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第三章:嵐の悪友
13.頭を下げればいい訳ではない
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それは突然の来訪者だった。
「わっはっは! 主が白の嫁っ子か!」
私こと桐生優子がこのあやかし界へ紛れ込んで四日。
人間界では四時間がたったらしい今現在、間借りしている迦之御ノ杜家の客室縁側で庭園を眺めつつ梅昆布茶をこんちゃんと楽しんでいた私たちの目の前に現れたのは、鮮やか過ぎるほど真っ赤な短髪と大きな二本の角。そして豪快な笑い声を響かせながら何故か庭のど真ん中で逆立ちしている人だった。
“……鬼、よね?”
その異様な光景に唖然としつつ、そんなことを考える。
私が初めて会った鬼である緑くんは小ぶり、と言っても5センチくらいはある角を持っていたが、こんちゃんの家の庭で逆立ちという謎なスタイルで佇む彼の角は緑鬼の角の二倍はありそうなほど大きく、そして鋭かった。
「何しに来たんだよ」
「んだよ、相変わらずツンツンしてんなぁ? 俺っち知ってるぜ! 白みたいなやつのことを『つんでれ』って言うんだろ」
「言わねぇよ」
どこか苛立ちつつこんちゃんがその逆立ち鬼へと声をかけると、その鬼はにっこにこの笑顔でそう返す。
もちろん逆立ちしたままだ。
“こんな話し方のこんちゃん初めてみたかも”
もちろん逆立ちしながらにこにことしている鬼なんてものも初めて見たが。
「こんちゃん?」
「ん? あぁ、ゆっこは気にしなくていいからね。すぐに撒く塩を取ってこよう」
「えっ」
「おぉ、塩をひとつまみ酒に入れると苦味が消えるからな! 嫁っ子も飲みやすくなるだろうなぁ!」
「撒くっつってんだろ!!」
“これは仲が良いってことよね?”
軽口のようなやり取りをぼんやりと眺めていると、こんちゃんの方を見ていたその鬼が突然私の方へと視線を移す。
豪快に笑っていたその顔とは対照に、真剣な表情へと変わったことに気付き私も思わず真顔になった。
「俺は酒天童子、これでも鬼の頭領をやっている。先日の緑鬼の件は頭である俺の責任だ。申し訳ない」
「あ……」
そう言われ思い出すのはもちろん緑鬼である緑くんに食べられかけた事だった。
「それが謝罪に来る態度か?」
ツンッとしたこんちゃんが冷たくいい放つと、真剣な顔をしていた彼がきょとんとする。
「謝罪とは頭を下げることだろう? これ以上なく下げてるが?」
「えッ」
「あー、バカだったな……」
さも当然と言わんばかりに続けられたその言葉に私は再び唖然とし、こんちゃんが大きくため息を吐く。
“まさかこの逆立ちって、謝罪で頭を下げてるつもりなの!?”
