わず感度のため息を吐いてしまう。
だがこんちゃんのこの説明を聞く限りは、やはり楓ちゃんのお父さんが言っていた通り『家宝は子供』という言葉が本心だったということだろう。
そしてその事実に私は少し嬉しくなった。
「でも、だったらなんであんな火種になりそうなことをしたんだろう」
当然のように羽団扇のことを説明してくれたことを考えると、きっとそれなりに知られている話なのだろう。
ならば犬神の家の次男である彼が知らなかったとは考えにくかった。
「ま、妖狐への嫌がらせみたいなもんかな」
「嫌がらせにしてはタチが悪すぎるよ! だって」
思わずカッとなって声を荒げた私は、こんちゃんの腹部へと視線を向け、ぎゅっと両手を自身の膝の上で握る。
私を庇い木の下敷きになったこんちゃんの肋骨にはヒビが入ってしまったのだ。
“私のせいで……”
助けてくれた感謝と、怪我をさせてしまった罪悪感に項垂れた私の頭を、まるで励ますようにこんちゃんがそっと撫でてくれる。
「同業他社って言ったでしょ。元々俺が狙われてたんだ、むしろゆっこは巻き込まれただけ。だからそんなに悲しい顔をしないで?」
「こんちゃん」
ふわりと微笑むその表情にはいつものからかいを含むような色はなく、落ち込む私の心を心配してくれたものだと感じ胸が熱くなる。
ただの仮初めの恋人である私に、どうしてこんなに優しくしてくれるのかがわからない。
わかるのは、いつの間にか私の心臓が、彼と一緒にいるだけで高鳴ってしまうよになったということだけだった。
「妖狐は犬神に嫌われてるんだよね」
「?」
「妖怪の総大将であるぬらりひょん様に仕える三大妖怪が妖狐、鬼、烏天狗の一族と一般的にされてるんだけど――本当はもう一家、犬神の一族がいるんだ」
ゆっくりと私が理解できるようにひとつずつ説明してくれるこんちゃんの声を噛みしめるようにしっかりと耳を傾ける。
「武である鬼、知である烏天狗。そして操である妖狐と犬神。まぁいわば情報を集めたりその情報を操作したりすることをメインにしてるんだけどね」
「だから同業他社?」
「そ。役割が似てるせいでね。もちろん厳密に言えば妖狐は表で情報を作って動かし、犬神は裏で情報を集め消すって感じなんだけどね。同じ『情報』という得意分野は同じだけど表と裏では周りからの印象が違うからね」
どこか諦めたように教えてくれた内容に私は何も言えなかった。
きっと時代劇で見る御庭番や忍のようなことを犬神の彼らはやっているのであろう。
だが暗部の活動というものは表には出ない。
どれだけ努力し貢献しているのだとしても、外からの評価は得にくくその分表で動いている妖狐が評価される。
もちろん総大将というぬらりひょんは正当に犬神の一族も評価しているのだろうとは思うが、承認欲求というのは厄介な感情だ。
勝手に妬み、悪意を抱かせることだってあるだろう。
“こんちゃんたちは悪くないのに”
それでもそういうことは人間界でもよくあるからこそ、一方的に非難することは出来なかった。
「妖怪は良くも悪くも不干渉だからね。仲間同士でも拗れるときは拗れるし、これで妖狐が潰れたら妖狐のポジションに犬神が入るか、もしくは新しい妖怪が入ることになる。それを別に悪とは思わないところが人間とは違うかもね」
「……それでも、悲しいね」
強い種族が支える。それは当たり前のことだとわかっているが、あれほど仲が良く見えた鬼さんとも小さなきっかけで敵対する可能性があるとも取れる。
“こんちゃんのために何かできることがあれば……”
みんなで仲良く、というのが理想だがただの人間である私には出来ることはなく、私はこっちへ迷い込んで知り合った大切なみんなが傷つけあわないでいいことを心の中で願うしかできなかった。
「羽団扇のことだね。あいつは乾瑞季、犬神の家の次男だよ」
“やっぱり……!”
ハスキー犬のような色味の耳と尻尾。
こんちゃんから犬神のことを聞いていなければ犬ではなく狼だと思っていただろうその男性は、影で私たちに危害を加えようとした。
そんな悪意のある相手が烏天狗の家宝を所持しているというのは恐怖であり脅威。
一仰ぎするだけであれほどの威力のある風を起こせるものが奪われたと思うと、それだけで不安に感じた――の、だが。
「羽団扇は問題ないよ。そもそも羽団扇は烏天狗たちの神通力を増強させる代物だから、神通力のない犬神には使えない」
あっさりと断言されてぽかんとする。
「でも、あの時確かに団扇を使ってたよね?」
「残っていた神通力で風が起こっただけだよ、現にあいつが使った時の威力はまだ幼い楓ちゃんが使った時より弱かったでしょ?」
“そう言われればそうだった、かも?”
