25 / 31
最終章:その寵愛、真実につき
24.同業他社
しおりを挟む
「あの扇を持っていたのって、前にこんちゃんが言ってた犬神の人……だよね」
「羽団扇のことだね。あいつは乾瑞季、犬神の家の次男だよ」
“やっぱり……!”
ハスキー犬のような色味の耳と尻尾。
こんちゃんから犬神のことを聞いていなければ犬ではなく狼だと思っていただろうその男性は、影で私たちに危害を加えようとした。
そんな悪意のある相手が烏天狗の家宝を所持しているというのは恐怖であり脅威。
一仰ぎするだけであれほどの威力のある風を起こせるものが奪われたと思うと、それだけで不安に感じた――の、だが。
「羽団扇は問題ないよ。そもそも羽団扇は烏天狗たちの神通力を増強させる代物だから、神通力のない犬神には使えない」
あっさりと断言されてぽかんとする。
「でも、あの時確かに団扇を使ってたよね?」
「残っていた神通力で風が起こっただけだよ、現にあいつが使った時の威力はまだ幼い楓ちゃんが使った時より弱かったでしょ?」
“そう言われればそうだった、かも?”
言われて思わず首を傾げた私だが、確かにその乾さんが使った時は楓ちゃんが使った時とは違い木を根っこから薙ぎ倒すほどの威力はなっかた。
「そもそも当主の羽を使った団扇だからこそそれなりの威力はまだ残っていたみたいだけど、神通力の補充が出来ない以上今頃はただの団扇でしかないはずだ。もしかしたらもう捨てられてるかもね」
「なっ!」
「まぁ家宝ではあるけど、作り直せないものでもないし。楓ちゃんが当主を継ぐ頃にはその羽で新しい羽団扇を作ってるんじゃないかな」
「そういうもの、なんだ……」
家宝というくらいだから取り返すために抗争でも起きるのではと内心ひやひやしていただけに、その説明に思わず感度のため息を吐いてしまう。
だがこんちゃんのこの説明を聞く限りは、やはり楓ちゃんのお父さんが言っていた通り『家宝は子供』という言葉が本心だったということだろう。
そしてその事実に私は少し嬉しくなった。
「でも、だったらなんであんな火種になりそうなことをしたんだろう」
当然のように羽団扇のことを説明してくれたことを考えると、きっとそれなりに知られている話なのだろう。
ならば犬神の家の次男である彼が知らなかったとは考えにくかった。
「ま、妖狐への嫌がらせみたいなもんかな」
「嫌がらせにしてはタチが悪すぎるよ! だって」
思わずカッとなって声を荒げた私は、こんちゃんの腹部へと視線を向け、ぎゅっと両手を自身の膝の上で握る。
私を庇い木の下敷きになったこんちゃんの肋骨にはヒビが入ってしまったのだ。
“私のせいで……”
助けてくれた感謝と、怪我をさせてしまった罪悪感に項垂れた私の頭を、まるで励ますようにこんちゃんがそっと撫でてくれる。
「同業他社って言ったでしょ。元々俺が狙われてたんだ、むしろゆっこは巻き込まれただけ。だからそんなに悲しい顔をしないで?」
「こんちゃん」
ふわりと微笑むその表情にはいつものからかいを含むような色はなく、落ち込む私の心を心配してくれたものだと感じ胸が熱くなる。
ただの仮初めの恋人である私に、どうしてこんなに優しくしてくれるのかがわからない。
わかるのは、いつの間にか私の心臓が、彼と一緒にいるだけで高鳴ってしまうよになったということだけだった。
「妖狐は犬神に嫌われてるんだよね」
「?」
「妖怪の総大将であるぬらりひょん様に仕える三大妖怪が妖狐、鬼、烏天狗の一族と一般的にされてるんだけど――本当はもう一家、犬神の一族がいるんだ」
ゆっくりと私が理解できるようにひとつずつ説明してくれるこんちゃんの声を噛みしめるようにしっかりと耳を傾ける。
「武である鬼、知である烏天狗。そして操である妖狐と犬神。まぁいわば情報を集めたりその情報を操作したりすることをメインにしてるんだけどね」
「だから同業他社?」
「そ。役割が似てるせいでね。もちろん厳密に言えば妖狐は表で情報を作って動かし、犬神は裏で情報を集め消すって感じなんだけどね。同じ『情報』という得意分野は同じだけど表と裏では周りからの印象が違うからね」
どこか諦めたように教えてくれた内容に私は何も言えなかった。
きっと時代劇で見る御庭番や忍のようなことを犬神の彼らはやっているのであろう。
だが暗部の活動というものは表には出ない。
どれだけ努力し貢献しているのだとしても、外からの評価は得にくくその分表で動いている妖狐が評価される。
もちろん総大将というぬらりひょんは正当に犬神の一族も評価しているのだろうとは思うが、承認欲求というのは厄介な感情だ。
