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6.「おかえり」と告げる声の主
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“ごめんなさい、ミルシュカ”
以前の宿敵、そして今は信頼出来る侍女である彼女へと内心謝罪する。
私の扇を見つけた後に今度は主人である私を探させることになるなんて。
“そして今度は扇のようには見つからないわ”
何故ならば、場所として提案されたのがアンドレアス殿下の私室だったからだ。
「さぁ、入ってくれ」
「ッ、かしこまりました」
“まさか殿下の私室へ入る日が来るだなんて……!”
いくら殿下の命令であっても、未婚の令嬢である私が足を踏み入れるには『私室』という場所はあまりにも不適切。
万一殿下のお手付きになった場合、それがただの噂でも結婚相手を探すことが困難になる。
だからこそ本来ならば場所を庭園など開けた場所にして貰うべきだというのはわかっていたのだが。
「互いにメリットはあるだろう?」
そう言われれば頷くしかなかったのだ。
“そもそもニコラウス殿下の婚約者候補筆頭である今、他の貴族令息からの婚約申込みなんて来るはずがないし”
それにそのニコラウス殿下の婚約者になるつもりが毛頭ない今、アンドレアス殿下との噂が出るのは私としてはむしろメリットだった。
殿下としても、研究場所として使っている私室で話が聞けるのは好都合なのだろう。
“だから、何も起きない……はず、よね?”
それでも、やり直す前の時間も含めて私にそういった経験はなく緊張していたのだが――……
「ほう、ではそのネックレス自体に何か衝撃が起きて時間が巻き戻ったというわけではないのだな!」
「そ、そうですわね……、傷が入るようなことすらなかったかと思います。むしろ私の手のひらが傷付いたくらいで」
「やはり持ち主への危害で時間が戻るということなのか。ならどうやって持ち主を判別したんだ? 着用時間なのか? というか魔道具でついた傷は治らなかったのか? なんでだ? もしかして魔法の発動にそういう縛りがあるのか?」
「…………。」
“本当に研究者なのね”
閨事を懸念した自分が恥ずかしくなるくらいの反応に、私はただただ呆気に取られていた。
「巻き戻った時間がほぼ十年というのも興味深いな、まさかそんなに時間を戻すことが出来るとは。それにその時間を選んだ理由も気になる」
“私が巻き戻った、その日の理由?”
必死にメモを取りながら考え込む殿下の言葉に、ふとある可能性に気付く。
「それでしたら、わかるかもしれませんわ」
「な、何っ!?」
ガタタッと椅子から立ち上がり前のめりになる殿下。
いつもどこか妖艶な雰囲気の彼が、今は新しいことに夢中になっている少年のようで少し面白い。
「巻き戻る前の私はニコラウス殿下と婚約関係にあり、そして裏切られたのです」
「あぁ、それで?」
「巻き戻った日は、ニコラウス殿下との婚約の打診が入った日でした」
「! つまり、未来のその惨事を防ぐための日、ということか?」
私の言葉に納得したらしい殿下は、だがすぐに私の顔をじっと見つめる。
「だが、回避するというのであればニコが浮気相手の令嬢と出会う日でも良かったのではないか?」
「それは……どうでしょうか」
確かにそれでも私が死ぬ未来は回避されるかもしれない。
だが、遅かれ早かれ以前のミルシュカであれば出会うよう手を回しただろうし、それに私はどんな理由があれ自分を殺すような人との結婚なんて考えられない。
「やり直した今の私は、もうニコラウス殿下と婚姻を結ぶつもりはないのです」
「なるほど、ならばやはりネックレスが持ち主の望む最適な時期へと巻き戻したと考えるべきか。巻き戻りが起きた状況や、他に変わったことはなかったか? あと、目覚めた時の状況も知りたい。朝起きた時のような感じか? それとも場面が切り替わるような瞬間的な出来事なのだろうか」
私の話を聞き再びペンを走らせたアンドレアス殿下は、この人こんなに喋るんだと思うほどの言葉を発しながら紙をびっしりと文字で埋め尽くす。
チラリと視界に映るその表情は、まるで新しい玩具を貰った少年のようにうきうきとしていて。
“本当に子供みたいね”
私より五歳上のアンドレアス殿下。
公務などでお姿を拝見する時は誰よりも冷静に淡々と仕事をこなしているように見えていた。
それが対外的な姿だということはもちろんわかってはいたが、まさか本当の彼がこんな感じだとは思わなかった私は気付けば自然とクスクス笑みを溢していて。
そして笑っている私を唖然と見つめる殿下と目が合い血の気が引いた。
以前の宿敵、そして今は信頼出来る侍女である彼女へと内心謝罪する。
私の扇を見つけた後に今度は主人である私を探させることになるなんて。
“そして今度は扇のようには見つからないわ”
何故ならば、場所として提案されたのがアンドレアス殿下の私室だったからだ。
「さぁ、入ってくれ」
「ッ、かしこまりました」
“まさか殿下の私室へ入る日が来るだなんて……!”
いくら殿下の命令であっても、未婚の令嬢である私が足を踏み入れるには『私室』という場所はあまりにも不適切。
万一殿下のお手付きになった場合、それがただの噂でも結婚相手を探すことが困難になる。
だからこそ本来ならば場所を庭園など開けた場所にして貰うべきだというのはわかっていたのだが。
「互いにメリットはあるだろう?」
そう言われれば頷くしかなかったのだ。
“そもそもニコラウス殿下の婚約者候補筆頭である今、他の貴族令息からの婚約申込みなんて来るはずがないし”
それにそのニコラウス殿下の婚約者になるつもりが毛頭ない今、アンドレアス殿下との噂が出るのは私としてはむしろメリットだった。
殿下としても、研究場所として使っている私室で話が聞けるのは好都合なのだろう。
“だから、何も起きない……はず、よね?”
それでも、やり直す前の時間も含めて私にそういった経験はなく緊張していたのだが――……
「ほう、ではそのネックレス自体に何か衝撃が起きて時間が巻き戻ったというわけではないのだな!」
「そ、そうですわね……、傷が入るようなことすらなかったかと思います。むしろ私の手のひらが傷付いたくらいで」
「やはり持ち主への危害で時間が戻るということなのか。ならどうやって持ち主を判別したんだ? 着用時間なのか? というか魔道具でついた傷は治らなかったのか? なんでだ? もしかして魔法の発動にそういう縛りがあるのか?」
「…………。」
“本当に研究者なのね”
閨事を懸念した自分が恥ずかしくなるくらいの反応に、私はただただ呆気に取られていた。
「巻き戻った時間がほぼ十年というのも興味深いな、まさかそんなに時間を戻すことが出来るとは。それにその時間を選んだ理由も気になる」
“私が巻き戻った、その日の理由?”
必死にメモを取りながら考え込む殿下の言葉に、ふとある可能性に気付く。
「それでしたら、わかるかもしれませんわ」
「な、何っ!?」
ガタタッと椅子から立ち上がり前のめりになる殿下。
いつもどこか妖艶な雰囲気の彼が、今は新しいことに夢中になっている少年のようで少し面白い。
「巻き戻る前の私はニコラウス殿下と婚約関係にあり、そして裏切られたのです」
「あぁ、それで?」
「巻き戻った日は、ニコラウス殿下との婚約の打診が入った日でした」
「! つまり、未来のその惨事を防ぐための日、ということか?」
私の言葉に納得したらしい殿下は、だがすぐに私の顔をじっと見つめる。
「だが、回避するというのであればニコが浮気相手の令嬢と出会う日でも良かったのではないか?」
「それは……どうでしょうか」
確かにそれでも私が死ぬ未来は回避されるかもしれない。
だが、遅かれ早かれ以前のミルシュカであれば出会うよう手を回しただろうし、それに私はどんな理由があれ自分を殺すような人との結婚なんて考えられない。
「やり直した今の私は、もうニコラウス殿下と婚姻を結ぶつもりはないのです」
「なるほど、ならばやはりネックレスが持ち主の望む最適な時期へと巻き戻したと考えるべきか。巻き戻りが起きた状況や、他に変わったことはなかったか? あと、目覚めた時の状況も知りたい。朝起きた時のような感じか? それとも場面が切り替わるような瞬間的な出来事なのだろうか」
私の話を聞き再びペンを走らせたアンドレアス殿下は、この人こんなに喋るんだと思うほどの言葉を発しながら紙をびっしりと文字で埋め尽くす。
チラリと視界に映るその表情は、まるで新しい玩具を貰った少年のようにうきうきとしていて。
“本当に子供みたいね”
私より五歳上のアンドレアス殿下。
公務などでお姿を拝見する時は誰よりも冷静に淡々と仕事をこなしているように見えていた。
それが対外的な姿だということはもちろんわかってはいたが、まさか本当の彼がこんな感じだとは思わなかった私は気付けば自然とクスクス笑みを溢していて。
そして笑っている私を唖然と見つめる殿下と目が合い血の気が引いた。
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