その寵愛、仮初めにつき!

春瀬湖子

文字の大きさ
上 下
15 / 31
第三章:嵐の悪友

14.呼び名という価値を決めるのは

しおりを挟む
「よし、今日は詫びだからな! 存分に飲めばいいぞ!」
「の、飲めっていわれても……」

 突然酒天童子に担ぎ上げられたかと思ったらあっという間にどこかへ連れられた私の目の前に並ぶのは大量のお酒。

“流石、名前通り酒天童子って感じ……”

 名目が『詫び』だということを考えると、全て鬼さんの善意でしてくれていることなのだろうとは思うものの、いきなり連れ拐われた私としてはあまり好ましくはない状況だ。

“それに、こんちゃんが隣にいないのってあの初日以来なのよね”

 何かあったら困るから、と常に側にいてくれたこんちゃん。
 もちろん夜は別の部屋で寝ているものの、借りている部屋の隣の部屋にはいてくれていた。

 ずっと当たり前のようにいてくれていた存在がいないと思うと、相手に悪意がなさそうで、かつこんちゃんの友達だとわかっていてもやはりどこか心細い。

 
「というかあの、こんちゃんと一緒じゃダメだったんですか?」
「うん? こんちゃん?」

 一人より二人、二人より三人。
 確かに食べられかけたのは私だが、その私を助けるという意味でこんちゃんもその場に駆けつけてくれていたのだから詫びる対象でもいいのでは――と思っての発言だったが、鬼さんは内容よりも『こんちゃん』呼びが気になったようだった。

“……って、そりゃそうか。こんちゃんって、こんちゃん要素のない名前だったものね”

 本人からの指定だったせいですっかり忘れていたし、清子さんも私がこんちゃんをこんちゃんと呼んでいても気にしていなかったせいでコロッと忘れていたが、彼は迦之御ノ杜白という少し仰々しい名前で――

「なんでこんちゃんなんだ?」
「ごもっともで」

 鬼さんの疑問は当然のように思えた。


 気安い友人である彼が『白』と呼んでいるならきっと名前が嫌いな訳ではない。
 それなのに私には呼ばせなかった、その理由。

“もしかしたら、こんちゃんは私に本名で呼ばれるのが嫌なのかも”

 そんな考えが頭を過り、胸の奥が重くなる。

 一度呼んでみれば彼の反応で真意がわかるかもしれないが、万が一嫌悪感が表情に出たら。そう思うと気分が一気に落ち込んだ。

「それが私にもわからな……」
「いや! 皆まで言うな、当ててやろう!」
「え? いや、あのそもそも私もわから……」
「わからんぞ!!!」
「………………あー、ハイ」

 わっはっはっと軽快に笑いつつ言うなと言った鬼さんは一瞬で白旗を出す。

“まぁ、私にもわからないんだけど”

 落ち込んだ気分が、鬼さんのその豪快さで少し紛れる。
 そしてふとあることに思い至った。

「あの、鬼さんの名前は何なんですか?」

 妖狐の迦之御ノ杜白。
 座敷わらしの目見田清子。

 なら、酒天童子の……何なのだろう?

“酒天童子って個人名じゃなかった、よね? 確かお酒が好きだからそう呼ばれていただけだった気がするんだけど”


「あぁ、俺っちの名前は――、いや、白も言っていたように『鬼』でいいぞ」
「え!?」
「呼び名に価値なんてない。俺っちにとって価値があるのは、“誰に呼ばれるか”だからな」

“誰に呼ばれるか?”

