断罪されて死に戻ったけど、私は絶対悪くない!

春瀬湖子

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2.どう考えても、私は絶対悪くないもの

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“俗っぽいフィクションだとバカにしていたけれど”

「確か小説では、心を入れ換えて違う人生を歩むのよね?」
「どうかされましたか?」

 エマが夢中になって話してくれた内容を必死に思い出す。
 詳しく聞きたいが、目の前のエマは『まだその小説には出会っていない』から何故悪女とされたヒロインがそのように行動を変化させたのかは聞けず、私は私で考えるしかなくて。

“普通に考えたら死にたくないから、だろうけれど……”

 これでも私は公爵令嬢なのだ、誰よりも気高くなくてはならない。
 そんな私が、身体的な終わりを迎えないためにプライドを捨てるなんてそんな真似は絶対に出来ない。

 それは社交界からの死を意味し、そしてその事実は私という全てを否定するものだから。

 
「……というか」

 ――そもそも、浮気した相手が悪いでしょう。

「婚約者がいながら他の女に現を抜かし、あまつさえ処刑ですって!?」
「び、ビクトリア様?」
「あり得ないわ、どう考えてもあり得ない! あの女だって、自身の身分を顧みず婚約者のいる殿方を体で篭絡したのよ。そもそも消されて当然でしょう!」
「び、ビクトリア様……!?」

 突然興奮し憤る私に戸惑うエマには申し訳ないが、それでもこの怒りを抑えることなど出来ない。

 精神的にはあの処刑された時の19歳のはずだが、肉体である十歳へ引っ張られてしまっているのか、それとも自分勝手な理由で処刑されたこの恨みがそうさせているのか。

 どちらなのかはわからないが、今の私はどうしても大人の仮面をつけることなんて出来なくて――


「お嬢様、ニコラウス殿下がいらっしゃいました」
「!」

 その時私室の扉がノックされ、フォシェル家の侍従が声をかける。

“対策を練る時間も貰えないのね……!”

 チッと舌打ちしたくなる気持ちだけはなんとか抑え、バサリと金髪を手ではらった私は小さくため息を吐いた。

“どんな理由であれ、王族をお待たせする訳にはいかない”

「わかったわ」

 ――まずはこの婚約を回避する。

 
“心を入れ換える? あり得ないわ、だって私は絶対に悪くなんてないんだもの!”

 キッと睨むように扉を見た私は、『二度目』になる殿下との婚約の場へ足を進めたのだった。

 ◇◇◇

 ――結果から言えば婚約は不成立となった。

“けれど、満点ではないわね……”

 顔合わせのお茶会。
 その場にいたのはニコラウス殿下と彼の護衛騎士、そして私と私の父だった。

「年齢を理由に正式な婚約は回避できたけれど」

“同じく年齢を理由に婚約しない理由もない、とされてしまった――”


 まだ私は十歳、殿下は十二歳。
 正式な契約として婚約を結ぶのは足枷になる、と説得したまでは良かったしその考えに納得はして貰えた。

 けれどやはり政治的なものが絡むのか、この話自体が流れた訳ではなくまた時期を改めるという結論に至ったのだ。
 それはつまり、数年後に正式な婚約が結ばれる可能性もある訳で――


「絶ッ対嫌よ! 勝手に浮気して、そして処刑ですって!? そんな横暴な男になんか嫁ぐものですか!」

 公爵令嬢を裁判もせずにその場で処刑するなどという暴走が許されたのは、彼が王太子になったからだろう。

 だが第二王子である彼が王太子になるには公爵家の後ろ盾が必要で、そしてその盾こそ『私』だったはずだ。
 つまり私のお陰で権力を得たくせに、その権力で私を処刑したということになる。

「……それに、私は暗殺なんて画策してないわ」

 ハッキリ聞いた浮気相手への『暗殺』の企て。
 ぶっちゃけ私が画策してもおかしくはないほどではあるが、それでも私の怒りの対象は他の女に骨抜きにされ馬鹿に成り下がったニコラウス殿下へ向けられていた。

“だから私があの女の暗殺を狙った訳ではないけれど……”

 だが、裏取りもせずに独断で処刑を実行するだろうか?
 もし過ちだった場合、王太子という立場どころか全ての権利を剥奪される可能性もあるのに?

“つまり証拠があったということよ”

 それが『本物』であるかは別として。


「……あの女の自作自演で証拠を捏造し、まんまと騙されたのかしら。いえ、共謀し私を排除するのが目的だったのかも」

 確信はないが、だがあの女が関わっていることは間違いない。
 何故なら彼女は『当事者』だから。

“誰かに命を狙われた、ではなく『私』に命を狙われたと証言したからこそあんな断罪劇が繰り広げられたのよ”
 
 なら、やはり最も怪しいのはニコラウス殿下の未来の浮気相手であった、あの女……


 ふん、と鼻を鳴らした私が机の上のベルをチリンと鳴らすと、すぐにエマが室内へと入ってきた。

「いかがされましたか?」
「ちょっと連れてきて欲しい女がいるの」
「女、でございますか」
「えぇ、そうよ。年は私と同じで名前はミルシュカ。ブレア男爵家の娘だったはず」
「かしこまりました。お茶会の招待状をお出ししま――」
「いいえ」

 エマの言葉を遮った私は、ゆっくりと首を左右に振る。

「侍女として雇いなさい。彼女は教育がなっていないわ、キッチリわからせてあげて」

 にこりと微笑むと、私の言葉の裏を察したのかコクリと彼女も頷いて。

「お嬢様の申されるままに」

 そのまま部屋を出ていった。


“未来の私だってただ浮気される様子を眺めていた訳ではないのよ”

 自分勝手に股を開く女も、そしてそんな女に簡単に篭絡される男も私には必要なんてないから。


「……私は、私を改めたりはしないわ」

 だって私は悪くない。どう考えても悪いのは向こうなのだ。
 けれど、同じ行動をすれば同じ道を辿るだろう。

 ならば。


「貴女たちを変えてあげるわ、私が教育してあげる」

 クッと喉が鳴る。
 どうやら私は笑っているらしかった。
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