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本編
プロローグ:そこが私の戦場だから
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KANGAWAカンパニーは七階建ての自社ビルを持つ電子機器を中心に取り扱う大手商社。
そしてその会社の顔とも言える受付が私こと久保美月の職場であり……
「ごめんなさぁい、美月先輩と違って私か弱いからか今少し体調悪くてぇ。少し休んでから行きますねぇ」
“あー、ハイハイ。トイレでメイク直しね”
鼻から声を出しているのかと錯覚するような甘い声に辟易とするのはいつものこと。
受付は二人体制になっているのだが、ここ最近は私一人で立つ時間が多かった。
「なっんでそれが成立するのよ」
仮にも大手企業だろう。
いつも二人いる受付が一人しかいなかったらおかしいと誰か一人くらい声をあげてもおかしくはないのだが……逆に大手だからこそ我関せず、の側面が強く出ているのかもしれない。
黒髪ストレートの私とは違いミルクティーベージュの巻き髪をふわりと肩で揺らした同僚が、全く体調が悪くなさそうな様子で更衣室を出る。
そんな彼女を横目で一瞥した私は、イライラとしながらロッカーの鍵を開けた。
以前はロッカーの鍵をかけずに帰っていたのだが、制服や予備の生理用品くらいしか入れていないとはいえ今は何をされるかわからず施錠して帰るようにしている。
“ほんっと幼稚なんだから”
仕事を押し付けられたり嫌がらせをされたり。
陰口も散々叩かれていて。
もともと誰かとなれ合うタイプではなかったし、少しキツそうに見えるツリ目も相まって冷たい印象を与えることも自覚していた。
だがそのイメージがむしろプラスになるよう仕事を徹底し、誰に対しても平等に接することを心がけて。
ニュースも欠かさずチェックし、進んで誰かと関わらない代わりに常にアンテナを張り耳だけはしっかり動かした。
そしてそんな小さな努力がいつしか実を結び、新卒で入社した頃は「冷たく愛想のない女」だった私が「クールな完璧美人」と評されるまでに約四年。
その努力をしてきたからこそ『美月さんって美人ですね』とか言われたらそのまま『ありがとう』と返すし、『一緒にメイク直し行きません?』といったお誘いは一蹴してきたのだ。
もちろんそういった私の行動が嫌がらせ行為を助長させた原因だと理解はしているが――
「私が美人なのは当たり前でしょ!? だって努力してるもの! その努力を褒められたら受け取るに決まってるじゃない!!」
この苛立ちをぶつけるように着ていた私服を乱雑にかける。
その勢いのまま制服のシャツを取り袖を通した。
「あとさぁ! 一緒にトイレ行くメリットって何よ、新色のリップでも交換するの? デパートでやってろ!!」
私服のスカートも勢いよく脱ぎロッカーへ叩き込む。
買ったばかりの黒のミモレ丈のスカートは特に最近のお気に入りだが、今日は何故かいつもよりイライラしてしまい感情のコントロールが上手くいかなかった。
もしかしたら疲れが出ているのかもしれない。
確かに私は他のきゃぴきゃぴした女子からは浮いてはいたが、それでも一か月前まではこんな状況ではなくて。
“私がこんな目に合うようになったのは絶対副社長のせいだわ……!”
その心当たりに苦虫を嚙み潰したような顔になる。
それと同時に思い出されるのは、40代後半に入っているとは思えない、それどころかどこかさわやかさすらも感じる笑顔。
ブランドスーツを着こなし穏やかな話し方をする若手副社長は女子社員から絶大な人気があった。
副社長なのだからもちろんお金も地位持っている。
そんな副社長から声をかけられたのが、たまたま私だったのだ。
『もしかして何か悩んでいたりしないかな。私でよければ相談に乗るよ』
受付での仕事中のことだった。
その突然の出来事に一瞬呆気にとられ反応が遅れたのも悪かったのだろう。
いつもどんな誘いも一蹴してきたからこそ、私が反応しなかったことで満更でもないと勘違いした副社長はそれ以来会う度に下心たっぷりで『慰めてあげようか』なんてやたらと近付いてくるし、最初に声をかけられた時一緒に受付業務を担当していた同僚は取り入っただとか媚びてるだとか散々な噂を流し出す始末。
そしてその日を境に受付業務が私の担当時間だけ一人体勢がデフォルトになったのだ。
だが、呆気にとられ反応が遅れたのも仕方ないことだろう。
何故なら副社長は――
「奥さんがいるじゃないのよ!」
フーッと鼻息荒くロッカーからスカーフを取り首に巻いた私は、その勢いのままバタンとロッカーを叩くように閉めた。
ガチャンと力一杯かけたロッカーの鍵をベストのポケットへ滑り込ませる。
“不倫だなんてたまったもんじゃないわ!”
自分としては何一つ納得できない理由で妬まれ嫌がらせを受けることも、そんな理由で仕事を放棄する同僚も、結婚しているのに粉をかけてくる副社長も。
“全部全部、イライラして仕方ないわ……!”
苛立ちながら勢いよくと更衣室のドアを開けたからか、思ったよりもその音がまだ誰も出社してきていない廊下に響いた気がした。
受付という業務の性質上どの社員よりも早く出社するため、より一層そう感じたのかもしれない。
「なんか、いつもより顔が赤いかしら」
ふとガラスに反射した自分の顔を見て首を傾げる。
ここ一か月、押し付けられた業務で忙しかったのと精神的なストレスで寝不足が続いているからだろうか。
だが、ここで体調不良を訴えて何になるのだろう。
“こんなことで私の有給を使うのは癪だもの”
あんな幼稚なことしかできない奴らに勤務を代わってくれと頼むのも、本日の相方だろうサボり魔を探して体力を使うこともしたくないと思った私は、自分の体調を誤魔化すように頭を左右に振る。
「今日を乗り越えれば土日だし」
一人そう呟いた私は、再び前を向き廊下を進んだ。
突き当りのエレベーターを降りればすぐそこが受付、私の戦場だから。
まだ誰もいない廊下にカッカッと私のヒールの音だけが響いたのだった。
そしてその会社の顔とも言える受付が私こと久保美月の職場であり……
「ごめんなさぁい、美月先輩と違って私か弱いからか今少し体調悪くてぇ。少し休んでから行きますねぇ」
“あー、ハイハイ。トイレでメイク直しね”
鼻から声を出しているのかと錯覚するような甘い声に辟易とするのはいつものこと。
受付は二人体制になっているのだが、ここ最近は私一人で立つ時間が多かった。
「なっんでそれが成立するのよ」
仮にも大手企業だろう。
いつも二人いる受付が一人しかいなかったらおかしいと誰か一人くらい声をあげてもおかしくはないのだが……逆に大手だからこそ我関せず、の側面が強く出ているのかもしれない。
黒髪ストレートの私とは違いミルクティーベージュの巻き髪をふわりと肩で揺らした同僚が、全く体調が悪くなさそうな様子で更衣室を出る。
そんな彼女を横目で一瞥した私は、イライラとしながらロッカーの鍵を開けた。
以前はロッカーの鍵をかけずに帰っていたのだが、制服や予備の生理用品くらいしか入れていないとはいえ今は何をされるかわからず施錠して帰るようにしている。
“ほんっと幼稚なんだから”
仕事を押し付けられたり嫌がらせをされたり。
陰口も散々叩かれていて。
もともと誰かとなれ合うタイプではなかったし、少しキツそうに見えるツリ目も相まって冷たい印象を与えることも自覚していた。
だがそのイメージがむしろプラスになるよう仕事を徹底し、誰に対しても平等に接することを心がけて。
ニュースも欠かさずチェックし、進んで誰かと関わらない代わりに常にアンテナを張り耳だけはしっかり動かした。
そしてそんな小さな努力がいつしか実を結び、新卒で入社した頃は「冷たく愛想のない女」だった私が「クールな完璧美人」と評されるまでに約四年。
その努力をしてきたからこそ『美月さんって美人ですね』とか言われたらそのまま『ありがとう』と返すし、『一緒にメイク直し行きません?』といったお誘いは一蹴してきたのだ。
もちろんそういった私の行動が嫌がらせ行為を助長させた原因だと理解はしているが――
「私が美人なのは当たり前でしょ!? だって努力してるもの! その努力を褒められたら受け取るに決まってるじゃない!!」
この苛立ちをぶつけるように着ていた私服を乱雑にかける。
その勢いのまま制服のシャツを取り袖を通した。
「あとさぁ! 一緒にトイレ行くメリットって何よ、新色のリップでも交換するの? デパートでやってろ!!」
私服のスカートも勢いよく脱ぎロッカーへ叩き込む。
買ったばかりの黒のミモレ丈のスカートは特に最近のお気に入りだが、今日は何故かいつもよりイライラしてしまい感情のコントロールが上手くいかなかった。
もしかしたら疲れが出ているのかもしれない。
確かに私は他のきゃぴきゃぴした女子からは浮いてはいたが、それでも一か月前まではこんな状況ではなくて。
“私がこんな目に合うようになったのは絶対副社長のせいだわ……!”
