2 / 31
第一章:仮初めの恋人
1.生贄か、恋人か
しおりを挟む
「確かに今日この日ばかりは、人間界と我らあやかしのいるあやかし界は近くはなるが」
「いやいや、されとて人間が迷い込むなど」
「だがしかし、今目の前に――」
“どう……なっているの?”
驚き座り込んだまま動けない私を前に、目の前のお狐様たちが口々に話し出す。
信じがたい光景だが、転んだ時に石畳で打ったらしい膝の痛みがこれは現実なのだと私に突きつけていて。
「偶然なんかじゃなかろうて」
そう誰かが口にした瞬間、口々に話していた彼らが一斉に口を閉じてギロリと私へ視線を向けた。
「――ッ!」
その圧に息を呑む。
「今日は祝い。我らが当主である迦之御ノ杜家の紅様の結婚式じゃ」
「そうじゃそうじゃ」
「こやつはつまり、それを祝った人間たちからの捧げ物じゃろうて」
「そうじゃそうじゃ」
そして続けられたその言葉に愕然とした。
“捧げ物!?”
動物園などで見かける狐が人間を食べるかはわからない。
だがこの状況での『捧げ物』ときたら、それはただの『生贄』だとしか聞こえない訳で。
「ち、ちがっ」
「若いおなごじゃ、これは良い」
「あぁ、これは良いな」
「やだ……」
なんとか否定しようとするが、私の声なんて聞こえていないのか互いに頷き合った彼らが舌舐りをし――……
「違いますよ、長老方」
「おや、白殿」
“びゃく……?”
その時目の前にふわりと現れたのは、白銀の髪と同じく白銀の尻尾、そしてまるで血のように赤い瞳の『白』と呼ばれた一人の狐だった。
何故か私を不躾な視線から庇うように立ったその彼は、座り込んだままだった私をまるで宝物のように気を遣いながらそっと立たせてくれる。
「彼女は桐生優子」
「!」
“なんで私の名前を!?”
まさか知っているとは思わなかった名前をフルネームで呼ばれギョッとするが、にこりと微笑まれると何も言えない。
それは私の名前を呼んだ声色がとても柔らかく、明らかに私を助けようとしてくれていると感じたからでもあって――
「俺の恋人なんですよ」
「「は……、はあぁぁあ!?」」
まるで当たり前のようにそう続けられ、私と、そして私を生贄だと結論付けようとしていた花嫁行列の面々が唖然とし口をぽかんと開けたまま固まった。
“訂正! 助けようとしてくれてるんじゃないっ”
にこりと微笑んだその顔は、今は口角をニッと上げて目を細めており、どうやらこの状況を楽しんでいるようで。
「どうしても姉上の結婚式が見てみたいと彼女が言うので、こっそり連れてきたんですよ」
「ですが白殿」
「ほら、こんなに可愛い彼女の望みは男として叶えなきゃですし?」
あはは、と笑いながら平然とそう説明しているが、私にとってはどれも初耳。
打ち合わせなく話の中心に混ぜられた私は、ボロが出ないようにただただ口を閉じているしかない。
“これはどう考えてもこの場を混乱させて遊んでるやつ!!”
そんな様子にじわりと冷や汗が滲む。
しかし、これ以上おかしなことになっては困ると思った私がなんとか訂正すべく口を開こうとするが、そんな私を止めるように彼の指先が私の唇にちょんと触れた。
「訂正すれば、“ゆっこ”は結婚祝いの捧げ物にされちゃうよ?」
「うっ」
小声でそう囁かれ、慌てて口をつぐむ。
“というか『ゆっこ』って”
普段自分が家族に呼ばれているあだ名まで知られていることに気が遠くなりそうになった。
――生贄か、恋人か。
私を見つめるその赤い瞳を、どうやら私は信じるしかないようで。
「君は俺の恋人、だよね?」
「わ……、私は」
“生贄になんか、なりたくない……っ”
「私は、貴方の恋人です!」
「ははっ、そうこなくっちゃ! 俺のことはこんちゃんって呼んでね」
「こん、ちゃん?」
“白って名前のどこに『こんちゃん』要素があるっていうのよ”
花嫁さんを姉上と呼んでいたということは、彼もあの長ったらしい『かのみのもり』という名字なのだろうが――姓名共にやはりこんちゃんという要素は見つけられない。
だが一際楽しそうにしている『こんちゃん』を見ていると、わざわざ指摘するのも躊躇われた私はそこには触れないことにして。
“どうせ私には選択肢なんてないんだし”
なるようにしかならないのなら、とことん流されてしまうしかないから。
私はこの瞬間、こんちゃんというお狐様の仮初めの恋人になったのだった。
「いやいや、されとて人間が迷い込むなど」
「だがしかし、今目の前に――」
“どう……なっているの?”
驚き座り込んだまま動けない私を前に、目の前のお狐様たちが口々に話し出す。
信じがたい光景だが、転んだ時に石畳で打ったらしい膝の痛みがこれは現実なのだと私に突きつけていて。
「偶然なんかじゃなかろうて」
そう誰かが口にした瞬間、口々に話していた彼らが一斉に口を閉じてギロリと私へ視線を向けた。
「――ッ!」
その圧に息を呑む。
「今日は祝い。我らが当主である迦之御ノ杜家の紅様の結婚式じゃ」
「そうじゃそうじゃ」
「こやつはつまり、それを祝った人間たちからの捧げ物じゃろうて」
「そうじゃそうじゃ」
そして続けられたその言葉に愕然とした。
“捧げ物!?”
