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第四章:可愛い恋敵
21.代わり、変わり。
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「今日も来るかな」
思わずそう口にしてしまったのは、最後の瞬間が微妙なものになってしまったからである。
“知らなかったとはいえ、傷つけたよね”
飛べないことを誰よりも気にしているだろう少女に、まるで飛べることが当然のような口振りで決めつけた話し方をしてしまった。
もう少し配慮した言い方をしていれば、ただ普通に凧上げをしよう、だけで話を止めさえしていれば。
そうすれば、あんな顔をさせなかったかもしれない。
「怪我しそうになったのはゆっこなのに?」
私が楓ちゃんを傷つけたとへこんでいたからだろう。
こんちゃんが少し不思議そうにそう言った。
「危ないじゃないのってゆっこ側が怒っていいとこだと思うけど」
「んー、でも怪我させようとして本気で突き飛ばされた訳じゃないし、それに」
少し言葉を切り、ゆっくりと深呼吸をする。
そしてどこか自分にも言い聞かせるように再び口を開いた。
「……それに、怪我って見えるものだけじゃないから。きっと楓ちゃんは、私の言い方で心が怪我しちゃったと思うんだ」
謝れるなら謝りたい。
空が飛べるのが当たり前という前提の話し方をしたせいで、きっと彼女は飛べない自分は出来損ないだと言われていると感じただろう。
そんな意図はなかったし、そこまで考えてなかったのだとしても、自分を追い詰め傷ついている小さな子供に追い討ちをかけてしまったのは間違いない。
きっと彼女の心が目に見えるなら、小さな棘で血が沢山滲んでいる気がする。そう考えると、私の胸が締め付けられるように痛んだ。
「それにこんちゃんも心配でしょ? 未来の奥さん」
「ん? もしかしてゆっこヤキモチ焼いてるの?」
「なっ! なんでその結論になったの!?」
にんまりと笑ったこんちゃんが嬉しそうに私にじりじりと近付いてきてぎょっとする。
「だってわざわざ可愛いこというし」
「別に私はただ……!」
“なんで言ったんだろ”
反射的に反論しようとするが、改めて考えてみればその通りだと納得してしまう。
確かに付け加えた一言はわざわざ言う必要がなかったものだった。
これだとこんちゃんの言う通り本当に嫉妬してわざと言ったようではないか、と気付き顔がじわりと熱くなった私は、おそらく赤く染まってしまっただろう顔を誤魔化そうと縁側から庭へと一歩進み出た。
「もし次楓ちゃんと会えたら、どんな遊びなら遊んでくれるかな?」
けんけんぱはダメだった。凧揚げも失敗した。
清子さんの家にはトランプもあったし、もしかしたら他のおもちゃもあるかもしれない。
ならそれらを借りてもいいし、いっそ楓ちゃんと一緒に清子さんのテントへ遊びに行くのもありだろう。
“そうだよ、ちゃんと仲直りして次は――”
「ゆっこ!!」
「え?」
突然こんちゃんの鋭い声が響く。
そしてそれと同時に私の体がこんちゃんの体に包まれた。
“な、なに?”
突然のことにドキリと体が強張り心臓が跳ねる。
「そんな女を守るなんて!」
どこか現実味がなくぽかんとしていた私の意識を引き戻したのは、そんな楓ちゃんの怒鳴り声だった。
「あ、え? 楓ちゃん?」
「さぞ面白かったのでしょうね! 滑稽だと笑っていたのかしら!」
「え、え……?」
怒鳴り声が響き、屋敷がざわつき始めるがこんちゃんがそっと手を上げるとすぐに静かになる。
「知らないフリをしながら飛ぶ提案をして、陰では私を馬鹿にしながら嘲笑い、噂を流してたんだわっ」
「ちょっと待って、何か、何か勘違いしてるとっ」
「勘違いですって!? 白々しいにもほどがあるわ! ただの人間のくせに!!」
「!」
こんちゃんの妖術で私は妖狐の一族に見えているはずだったのに、『人間』という単語が出てビクリとする。
きっとこちらの世界で人間だとバレれば、最初のように生贄にされそうになったり緑鬼の時みたく食べられそうになるのだろう。
「白さまにも相手にされていないことは知っていました、でもっ! 二人して私を謀って楽しかったのですか……!」
妖狐にみせることはきっと私の安全のためだった。
だが、最悪な形でバレたことを悟り一気に青ざめる。
私はこれ以上ないタイミングで彼女を更に傷付けたのだ。
“こんなことになるなら、せめて楓ちゃんにだけでも言っておけば”なんて、今更過ぎることが頭に過る。
小さな女の子の真っすぐな怒りが私の心を抉った。
「楓ちゃん、話を聞いてほしいの!」
せめて事情だけでも説明しなくては、と焦った私がこんちゃんの腕からするりと抜けて前に出る。
「ゆっこ!」
「全部が誤解だとは言わないけど、でもっ」
「聞かない! 聞かない聞かない、みんなみんな大嫌い――!」
「危ない!」
「え」
楓ちゃんが持っていた扇のようなものを一振りすると、突然突風が起こり私の近くの木を揺らす。
そしてそのまま私の方へと木が倒れてきた。
“足が動かない……!?”
逃げなくては、と思う反面、足が地面に張り付いたかのように動かない。
突然のことで体が強張っているからかと思ったが、何故か私の影が私の足に絡むように地面へと縫いつけていた。
「な、なにこれ……!」
ゾワリと寒気が襲い、震えあがる。
逃げたい。逃げられない。下敷きになる。足が動かない。たくさんの感情が駆け巡り、ただただ私はぎゅっと両目をつぶるしかできなくて――
――ドン、と突然背中を強く突き飛ばされた。
ずざざ、と地面を滑るように転がると、私の影とは別の影が離れていくのが見えてゾッとし、ドシンという大きな音が現実へと引き戻す。
「こん、ちゃん……?」
さっきまで私がいたところに木が倒れ、そして私の身代わりにこんちゃんが下敷きになっていた。
思わずそう口にしてしまったのは、最後の瞬間が微妙なものになってしまったからである。
“知らなかったとはいえ、傷つけたよね”
飛べないことを誰よりも気にしているだろう少女に、まるで飛べることが当然のような口振りで決めつけた話し方をしてしまった。
もう少し配慮した言い方をしていれば、ただ普通に凧上げをしよう、だけで話を止めさえしていれば。
そうすれば、あんな顔をさせなかったかもしれない。
「怪我しそうになったのはゆっこなのに?」
私が楓ちゃんを傷つけたとへこんでいたからだろう。
こんちゃんが少し不思議そうにそう言った。
「危ないじゃないのってゆっこ側が怒っていいとこだと思うけど」
「んー、でも怪我させようとして本気で突き飛ばされた訳じゃないし、それに」
少し言葉を切り、ゆっくりと深呼吸をする。
そしてどこか自分にも言い聞かせるように再び口を開いた。
「……それに、怪我って見えるものだけじゃないから。きっと楓ちゃんは、私の言い方で心が怪我しちゃったと思うんだ」
謝れるなら謝りたい。
空が飛べるのが当たり前という前提の話し方をしたせいで、きっと彼女は飛べない自分は出来損ないだと言われていると感じただろう。
そんな意図はなかったし、そこまで考えてなかったのだとしても、自分を追い詰め傷ついている小さな子供に追い討ちをかけてしまったのは間違いない。
きっと彼女の心が目に見えるなら、小さな棘で血が沢山滲んでいる気がする。そう考えると、私の胸が締め付けられるように痛んだ。
「それにこんちゃんも心配でしょ? 未来の奥さん」
「ん? もしかしてゆっこヤキモチ焼いてるの?」
「なっ! なんでその結論になったの!?」
にんまりと笑ったこんちゃんが嬉しそうに私にじりじりと近付いてきてぎょっとする。
「だってわざわざ可愛いこというし」
「別に私はただ……!」
“なんで言ったんだろ”
反射的に反論しようとするが、改めて考えてみればその通りだと納得してしまう。
確かに付け加えた一言はわざわざ言う必要がなかったものだった。
これだとこんちゃんの言う通り本当に嫉妬してわざと言ったようではないか、と気付き顔がじわりと熱くなった私は、おそらく赤く染まってしまっただろう顔を誤魔化そうと縁側から庭へと一歩進み出た。
「もし次楓ちゃんと会えたら、どんな遊びなら遊んでくれるかな?」
けんけんぱはダメだった。凧揚げも失敗した。
清子さんの家にはトランプもあったし、もしかしたら他のおもちゃもあるかもしれない。
ならそれらを借りてもいいし、いっそ楓ちゃんと一緒に清子さんのテントへ遊びに行くのもありだろう。
“そうだよ、ちゃんと仲直りして次は――”
「ゆっこ!!」
「え?」
突然こんちゃんの鋭い声が響く。
そしてそれと同時に私の体がこんちゃんの体に包まれた。
“な、なに?”
突然のことにドキリと体が強張り心臓が跳ねる。
「そんな女を守るなんて!」
どこか現実味がなくぽかんとしていた私の意識を引き戻したのは、そんな楓ちゃんの怒鳴り声だった。
「あ、え? 楓ちゃん?」
「さぞ面白かったのでしょうね! 滑稽だと笑っていたのかしら!」
「え、え……?」
怒鳴り声が響き、屋敷がざわつき始めるがこんちゃんがそっと手を上げるとすぐに静かになる。
「知らないフリをしながら飛ぶ提案をして、陰では私を馬鹿にしながら嘲笑い、噂を流してたんだわっ」
「ちょっと待って、何か、何か勘違いしてるとっ」
「勘違いですって!? 白々しいにもほどがあるわ! ただの人間のくせに!!」
「!」
こんちゃんの妖術で私は妖狐の一族に見えているはずだったのに、『人間』という単語が出てビクリとする。
きっとこちらの世界で人間だとバレれば、最初のように生贄にされそうになったり緑鬼の時みたく食べられそうになるのだろう。
「白さまにも相手にされていないことは知っていました、でもっ! 二人して私を謀って楽しかったのですか……!」
妖狐にみせることはきっと私の安全のためだった。
だが、最悪な形でバレたことを悟り一気に青ざめる。
私はこれ以上ないタイミングで彼女を更に傷付けたのだ。
“こんなことになるなら、せめて楓ちゃんにだけでも言っておけば”なんて、今更過ぎることが頭に過る。
小さな女の子の真っすぐな怒りが私の心を抉った。
「楓ちゃん、話を聞いてほしいの!」
せめて事情だけでも説明しなくては、と焦った私がこんちゃんの腕からするりと抜けて前に出る。
「ゆっこ!」
「全部が誤解だとは言わないけど、でもっ」
「聞かない! 聞かない聞かない、みんなみんな大嫌い――!」
「危ない!」
「え」
楓ちゃんが持っていた扇のようなものを一振りすると、突然突風が起こり私の近くの木を揺らす。
そしてそのまま私の方へと木が倒れてきた。
“足が動かない……!?”
逃げなくては、と思う反面、足が地面に張り付いたかのように動かない。
突然のことで体が強張っているからかと思ったが、何故か私の影が私の足に絡むように地面へと縫いつけていた。
「な、なにこれ……!」
ゾワリと寒気が襲い、震えあがる。
逃げたい。逃げられない。下敷きになる。足が動かない。たくさんの感情が駆け巡り、ただただ私はぎゅっと両目をつぶるしかできなくて――
――ドン、と突然背中を強く突き飛ばされた。
ずざざ、と地面を滑るように転がると、私の影とは別の影が離れていくのが見えてゾッとし、ドシンという大きな音が現実へと引き戻す。
「こん、ちゃん……?」
さっきまで私がいたところに木が倒れ、そして私の身代わりにこんちゃんが下敷きになっていた。
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