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番外編
1.デートの定義を考える
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明日は週明け仕事の日曜日、朝10時。
“最初は健全な時間のデートで警戒心をとく作戦かと思ったけど……”
結翔と付き合い出してもう何度目かのデートかは忘れてしまったが相変わらず午前集合を基本としていた。
どうやら彼のデートはこの時間がスタンダードらしい。
そしてこの時間から始まるデートにももうすっかり慣れてしまっていて。
「おはようございます、美月さん」
「おはよう」
“今日は映画を観てランチ、その後は……”
事前に話していたプランを思い出しながら彼の隣に並ぶ。
自然と人混みから庇うように半歩前に出た結翔が然り気無く手を繋いできて――
「手、熱いわね」
「えっ! すみませんっ」
ポツリと呟いた私の言葉を聞いた彼がハッとしたように慌てて手を離したが、その離された手を追いかけるようにしてもう一度繋ぐというより握り直す。
「美月さん?」
にぎにぎと確かめるように彼の手に触れ、じいっと彼の顔を見上げて。
「……貴方、今眠たいでしょ」
「へ?」
“うっすら充血した瞳、高い体温……体調は悪くなさそうだから単純に寝不足ってやつね”
具合は悪くなさそうで良かった、と安堵した私がほっと軽く息を吐く。
はじめてのデートという訳でもないのだ、私とのデートが楽しみで寝付けなかった、なんてことはないだろう。
と、なれば。
「……仕事、何時までしてたの」
「え? えぇっと」
「明日の社内ブレゼンの件かしら?」
「いや、そのぉ……」
「ゆ、い、と、さ、ん?」
「~~~、ハイ」
じろりと半眼になった私を見た彼が、まるで降参とでも言うように両手のひらを私に向けて手を上げた。
「資料完成してるって言ってなかった?」
「完成は、してる。ただもう少し改良出来る気がしたから」
「ふーん、そう」
“ま、そうやって仕事熱心なのはいいとこよね。根の詰めすぎはよくないけど”
若干呆れつつも、胸の奥が温かくなるのは今日の私との時間のために気になっていた仕事を終わらせるべく彼が頑張ったからだと知っているから。
「今日は映画、ナシにしましょ」
「え!」
「このコンディションで映画とか観てみなさいよ、貴方、寝るわよ」
「うぅっ」
私の指摘が図星だったのか、苦い顔をした彼に苦笑する。
そしてそんなところも可愛く見えた私はすっかり重傷だ。
「でも折角のデートが」
「あら、私は映画をナシにしようと言っただけでデートまでナシにしようとは言ってないわよ」
「……へ?」
ほら、やっぱりぽかんとしているこの子犬のような顔が可愛いんだから。
しょぼんとした彼にとびきり意地悪な笑顔を向けた私は、彼の腕を引き映画館ではなくスーパーに向かう。
「デートの概念はご存知? 同じ空間で共に時間を過ごすことよ」
ふふっと笑うと、やっと彼も笑顔を向けてくれたのだった。
「――デートの定義を知ってますか」
スーパーに寄り食材を買い込んだ私たちはそのまま彼の家へ向かい、そして寝室へ直行した。
もちろん理由は寝不足な彼を寝かせるためである。
「なんでデートなのに俺だけ寝かせられるんです!? せめて美月さんも一緒に寝てくださいよ」
「買った食材を片付けたいから嫌よ、腐ったらもったいないじゃない」
「二人で片付けるとか」
「そもそも寝不足なのは貴方だけよ、私は寝ないわ」
「デートですよね!?」
「立派な家デートじゃない」
私が断言すると、コレジャナイ、ナンカチガウと無理やり横にした彼がもそもそと口を動かす。
けれどやはり限界が近いのか、瞬きが多く、瞼が重くなってきたようで。
“横になっただけでもう寝そうじゃない”
そんな彼にくすりと笑った私がそっと彼の頭を撫でると、すぅすぅと寝息をたてはじめたのだった。
「じゃ、私はお昼ご飯の仕込みでもしておこうかしら」
会社から近いこともあり、付き合い出してから彼の家へ来ることが多かった。
いつの間にか彼の家のキッチンも使い方や配置を覚え、私の使いやすいように道具も増えて。
“なんだか少し夫婦みたい”
だなんて少し浮かれたことを考えつつ買ったばかりのネギを刻む。
「寝起きに食べるんだから消化にいいものよね……」
生麺のパックうどんは買ったし、うどんに散らすネギは刻んだ。
卵は出汁と茹で合わせる時に混ぜるとして、それは彼が起きてからでいいだろう。
“思ったより下準備ってないわね”
買った食材を片付けネギを刻んだだけであっさりと準備を終わらせた私は、リビングのソファに腰掛けてスマホを開く。
昨日買ったばかりの電子書籍を読みながら時間を潰すためだ。
“何もせず待ってるのももったいないもの”
一瞬だけ、彼のベッドに潜り込むという選択肢も頭に過ったのだが――
「ゆっくり寝てほしいものね」
デートならこれからも何度でも出来る。
それにこうやって同じ空間にいながら熟睡してくれるというのは、信頼されているようで悪い気はしなかった。
それからどれくらいの時間がたったのだろうか。
ごそごそと寝室から物音がしたことに気付き視線をそちらへ向けると、今朝会った時より顔色のいい結翔がひょっこり顔を出す。
「おはよう」
「……本当にベッドに来てくれなかった……」
寝起きの彼に声をかけると、ぽつりとそんな呟きの返事が来て小さく吹き出した。
“恥ずかしいのね”
拗ねてるようなセリフだが、表情からは気恥ずかしさが感じられるのでデート中に恋人を放置して寝てしまったことへの罪悪感と気まずさからの言葉だろう。
「私は気にしてないわよ?」
「俺は気にしてるんです!」
私のフォローにわあっと言い返した彼がとぼとぼと近付き、垂れた耳と尻尾が見える気までして。
「言ったじゃない、デートの概念はご存知? って」
「違う部屋でも同じ空間認識されるんですか。というか俺もデートの定義について確認したと思うんですけど」
「それに本を読んでいたからあっという間だったわよ?」
どこか不服そうな彼にくすくす笑いながらスマホを見せると、チラリと視線をスマホへと移した結翔が私をソファの背もたれ側から抱き締めた。
「何読んでたんですか」
「昨日買った経済学の本」
「美月さんっぽい……」
背後から抱き締められ前側に回った彼の腕にそっと手を添える。
頬に彼の吐息を感じつつ、その声色に少し落ち込んでいるような気配を感じて。
「……私は楽しかったし嬉しかったわよ」
「?」
「他人が家にいるのに熟睡とか出来ないじゃない。そりゃ疲れてたってのが一番にあるんだろうけど……私は他人カテゴリーじゃないのかしらって」
安心出来る相手として、結翔の中にいるのかと思うと嬉しかった。
それに。
「あの……、お昼ご飯の下準備をするために一人でキッチンに立ってたら、えーっと、その」
“新妻気分で楽しかった、は流石に引かれるかしら”
ふとキッチンでの妄想を思い出し口にしたものの一気に焦る。
これを口にして、結婚をちらつかせてるだなんて思われたらどうしよう……と思った私の額にじわりと冷や汗が滲んだ。
「お昼の準備してくれたんですか?」
「あ、いや……っ、その、ネギを刻んだくらいなんだけど」
「嬉しいです」
「だからその、ネギを少し切っただけで」
「それでもです。俺のために俺の家で料理してくれるのって、こんなに嬉しいんですね」
一人暮らしだし、彼も料理をすることは知っている。
けれど、だからこそ誰かが自分のために作ってくれたものというのは特別なのかとそう納得し――
「早速食べたくなっちゃったんですけど、いいですか?」
「え? ちょ……待っ、んんっ!」
前側に回っていた彼の手がゆるりと動き私の胸を持ち上げるように揉み出した。
「お昼っ、食べるんじゃ……っ!」
「先に美月さんがいいです」
「さっきまで疲れてたじゃない」
「えぇ。寝たので全快しました」
“それはそうかもしれないけどっ”
むにゅりと揉み続ける彼の手が乳首のあるだろう部分を偶然なのか故意なのか何度も擦って。
「新妻みたいな美月さん、見たかったなぁ」
「!」
こっそり私の中でだけした妄想を彼から告げられドキリとする。
自分と同じことを考え、そして引くどころか見れなかったことを残念がってくれていると思うと私の胸の奥が温かくなった。
“最初は健全な時間のデートで警戒心をとく作戦かと思ったけど……”
結翔と付き合い出してもう何度目かのデートかは忘れてしまったが相変わらず午前集合を基本としていた。
どうやら彼のデートはこの時間がスタンダードらしい。
そしてこの時間から始まるデートにももうすっかり慣れてしまっていて。
「おはようございます、美月さん」
「おはよう」
“今日は映画を観てランチ、その後は……”
事前に話していたプランを思い出しながら彼の隣に並ぶ。
自然と人混みから庇うように半歩前に出た結翔が然り気無く手を繋いできて――
「手、熱いわね」
「えっ! すみませんっ」
ポツリと呟いた私の言葉を聞いた彼がハッとしたように慌てて手を離したが、その離された手を追いかけるようにしてもう一度繋ぐというより握り直す。
「美月さん?」
にぎにぎと確かめるように彼の手に触れ、じいっと彼の顔を見上げて。
「……貴方、今眠たいでしょ」
「へ?」
“うっすら充血した瞳、高い体温……体調は悪くなさそうだから単純に寝不足ってやつね”
具合は悪くなさそうで良かった、と安堵した私がほっと軽く息を吐く。
はじめてのデートという訳でもないのだ、私とのデートが楽しみで寝付けなかった、なんてことはないだろう。
と、なれば。
「……仕事、何時までしてたの」
「え? えぇっと」
「明日の社内ブレゼンの件かしら?」
「いや、そのぉ……」
「ゆ、い、と、さ、ん?」
「~~~、ハイ」
じろりと半眼になった私を見た彼が、まるで降参とでも言うように両手のひらを私に向けて手を上げた。
「資料完成してるって言ってなかった?」
「完成は、してる。ただもう少し改良出来る気がしたから」
「ふーん、そう」
“ま、そうやって仕事熱心なのはいいとこよね。根の詰めすぎはよくないけど”
若干呆れつつも、胸の奥が温かくなるのは今日の私との時間のために気になっていた仕事を終わらせるべく彼が頑張ったからだと知っているから。
「今日は映画、ナシにしましょ」
「え!」
「このコンディションで映画とか観てみなさいよ、貴方、寝るわよ」
「うぅっ」
私の指摘が図星だったのか、苦い顔をした彼に苦笑する。
そしてそんなところも可愛く見えた私はすっかり重傷だ。
「でも折角のデートが」
「あら、私は映画をナシにしようと言っただけでデートまでナシにしようとは言ってないわよ」
「……へ?」
ほら、やっぱりぽかんとしているこの子犬のような顔が可愛いんだから。
しょぼんとした彼にとびきり意地悪な笑顔を向けた私は、彼の腕を引き映画館ではなくスーパーに向かう。
「デートの概念はご存知? 同じ空間で共に時間を過ごすことよ」
ふふっと笑うと、やっと彼も笑顔を向けてくれたのだった。
「――デートの定義を知ってますか」
スーパーに寄り食材を買い込んだ私たちはそのまま彼の家へ向かい、そして寝室へ直行した。
もちろん理由は寝不足な彼を寝かせるためである。
「なんでデートなのに俺だけ寝かせられるんです!? せめて美月さんも一緒に寝てくださいよ」
「買った食材を片付けたいから嫌よ、腐ったらもったいないじゃない」
「二人で片付けるとか」
「そもそも寝不足なのは貴方だけよ、私は寝ないわ」
「デートですよね!?」
「立派な家デートじゃない」
私が断言すると、コレジャナイ、ナンカチガウと無理やり横にした彼がもそもそと口を動かす。
けれどやはり限界が近いのか、瞬きが多く、瞼が重くなってきたようで。
“横になっただけでもう寝そうじゃない”
そんな彼にくすりと笑った私がそっと彼の頭を撫でると、すぅすぅと寝息をたてはじめたのだった。
「じゃ、私はお昼ご飯の仕込みでもしておこうかしら」
会社から近いこともあり、付き合い出してから彼の家へ来ることが多かった。
いつの間にか彼の家のキッチンも使い方や配置を覚え、私の使いやすいように道具も増えて。
“なんだか少し夫婦みたい”
だなんて少し浮かれたことを考えつつ買ったばかりのネギを刻む。
「寝起きに食べるんだから消化にいいものよね……」