確かに文字としては間違ってはいない。間違ってはいないが、どこかが大幅にズレているその光景に私とこんちゃんは愕然としたのだった。
「いやぁ! 俺っちにまでお茶すまんな!」
「そう思うなら帰って欲しいんだけど。あ、ゆっこ、こいつは鬼。鬼って蔑むように呼んだらいいからね」
「さ、さげ……?」
「おーおー! 構わん構わん。俺っちのことは鬼でも何でも好きに呼べぃ!」
“いいんだ”
謝罪を口にしたことでもう頭を下げる必要がないと判断したらしい酒天童子、もとい鬼さんは逆立ちをやめてズカズカと大股で縁側にいた私たちの側までやって来て、そのまま真ん中へ割り込むようにドガンと座る。
そのままこんちゃんが手に持っていた湯呑みをじぃっと見つめ――「あぁっ、もう!」と怒りつつ鬼さんの分のお茶を準備し現在に至る――と、いう訳だ。
「で? 謝罪が目的ならもうそのお茶飲んだら帰ってくんない?」
「久しぶりに会った大親友に冷たすぎねぇか? あ、それとも照れてんのか! なーるほどなぁ」
「全ッ然なるほどじゃないけど!?」
きゃいきゃいと言い合う二人はなんだか男子中学生のようで少し微笑ましい、とポンポンと弾む会話を聞きながそんな事を思った。
「それにしても、人間の嫁っ子か!」
「ごふっ、よ、嫁って」
「白にもとうとう嫁が出来るなんてなぁ!」
「ちょっ、ちが……!」
嫁という単語に驚いた私が焦って訂正しようとするが、鬼さんは完全に人の話を聞かないタイプらしくくるっとこんちゃんの方を向きバシバシと背中を叩き始める。
「俺が鬼の頭領を継いだのが……先週か?」
「八年前でしょ」
「おぉ! そうかそうか、そんで白が妖狐の頭領になってからは何年だ?」
「次期ってだけだから、まだ何も確定してすらいないって」
“噛み合ってない……”
相変わらずツンとした態度のこんちゃんを全く気にする様子すらないところを見ると、やはり二人は仲が良いらしい。
そして話の内容から彼らが少なくとも八年前にはもうこのような関係だったのだろう。
「幼馴染みってやつかな」
幼いこんちゃんってどんなだったんだろう。
今の美しい銀髪のまま小さくなったのだとしたらとんでもない美少年な気がする。
いや、清子さんのところで化けて見せてくれた子狐の姿でもそれはそれは恐ろしく可愛いだろう。
“写真とかあったら見てみたいかも”
そんなことを考えていると、私の口角が自然と緩み――
「よーっし、じゃあ馴れ初めは嫁っ子から聞く!」
「は、はあぁ!?」
「ひゃっ!?」
途中から二人の話をあまり聞いてなかったせいで話の流れについていけておらず、ぽかんとしている私の視界がぐるりと回る。
「えっ、な、何っ?」
突然高くなった視界の先でぎょっとしているこんちゃんと目が合い、そしてあっという間に遠くなったのだった。
「わっはっは! 主が白の嫁っ子か!」
私こと桐生優子がこのあやかし界へ紛れ込んで四日。
人間界では四時間がたったらしい今現在、間借りしている迦之御ノ杜家の客室縁側で庭園を眺めつつ梅昆布茶をこんちゃんと楽しんでいた私たちの目の前に現れたのは、鮮やか過ぎるほど真っ赤な短髪と大きな二本の角。そして豪快な笑い声を響かせながら何故か庭のど真ん中で逆立ちしている人だった。
“……鬼、よね?”
その異様な光景に唖然としつつ、そんなことを考える。
私が初めて会った鬼である緑くんは小ぶり、と言っても5センチくらいはある角を持っていたが、こんちゃんの家の庭で逆立ちという謎なスタイルで佇む彼の角は緑鬼の角の二倍はありそうなほど大きく、そして鋭かった。
「何しに来たんだよ」
「んだよ、相変わらずツンツンしてんなぁ? 俺っち知ってるぜ! 白みたいなやつのことを『つんでれ』って言うんだろ」
「言わねぇよ」
どこか苛立ちつつこんちゃんがその逆立ち鬼へと声をかけると、その鬼はにっこにこの笑顔でそう返す。
もちろん逆立ちしたままだ。
“こんな話し方のこんちゃん初めてみたかも”
もちろん逆立ちしながらにこにことしている鬼なんてものも初めて見たが。
「こんちゃん?」
「ん? あぁ、ゆっこは気にしなくていいからね。すぐに撒く塩を取ってこよう」
「えっ」
「おぉ、塩をひとつまみ酒に入れると苦味が消えるからな! 嫁っ子も飲みやすくなるだろうなぁ!」
「撒くっつってんだろ!!」
“これは仲が良いってことよね?”
