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2.出来ないだなんて、まさかまさか
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「ここが私の部屋……?」
“しかも一人部屋!”
てっきり他にも連れられた娼婦たちもいると思っていたのだが、ユクル公爵家に着いてまず案内されたのは、私専用だという部屋だった。
落ち着いた深草色で統一された家具はとても可愛らしく、置かれているソファもベッドもクッションもどれもふかふか。
床に敷かれているカーペットもふかふかなので、床でも熟睡出来そうなほどである。
「こんないい部屋を使ってもいいだなんて」
さすが筆頭公爵家。お金持ちのレベルが違うということなのだろう。
“つまり私は閨に呼ばれるまでここでのんびり過ごしていいってこと……!?”
そんな美味しい話があるのだろうか、と思わずごくりと唾を呑んだ私に声をかけたのは、娼館へと使いで来ていたあの初老の男性だった。
「改めてご挨拶させていただきます、私はユクル公爵家執事のアドルフと申します」
「サシャです。よろしくお願いします、アドルフ様」
「アドルフで結構ですよ」
「あ、じゃあ、その、アドルフさん」
年によるものなのかと思ったが、こうやって明るい場所で改めてみると白髪交じりではあるのだが美しい銀髪で、モノクルの奥から深い海色の瞳と目が合った。
平凡な薄茶の髪と淡い緑の瞳の私とは違いどこか高貴そうなその見た目から、もしかしたら彼自身も爵位を持っているのかもしれない。
やっぱり様付けで呼ぶ方がいいかも、なんて一瞬頭に過るが、本人がそれでいいと言っているので従うことにした。
「何かありましたらいつでもこのベルをお鳴らしください、すぐに侍女たちが参りますので」
そう言って可愛らしいベルを出すと、まるで見本を見せるように軽く振る。
チリンと音がしたと同時に三人の女性が部屋の中へと入ってきた。
「シグネ、イレナ、ミリーでございます」
アドルフさんが名前を呼ぶと、それぞれが順に頭を下げてくれる。
“最初に呼ばれたシグネさんは、アドルフさんと同じ銀髪だわ”
こういう高位貴族には代々仕える一家がいると聞いたことがあるので、もしかしたら彼女はアドルフさんの娘なのかもしれない。
「わぁ、かっわいい~!」
「なんてことを言うの、ミリー!」
「そうよ、救世主になられるかもしれないお方なのに」
「ごめんなさぁい」
少しおどけたように謝るのは短めの金髪が揺れる、おそらく彼女たちの中で一番若いだろうミリーだ。
そしてすぐにそんな彼女を嗜めたシグネは、私が不快に思っていないかを心配したのか焦ったような表情を浮かべこちらへと視線を向ける。
しかしそれどころじゃない私は、イレナの発言に呆然としていた。
“きゅ、救世主?”
どういう意味なのかサッパリわからない。
何故正式なデビューすらしていないただの娼婦である私が救世主だなんてものになる可能性があるのだろうか。
だがその答えを聞くことなく彼女たちに手を引かれた私は、薔薇の香油で全身を磨かれ、更にはそこからマッサージと着替えまでさせられ――
“え、私結婚でもした?”