勝手に妬み、悪意を抱かせることだってあるだろう。
“こんちゃんたちは悪くないのに”
それでもそういうことは人間界でもよくあるからこそ、一方的に非難することは出来なかった。
「妖怪は良くも悪くも不干渉だからね。仲間同士でも拗れるときは拗れるし、これで妖狐が潰れたら妖狐のポジションに犬神が入るか、もしくは新しい妖怪が入ることになる。それを別に悪とは思わないところが人間とは違うかもね」
「……それでも、悲しいね」
強い種族が支える。それは当たり前のことだとわかっているが、あれほど仲が良く見えた鬼さんとも小さなきっかけで敵対する可能性があるとも取れる。
“こんちゃんのために何かできることがあれば……”
みんなで仲良く、というのが理想だがただの人間である私には出来ることはなく、私はこっちへ迷い込んで知り合った大切なみんなが傷つけあわないでいいことを心の中で願うしかできなかった。
「羽団扇のことだね。あいつは乾瑞季、犬神の家の次男だよ」
“やっぱり……!”
ハスキー犬のような色味の耳と尻尾。
こんちゃんから犬神のことを聞いていなければ犬ではなく狼だと思っていただろうその男性は、影で私たちに危害を加えようとした。
そんな悪意のある相手が烏天狗の家宝を所持しているというのは恐怖であり脅威。
一仰ぎするだけであれほどの威力のある風を起こせるものが奪われたと思うと、それだけで不安に感じた――の、だが。
「羽団扇は問題ないよ。そもそも羽団扇は烏天狗たちの神通力を増強させる代物だから、神通力のない犬神には使えない」
あっさりと断言されてぽかんとする。
「でも、あの時確かに団扇を使ってたよね?」
「残っていた神通力で風が起こっただけだよ、現にあいつが使った時の威力はまだ幼い楓ちゃんが使った時より弱かったでしょ?」
“そう言われればそうだった、かも?”
言われて思わず首を傾げた私だが、確かにその乾さんが使った時は楓ちゃんが使った時とは違い木を根っこから薙ぎ倒すほどの威力はなっかた。
「そもそも当主の羽を使った団扇だからこそそれなりの威力はまだ残っていたみたいだけど、神通力の補充が出来ない以上今頃はただの団扇でしかないはずだ。もしかしたらもう捨てられてるかもね」
「なっ!」
「まぁ家宝ではあるけど、作り直せないものでもないし。楓ちゃんが当主を継ぐ頃にはその羽で新しい羽団扇を作ってるんじゃないかな」
「そういうもの、なんだ……」
家宝というくらいだから取り返すために抗争でも起きるのではと内心ひやひやしていただけに、その説明に思わず感度のため息を吐いてしまう。
だがこんちゃんのこの説明を聞く限りは、やはり楓ちゃんのお父さんが言っていた通り『家宝は子供』という言葉が本心だったということだろう。
そしてその事実に私は少し嬉しくなった。
「でも、だったらなんであんな火種になりそうなことをしたんだろう」
当然のように羽団扇のことを説明してくれたことを考えると、きっとそれなりに知られている話なのだろう。
ならば犬神の家の次男である彼が知らなかったとは考えにくかった。
「ま、妖狐への嫌がらせみたいなもんかな」
「嫌がらせにしてはタチが悪すぎるよ! だって」
思わずカッとなって声を荒げた私は、こんちゃんの腹部へと視線を向け、ぎゅっと両手を自身の膝の上で握る。
私を庇い木の下敷きになったこんちゃんの肋骨にはヒビが入ってしまったのだ。
“私のせいで……”
助けてくれた感謝と、怪我をさせてしまった罪悪感に項垂れた私の頭を、まるで励ますようにこんちゃんがそっと撫でてくれる。
「同業他社って言ったでしょ。元々俺が狙われてたんだ、むしろゆっこは巻き込まれただけ。だからそんなに悲しい顔をしないで?」
「こんちゃん」
ふわりと微笑むその表情にはいつものからかいを含むような色はなく、落ち込む私の心を心配してくれたものだと感じ胸が熱くなる。
ただの仮初めの恋人である私に、どうしてこんなに優しくしてくれるのかがわからない。
わかるのは、いつの間にか私の心臓が、彼と一緒にいるだけで高鳴ってしまうよになったということだけだった。
「妖狐は犬神に嫌われてるんだよね」
「?」
「妖怪の総大将であるぬらりひょん様に仕える三大妖怪が妖狐、鬼、烏天狗の一族と一般的にされてるんだけど――本当はもう一家、犬神の一族がいるんだ」
ゆっくりと私が理解できるようにひとつずつ説明してくれるこんちゃんの声を噛みしめるようにしっかりと耳を傾ける。
「武である鬼、知である烏天狗。そして操である妖狐と犬神。まぁいわば情報を集めたりその情報を操作したりすることをメインにしてるんだけどね」
「だから同業他社?」
「そ。役割が似てるせいでね。もちろん厳密に言えば妖狐は表で情報を作って動かし、犬神は裏で情報を集め消すって感じなんだけどね。同じ『情報』という得意分野は同じだけど表と裏では周りからの印象が違うからね」
どこか諦めたように教えてくれた内容に私は何も言えなかった。
きっと時代劇で見る御庭番や忍のようなことを犬神の彼らはやっているのであろう。
だが暗部の活動というものは表には出ない。
どれだけ努力し貢献しているのだとしても、外からの評価は得にくくその分表で動いている妖狐が評価される。
もちろん総大将というぬらりひょんは正当に犬神の一族も評価しているのだろうとは思うが、承認欲求というのは厄介な感情だ。
勝手に妬み、悪意を抱かせることだってあるだろう。
“こんちゃんたちは悪くないのに”
それでもそういうことは人間界でもよくあるからこそ、一方的に非難することは出来なかった。
「妖怪は良くも悪くも不干渉だからね。仲間同士でも拗れるときは拗れるし、これで妖狐が潰れたら妖狐のポジションに犬神が入るか、もしくは新しい妖怪が入ることになる。それを別に悪とは思わないところが人間とは違うかもね」
「……それでも、悲しいね」
強い種族が支える。それは当たり前のことだとわかっているが、あれほど仲が良く見えた鬼さんとも小さなきっかけで敵対する可能性があるとも取れる。
“こんちゃんのために何かできることがあれば……”
みんなで仲良く、というのが理想だがただの人間である私には出来ることはなく、私はこっちへ迷い込んで知り合った大切なみんなが傷つけあわないでいいことを心の中で願うしかできなかった。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち
鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。
心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。
悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。
辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。
それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。
社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ!
食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて……
神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
【完結】花が結んだあやかしとの縁
mazecco
キャラ文芸
【第5回キャラ文芸大賞 奨励賞受賞作】
◇◇◇棲みついたあやかしは、ひたすらに私を甘やかす◇◇◇
アラサー独身女性の花雫は退屈な人生を送っていた。そんな彼女の前に突然現れた、青年の姿をした美しいあやかし。彼はなかば強引に彼女の住むボロアパートに棲みついた。そのあやかしと過ごす時間は思っていたより心地よく、彼女の心を満たしていく。究極にめんどくさがりのこじらせアラサー干物女、花のあやかし、少年のあやかしの3人がおくる日常物語。
【完結】きみの騎士
*
恋愛
村で出逢った貴族の男の子ルフィスを守るために男装して騎士になった平民の女の子が、おひめさまにきゃあきゃあ言われたり、男装がばれて王太子に抱きしめられたり、当て馬で舞踏会に出たりしながら、ずっとすきだったルフィスとしあわせになるお話です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あやかし狐の京都裏町案内人
狭間夕
キャラ文芸
「今日からわたくし玉藻薫は、人間をやめて、キツネに戻らせていただくことになりました!」京都でOLとして働いていた玉藻薫は、恋人との別れをきっかけに人間世界に別れを告げ、アヤカシ世界に舞い戻ることに。実家に戻ったものの、仕事をせずにゴロゴロ出来るわけでもなく……。薫は『アヤカシらしい仕事』を探しに、祖母が住む裏京都を訪ねることに。早速、裏町への入り口「土御門屋」を訪れた薫だが、案内人である安倍晴彦から「祖母の家は封鎖されている」と告げられて――?
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる