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本編
2.その言い訳は、最善であったが最適解ではない
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お姫様抱っこされながら早川さんに受付をあける旨声をかけた私は、そのまま水澄さんに甘えさせて貰い彼の上司を呼んで貰う。
早朝ではあったが、もう出社していたらしくすぐ電話に出てくれたようで。
「ロッカーの鍵をお借りしてもいいかしら?」
「あ、はい。お手数をおかけして申し訳ありません」
そう声をかけられ、慌ててベストのポケットを探す。
まだ更衣室には誰もいなかったようで、鍵を渡すと水澄さんの上司はにこりと微笑んで受け取りドアの前にいる私たちへの配慮か扉を開けたまま声をかけてくれた。
「ロッカーはどこかしら」
「あ、右端から二つ目のです」
「そう。わかったわ」
“仕事出来そう……! というか、本当に出来る人なのよね”
彼女の細やかな気遣いに、なるほど流石気遣いが出来ると評判の水澄さんの上司なのだと実感する。
そんな営業部の盛岡理香子部長は、まだ41歳という若さで部長としても営業としても第一線で活躍していて、受付にいる私にもやり手という噂が聞こえるほどの人だった。
「次出社した時でいいから総務部に早退届を出しておいてね。盛岡には言っておくわ」
彼女の口から出た同じ苗字に、あ。と思う。
“確か総務部長が旦那さんだったはず”
元々営業として一緒に働いていた旦那さんは、結婚をキッカケに総務部へと移ったという。
途中で移動したにも関わらず、旦那さんも部長という地位に就いていることから夫婦共に仕事が出来るのだろう。
そうやって互いに尊重し合える二人を少し羨ましく思い、それと同時に粉をかけてくる副社長を思い出した私はげんなりとした。
その複雑な心境をぶち壊すように、私の代わりにロッカーを開けてくれた盛岡部長が声を上げる。
「……あら? 制服のスカートもここに掛かってるわね」
「!!」
その言葉を聞いた私は思わず息を呑みビクッと肩を跳ねさせた。
「予備です、洗い替えを置いてるんですよ」
「あぁ。そうなのね」
咄嗟に言い訳の出なかった私の代わりに、水澄さんがしれっとそう返事をする。
あまりにも当然というように断言したからか、あっさり納得してくれてそれ以上スカートについては追及されなかった、の、だが。
「……水澄がどうして断言するの?」
「そっ、れは……!」
唯一制服ではなく私服のスーツで働く営業部の彼が断言するという行為は、確かに違和感があったのだろう。
だが、だからといって正直に説明することも今更出来ず、思わず口ごもった私に聞こえたのは。
「俺たち付き合ってるんです」
という、彼の爆弾発言だった。
“オレタチ、ツキアッテルンデス?”
水澄さんの言葉を聞いてぽかんと口を開けて振り向いた盛岡部長、そしてそれ以上に愕然とした顔の私はそれぞれ彼の方を向くが、そんな視線はむしろ気付いてないというように彼は話を続けた。
「今日のアポは10時からで余裕がありますし、心配なのでこのまま彼女を送って行ってもいいでしょうか?」
「あー、そうね。彼女が心配でポカされても困るしね」
少し冗談っぽくそう笑った盛岡部長に、唖然としている私の代わりにお礼を言った水澄さんが私の荷物を彼女から受け取る。
その様子を見てやっとハッとした私も慌てて頭を下げると、そのまま片手をひらりと振った彼女はエレベーターへ向かって歩き出した。
営業部のある六階に戻るのだろう。
そんな盛岡部長の後ろ姿を呆然としながら見送った私は、エレベーターが閉まったことを確認してからジロリと彼を見上げる。
「……何言ってくれてるんですか」
「他にいい説明がなくて」
“そんなはずないでしょう!?”
どう考えても付き合っていることにする必要はなかったはずだ、と眉を吊り上げた私に気付いたのか、水澄さんが私とは反対に眉尻を下げた。
「なら、久保さんが間髪入れずに返答してくれたらよかったのに」
「うっ」
「それに付き合っていることにしたお陰で今二人になれましたよ。スカート、穿きますよね?」
「それは……」
“そう、なのよね”
確かに盛岡部長の疑問に私が口ごもらず回答出来ていれば何も問題はなかったし、たまたままだ更衣室には誰もいなかったがこの状況で彼の腕から抜けスカートを穿いていない下半身を盛岡部長の前で晒すことも出来ない。
だからと言って付き合っているという理由もないのに、更衣室に今から二人だけにしてくれという言い分はもちろん通らないだろう。
結局は彼が言うことが正しいと判断した私は、小声でお礼を言うしかなかったのだった。
人が来る前に、とそそくさと更衣室に入りスカートを穿く。
たったそれだけで心が少し安定したので、やはりスカートを穿いていないというさっきまでの状況は思っている以上に心もとなく不安だったのだと実感した。
私服に着替えた私が更衣室から出ると、そこにはまだ水澄さんがいて。
「え、帰ったんじゃなかったの?」
思わずぽかんと彼を見る。
「送るって言ったじゃないですか。あ、これはさっき部長に言ったからじゃなく、久保さんが心配だからですよ」
さらりとそんなことを言いつつ私の手から荷物を奪うように持ってくれ、私に合わせゆっくりと歩き出した。
けれど、いくら助けてくれたからといってこのまま彼に甘えることは完璧美人という仮面を被っている私としては出来ない。
“それに、男なんてどうせ下心しかないし”
先ほどの盛岡部長夫婦の話は確かに素敵だと思ったし、彼が親切心で助けてくれたこともわかっているが、やはりどうしてもこの現状を作った一因でもある副社長が私の中に引っかかったというのも大きい。
「い、いいわよ! 帰るだけだし、電車に乗ればすぐだもの」
そのせいか、反射的にそう口にした私は慌てて彼が持ってくれた自身の荷物にしがみついて断った。
「水澄さんはもう戻って大丈夫だから」
「それ、逆に怪しくないですか」
「え」
「さっき俺上司に送るって伝えたんです。それなのにすぐに戻ったら喧嘩でもしたのかなって深読みされません?」
「ふ、普通に体調が戻って来たから一人で帰ったとか、気を遣って一人で帰ったとか言えばいいんじゃ……」
「いや、普通は自分の彼女が体調不良で、しかも仕事を抜ける許可まで貰ったのに送らないなんてことしないでしょ」
ハッキリとそう断言され確かにそうかもと納得してしまった私は、彼の言葉への反論を失ってしまって。
「という訳で、駐車場行きますよ」
そしてそのまま流されるように彼の後をついて行った。
「荷物は後ろに置きますよ。久保さんは助手席へどうぞ」
「……」
「あと、自宅の住所カーナビに入れてもらえますか」
「……」
「ナビさえ入れてくれれば、あとは着いたときに起こしますので寝ててください」
「……」
サクサクと指示を出す水澄さんに思わず怪訝な顔を向ける。
“なんか、手慣れてない?”
考えすぎと言われればそれまでだが、荷物と引き離されたらすぐには逃げ出せないし、自宅を履歴に残すのにも抵抗がある。
しかも寝てていいとまできたもんだ。
“まさか起きたらラブホに……なんてこと、ないわよね?”
ついそんな邪推をした私が車に乗り込むのを躊躇っていると、水澄さんがきょとんとした顔を向けて小首を傾げた。
「どうかしましたか? あっ、まさか熱が更に上がったんじゃ……」
「! だ、大丈夫だから!」
そしてすぐにハッとした表情になった彼が私の方へ駆け寄ろうとしたのを見て慌てて止める。
彼のその本当に心配したという純粋そうな顔を見てむくむくと私に罪悪感が芽生えた。
その罪悪感からか、緊張していた気持ちをふぅっと小さな息とともに吐き出した私は、少し困ったような顔をしている彼へゆっくり首を左右に振る。
「でも」
「大丈夫、今車に乗ろうと思っていたの」
“それに万が一の時は、全身で暴れてやるわ”
私たちが一緒にいることは盛岡部長も知っているのだ。
先ほど芽生えた罪悪感も相まって、流石にこの状況で滅多なことにはならないだろうと考え直した私は車に乗り込む。
やはり住所をよく知らな男性の車に入れるのは抵抗があったものの、ここでそれを拒否しても車に乗った以上彼は家まで送る気だろうし、何よりここで動揺した姿を見られて自意識過剰だなんて噂を流されるのは避けたいと思った。
取り入っただとか媚びてるだとか散々な噂たちに、自意識過剰の勘違い女なんて噂まで追加されたら――
早朝ではあったが、もう出社していたらしくすぐ電話に出てくれたようで。
「ロッカーの鍵をお借りしてもいいかしら?」
「あ、はい。お手数をおかけして申し訳ありません」
そう声をかけられ、慌ててベストのポケットを探す。
まだ更衣室には誰もいなかったようで、鍵を渡すと水澄さんの上司はにこりと微笑んで受け取りドアの前にいる私たちへの配慮か扉を開けたまま声をかけてくれた。
「ロッカーはどこかしら」
「あ、右端から二つ目のです」
「そう。わかったわ」
“仕事出来そう……! というか、本当に出来る人なのよね”
彼女の細やかな気遣いに、なるほど流石気遣いが出来ると評判の水澄さんの上司なのだと実感する。
そんな営業部の盛岡理香子部長は、まだ41歳という若さで部長としても営業としても第一線で活躍していて、受付にいる私にもやり手という噂が聞こえるほどの人だった。
「次出社した時でいいから総務部に早退届を出しておいてね。盛岡には言っておくわ」
彼女の口から出た同じ苗字に、あ。と思う。
“確か総務部長が旦那さんだったはず”
元々営業として一緒に働いていた旦那さんは、結婚をキッカケに総務部へと移ったという。
途中で移動したにも関わらず、旦那さんも部長という地位に就いていることから夫婦共に仕事が出来るのだろう。
そうやって互いに尊重し合える二人を少し羨ましく思い、それと同時に粉をかけてくる副社長を思い出した私はげんなりとした。
その複雑な心境をぶち壊すように、私の代わりにロッカーを開けてくれた盛岡部長が声を上げる。
「……あら? 制服のスカートもここに掛かってるわね」
「!!」
その言葉を聞いた私は思わず息を呑みビクッと肩を跳ねさせた。
「予備です、洗い替えを置いてるんですよ」
「あぁ。そうなのね」
咄嗟に言い訳の出なかった私の代わりに、水澄さんがしれっとそう返事をする。
あまりにも当然というように断言したからか、あっさり納得してくれてそれ以上スカートについては追及されなかった、の、だが。
「……水澄がどうして断言するの?」
「そっ、れは……!」
唯一制服ではなく私服のスーツで働く営業部の彼が断言するという行為は、確かに違和感があったのだろう。
だが、だからといって正直に説明することも今更出来ず、思わず口ごもった私に聞こえたのは。
「俺たち付き合ってるんです」
という、彼の爆弾発言だった。
“オレタチ、ツキアッテルンデス?”
水澄さんの言葉を聞いてぽかんと口を開けて振り向いた盛岡部長、そしてそれ以上に愕然とした顔の私はそれぞれ彼の方を向くが、そんな視線はむしろ気付いてないというように彼は話を続けた。
「今日のアポは10時からで余裕がありますし、心配なのでこのまま彼女を送って行ってもいいでしょうか?」
「あー、そうね。彼女が心配でポカされても困るしね」
少し冗談っぽくそう笑った盛岡部長に、唖然としている私の代わりにお礼を言った水澄さんが私の荷物を彼女から受け取る。
その様子を見てやっとハッとした私も慌てて頭を下げると、そのまま片手をひらりと振った彼女はエレベーターへ向かって歩き出した。
営業部のある六階に戻るのだろう。
そんな盛岡部長の後ろ姿を呆然としながら見送った私は、エレベーターが閉まったことを確認してからジロリと彼を見上げる。
「……何言ってくれてるんですか」
「他にいい説明がなくて」
“そんなはずないでしょう!?”
どう考えても付き合っていることにする必要はなかったはずだ、と眉を吊り上げた私に気付いたのか、水澄さんが私とは反対に眉尻を下げた。
「なら、久保さんが間髪入れずに返答してくれたらよかったのに」
「うっ」
「それに付き合っていることにしたお陰で今二人になれましたよ。スカート、穿きますよね?」
「それは……」
“そう、なのよね”
確かに盛岡部長の疑問に私が口ごもらず回答出来ていれば何も問題はなかったし、たまたままだ更衣室には誰もいなかったがこの状況で彼の腕から抜けスカートを穿いていない下半身を盛岡部長の前で晒すことも出来ない。
だからと言って付き合っているという理由もないのに、更衣室に今から二人だけにしてくれという言い分はもちろん通らないだろう。
結局は彼が言うことが正しいと判断した私は、小声でお礼を言うしかなかったのだった。
人が来る前に、とそそくさと更衣室に入りスカートを穿く。
たったそれだけで心が少し安定したので、やはりスカートを穿いていないというさっきまでの状況は思っている以上に心もとなく不安だったのだと実感した。
私服に着替えた私が更衣室から出ると、そこにはまだ水澄さんがいて。
「え、帰ったんじゃなかったの?」
思わずぽかんと彼を見る。
「送るって言ったじゃないですか。あ、これはさっき部長に言ったからじゃなく、久保さんが心配だからですよ」
さらりとそんなことを言いつつ私の手から荷物を奪うように持ってくれ、私に合わせゆっくりと歩き出した。
けれど、いくら助けてくれたからといってこのまま彼に甘えることは完璧美人という仮面を被っている私としては出来ない。
“それに、男なんてどうせ下心しかないし”
先ほどの盛岡部長夫婦の話は確かに素敵だと思ったし、彼が親切心で助けてくれたこともわかっているが、やはりどうしてもこの現状を作った一因でもある副社長が私の中に引っかかったというのも大きい。
「い、いいわよ! 帰るだけだし、電車に乗ればすぐだもの」
そのせいか、反射的にそう口にした私は慌てて彼が持ってくれた自身の荷物にしがみついて断った。
「水澄さんはもう戻って大丈夫だから」
「それ、逆に怪しくないですか」
「え」
「さっき俺上司に送るって伝えたんです。それなのにすぐに戻ったら喧嘩でもしたのかなって深読みされません?」
「ふ、普通に体調が戻って来たから一人で帰ったとか、気を遣って一人で帰ったとか言えばいいんじゃ……」
「いや、普通は自分の彼女が体調不良で、しかも仕事を抜ける許可まで貰ったのに送らないなんてことしないでしょ」
ハッキリとそう断言され確かにそうかもと納得してしまった私は、彼の言葉への反論を失ってしまって。
「という訳で、駐車場行きますよ」
そしてそのまま流されるように彼の後をついて行った。
「荷物は後ろに置きますよ。久保さんは助手席へどうぞ」
「……」
「あと、自宅の住所カーナビに入れてもらえますか」
「……」
「ナビさえ入れてくれれば、あとは着いたときに起こしますので寝ててください」
「……」
サクサクと指示を出す水澄さんに思わず怪訝な顔を向ける。
“なんか、手慣れてない?”
考えすぎと言われればそれまでだが、荷物と引き離されたらすぐには逃げ出せないし、自宅を履歴に残すのにも抵抗がある。
しかも寝てていいとまできたもんだ。
“まさか起きたらラブホに……なんてこと、ないわよね?”
ついそんな邪推をした私が車に乗り込むのを躊躇っていると、水澄さんがきょとんとした顔を向けて小首を傾げた。
「どうかしましたか? あっ、まさか熱が更に上がったんじゃ……」
「! だ、大丈夫だから!」
そしてすぐにハッとした表情になった彼が私の方へ駆け寄ろうとしたのを見て慌てて止める。
彼のその本当に心配したという純粋そうな顔を見てむくむくと私に罪悪感が芽生えた。
その罪悪感からか、緊張していた気持ちをふぅっと小さな息とともに吐き出した私は、少し困ったような顔をしている彼へゆっくり首を左右に振る。
「でも」
「大丈夫、今車に乗ろうと思っていたの」
“それに万が一の時は、全身で暴れてやるわ”
私たちが一緒にいることは盛岡部長も知っているのだ。
先ほど芽生えた罪悪感も相まって、流石にこの状況で滅多なことにはならないだろうと考え直した私は車に乗り込む。
やはり住所をよく知らな男性の車に入れるのは抵抗があったものの、ここでそれを拒否しても車に乗った以上彼は家まで送る気だろうし、何よりここで動揺した姿を見られて自意識過剰だなんて噂を流されるのは避けたいと思った。
取り入っただとか媚びてるだとか散々な噂たちに、自意識過剰の勘違い女なんて噂まで追加されたら――
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