【R18】悪徳公爵の閨係~バツ5なのに童貞だなんて聞いてませんッ!~

春瀬湖子

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11.仕事に優劣などないのだから

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「公爵様は……、!」

 連れて来てくれたイレナの背中に隠れるようにしながら訓練所を覗くと、他の騎士と訓練をしている公爵様の姿があった。

“凄い、全然負けてないわ!”

 強いのだろうとは想像していたが、まさか騎士と互角に戦えるレベルだったとは想定外で思わずイレナの背中から乗り出してしまった、その時だった。

「……サシャ?」
「!」

 ふとこちらに視線を向けた公爵様が手を止め振り返る。
 黒曜石のように真っ黒だと思っていた彼の瞳は、サンサンと降り注ぐ太陽光の下だと少し茶色がかることを知った。

 一瞬その美しさに目を奪われていた私だが、すぐにハッとしイレナの背中へと隠れる。

「どうしよう、見つかってしまったわ」
「大丈夫ですよ。それよりほら、ルミール様のところへ行かなくていいんですか?」
「そ、そんなことを言われても……」

“娼婦が閨以外の場所で近寄って本当に大丈夫かしら”

 どうしてもその不安が私の頭を過り、もごもごとイレナの後ろに隠れたまま躊躇っていると、まるで私の不安なんて些細な事だったかのように近寄ってきた公爵様が、当たり前のように私へと手を差し出した。

「隠れたりなんかしてどうしたんだ? ほら、サシャ、怖いことなんてないぞ」
「で、ですがその」

 不思議そうな顔をする公爵様に戸惑いつつ辺りを見渡すと、同じく不思議そうな顔でこちらを見る騎士たちに気付きビクッと肩を跳ねさせる。

“注目されてる!”

 そりゃ突然訓練場に来た人物が誰なのか気になるだろう。
 しかもその相手に公爵様自らが手を差し出しているなら尚更だ。
 ――一体どんなレディが顔を出すのか。
 もしかしたら次期公爵夫人なのではないか。
 
 だが、そんな彼に促され姿を現した人物がただの娼婦だったなら、彼らはどんな反応をするのだろうか。
 私にガッカリするだけならまだしも、その落胆が公爵様にまで向けられてしまったら――

「ほら。早く出てきたらいい」
「そうですよ、サシャ様。折角来たんですから」
「ってちょっと! 私まだ悩んでるのに!?」

 そんな私なんてお構いなしに、サッと身を翻し私と位置を入れ換えたイレナが私の背を押し、公爵様が宙を彷徨う私の手を掴む。
 まるでエスコートするように左手で私の手を握り、右手は私の腰へと回された。
 
 そしてそのまま騎士たちの方へ振り返った公爵様に唖然とする。

“か、隠れ……”
「彼女はサシャ」
“紹介しちゃったー!?”
「訳あって現在滞在して貰っているが、彼女は俺の大事な女性だ。丁重に扱うように」
「なっ!」

“大事な女性……!?”

 さらりと付け足されたその言葉に呆気に取られ、ぽかんと口を開いて見上げると、見上げる私に気付いた公爵様が恥ずかし気もなくにこりと笑いかけた。

“だ、大事な練習相手の女性、ってことよね?”

 確かに堂々と大事な『練習』相手だとは言えない。
 きっとそういうことのはず。

 だがそのままの言葉で受け取った騎士たちは一瞬で色めき立った。

「おぉ……っ」
「ルミール様が女性に笑顔だと?」
「不敬は絶対許されないぞ、椅子を持ってこい! あと日除けもだ!」

“えぇえ、なんか凄いことになったんですけど!?”

 白い目で見られるかもと覚悟していたのに、結果謎にキラキラした視線を向けられ逆に居心地が悪くなってしまった私は、一緒に来たイレナに助けを求めようと後ろを振り向く。

 だがそこにはもうイレナはおらず、キョロキョロと見渡すと端の方でひとりの騎士と談笑しながら頬を赤らめる彼女を見つけた。

「な、なるほど」

 どうりで演習場に来たがる訳だ。
 彼女には騎士の恋人がいたらしい。

「ところでサシャは何故ここにいるんだ? あ、もちろん来ても全然構わないんだが」
「あ、いやその……野菜の下ごしらえの後、少し時間をもて余してしまって」
「野菜の下ごしらえ?」
「ひょえっ」

