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3.教育をしてあげる
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「ミルシュカ・ブレアと申します」
エマの仕事は早かった。
“まぁ、相手がどこの誰かわかっているのだから当然と言えば当然だけれど――”
何故連れてこられたかわからず困惑を滲ませるミルシュカの後ろでスンッとした表情で立っているエマへと視線を向ける。
突然理由なく十歳の少女を連れて来るように命じても表情ひとつ崩さず任務を遂行する彼女は、流石公爵家の侍女というところだろう。
「あの、今日は何で私を……」
「貴女を雇うわ」
「え?」
ブレア男爵家。
元々商人だったミルシュカの父が、金で男爵位を買い貴族となった家。
“成り上がった商人が爵位を買うことは珍しくない”
ただ問題は、妻が元人気娼婦だということ。
別に娼婦を金で買い上げ妻とすること自体は悪くないが、ミルシュカの母は浪費癖が凄かったのだ。
娼婦時代の貢がれる贅沢な暮らしが忘れられず浪費三昧。
時には逆に若い男すらも買っていたという報告もあり、そしていつしかブレア男爵家の資金は底をつき貧乏な暮らしへと変化した。
すると今度は金のある男にブレア夫人は貢がせるようになり――そしてそんな環境にいたミルシュカも自然とその技を学んだのだろう。
――より金のある男を。その体を使って。
“王太子以上に彼女を満足させてくれる男はいないわ”
そんな女にまんまと落とされたニコラウス殿下にはガッカリだが、そもそもそんな女にミルシュカがなったのも『稼ぎ方』を学んだのが母からだからだ。
「だから、貴女を雇ってあげると言っているの」
「雇う、ですか?」
「そうよ、もちろん仕事は私の遊び相手などではないわ。私の侍女としてエマから仕事を学びなさい」
ハッキリそう告げると、ミルシュカのペリドットのような黄緑の瞳が揺れる。
“彼女はまだ今の私と同じたった十歳。働くことがどういうことかわからないのだろうけれど”
――未来の私が調べた情報では、幼い頃の彼女はたった一人に愛し愛される運命とやらに憧れていたのだという。
“まぁ、それがいつしかただの落とし文句になりニコラウス殿下を含め沢山の男がコロッと落とされた訳だけれど”
でも、彼女の境遇を考えればその憧れはあながち間違いではないと思うから。
「お金に困っているんでしょう」
「!」
「そして貴女は母を軽蔑しているわね」
“そんな未来しか選べなかった十九の貴女ではなく、今の貴女はまだ染まってはいないはずだから”
「そんなこと」
「愛していることと軽蔑していることは同時に存在することもあるの、おかしくないわ。だからこそここで学びなさい。そして淑女になりなさい」
「淑女に……?」
“ニコラウス殿下へ行き着く前にも散々色んな男性と関係を持っていた貴女は男爵令嬢であり娼婦そのものだったけれど”
「貴女が目指すのは貴女の母ではないわ。間近で私を見て習い、そしてたった一人だけを篭絡なさい」
流石に中身は別として十歳の少女である私が『篭絡』なんて言葉を使ったためか、後ろに控えていたエマの肩がピクリと動いたが、どうやらミルシュカには届いたようで。
「……私は、お父様がいるのに色んな男の人を家に連れ込むお母様が信じられません」
ぎゅ、と自身のスカートを握ったミルシュカはさっきまで不安気に揺れていたその瞳に意志を宿らせ私を見つめる。
「よろしくお願いいたします、ビクトリア様……!」
「えぇ。ちゃんと賃金も弾むわ、だから精々励みなさい」
“変わったミルシュカがたった一人の運命の相手にニコラウス殿下を選ぶなら、それもいいわね”
よそ見せず、互いだけを見つめるのならば。
それも悪くはないのだから――
「エマ、お願いね」
「はい、ビクトリア様」
しっかりと頷くエマと、まだ純真な瞳をしたミルシュカへ私はにこりと微笑んだのだった。
エマの仕事は早かった。
“まぁ、相手がどこの誰かわかっているのだから当然と言えば当然だけれど――”
何故連れてこられたかわからず困惑を滲ませるミルシュカの後ろでスンッとした表情で立っているエマへと視線を向ける。
突然理由なく十歳の少女を連れて来るように命じても表情ひとつ崩さず任務を遂行する彼女は、流石公爵家の侍女というところだろう。
「あの、今日は何で私を……」
「貴女を雇うわ」
「え?」
ブレア男爵家。
元々商人だったミルシュカの父が、金で男爵位を買い貴族となった家。
“成り上がった商人が爵位を買うことは珍しくない”
ただ問題は、妻が元人気娼婦だということ。
別に娼婦を金で買い上げ妻とすること自体は悪くないが、ミルシュカの母は浪費癖が凄かったのだ。
娼婦時代の貢がれる贅沢な暮らしが忘れられず浪費三昧。
時には逆に若い男すらも買っていたという報告もあり、そしていつしかブレア男爵家の資金は底をつき貧乏な暮らしへと変化した。
すると今度は金のある男にブレア夫人は貢がせるようになり――そしてそんな環境にいたミルシュカも自然とその技を学んだのだろう。
――より金のある男を。その体を使って。
“王太子以上に彼女を満足させてくれる男はいないわ”
そんな女にまんまと落とされたニコラウス殿下にはガッカリだが、そもそもそんな女にミルシュカがなったのも『稼ぎ方』を学んだのが母からだからだ。
「だから、貴女を雇ってあげると言っているの」
「雇う、ですか?」
「そうよ、もちろん仕事は私の遊び相手などではないわ。私の侍女としてエマから仕事を学びなさい」
ハッキリそう告げると、ミルシュカのペリドットのような黄緑の瞳が揺れる。
“彼女はまだ今の私と同じたった十歳。働くことがどういうことかわからないのだろうけれど”
――未来の私が調べた情報では、幼い頃の彼女はたった一人に愛し愛される運命とやらに憧れていたのだという。
“まぁ、それがいつしかただの落とし文句になりニコラウス殿下を含め沢山の男がコロッと落とされた訳だけれど”
でも、彼女の境遇を考えればその憧れはあながち間違いではないと思うから。
「お金に困っているんでしょう」
「!」
「そして貴女は母を軽蔑しているわね」
“そんな未来しか選べなかった十九の貴女ではなく、今の貴女はまだ染まってはいないはずだから”
「そんなこと」
「愛していることと軽蔑していることは同時に存在することもあるの、おかしくないわ。だからこそここで学びなさい。そして淑女になりなさい」
「淑女に……?」
“ニコラウス殿下へ行き着く前にも散々色んな男性と関係を持っていた貴女は男爵令嬢であり娼婦そのものだったけれど”
「貴女が目指すのは貴女の母ではないわ。間近で私を見て習い、そしてたった一人だけを篭絡なさい」
流石に中身は別として十歳の少女である私が『篭絡』なんて言葉を使ったためか、後ろに控えていたエマの肩がピクリと動いたが、どうやらミルシュカには届いたようで。
「……私は、お父様がいるのに色んな男の人を家に連れ込むお母様が信じられません」
ぎゅ、と自身のスカートを握ったミルシュカはさっきまで不安気に揺れていたその瞳に意志を宿らせ私を見つめる。
「よろしくお願いいたします、ビクトリア様……!」
「えぇ。ちゃんと賃金も弾むわ、だから精々励みなさい」
“変わったミルシュカがたった一人の運命の相手にニコラウス殿下を選ぶなら、それもいいわね”
よそ見せず、互いだけを見つめるのならば。
それも悪くはないのだから――
「エマ、お願いね」
「はい、ビクトリア様」
しっかりと頷くエマと、まだ純真な瞳をしたミルシュカへ私はにこりと微笑んだのだった。
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