その寵愛、仮初めにつき!

春瀬湖子

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第一章:仮初めの恋人

1.生贄か、恋人か

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「確かに今日この日ばかりは、人間界と我らあやかしのいるあやかし界は近くはなるが」
「いやいや、されとて人間が迷い込むなど」
「だがしかし、今目の前に――」

“どう……なっているの?”

 驚き座り込んだまま動けない私を前に、目の前のお狐様たちが口々に話し出す。
 信じがたい光景だが、転んだ時に石畳で打ったらしい膝の痛みがこれは現実なのだと私に突きつけていて。


「偶然なんかじゃなかろうて」


 そう誰かが口にした瞬間、口々に話していた彼らが一斉に口を閉じてギロリと私へ視線を向けた。

「――ッ!」

 その圧に息を呑む。


「今日は祝い。我らが当主である迦之御ノ杜家の紅様の結婚式じゃ」
「そうじゃそうじゃ」
「こやつはつまり、それを祝った人間たちからの捧げ物じゃろうて」
「そうじゃそうじゃ」

 そして続けられたその言葉に愕然とした。

“捧げ物!?”

 動物園などで見かける狐が人間を食べるかはわからない。
 だがこの状況での『捧げ物』ときたら、それはただの『生贄』だとしか聞こえない訳で。

「ち、ちがっ」
「若いおなごじゃ、これは良い」
「あぁ、これは良いな」
「やだ……」

 なんとか否定しようとするが、私の声なんて聞こえていないのか互いに頷き合った彼らが舌舐りをし――……


「違いますよ、長老方」
「おや、白殿」

“びゃく……?”

 その時目の前にふわりと現れたのは、白銀の髪と同じく白銀の尻尾、そしてまるで血のように赤い瞳の『白』と呼ばれた一人の狐だった。

 何故か私を不躾な視線から庇うように立ったその彼は、座り込んだままだった私をまるで宝物のように気を遣いながらそっと立たせてくれる。

「彼女は桐生優子」
「!」

“なんで私の名前を!?”

 まさか知っているとは思わなかった名前をフルネームで呼ばれギョッとするが、にこりと微笑まれると何も言えない。
 
 それは私の名前を呼んだ声色がとても柔らかく、明らかに私を助けようとしてくれていると感じたからでもあって――


「俺の恋人なんですよ」
「「は……、はあぁぁあ!?」」


 まるで当たり前のようにそう続けられ、私と、そして私を生贄だと結論付けようとしていた花嫁行列の面々が唖然とし口をぽかんと開けたまま固まった。
 
“訂正! 助けようとしてくれてるんじゃないっ”

 にこりと微笑んだその顔は、今は口角をニッと上げて目を細めており、どうやらこの状況を楽しんでいるようで。

「どうしても姉上の結婚式が見てみたいと彼女が言うので、こっそり連れてきたんですよ」
「ですが白殿」
「ほら、こんなに可愛い彼女の望みは男として叶えなきゃですし?」

 あはは、と笑いながら平然とそう説明しているが、私にとってはどれも初耳。
 打ち合わせなく話の中心に混ぜられた私は、ボロが出ないようにただただ口を閉じているしかない。
 
 
“これはどう考えてもこの場を混乱させて遊んでるやつ!!”

 そんな様子にじわりと冷や汗が滲む。
 
 しかし、これ以上おかしなことになっては困ると思った私がなんとか訂正すべく口を開こうとするが、そんな私を止めるように彼の指先が私の唇にちょんと触れた。

 
「訂正すれば、“ゆっこ”は結婚祝いの捧げ物にされちゃうよ?」
「うっ」

 小声でそう囁かれ、慌てて口をつぐむ。

“というか『ゆっこ』って”

 普段自分が家族に呼ばれているあだ名まで知られていることに気が遠くなりそうになった。


 ――生贄か、恋人か。


 私を見つめるその赤い瞳を、どうやら私は信じるしかないようで。


「君は俺の恋人、だよね?」
「わ……、私は」

“生贄になんか、なりたくない……っ”

「私は、貴方の恋人です!」
「ははっ、そうこなくっちゃ! 俺のことはこんちゃんって呼んでね」
「こん、ちゃん?」

“白って名前のどこに『こんちゃん』要素があるっていうのよ”

 花嫁さんを姉上と呼んでいたということは、彼もあの長ったらしい『かのみのもり』という名字なのだろうが――姓名共にやはりこんちゃんという要素は見つけられない。

 だが一際楽しそうにしている『こんちゃん』を見ていると、わざわざ指摘するのも躊躇われた私はそこには触れないことにして。

“どうせ私には選択肢なんてないんだし”

 なるようにしかならないのなら、とことん流されてしまうしかないから。


 私はこの瞬間、こんちゃんというお狐様の仮初めの恋人になったのだった。
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