言われて思わず首を傾げた私だが、確かにその乾さんが使った時は楓ちゃんが使った時とは違い木を根っこから薙ぎ倒すほどの威力はなっかた。
「そもそも当主の羽を使った団扇だからこそそれなりの威力はまだ残っていたみたいだけど、神通力の補充が出来ない以上今頃はただの団扇でしかないはずだ。もしかしたらもう捨てられてるかもね」
「なっ!」
「まぁ家宝ではあるけど、作り直せないものでもないし。楓ちゃんが当主を継ぐ頃にはその羽で新しい羽団扇を作ってるんじゃないかな」
「そういうもの、なんだ……」
家宝というくらいだから取り返すために抗争でも起きるのではと内心ひやひやしていただけに、その説明に思わず感度のため息を吐いてしまう。
だがこんちゃんのこの説明を聞く限りは、やはり楓ちゃんのお父さんが言っていた通り『家宝は子供』という言葉が本心だったということだろう。
そしてその事実に私は少し嬉しくなった。
「でも、だったらなんであんな火種になりそうなことをしたんだろう」
当然のように羽団扇のことを説明してくれたことを考えると、きっとそれなりに知られている話なのだろう。
ならば犬神の家の次男である彼が知らなかったとは考えにくかった。
「ま、妖狐への嫌がらせみたいなもんかな」
「嫌がらせにしてはタチが悪すぎるよ! だって」
思わずカッとなって声を荒げた私は、こんちゃんの腹部へと視線を向け、ぎゅっと両手を自身の膝の上で握る。
私を庇い木の下敷きになったこんちゃんの肋骨にはヒビが入ってしまったのだ。
“私のせいで……”
助けてくれた感謝と、怪我をさせてしまった罪悪感に項垂れた私の頭を、まるで励ますようにこんちゃんがそっと撫でてくれる。
「同業他社って言ったでしょ。元々俺が狙われてたんだ、むしろゆっこは巻き込まれただけ。だからそんなに悲しい顔をしないで?」
「こんちゃん」
ふわりと微笑むその表情にはいつものからかいを含むような色はなく、落ち込む私の心を心配してくれたものだと感じ胸が熱くなる。
ただの仮初めの恋人である私に、どうしてこんなに優しくしてくれるのかがわからない。
わかるのは、いつの間にか私の心臓が、彼と一緒にいるだけで高鳴ってしまうよになったということだけだった。
「妖狐は犬神に嫌われてるんだよね」
「?」
「妖怪の総大将であるぬらりひょん様に仕える三大妖怪が妖狐、鬼、烏天狗の一族と一般的にされてるんだけど――本当はもう一家、犬神の一族がいるんだ」
ゆっくりと私が理解できるようにひとつずつ説明してくれるこんちゃんの声を噛みしめるようにしっかりと耳を傾ける。
「武である鬼、知である烏天狗。そして操である妖狐と犬神。まぁいわば情報を集めたりその情報を操作したりすることをメインにしてるんだけどね」
「だから同業他社?」
「そ。役割が似てるせいでね。もちろん厳密に言えば妖狐は表で情報を作って動かし、犬神は裏で情報を集め消すって感じなんだけどね。同じ『情報』という得意分野は同じだけど表と裏では周りからの印象が違うからね」
どこか諦めたように教えてくれた内容に私は何も言えなかった。
きっと時代劇で見る御庭番や忍のようなことを犬神の彼らはやっているのであろう。
だが暗部の活動というものは表には出ない。
どれだけ努力し貢献しているのだとしても、外からの評価は得にくくその分表で動いている妖狐が評価される。
もちろん総大将というぬらりひょんは正当に犬神の一族も評価しているのだろうとは思うが、承認欲求というのは厄介な感情だ。
勝手に妬み、悪意を抱かせることだってあるだろう。
“こんちゃんたちは悪くないのに”
それでもそういうことは人間界でもよくあるからこそ、一方的に非難することは出来なかった。
「妖怪は良くも悪くも不干渉だからね。仲間同士でも拗れるときは拗れるし、これで妖狐が潰れたら妖狐のポジションに犬神が入るか、もしくは新しい妖怪が入ることになる。それを別に悪とは思わないところが人間とは違うかもね」
「……それでも、悲しいね」
強い種族が支える。それは当たり前のことだとわかっているが、あれほど仲が良く見えた鬼さんとも小さなきっかけで敵対する可能性があるとも取れる。
“こんちゃんのために何かできることがあれば……”
みんなで仲良く、というのが理想だがただの人間である私には出来ることはなく、私はこっちへ迷い込んで知り合った大切なみんなが傷つけあわないでいいことを心の中で願うしかできなかった。
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