そんな錯覚を起こすくらいピカピカつやつやになった自分を鏡で見ながら唖然とする。
まるでここの女主人にでもなったかのように丁重に扱われ、鏡に映った繊細なレースで作られた夜着を纏った自分の姿はまさに初夜を迎える新妻のよう。
「まさか早速今日なのかしら」
無期限と聞いていたのでてっきりまだ公爵に呼ばれることはないのだと思ったが、どう見ても今晩が決戦の日だ。
“お気に召したら延長もあり得る、とかそういう意味だったのかしら”
既に五人もの令嬢が初夜の翌日に追い返されているのだ、流石にただの娼婦相手にそんなことはあり得ないと思いつつ首を傾げていると、扉がノックされる。
「ルミール様がお呼びです」
「! は、はいっ」
私は迎えに来てくれたシグネに連れられ、公爵様の元へと向かったのだった。
「貴女がサシャ嬢、だな」
悪徳公爵なんて呼ばれる方なのだ、どんな横暴で傲慢な感じなのだろうとドキドキしていたのだが、私の前に現れたのは艶やかな黒髪に黒曜石のような美しい黒目の長身の美丈夫。
“この方が……”
バスローブのような前開きの夜着に身を包んだ彼の胸元から覗く肌は引き締まっていて、女の私すらもその色香で惑わされそうである。
その美しい見た目と男らしい体、そして公爵という身分もあれば、悪徳公爵だなんてあだ名がついているのに結婚したいと思う令嬢は沢山いそうだとそう感じた。
いや、実際にそうだったから彼は既にバツ5なのだが。
「サシャとお呼びください、公爵様」
「あぁ、サシャ」
名前を呼び捨てられてドキリとする。
相手はあの悪徳公爵なのに、その声色がとても柔らかく穏やかだったからだ。
きっと彼はこの後の行為も優しいのだろう、そう不思議と感じた。
“そして翌朝には捨てられるのね”
泣いて何も話さないという令嬢たちは、夢を見てしまったのかもしれない。
この彼に愛される未来を、そして処女でなくなった瞬間に捨てられたという事実が彼女たちの口を閉ざしてしまった。
そう考えれば辻褄が合う。
“でもそれは彼女たちが『妻』だったからだわ”
私は娼婦。買われた翌日、また別の人に買われ体と夢を売るのが仕事なのだ。
まだ売ったことはないけれど。
「貴女に頼みたい仕事なのだが」
「はい、なんなりと」
“どんなプレイでも!”そう心の中でだけ付け足し彼からの言葉を待つ。
処女狂いならば、初々しく相手に合わせるべきなのだろうか?
それともお姉様たちから学んだことを実践するべきなのか。
早鐘を打つ心臓を押さえながら静かに彼からの言葉を待っていた私へ告げられたのは。
「どうか、俺を『出来る』ようにして欲しい……!」
――という、とんでもないものだった。
「……え?」
不敬かどうかなんてことをまるっと忘れ、動揺するまま目の前に立つ公爵様の勃つべき部分と顔を見比べる。
“ま、まさか勃たないってこと?”
勃たない夫に絶望して翌日みんな逃げ出した、というパターンが正解だったのかしら、なんて混乱を極める私に気付いた公爵様は、思い切りごほんと咳払いをした。
「一応俺の名誉のために言っておくが、不能ではない」
「あ、はは、可能ってことですね、失礼しました」
“やだ私ったら!”
思わずそんな言葉が飛び出て慌てて口を両手で覆う。
一瞬だけムッとした顔をした公爵様だが、特に叱られることもなく彼は表情を元に戻した。
“本当に悪徳公爵なの?”
噂のように冷酷で非道だったなら、ただの娼婦なんて不敬だとここで斬り捨ててもおかしくない。
だがそうする様子もなく、まるで射貫くように私を真っ直ぐ見つめる彼にドキリとする。
「……俺は、今まで出来たことがないんだ」
「は、はい」
“出来たことがないって、お子のことかしら”
戸惑いながら頷きそんなことを考える。
不能でないなら、閨での行為は可能なはずだ。
「だが公爵家。跡継ぎを作らない訳にはいかない」
“確か、ユクル公爵家にはルミール様しかお子はいらっしゃらなかったのよね”
両親を不慮の事故で亡くし、若くして唯一の後継者となった彼には、確かにその責務があるのだろう。
貴族というのは大変だ。
「ですが、その……、機能しているのならば回数をこなせばいつかは奥様がお子を授かるのでは?」
処女狂いだからその一回で孕まなければダメということなのだろうか?
だがそうだとしても、跡継ぎを望んでいるのなら翌日に追い返すのは早計すぎると思う。
その一回で孕んだ可能性もあるのだから。
だが気まずそうに顔を赤らめ逸らす公爵様に気付き、私に冷や汗が滲む。
「……だからその、一度も、出来たことがないんだ」
「……え、まさか」
“出来たことがないって、お子ではなくてまさか、まさか……”
まさか。
まさかまさかまさか。
「童貞ってことですか!?」
バツ5なのに!
想定外の説明にギョッとした私の口からついそんな率直な感想が飛び出し、その明け透けな言葉が部屋中へと思い切り響いたのだった。
“しかも一人部屋!”
てっきり他にも連れられた娼婦たちもいると思っていたのだが、ユクル公爵家に着いてまず案内されたのは、私専用だという部屋だった。
落ち着いた深草色で統一された家具はとても可愛らしく、置かれているソファもベッドもクッションもどれもふかふか。
床に敷かれているカーペットもふかふかなので、床でも熟睡出来そうなほどである。
「こんないい部屋を使ってもいいだなんて」
さすが筆頭公爵家。お金持ちのレベルが違うということなのだろう。
“つまり私は閨に呼ばれるまでここでのんびり過ごしていいってこと……!?”
そんな美味しい話があるのだろうか、と思わずごくりと唾を呑んだ私に声をかけたのは、娼館へと使いで来ていたあの初老の男性だった。
「改めてご挨拶させていただきます、私はユクル公爵家執事のアドルフと申します」
「サシャです。よろしくお願いします、アドルフ様」
「アドルフで結構ですよ」
「あ、じゃあ、その、アドルフさん」
年によるものなのかと思ったが、こうやって明るい場所で改めてみると白髪交じりではあるのだが美しい銀髪で、モノクルの奥から深い海色の瞳と目が合った。
平凡な薄茶の髪と淡い緑の瞳の私とは違いどこか高貴そうなその見た目から、もしかしたら彼自身も爵位を持っているのかもしれない。
やっぱり様付けで呼ぶ方がいいかも、なんて一瞬頭に過るが、本人がそれでいいと言っているので従うことにした。
「何かありましたらいつでもこのベルをお鳴らしください、すぐに侍女たちが参りますので」
そう言って可愛らしいベルを出すと、まるで見本を見せるように軽く振る。
チリンと音がしたと同時に三人の女性が部屋の中へと入ってきた。
「シグネ、イレナ、ミリーでございます」
アドルフさんが名前を呼ぶと、それぞれが順に頭を下げてくれる。
“最初に呼ばれたシグネさんは、アドルフさんと同じ銀髪だわ”
こういう高位貴族には代々仕える一家がいると聞いたことがあるので、もしかしたら彼女はアドルフさんの娘なのかもしれない。
「わぁ、かっわいい~!」
「なんてことを言うの、ミリー!」
「そうよ、救世主になられるかもしれないお方なのに」
「ごめんなさぁい」
少しおどけたように謝るのは短めの金髪が揺れる、おそらく彼女たちの中で一番若いだろうミリーだ。
そしてすぐにそんな彼女を嗜めたシグネは、私が不快に思っていないかを心配したのか焦ったような表情を浮かべこちらへと視線を向ける。
しかしそれどころじゃない私は、イレナの発言に呆然としていた。
“きゅ、救世主?”
どういう意味なのかサッパリわからない。
何故正式なデビューすらしていないただの娼婦である私が救世主だなんてものになる可能性があるのだろうか。
だがその答えを聞くことなく彼女たちに手を引かれた私は、薔薇の香油で全身を磨かれ、更にはそこからマッサージと着替えまでさせられ――
“え、私結婚でもした?”
そんな錯覚を起こすくらいピカピカつやつやになった自分を鏡で見ながら唖然とする。
まるでここの女主人にでもなったかのように丁重に扱われ、鏡に映った繊細なレースで作られた夜着を纏った自分の姿はまさに初夜を迎える新妻のよう。
「まさか早速今日なのかしら」
無期限と聞いていたのでてっきりまだ公爵に呼ばれることはないのだと思ったが、どう見ても今晩が決戦の日だ。
“お気に召したら延長もあり得る、とかそういう意味だったのかしら”
既に五人もの令嬢が初夜の翌日に追い返されているのだ、流石にただの娼婦相手にそんなことはあり得ないと思いつつ首を傾げていると、扉がノックされる。
「ルミール様がお呼びです」
「! は、はいっ」
私は迎えに来てくれたシグネに連れられ、公爵様の元へと向かったのだった。
「貴女がサシャ嬢、だな」
悪徳公爵なんて呼ばれる方なのだ、どんな横暴で傲慢な感じなのだろうとドキドキしていたのだが、私の前に現れたのは艶やかな黒髪に黒曜石のような美しい黒目の長身の美丈夫。
“この方が……”
バスローブのような前開きの夜着に身を包んだ彼の胸元から覗く肌は引き締まっていて、女の私すらもその色香で惑わされそうである。
その美しい見た目と男らしい体、そして公爵という身分もあれば、悪徳公爵だなんてあだ名がついているのに結婚したいと思う令嬢は沢山いそうだとそう感じた。
いや、実際にそうだったから彼は既にバツ5なのだが。
「サシャとお呼びください、公爵様」
「あぁ、サシャ」
名前を呼び捨てられてドキリとする。
相手はあの悪徳公爵なのに、その声色がとても柔らかく穏やかだったからだ。
きっと彼はこの後の行為も優しいのだろう、そう不思議と感じた。
“そして翌朝には捨てられるのね”
泣いて何も話さないという令嬢たちは、夢を見てしまったのかもしれない。
この彼に愛される未来を、そして処女でなくなった瞬間に捨てられたという事実が彼女たちの口を閉ざしてしまった。
そう考えれば辻褄が合う。
“でもそれは彼女たちが『妻』だったからだわ”
私は娼婦。買われた翌日、また別の人に買われ体と夢を売るのが仕事なのだ。
まだ売ったことはないけれど。
「貴女に頼みたい仕事なのだが」
「はい、なんなりと」
“どんなプレイでも!”そう心の中でだけ付け足し彼からの言葉を待つ。
処女狂いならば、初々しく相手に合わせるべきなのだろうか?
それともお姉様たちから学んだことを実践するべきなのか。
早鐘を打つ心臓を押さえながら静かに彼からの言葉を待っていた私へ告げられたのは。
「どうか、俺を『出来る』ようにして欲しい……!」
――という、とんでもないものだった。
「……え?」
不敬かどうかなんてことをまるっと忘れ、動揺するまま目の前に立つ公爵様の勃つべき部分と顔を見比べる。
“ま、まさか勃たないってこと?”
勃たない夫に絶望して翌日みんな逃げ出した、というパターンが正解だったのかしら、なんて混乱を極める私に気付いた公爵様は、思い切りごほんと咳払いをした。
「一応俺の名誉のために言っておくが、不能ではない」
「あ、はは、可能ってことですね、失礼しました」
“やだ私ったら!”
思わずそんな言葉が飛び出て慌てて口を両手で覆う。
一瞬だけムッとした顔をした公爵様だが、特に叱られることもなく彼は表情を元に戻した。
“本当に悪徳公爵なの?”
噂のように冷酷で非道だったなら、ただの娼婦なんて不敬だとここで斬り捨ててもおかしくない。
だがそうする様子もなく、まるで射貫くように私を真っ直ぐ見つめる彼にドキリとする。
「……俺は、今まで出来たことがないんだ」
「は、はい」
“出来たことがないって、お子のことかしら”
戸惑いながら頷きそんなことを考える。
不能でないなら、閨での行為は可能なはずだ。
「だが公爵家。跡継ぎを作らない訳にはいかない」
“確か、ユクル公爵家にはルミール様しかお子はいらっしゃらなかったのよね”
両親を不慮の事故で亡くし、若くして唯一の後継者となった彼には、確かにその責務があるのだろう。
貴族というのは大変だ。
「ですが、その……、機能しているのならば回数をこなせばいつかは奥様がお子を授かるのでは?」
処女狂いだからその一回で孕まなければダメということなのだろうか?
だがそうだとしても、跡継ぎを望んでいるのなら翌日に追い返すのは早計すぎると思う。
その一回で孕んだ可能性もあるのだから。
だが気まずそうに顔を赤らめ逸らす公爵様に気付き、私に冷や汗が滲む。
「……だからその、一度も、出来たことがないんだ」
「……え、まさか」
“出来たことがないって、お子ではなくてまさか、まさか……”
まさか。
まさかまさかまさか。
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