軽口のようなやり取りをぼんやりと眺めていると、こんちゃんの方を見ていたその鬼が突然私の方へと視線を移す。
豪快に笑っていたその顔とは対照に、真剣な表情へと変わったことに気付き私も思わず真顔になった。
「俺は酒天童子、これでも鬼の頭領をやっている。先日の緑鬼の件は頭である俺の責任だ。申し訳ない」
「あ……」
そう言われ思い出すのはもちろん緑鬼である緑くんに食べられかけた事だった。
「それが謝罪に来る態度か?」
ツンッとしたこんちゃんが冷たくいい放つと、真剣な顔をしていた彼がきょとんとする。
「謝罪とは頭を下げることだろう? これ以上なく下げてるが?」
「えッ」
「あー、バカだったな……」
さも当然と言わんばかりに続けられたその言葉に私は再び唖然とし、こんちゃんが大きくため息を吐く。
“まさかこの逆立ちって、謝罪で頭を下げてるつもりなの!?”
確かに文字としては間違ってはいない。間違ってはいないが、どこかが大幅にズレているその光景に私とこんちゃんは愕然としたのだった。
「いやぁ! 俺っちにまでお茶すまんな!」
「そう思うなら帰って欲しいんだけど。あ、ゆっこ、こいつは鬼。鬼って蔑むように呼んだらいいからね」
「さ、さげ……?」
「おーおー! 構わん構わん。俺っちのことは鬼でも何でも好きに呼べぃ!」
“いいんだ”
謝罪を口にしたことでもう頭を下げる必要がないと判断したらしい酒天童子、もとい鬼さんは逆立ちをやめてズカズカと大股で縁側にいた私たちの側までやって来て、そのまま真ん中へ割り込むようにドガンと座る。
そのままこんちゃんが手に持っていた湯呑みをじぃっと見つめ――「あぁっ、もう!」と怒りつつ鬼さんの分のお茶を準備し現在に至る――と、いう訳だ。
「で? 謝罪が目的ならもうそのお茶飲んだら帰ってくんない?」
「久しぶりに会った大親友に冷たすぎねぇか? あ、それとも照れてんのか! なーるほどなぁ」
「全ッ然なるほどじゃないけど!?」
きゃいきゃいと言い合う二人はなんだか男子中学生のようで少し微笑ましい、とポンポンと弾む会話を聞きながそんな事を思った。
「それにしても、人間の嫁っ子か!」
「ごふっ、よ、嫁って」
「白にもとうとう嫁が出来るなんてなぁ!」
「ちょっ、ちが……!」
嫁という単語に驚いた私が焦って訂正しようとするが、鬼さんは完全に人の話を聞かないタイプらしくくるっとこんちゃんの方を向きバシバシと背中を叩き始める。
「俺が鬼の頭領を継いだのが……先週か?」
「八年前でしょ」
「おぉ! そうかそうか、そんで白が妖狐の頭領になってからは何年だ?」
「次期ってだけだから、まだ何も確定してすらいないって」
“噛み合ってない……”
相変わらずツンとした態度のこんちゃんを全く気にする様子すらないところを見ると、やはり二人は仲が良いらしい。
そして話の内容から彼らが少なくとも八年前にはもうこのような関係だったのだろう。
「幼馴染みってやつかな」
幼いこんちゃんってどんなだったんだろう。
今の美しい銀髪のまま小さくなったのだとしたらとんでもない美少年な気がする。
いや、清子さんのところで化けて見せてくれた子狐の姿でもそれはそれは恐ろしく可愛いだろう。
“写真とかあったら見てみたいかも”
そんなことを考えていると、私の口角が自然と緩み――
「よーっし、じゃあ馴れ初めは嫁っ子から聞く!」
「は、はあぁ!?」
「ひゃっ!?」
途中から二人の話をあまり聞いてなかったせいで話の流れについていけておらず、ぽかんとしている私の視界がぐるりと回る。
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