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第二章:少しの時間だけ
10.意図せずとも結果なれば
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「……もしかして、何かあったんですか?」
彼女の一人言に思わず返事をした私は、あっと慌てて両手で口を覆う。
初対面なのにプライベートへ踏み込み過ぎたかも、と焦るが、どうやら気にはならなかったようだ。
「なに、昔のことじゃ。わらわかてずっとテント暮らしをしてるはずなかろーて」
どこか寂しさが滲むその声色に口をつぐむ。
“そうだ、座敷わらしって人と共存しているあやかしじゃない”
人間の屋敷に住み着き、富と繁栄を与えるあやかし。
こんちゃんも元々あやかしが人間界へ紛れ込んでいると言っていたし、きっと彼女も人間の日常に紛れて生活している一人だったのだろう。
――そして、座敷わらしというのは去ることで没落させられるあやかしでもあった。
「もしかして、没落させたことがあるんですか?」
「勘違いするな、人間。あやかしというのは決してお前たち人間の味方じゃないぞ」
ギロリと睨み付けられびくりと肩が跳ねる。
それと同時に生贄にされそうになったことや、いきなり食べられそうになったことを思い出し――
――そしてこんちゃんの、温かい手を思い出した。
“あやかしは味方じゃない。わかってる”
何故こんなことになったのかはわからないが、あのお天気雨の日に迷い込んでしまったこの世界は決して私に優しくはなかったけれど。
「味方じゃないと、信じちゃダメですか」
「なに?」
「味方じゃないと、好きになっちゃダメですか」
“それでも、私はあやかしの事を嫌いだなんて思えないもの”
怖くない訳じゃないし、出会う全員に好感を覚える訳でもない。
だが、それは人間相手だって同じだから。
「まだほんの少しの時間しか一緒にいないけど、でも……清子さんが、何の理由もなく悪意を向けるなんて思えないんです」
彼女の方を真っ直ぐ見つめる。
少し揺れたように感じたその瞳から、真意までは読めなかったが少なくとも悪意は感じなかった。
「ね? ゆっこは可愛いでしょ」
「こ、こんちゃん!?」
すりすりと頬ずりされてギョッとする。
絶対今このタイミングでこんなことをする必要はないし、第一私たちの関係は仮初めの恋人。
この向けられている溺愛だって、仮初めでしかないはず。
だが、触れるこんちゃんがやっぱりとても温かく、その温度に緊張した心が解れるのを感じた。
「見せられるこっちの身にもなって欲しいものじゃが……まぁ、少し羨ましくもあるかもな」
“羨ましい?”
清子さんの言葉に首を傾げる。
こんちゃんも清子さんのその発言に心当たりがなかったのか、少し不思議そうな顔をした彼と目があった。
「没落させたことがあるか、と聞いたな」
はぁ、と大きくため息を吐きながらそう言った清子さんが持っていたトランプをバサッと机へ投げるように全て置く。
「……あるに決まっとるじゃろ、一度や二度じゃないぞ? 故意的に没落させたこともあるし、そもそも没落させてやろうとその家に住み着いたことだってある。数多の家を消してきた」
故意的に、という言葉に思わず息を呑む。
けれど何故か彼女が悪意でそういった行動をするようには思えず、私は黙って清子さんの言葉を待った。
「……それと、浅はかな判断で消えさせた家だってあるんじゃ」
「浅はかな、判断?」
「あぁ。住んだ家から出ればその家が没落することはわかっていたんじゃ。座敷わらしとはそーいうもんじゃてな。じゃが、また……、また、その家に再び戻ればもう一度繁栄すると……そう、思とった」
ポツリポツリと溢すように話しはじめた清子さん。
表情は変わらず、悲しんでいるのか懐かしんでいるのかは判断出来なかった。
「わらわが見える子は珍しくないんじゃ。けど、仲良くなれるとは思ってなかった」
あやかしと人間。
私のようにあやかしの世界に紛れ込んだのではなく、自分の家に突然現れたあやかしを受け入れられるのはどれくらいいるのだろうか。
例え富をもたらすとわかっていても、家族ではない存在がペタペタと走り回ることに嫌悪感を抱かない人間は何人くらいの割合で?
もちろん相手が富をもたらす座敷わらしなら喜ぶ人だって一定数いるだろうけど、仲良くしようとするのはどれくらいの人数なのか。
「親しいあやかしはおっても、まさか人間の友人が出来るなんて思わなかったわらわは、最初はただ戸惑うばかりで」
口元が少し綻ぶ。相変わらず目元は伏せられその表情まではわからないが、声色は寂しそうだと感じた。
「わらわは見た目が幼女じゃからな。同い年くらいだと勘違いしとったんじゃろ。昔ながらのけん玉もしたし、見たことのない機械で遊んだりもしたわい」
世界を分かつ二人だからこそ、時間を分かち、そしてわずかな交わりで奇跡が起きたのかもしれない。
「穏やかな日常だった。見た目が変わらないわらわとは違い、どんどんあいつは大きくなった。それでもあいつはわらわを友達だと言い、下らない話を沢山してくれたんじゃ」
けど、と一度話を区切った清子さんがまるで噛み締めるかのようにゆっくりと目を閉じる。
「……一応わらわにも家族がおってな。姉が倒れたっちゅー連絡が来たんじゃ」
「倒れた?」
「あぁ。すぐに帰ろうと思ったが、けどその一歩に迷ったんじゃ。わらわがあやかし界へ戻れば、この家は」
去る意図がなくとも、家から座敷わらしという存在が消えた後のことは想像に難くない。
加護を失い、得ていた富も全て幻と消えたその後は。
「没落、ですか」
彼女の一人言に思わず返事をした私は、あっと慌てて両手で口を覆う。
初対面なのにプライベートへ踏み込み過ぎたかも、と焦るが、どうやら気にはならなかったようだ。
「なに、昔のことじゃ。わらわかてずっとテント暮らしをしてるはずなかろーて」
どこか寂しさが滲むその声色に口をつぐむ。
“そうだ、座敷わらしって人と共存しているあやかしじゃない”
人間の屋敷に住み着き、富と繁栄を与えるあやかし。
こんちゃんも元々あやかしが人間界へ紛れ込んでいると言っていたし、きっと彼女も人間の日常に紛れて生活している一人だったのだろう。
――そして、座敷わらしというのは去ることで没落させられるあやかしでもあった。
「もしかして、没落させたことがあるんですか?」
「勘違いするな、人間。あやかしというのは決してお前たち人間の味方じゃないぞ」
ギロリと睨み付けられびくりと肩が跳ねる。
それと同時に生贄にされそうになったことや、いきなり食べられそうになったことを思い出し――
――そしてこんちゃんの、温かい手を思い出した。
“あやかしは味方じゃない。わかってる”
何故こんなことになったのかはわからないが、あのお天気雨の日に迷い込んでしまったこの世界は決して私に優しくはなかったけれど。
「味方じゃないと、信じちゃダメですか」
「なに?」
「味方じゃないと、好きになっちゃダメですか」
“それでも、私はあやかしの事を嫌いだなんて思えないもの”
怖くない訳じゃないし、出会う全員に好感を覚える訳でもない。
だが、それは人間相手だって同じだから。
「まだほんの少しの時間しか一緒にいないけど、でも……清子さんが、何の理由もなく悪意を向けるなんて思えないんです」
彼女の方を真っ直ぐ見つめる。
少し揺れたように感じたその瞳から、真意までは読めなかったが少なくとも悪意は感じなかった。
「ね? ゆっこは可愛いでしょ」
「こ、こんちゃん!?」
すりすりと頬ずりされてギョッとする。
絶対今このタイミングでこんなことをする必要はないし、第一私たちの関係は仮初めの恋人。
この向けられている溺愛だって、仮初めでしかないはず。
だが、触れるこんちゃんがやっぱりとても温かく、その温度に緊張した心が解れるのを感じた。
「見せられるこっちの身にもなって欲しいものじゃが……まぁ、少し羨ましくもあるかもな」
“羨ましい?”
清子さんの言葉に首を傾げる。
こんちゃんも清子さんのその発言に心当たりがなかったのか、少し不思議そうな顔をした彼と目があった。
「没落させたことがあるか、と聞いたな」
はぁ、と大きくため息を吐きながらそう言った清子さんが持っていたトランプをバサッと机へ投げるように全て置く。
「……あるに決まっとるじゃろ、一度や二度じゃないぞ? 故意的に没落させたこともあるし、そもそも没落させてやろうとその家に住み着いたことだってある。数多の家を消してきた」
故意的に、という言葉に思わず息を呑む。
けれど何故か彼女が悪意でそういった行動をするようには思えず、私は黙って清子さんの言葉を待った。
「……それと、浅はかな判断で消えさせた家だってあるんじゃ」
「浅はかな、判断?」
「あぁ。住んだ家から出ればその家が没落することはわかっていたんじゃ。座敷わらしとはそーいうもんじゃてな。じゃが、また……、また、その家に再び戻ればもう一度繁栄すると……そう、思とった」
ポツリポツリと溢すように話しはじめた清子さん。
表情は変わらず、悲しんでいるのか懐かしんでいるのかは判断出来なかった。
「わらわが見える子は珍しくないんじゃ。けど、仲良くなれるとは思ってなかった」
あやかしと人間。
私のようにあやかしの世界に紛れ込んだのではなく、自分の家に突然現れたあやかしを受け入れられるのはどれくらいいるのだろうか。
例え富をもたらすとわかっていても、家族ではない存在がペタペタと走り回ることに嫌悪感を抱かない人間は何人くらいの割合で?
もちろん相手が富をもたらす座敷わらしなら喜ぶ人だって一定数いるだろうけど、仲良くしようとするのはどれくらいの人数なのか。
「親しいあやかしはおっても、まさか人間の友人が出来るなんて思わなかったわらわは、最初はただ戸惑うばかりで」
口元が少し綻ぶ。相変わらず目元は伏せられその表情まではわからないが、声色は寂しそうだと感じた。
「わらわは見た目が幼女じゃからな。同い年くらいだと勘違いしとったんじゃろ。昔ながらのけん玉もしたし、見たことのない機械で遊んだりもしたわい」
世界を分かつ二人だからこそ、時間を分かち、そしてわずかな交わりで奇跡が起きたのかもしれない。
「穏やかな日常だった。見た目が変わらないわらわとは違い、どんどんあいつは大きくなった。それでもあいつはわらわを友達だと言い、下らない話を沢山してくれたんじゃ」
けど、と一度話を区切った清子さんがまるで噛み締めるかのようにゆっくりと目を閉じる。
「……一応わらわにも家族がおってな。姉が倒れたっちゅー連絡が来たんじゃ」
「倒れた?」
「あぁ。すぐに帰ろうと思ったが、けどその一歩に迷ったんじゃ。わらわがあやかし界へ戻れば、この家は」
去る意図がなくとも、家から座敷わらしという存在が消えた後のことは想像に難くない。
加護を失い、得ていた富も全て幻と消えたその後は。
「没落、ですか」
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