 当たり前のように告げられたその言葉に呆然とする。
 けれど私の中ですとんと答えが落ちてきたような気がした。

“確かに本当の名前かどうかは関係ないのかも”

 私はこんちゃんが、なんでこんちゃんと呼んでって言ってきたのかわからないけれど。
 それでもその呼び名に彼が何か意味があるのなら。

“ううん、なくても”

『こんちゃん』と呼んで、彼が嫌な顔をしたことはなかったから。

「それなら、それでもいいのかもしれな……」
「大変だ! 白の気配がする!」
「は、えっ!?」

 ガタンと椅子から立ち上がった鬼さんは、何かに焦ったように周囲を見渡す。
 私には彼の言う気配とやらはわからなかったが、物凄く慌てたその様子を唖然と見上げた。

「えーっと、ご、合流します?」
「いや……怒ってる、殺気が出てる! ここで合流したら大変なことになるぞ、俺っちがな!」
「はぁ」

 その殺気とやらがどこから出ているのか場所まではわからないらしく、キョロキョロと見回していた鬼さんがバッといきなり私へと視線を向ける。

「……人質を、取るしかない」
「えっ」
「詫びもするが、人質にもなってくれ!」
「えぇっ」

 再びきたこの流れについていけておらず、ぽかんとしている私の視界がぐるりと回る。

「なっ、まさかまたっ!?」

 どうやら私はこの鬼さんに振り回され、こんちゃんとの強制鬼ごっこをさせられるようだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

後宮の裏絵師〜しんねりの美術師〜

あきゅう
キャラ文芸
【女絵師×理系官吏が、後宮に隠された謎を解く!】  姫棋(キキ)は、小さな頃から絵師になることを夢みてきた。彼女は絵さえ描けるなら、たとえ後宮だろうと地獄だろうとどこへだって行くし、友人も恋人もいらないと、ずっとそう思って生きてきた。  だが人生とは、まったくもって何が起こるか分からないものである。  夏后国の後宮へ来たことで、姫棋の運命は百八十度変わってしまったのだった。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

Rasanz‼︎ーラザンツー

池代智美
キャラ文芸
才能ある者が地下へ落とされる。 歪つな世界の物語。

転生したら、現代日本だった話

千葉みきを
キャラ文芸
平安時代の庶民である時子は、ある日、どこに続いているのかわからない不思議な洞窟の噂を耳にする。 洞窟を探索することにした時子だが、その中で、時子は眠りに落ちてしまう。 目を覚ますと、そこは、現代の日本で、時子はひどく混乱する。 立ち寄った店先、喫茶マロウドで、紅茶を飲み、金銭を払おうとしたが、今の通貨と異なる為、支払うことが出来なかった。その時、隣で飲んでいた売れない漫画家、染谷一平が飲み代を払ってくれた。時子は感謝を告げ、一平に別れを告げその場を去ろうとするが、一平はその不思議な通貨を見せてくれと、時子を引き留める。

お狐様とひと月ごはん 〜屋敷神のあやかしさんにお嫁入り?〜

織部ソマリ
キャラ文芸
『美詞(みこと)、あんた失業中だから暇でしょう? しばらく田舎のおばあちゃん家に行ってくれない?』 ◆突然の母からの連絡は、亡き祖母のお願い事を果たす為だった。その願いとは『庭の祠のお狐様を、ひと月ご所望のごはんでもてなしてほしい』というもの。そして早速、山奥のお屋敷へ向かった美詞の前に現れたのは、真っ白い平安時代のような装束を着た――銀髪狐耳の男!? ◆彼の名は銀(しろがね)『家護りの妖狐』である彼は、十年に一度『世話人』から食事をいただき力を回復・補充させるのだという。今回の『世話人』は美詞。  しかし世話人は、百年に一度だけ『お狐様の嫁』となる習わしで、美詞はその百年目の世話人だった。嫁は望まないと言う銀だったが、どれだけ美味しい食事を作っても力が回復しない。逆に衰えるばかり。  そして美詞は決意する。ひと月の間だけの、期間限定の嫁入りを――。 ◆三百年生きたお狐様と、妖狐見習いの子狐たち。それに竈神や台所用品の付喪神たちと、美味しいごはんを作って過ごす、賑やかで優しいひと月のお話。 ◆『第3回キャラ文芸大賞』奨励賞をいただきました!ありがとうございました!

処理中です...