生麺のパックうどんは買ったし、うどんに散らすネギは刻んだ。
卵は出汁と茹で合わせる時に混ぜるとして、それは彼が起きてからでいいだろう。
“思ったより下準備ってないわね”
買った食材を片付けネギを刻んだだけであっさりと準備を終わらせた私は、リビングのソファに腰掛けてスマホを開く。
昨日買ったばかりの電子書籍を読みながら時間を潰すためだ。
“何もせず待ってるのももったいないもの”
一瞬だけ、彼のベッドに潜り込むという選択肢も頭に過ったのだが――
「ゆっくり寝てほしいものね」
デートならこれからも何度でも出来る。
それにこうやって同じ空間にいながら熟睡してくれるというのは、信頼されているようで悪い気はしなかった。
それからどれくらいの時間がたったのだろうか。
ごそごそと寝室から物音がしたことに気付き視線をそちらへ向けると、今朝会った時より顔色のいい結翔がひょっこり顔を出す。
「おはよう」
「……本当にベッドに来てくれなかった……」
寝起きの彼に声をかけると、ぽつりとそんな呟きの返事が来て小さく吹き出した。
“恥ずかしいのね”
拗ねてるようなセリフだが、表情からは気恥ずかしさが感じられるのでデート中に恋人を放置して寝てしまったことへの罪悪感と気まずさからの言葉だろう。
「私は気にしてないわよ?」
「俺は気にしてるんです!」
私のフォローにわあっと言い返した彼がとぼとぼと近付き、垂れた耳と尻尾が見える気までして。
「言ったじゃない、デートの概念はご存知? って」
「違う部屋でも同じ空間認識されるんですか。というか俺もデートの定義について確認したと思うんですけど」
「それに本を読んでいたからあっという間だったわよ?」
どこか不服そうな彼にくすくす笑いながらスマホを見せると、チラリと視線をスマホへと移した結翔が私をソファの背もたれ側から抱き締めた。
「何読んでたんですか」
「昨日買った経済学の本」
「美月さんっぽい……」
背後から抱き締められ前側に回った彼の腕にそっと手を添える。
頬に彼の吐息を感じつつ、その声色に少し落ち込んでいるような気配を感じて。
「……私は楽しかったし嬉しかったわよ」
「?」
「他人が家にいるのに熟睡とか出来ないじゃない。そりゃ疲れてたってのが一番にあるんだろうけど……私は他人カテゴリーじゃないのかしらって」
安心出来る相手として、結翔の中にいるのかと思うと嬉しかった。
それに。
「あの……、お昼ご飯の下準備をするために一人でキッチンに立ってたら、えーっと、その」
“新妻気分で楽しかった、は流石に引かれるかしら”
ふとキッチンでの妄想を思い出し口にしたものの一気に焦る。
これを口にして、結婚をちらつかせてるだなんて思われたらどうしよう……と思った私の額にじわりと冷や汗が滲んだ。
「お昼の準備してくれたんですか?」
「あ、いや……っ、その、ネギを刻んだくらいなんだけど」
「嬉しいです」
「だからその、ネギを少し切っただけで」
「それでもです。俺のために俺の家で料理してくれるのって、こんなに嬉しいんですね」
一人暮らしだし、彼も料理をすることは知っている。
けれど、だからこそ誰かが自分のために作ってくれたものというのは特別なのかとそう納得し――
「早速食べたくなっちゃったんですけど、いいですか?」
「え? ちょ……待っ、んんっ!」
前側に回っていた彼の手がゆるりと動き私の胸を持ち上げるように揉み出した。
「お昼っ、食べるんじゃ……っ!」
「先に美月さんがいいです」
「さっきまで疲れてたじゃない」
「えぇ。寝たので全快しました」
“それはそうかもしれないけどっ”
むにゅりと揉み続ける彼の手が乳首のあるだろう部分を偶然なのか故意なのか何度も擦って。
「新妻みたいな美月さん、見たかったなぁ」
「!」
こっそり私の中でだけした妄想を彼から告げられドキリとする。
自分と同じことを考え、そして引くどころか見れなかったことを残念がってくれていると思うと私の胸の奥が温かくなった。
応援ありがとうございます!
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