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1.余裕ぶっていた

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 ――この世界がヤンデレ乙女ゲームの世界で私が悪役令嬢だと気付いたのは、婚約者として王太子であるシルヴェストル・バールシュ殿下を紹介された十二歳の時。
 悪役令嬢マリアナ。それが私に与えられた役柄だった。
 
 自分が悪役令嬢だということに特別感想はなく、私を王太子妃にしようと子供に厳しすぎる教育をする両親というこの将来性格が歪みそうな家庭環境にむしろ納得したくらいである。

 
 このゲームが進めば、きっと強制力で私は婚約破棄されるのだろう。
 
“構わないわ”

 悪役令嬢に転生というのはヒロインとのバトルがセオリーだが、元々王太子妃の立場に興味はない。
 前世ではヒロインよりむしろ悪役令嬢こそが主人公の創作物が溢れ、必死に足掻き婚約者とハッピーエンドを迎えるものだって少なくはなかったが、それは彼女たちが恋し幼い時から必死に努力したからだ。

「それはあり得ないわ」

 だってここはヤンデレ乙女ゲーム。
 監禁も執着もお断りだし、そんな男からの溺愛なんていらない。

 ならば答えは簡単だ。
 何もしなければいいのだ。
 
 時期が来れば彼はこのゲームのヒロインと出会い、攻略され、私は婚約破棄という結末を迎えるのだから。

「このゲームの悪役令嬢は辺境の修道院に送られたはず、なら悪くないわね」

 あえて口に出し考えながら一人部屋を歩く。
 王太子妃になるべく幼い頃から厳しく躾られ、友達を作ることも誰かと気楽に話すことなかったせいか、前世の記憶が甦る前から冷めた子供だった私は冷静にそう分析した。

 
 殺される訳でないのなら尚更私にすることはなく、ただ優雅に落ち着きヒロインの登場を待てばいい。
 相手が執着ヤンデレ激重男だということは少し同情するが、どうせ何もしなくてもゲームの強制力とやらで全て上手くいくだろう。

 必要そうならばヒロインをいじめるくらいはしよう、それが二人の恋のスパイスになるならば――



 そう、思っていたのに。


「あぁ、やっと君と結婚出来た。これで僕たちは名実ともに夫婦だよ、マリアナ」
「シルヴェストル殿下」
「そんな他人行儀に呼ばないでくれ。今日夫婦になったんだ、僕のことはシルと」
「し、シル様、その……」

 じり、と近付く彼に合わせ少しずつ後退りしていた私は、とうとう壁にまで追い詰められこれ以上この距離を保つことが出来ない。

“なんで、どうして! ヒロインはどこに行ったのよ!?”

 ゲームが始まる学園の入学式にヒロインは現れず、ならば途中で編入してくるのかと待っている間にあっという間に卒業式。
 だがこれはゲームなのだ。学園外でヒロインらしき人物と接触しているだろうと高を括っていた。

 だってゲームには原作に沿うために必ず強制力が働くものだと、そう思っていたから。
 だが結果ヒロインは現れず、ゲームの強制力も働かず、ただただ順当に可もなく不可もなく婚約期間を終えて今日私は王太子妃になった。

 そこから考えられる結論は――
 
“逃げたわね!?”

 きっとヒロインにも私と同じく前世の記憶があったのだろう。
 そしてこんな執着ヤンデレ激重男とは関わりたくないと逃げたに違いない。

 そう結論付けた私は、どんどん距離を詰めてくるサファイア色の瞳のシル様を見てごくりと唾を呑んだ。

“まだよ、だって彼がヤンデレを発揮するのはヒロインにだったはず。なら私は今からでも逃げられるわ!”

 
「お待ちください、私たちは確かに今日夫婦になりましたが決して想い合った関係ではないはずです!」
「……へぇ?」


 しまった、と思った。
 彼の宝石のように輝いていたその瞳が輝きを失ったから。


「想い合ってないってことはマリアナは僕のことを好きじゃないってことなのかな、それは困ったな」
「ち、ちが……」
「そうだよね、君の瞳は僕ではない遠くをずっと見つめていたもの」

 一歩、また一歩とシル様が距離を詰め、手を伸ばさなくても触れてしまいそうなほど近くなる。

「マリアナの足の腱を切ってしまおうか。そうすれば君の世界は僕しかなくなるよ」
「ひっ」
「大丈夫、食事も排泄も全部僕が面倒をみてあげる」
「や、やだ……」
「あぁ、いいね。怯えたその瞳にやっと僕が映った」

 くすくすと笑う彼にどんどん血の気が引く。
 逃げたい、私もヒロインのように逃亡してしまいたいのに――


「大丈夫、そんなことはまだしない。まずはちゃんと好きになって貰う努力をしなくちゃね、僕に縋り懇願し甘える君を見たいから……だから、初夜の今日は気持ちよくなることだけを考えようね」
「しょ、や……、んっ」

 まるで見つめる相手を溶かすほどの甘い視線を向けられたと思ったら、あっという間に彼の唇が私の唇に重なる。
 ビクリと強張った私だったが、彼が私の頬に右手の親指と人差し指で力を込めて無理やり口を開かされ、すぐに熱い舌が口内に侵入した。

「んっ、んんっ」

 くちゅくちゅと音を立てながら口内を蹂躙される。
 彼の舌が私の歯列をなぞり、舌を絡ませ、トロりと唾液が注がれた。

 顎を押さえ上を向かされたせいで喉奥に流れ、そのままコクンと飲まされる。

「美味しい? もっと飲みたいよねぇ」
「ん、ぁ……!」

 見せつけながら舌で掬うように唾液を溜め、流されると押さえつけられているせいでピクリとも動けない私は飲む以外の選択肢はなかった。

 コクンと喉が動き嚥下したことを見たシル様の瞳が三日月型に歪む。

「可愛いな、マリアナは」

 さっきとは違う角度で口付けられ、今度は舌をちぅぅと吸われると、口内を蠢く舌があまりにも熱く、段々と彼とのキスに思考を奪われ私の体から力が抜けた。

 
「ひゃ!」
「早く触りたかったんだ、もちろん他の誰も触れてないよね?」

 私の顔を押さえている手とは反対の彼の手が私の胸を下から包むように持ち上げる。
 そのままむにむにと揉みながらそんなことを聞かれた私は、慌てて顔を左右に振った。

「だ、誰にも触られてなんて……っ」
「うん、そうだよね。知ってたよ、ずっと見てたから」

“ずっと、見てた……?”

 言われた意味がわからない。
 私は厳しい両親学園以外の外出は禁止され、ほぼ家にいたのだ。

 それなのにどうやって見ていたというのか。

“まさか、監視……”

 突拍子もないことだ、ただの言葉のあやかもしれない。
 それなのに彼ならば。
 私の知っているゲームの彼ならば、それくらいしてもおかしくないと気付きゾクリと寒気に襲われる。
 
「で、でも私はヒロインじゃないのに」
「ヒロイン? 君はずっと僕のヒロインだったよ」

 違う、そういう意味じゃない。そう言いたいのに彼の指が私の口内に入れられ舌を摘ままれた。
 そのままぐにぐにと感触を楽しむように触れられシル様の指が私の唾液に濡れる。

 私の唾液で濡れた指をわざわざ見せつけるように私の目の前に出した彼は、私の目をじっと見ながらそれらを舐め取った。

「ッ!」
「怯えてるの? 大丈夫、そんな君も可愛いから」
「あ、いや……」
「嫌だなんて嘘でしょう? 触れられたくて仕方なかったんじゃない?」
 
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