 さっきまでにこやかだった彼の顔が一気に険しくなりビクリとする。

「……誰がサシャにそんなことをさせたんだ?」
「ち、ちがっ、違います! 私がやりたいとお願いして!」
「サシャが?」

 一気に周りの温度が下がった気がし、慌ててそう弁解すると今度は怪訝な顔を向けられた。

「その、日中が暇で少しだけ手伝いを。あ、でも夜疲れて眠らないよう午前中だけしかしておりません! それで……えっと、また時間があいてしまった私の為にイレナさんが連れてきてくれたんです」
「なるほど」

 私の説明に一応は納得してくれたらしく、少し考え込む様子を見せる。

「では買い物などはどうだ? もちろん費用は公爵家に付けてくれて構わない。ここに居て貰っているのも日中時間が空いてしまうのもこちらの都合だからな」
「流石にそれは……」
「何故? 好きなだけ欲しいものを買えばいいのに」

“そんなこと出来ないってば!”

 そもそもそこまで欲しいもの自体もない。
 物欲がないというより、人様のお金で自由に買い物をするという発想が庶民にはないのだ。

「いきなり買い物しろって言われてもすぐには思いつきませんし、あまり高いものはちょっと」
「そういうものか? 俺の知っている令嬢は皆そんなものだったが」

“そりゃお貴族様と比べられたらね!?”

 若干偏見も混じっているだろうが、彼の妻足る令嬢たちのように高位貴族であれば、贈り物を貰うのも貢がれるのも当然だと思っているのかもしれない。
 あと、欲しいものも値札なんて見ないだろう。

 そしてそんな彼女たちの真似を私がすれば一気に破産だ。
 そうならない為に、欲しいものは厳選し手持ちのお金と相談しながら買わねばならない。

「それに人様のお金を持ち歩くのは気が引けますので」

 だからお気になさらず、と全力の笑顔に込めて伝えるが、私の笑顔をどう捉えたのか、パッっと公爵様も笑顔になる。

「なるほど。勝手に使うのが嫌なら俺と行こうか」
「えぇえっ!?」

“どうしてそうなっちゃったの!?”

 私は手持ちのお金で身の丈に合ったものを買うと言ったつもりなのに、何故か公爵様をお財布として持ち歩く流れになって冷や汗がドバッと出た。
 
「お手を煩わせる訳には!」
「それくらいの時間なら作れる」
「ダメです! 公爵家の人々は口が固くても、外では誰が見ているかわかりませんし!」

 邸の敷地内で会うことすら躊躇ったのだ。
 それが外になるとなれば余計だろう。
 
 だが、私のその言葉に公爵様は首を傾げる。
 
「俺の評判なんて今更だろう。それに、サシャは仕事を頑張っているだけだ。誰にも文句は言わせない」

 娼婦は仕事だ。
 仕事柄、確かに下に見られることもあるしそれは仕方ないと思っていた。
 そしてその考えが、当たり前なのだと思っていたけれど。

“まさかそんなことを言ってくれるだなんて”

 彼は私の仕事だって仕事のひとつであると、仕事内容に優劣はないのだとそう言ってくれているようだった。 

 そんな彼の心にじわりと胸が熱くなる。が。

“それと私が公爵様に何かを買って貰うのは別問題だわ!”

「お気持ちは嬉しいのですが、時間を潰す方法なら他にもあります。それにふたりで買い物だなんて、まるでデートみたいですし」
「デート?」
「……、え」
「デートとはなんだ」

“嘘でしょ!”

 まさか閨以外でもまだこのパターンがあったとは。

 一瞬目の前が真っ暗になった私が他の騎士たちへと視線を向けると、全員がパッと顔を逸らす。
 確かに彼らの立場ではなかなか指摘し辛いのかもしれない。

「デートとは、そうですね、親しい男女で時間を共有するものと申しますか」
「? ならば俺たちもすればいい」
「いやっ、ちがっ、えーっと、あ、そうです! ほら、イレナたちのような恋人同士がするものなんです!」

 不思議そうな顔をする公爵様に焦りつつ、談笑しているイレナたちの方を指差すと流石に何かを察したのか、公爵様の瞳がゆっくりと見開かれた。

「……親しい、とはそういう意味か」
「そうです! そうなんです!」

 だから私とするのは違うんです。
 そう暗に告げたつもりだったのだが、イレナたちから私へと視線を戻した公爵様の表情があまりにも真剣なものになっていることに気付き、私は嫌な予感がした。

“ま、まさか”

 ごくりと唾を呑み彼からの言葉を待っていると、ゆっくり口を開いた公爵様が告げたのは。

「ならば尚更、それも“練習”が必要なんじゃないか?」

 ……という、一言だった。
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