動物園などで見かける狐が人間を食べるかはわからない。
だがこの状況での『捧げ物』ときたら、それはただの『生贄』だとしか聞こえない訳で。
「ち、ちがっ」
「若いおなごじゃ、これは良い」
「あぁ、これは良いな」
「やだ……」
なんとか否定しようとするが、私の声なんて聞こえていないのか互いに頷き合った彼らが舌舐りをし――……
「違いますよ、長老方」
「おや、白殿」
“びゃく……?”
その時目の前にふわりと現れたのは、白銀の髪と同じく白銀の尻尾、そしてまるで血のように赤い瞳の『白』と呼ばれた一人の狐だった。
何故か私を不躾な視線から庇うように立ったその彼は、座り込んだままだった私をまるで宝物のように気を遣いながらそっと立たせてくれる。
「彼女は桐生優子」
「!」
“なんで私の名前を!?”
まさか知っているとは思わなかった名前をフルネームで呼ばれギョッとするが、にこりと微笑まれると何も言えない。
それは私の名前を呼んだ声色がとても柔らかく、明らかに私を助けようとしてくれていると感じたからでもあって――
「俺の恋人なんですよ」
「「は……、はあぁぁあ!?」」
まるで当たり前のようにそう続けられ、私と、そして私を生贄だと結論付けようとしていた花嫁行列の面々が唖然とし口をぽかんと開けたまま固まった。
“訂正! 助けようとしてくれてるんじゃないっ”
にこりと微笑んだその顔は、今は口角をニッと上げて目を細めており、どうやらこの状況を楽しんでいるようで。
「どうしても姉上の結婚式が見てみたいと彼女が言うので、こっそり連れてきたんですよ」
「ですが白殿」
「ほら、こんなに可愛い彼女の望みは男として叶えなきゃですし?」
あはは、と笑いながら平然とそう説明しているが、私にとってはどれも初耳。
打ち合わせなく話の中心に混ぜられた私は、ボロが出ないようにただただ口を閉じているしかない。
“これはどう考えてもこの場を混乱させて遊んでるやつ!!”
そんな様子にじわりと冷や汗が滲む。
しかし、これ以上おかしなことになっては困ると思った私がなんとか訂正すべく口を開こうとするが、そんな私を止めるように彼の指先が私の唇にちょんと触れた。
「訂正すれば、“ゆっこ”は結婚祝いの捧げ物にされちゃうよ?」
「うっ」
小声でそう囁かれ、慌てて口をつぐむ。
“というか『ゆっこ』って”
普段自分が家族に呼ばれているあだ名まで知られていることに気が遠くなりそうになった。
――生贄か、恋人か。
私を見つめるその赤い瞳を、どうやら私は信じるしかないようで。
「君は俺の恋人、だよね?」
「わ……、私は」
“生贄になんか、なりたくない……っ”
「私は、貴方の恋人です!」
「ははっ、そうこなくっちゃ! 俺のことはこんちゃんって呼んでね」
「こん、ちゃん?」
“白って名前のどこに『こんちゃん』要素があるっていうのよ”
花嫁さんを姉上と呼んでいたということは、彼もあの長ったらしい『かのみのもり』という名字なのだろうが――姓名共にやはりこんちゃんという要素は見つけられない。
だが一際楽しそうにしている『こんちゃん』を見ていると、わざわざ指摘するのも躊躇われた私はそこには触れないことにして。
“どうせ私には選択肢なんてないんだし”
なるようにしかならないのなら、とことん流されてしまうしかないから。
私はこの瞬間、こんちゃんというお狐様の仮初めの恋人になったのだった。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜
瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。
大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。
そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。
後宮出入りの女商人 四神国の妃と消えた護符
washusatomi
キャラ文芸
西域の女商人白蘭は、董王朝の皇太后の護符の行方を追う。皇帝に自分の有能さを認めさせ、後宮出入りの女商人として生きていくために――。 そして奮闘する白蘭は、無骨な禁軍将軍と心を通わせるようになり……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
後宮の裏絵師〜しんねりの美術師〜
あきゅう
キャラ文芸
【女絵師×理系官吏が、後宮に隠された謎を解く!】
姫棋(キキ)は、小さな頃から絵師になることを夢みてきた。彼女は絵さえ描けるなら、たとえ後宮だろうと地獄だろうとどこへだって行くし、友人も恋人もいらないと、ずっとそう思って生きてきた。
だが人生とは、まったくもって何が起こるか分からないものである。
夏后国の後宮へ来たことで、姫棋の運命は百八十度変わってしまったのだった。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ナマズの器
螢宮よう
キャラ文芸
時は、多種多様な文化が溶け合いはじめた時代の赤い髪の少女の物語。
不遇な赤い髪の女の子が過去、神様、因縁に巻き込まれながらも前向きに頑張り大好きな人たちを守ろうと奔走する和風ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる