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第一章:仮初めの恋人
3.花畑の緑鬼
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「いやいやいや、嘘よね?」
「くくっ、何一つ嘘じゃねぇよなぁ」
「お、おっきくなるとか聞いてないんだけどぉッ!」
ひえぇ、と青ざめながら抗議する私は絶対に悪くない。
“いや、正直予感はあったけど!”
こんちゃんに連れられたあの部屋から緑くんに指を引っ張られつつ飛び出した私。
手のひらサイズの小さな鬼っ子だった緑くんに引っ張られたので、まるで廊下の雑巾がけをしているような体勢だったのだ。
――最初は。
だが部屋から離れる度に少しずつ緑くんのサイズが大きくなり、走りやすくなる反面嫌な予感がして何度も足を止めようとした。
だが手のひらサイズだった時と同じく想像以上の力で引っ張られ、後半はもう半ば引きずられてここまで来たと言っても過言ではない。
「しかもいつの間にか全身緑じゃない! だから『緑』くんだったの!? こんなところでリアルアハ体験したくなかったんだけどぉッ」
「あっはっは、ワイは緑鬼じゃけぇな」
「話し方も変わってる!!」
キーキーと叫ぶ私の腕は、既に二メートルを越したであろうサイズまで成長した緑くんにがっちりと掴まれ外れそうになくて。
「約束通り花畑に連れてきてやったけぇな、嘘じゃねぇぞ」
「確かに花畑ではあるけど……」
“でも手を離してくれないと摘めないのよね”
すっかり逆転してしまった身長差で、腕を掴まれたままの私は今度はしゃがめなくなっていた。
「えーっと、お花を摘みたいなって……あ、違うわよ? トイレに行きたいって隠語の方じゃなくてね? 手を離して欲しいって意味っていうか」
戸惑いつつやんわりとそう口にするが、相変わらずニタニタと笑ったままの緑くんは手を離す素振りすら見せてくれず困ってしまう。
この八方塞がり感に、じわりと私の額に冷や汗が滲んだ時だった。
「あぁ、これが人間。それもあの狐の嫁か」
「嫁っていうか、恋人っていうか、仮初めっていう……、か?」
ぼそりと呟かれた言葉に反射的に反論していると、何かが私の頭にぼとりと垂れてくる。
水よりも少し粘りのあるその生ぬるい液体に全身ぞわりと鳥肌がたち、ゆっくりと顔を上げたそこには涎を垂らし舌舐りする緑くんがいて――
「ぎ、ぎゃぁぁああ!?」
“これ絶対食べられるやつ! まさに今食べられるやつぅ!!”
情けない叫び声を上げ必死に腕から逃れようと引っ張るが、びくともしなかった。
「やだやだやだ! 離してぇっ!!」
「美味かろうて、美味かろうて」
「美味しくないです美味しくないです!」
「しかも狐の嫁を味わえるなんて最高じゃけぇな、怒り狂う姿を想像すると楽しぃてならん」
「仮初めなんで! 怒り狂わないんで!」
必死で説明するが私の話はもう耳に届いていないのか、うっとりとしながらパタパタと涎が落ちてきてゾッとする。
“気持ち悪すぎる……!”
この絶望的過ぎる状況に、まるで走馬灯のような懐かしい昔のことがいくつか思い出され――そういえば昔、なんて何かがチラリと脳内を過った。
……が、その走馬灯の勢いが凄すぎて高校の卒業アルバムの写真が遺影として使われているところまで駆け巡り、「走馬灯って未来も見せてくるんだけっけ」なんて絶対今考えるべきことじゃないことを考えていた。
そう、これが現実逃避――
「緑鬼ごときが汚いな」
「……え?」
「ぐあぁぁぁあッ!?」
正直何が起きたのかはわからない。
突然第三者の声が背後から聞こえたと思ったら、今まさに私を食べようとしていた緑くんが花畑を叫びながら転げ回り、そしてさっきまで掴まれていた私の腕には、手首から先だけになった緑くんの手があった。
「腕えぇぇえッ!?」
「あー、ほらゆっこ落ち着いて」
「いやぁぁあっ!? 腕えぇぇ!」
「大丈夫だいじょ……、いたっ、ちょっ暴れないで俺の尻尾踏んでるから!! いだだだだッ」
まさに阿鼻叫喚。
完全にパニックになっていたタイミングで、パチンと乾いた音がして。
「……へ?」
「はぁ、ふぅ、お、落ち着いた?」
そこで始めていつの間にか来ていたらしいこんちゃんが手を叩いた音だと気付く。
「あ、あれ? 腕は?」
そして音が鳴ったのと同時に私の腕に残されていた緑くんの手が消えていた。
「狸ほどじゃないけど、狐は化かすのか得意だからね」
“げ、幻覚だったってこと?”
あっさりと告げられた事実にぽかんとし、先ほどまで花畑を転げ回っていた緑くんも呆然として座り込んだまま。
そんな彼の手がちゃんと両方揃っているのを見て、本当に幻覚だったのだとやっと理解した。
「でもさぁ、俺の恋人を食べようとするとかちょーっとお行儀悪くない?」
「ひぇっ」
唖然としている私を背に庇うようにしてこんちゃんが一歩前に出ると、わかりやすいほどに二メートルの巨体が肩を跳ねさせる。
むしろ巨体ごとちょっと跳んだと思うほどで、見るからに萎縮してしまっていて。
“見た目的には緑くんの方が強そうだけど”
どうやら強さと見た目は比例しないらしかった。
「まぁ、今回は見逃してあげるけど……二度とゆっこに触らないでね」
「も、もちろんでさぁ!」
「次は幻覚で済ませないよ」
「へっ、へい!」
「いっちゃった……」
こんちゃんにそう念を押された緑くんが再び花畑を転がるようにして走りだし、私はただ呆然としながらその小さくなる背中を眺めていると。
「……ゆっこ」
「あ、は、はいっ!?」
緑くんと話していた時よりも数段低い声で名を呼ばれ、さっきの緑くん同様に私も肩をびくんと跳ねさせた。
「くくっ、何一つ嘘じゃねぇよなぁ」
「お、おっきくなるとか聞いてないんだけどぉッ!」
ひえぇ、と青ざめながら抗議する私は絶対に悪くない。
“いや、正直予感はあったけど!”
こんちゃんに連れられたあの部屋から緑くんに指を引っ張られつつ飛び出した私。
手のひらサイズの小さな鬼っ子だった緑くんに引っ張られたので、まるで廊下の雑巾がけをしているような体勢だったのだ。
――最初は。
だが部屋から離れる度に少しずつ緑くんのサイズが大きくなり、走りやすくなる反面嫌な予感がして何度も足を止めようとした。
だが手のひらサイズだった時と同じく想像以上の力で引っ張られ、後半はもう半ば引きずられてここまで来たと言っても過言ではない。
「しかもいつの間にか全身緑じゃない! だから『緑』くんだったの!? こんなところでリアルアハ体験したくなかったんだけどぉッ」
「あっはっは、ワイは緑鬼じゃけぇな」
「話し方も変わってる!!」
キーキーと叫ぶ私の腕は、既に二メートルを越したであろうサイズまで成長した緑くんにがっちりと掴まれ外れそうになくて。
「約束通り花畑に連れてきてやったけぇな、嘘じゃねぇぞ」
「確かに花畑ではあるけど……」
“でも手を離してくれないと摘めないのよね”
すっかり逆転してしまった身長差で、腕を掴まれたままの私は今度はしゃがめなくなっていた。
「えーっと、お花を摘みたいなって……あ、違うわよ? トイレに行きたいって隠語の方じゃなくてね? 手を離して欲しいって意味っていうか」
戸惑いつつやんわりとそう口にするが、相変わらずニタニタと笑ったままの緑くんは手を離す素振りすら見せてくれず困ってしまう。
この八方塞がり感に、じわりと私の額に冷や汗が滲んだ時だった。
「あぁ、これが人間。それもあの狐の嫁か」
「嫁っていうか、恋人っていうか、仮初めっていう……、か?」
ぼそりと呟かれた言葉に反射的に反論していると、何かが私の頭にぼとりと垂れてくる。
水よりも少し粘りのあるその生ぬるい液体に全身ぞわりと鳥肌がたち、ゆっくりと顔を上げたそこには涎を垂らし舌舐りする緑くんがいて――
「ぎ、ぎゃぁぁああ!?」
“これ絶対食べられるやつ! まさに今食べられるやつぅ!!”