その心当たりに苦虫を嚙み潰したような顔になる。
それと同時に思い出されるのは、40代後半に入っているとは思えない、それどころかどこかさわやかさすらも感じる笑顔。
ブランドスーツを着こなし穏やかな話し方をする若手副社長は女子社員から絶大な人気があった。
副社長なのだからもちろんお金も地位持っている。
そんな副社長から声をかけられたのが、たまたま私だったのだ。
『もしかして何か悩んでいたりしないかな。私でよければ相談に乗るよ』
受付での仕事中のことだった。
その突然の出来事に一瞬呆気にとられ反応が遅れたのも悪かったのだろう。
いつもどんな誘いも一蹴してきたからこそ、私が反応しなかったことで満更でもないと勘違いした副社長はそれ以来会う度に下心たっぷりで『慰めてあげようか』なんてやたらと近付いてくるし、最初に声をかけられた時一緒に受付業務を担当していた同僚は取り入っただとか媚びてるだとか散々な噂を流し出す始末。
そしてその日を境に受付業務が私の担当時間だけ一人体勢がデフォルトになったのだ。
だが、呆気にとられ反応が遅れたのも仕方ないことだろう。
何故なら副社長は――
「奥さんがいるじゃないのよ!」
フーッと鼻息荒くロッカーからスカーフを取り首に巻いた私は、その勢いのままバタンとロッカーを叩くように閉めた。
ガチャンと力一杯かけたロッカーの鍵をベストのポケットへ滑り込ませる。
“不倫だなんてたまったもんじゃないわ!”
自分としては何一つ納得できない理由で妬まれ嫌がらせを受けることも、そんな理由で仕事を放棄する同僚も、結婚しているのに粉をかけてくる副社長も。
“全部全部、イライラして仕方ないわ……!”
苛立ちながら勢いよくと更衣室のドアを開けたからか、思ったよりもその音がまだ誰も出社してきていない廊下に響いた気がした。
受付という業務の性質上どの社員よりも早く出社するため、より一層そう感じたのかもしれない。
「なんか、いつもより顔が赤いかしら」
ふとガラスに反射した自分の顔を見て首を傾げる。
ここ一か月、押し付けられた業務で忙しかったのと精神的なストレスで寝不足が続いているからだろうか。
だが、ここで体調不良を訴えて何になるのだろう。
“こんなことで私の有給を使うのは癪だもの”
あんな幼稚なことしかできない奴らに勤務を代わってくれと頼むのも、本日の相方だろうサボり魔を探して体力を使うこともしたくないと思った私は、自分の体調を誤魔化すように頭を左右に振る。
「今日を乗り越えれば土日だし」
一人そう呟いた私は、再び前を向き廊下を進んだ。
突き当りのエレベーターを降りればすぐそこが受付、私の戦場だから。
まだ誰もいない廊下にカッカッと私のヒールの音だけが響いたのだった。
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