その寵愛、仮初めにつき!

春瀬湖子

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第二章:少しの時間だけ

11.どこかで見た、その理由

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 確認するようにその単語を口にすると、清子さんがゆっくりと頷く。

「没落することはわかっていたんじゃ。けど、帰ってくればまた家は繁栄する、そうあいつにも言ったんじゃ」

 そしてわざとらしいほどの笑顔を作った清子さんは、ケタケタと声を出して笑った。

「童もその小僧から聞いたじゃろ? あやかしと人間の世界は時間の流れが同じではない。こっちの一日はせいぜい向こうの一時間程度じゃ」

“そういえばこんちゃんも、時間のことは言ってたわ”

 だからすぐに帰らなくても問題にはならないと言っていた。
 あやかし界での一日が人間界ではたった一時間なのだとしたら、こっちで一週間過ごしても七時間しかたっていないことになる。

 確かにそれだけの時間のズレが生じるからこそ、清子さんも帰る決断がくだせたのだろう。


「幸いにもというかなんというか、姉はただのぎっくり腰でな。完全に治るまでに二週間近くかかったが、それでも人間界では半日程度。たったそれだけの時間だったんじゃ」
「どう、なったんですか?」

 清子さんの声に少し暗さが混じったことに気付いた私が、恐る恐る続きを促すと、深呼吸するかのように大きく息を吸った清子さんが再び口を開いた。


「なくなっとったよ。家ごとな」
「え……」
「たったその半日ほどの時間で、没落しわらわは帰る家を失った。いや、失ったなんて言い方はよくないか? わらわが潰したんじゃからな」
「それはっ」

 ――違う、とは言えなかった。

 誰よりも清子さんが、そう思っていたから。

“せめて新しい家がわかれば”

 また一緒に住めるかも、なんて。
 そんな浅はかな考えが浮かび、慌てて頭を左右に振って考え直す。

 家を潰したあやかしを再び友人として迎え入れてくれる保証なんてないのに、それを口にするのは無責任だろう。

「ほれ、もう過去のことじゃ。童がそんな顔する必要はなかろーて」
「でも」
「わらわももう忘れたよ」

 何も言えなくなった私を励ますように笑った清子さんは、机に広げたままになっていたトランプを片付けはじめた。

“本当にもう過去のことだと割り切り忘れたのだとしたら、テントで暮らす必要はないんじゃないの?”

 今も後悔しているからこそ、彼女は一人テント暮らしを選んだのではないだろうか。

 そこまで考え、私の胸が締め付けられるように苦しくなる。
 そんな意図がなかったとしても、自分の手で大事なものを壊してしまったのだとしたら。

“きっと辛くて苦しくて、自分を許せない……”

 今慰める言葉が何も浮かばない自分がたまらなく悔しい。

“何か、せめて喜ぶようなことがあれば”

 自分の膝を治したいからではなく、本心からそう思う。
 それでもやはり、私には気のきいた言葉なんて思い付かず両手をぎゅっと膝の上で握るしか出来なかった。
 
 
「――あいつも、いや、つなし家のみんなも恨んどるだろうな」
「……つなし?」

 ポツリと告げられたその名前に引っかかりを覚える。

“そういえば、清子さんをどこかで見たような気がしてたけど”
 
「それ、漢字ってどう書くんですか!?」
「? あぁ、十と書いてつなしと読む。珍しいじゃろ」
「!!」

 まさか、と思いつつ焦って聞き、そしてその返事に目を丸くした。

「ゆっこ?」
「私、私っ、清子さんをどっかで見たことあるなってずっと思ってて!」

 言いながら鞄の中をごそごそと探る。
 重い教科書類はこんちゃんの家に置かせて貰っているが、かろうじて持っていたメイクポーチの中に“アレ”が入っていたはずだ。

“私だってこれでも乙女のはしくれだし! メイクポーチは持ってきてたはず……!”

 なかなか見つからないことに焦れた私が着物と一緒に貸し出してくれていた巾着ごとその場でひっくり返すと、一番底に入っていたのか最後にぼってりとポーチが落ちてくる。

「あった!」

 そしてそのポーチから私が取り出したのは、『十家』という文字の上に黒髪パッツンで一重の女の子が書かれたパッケージの、あぶらとり紙だった。


「それって」

 私が取り出したそのあぶらとり紙のパッケージを見てこんちゃんも気付いたのだろう。
 ――そしてそれは、清子さんもだった。


「これ、京都の有名なあぶらとり紙メーカーなんです。このパッケージの女の子、どこか清子さんに似てませんか?」
「じゃが、そんな見た目のおなごなんて他にも……」
「でもこの『十家』って、さっき清子さんが言ってた名字じゃない?」

 まるで掩護射撃のようにこんちゃんが続けた言葉に頷いた私は、くるりと裏面の使用方法が書かれている部分を清子さんへ向けた。
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