情けない叫び声を上げ必死に腕から逃れようと引っ張るが、びくともしなかった。
「やだやだやだ! 離してぇっ!!」
「美味かろうて、美味かろうて」
「美味しくないです美味しくないです!」
「しかも狐の嫁を味わえるなんて最高じゃけぇな、怒り狂う姿を想像すると楽しぃてならん」
「仮初めなんで! 怒り狂わないんで!」
必死で説明するが私の話はもう耳に届いていないのか、うっとりとしながらパタパタと涎が落ちてきてゾッとする。
“気持ち悪すぎる……!”
この絶望的過ぎる状況に、まるで走馬灯のような懐かしい昔のことがいくつか思い出され――そういえば昔、なんて何かがチラリと脳内を過った。
……が、その走馬灯の勢いが凄すぎて高校の卒業アルバムの写真が遺影として使われているところまで駆け巡り、「走馬灯って未来も見せてくるんだけっけ」なんて絶対今考えるべきことじゃないことを考えていた。
そう、これが現実逃避――
「緑鬼ごときが汚いな」
「……え?」
「ぐあぁぁぁあッ!?」
正直何が起きたのかはわからない。
突然第三者の声が背後から聞こえたと思ったら、今まさに私を食べようとしていた緑くんが花畑を叫びながら転げ回り、そしてさっきまで掴まれていた私の腕には、手首から先だけになった緑くんの手があった。
「腕えぇぇえッ!?」
「あー、ほらゆっこ落ち着いて」
「いやぁぁあっ!? 腕えぇぇ!」
「大丈夫だいじょ……、いたっ、ちょっ暴れないで俺の尻尾踏んでるから!! いだだだだッ」
まさに阿鼻叫喚。
完全にパニックになっていたタイミングで、パチンと乾いた音がして。
「……へ?」
「はぁ、ふぅ、お、落ち着いた?」
そこで始めていつの間にか来ていたらしいこんちゃんが手を叩いた音だと気付く。
「あ、あれ? 腕は?」
そして音が鳴ったのと同時に私の腕に残されていた緑くんの手が消えていた。
「狸ほどじゃないけど、狐は化かすのか得意だからね」
“げ、幻覚だったってこと?”
あっさりと告げられた事実にぽかんとし、先ほどまで花畑を転げ回っていた緑くんも呆然として座り込んだまま。
そんな彼の手がちゃんと両方揃っているのを見て、本当に幻覚だったのだとやっと理解した。
「でもさぁ、俺の恋人を食べようとするとかちょーっとお行儀悪くない?」
「ひぇっ」
唖然としている私を背に庇うようにしてこんちゃんが一歩前に出ると、わかりやすいほどに二メートルの巨体が肩を跳ねさせる。
むしろ巨体ごとちょっと跳んだと思うほどで、見るからに萎縮してしまっていて。
“見た目的には緑くんの方が強そうだけど”
どうやら強さと見た目は比例しないらしかった。
「まぁ、今回は見逃してあげるけど……二度とゆっこに触らないでね」
「も、もちろんでさぁ!」
「次は幻覚で済ませないよ」
「へっ、へい!」
「いっちゃった……」
こんちゃんにそう念を押された緑くんが再び花畑を転がるようにして走りだし、私はただ呆然としながらその小さくなる背中を眺めていると。
「……ゆっこ」
「あ、は、はいっ!?」
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