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本編

12.開き直った金持ちは怖い

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「う、うぅ……」
「覚悟してって言ったからね」
「なんか違う、そうじゃない……」

 結局メルヴィが選んだ背表紙が紺色の本を何冊か買い、メルヴィいわく街の散策デートへと行くことになったのだが。
 
「リリ、手を繋ごう」

 店外に出てメルヴィが手を差し出す。

“どうしよう”

 何度も繋いだし、私から繋いだこともある。
 もっと言えば、街で初めて会ったときだって繋いだけれど。

“この手、取ってもいいのかしら”

 先ほど不意打ちで口付けられたこともあり、少し警戒心が私の中に芽生えていた。

 別に手くらい今更な気もするし問題はないが、魔法が解けた後彼は記憶を全部残しているのだろうか。
 好きだと思い込んでいた感情だけが消え、勝手に自分の感情を変えた魔女と仲良く手を繋いでいたなんていう記憶だけが残っていたら?

 家具代だけでなく慰謝料の請求なんてされたら――


“なんて”

 はぁ、と小さくため息を吐く。
 慰謝料だとかなんだとか苦しい言い訳だと自分でもわかっていた。

「自然と紺色の本を私も手に取ったなんて、わかりやすすぎるわね」

 自嘲気味にポツリと呟く。
 
 どこまで彼に近付いてもいいのか、いつまで許されるのか。
 彼に心を許しすぎて、正気に戻った時に拒絶されたら。

 彼がまるで当たり前だというように私へ触れたからかもしれない。
 もう許されない距離感を望む自分が想像できて少し怖くなった。


「誰に見られるかわからないので嫌です」
「それはつまり、誰にも見られないところで色々したいってこと?」
「なんでそうなったんですか!? 全然違いますけど!」
「そう? じゃあ手を繋いでデートの続きをするか、……そうだな、さっきの続きをしにあの小部屋へ帰るのもいいかもね」
「手を繋ぎます!」

 そんな小さな葛藤をぶち壊すようなメルヴィの言葉にぎょっとした私が慌てて彼の手を握ると、すぐにぎゅっと、そしてがっしりがっつりと手を握り返される。
 

“いや、つよ……”

 痛くはないが、離さないという意志が繋がれた手から伝わり思わず苦笑した私は、それでも嫌悪感は感じなくて。

“むしろ嬉しいなんて”

 これは本格的にマズイ。
 
 
「……って、いつから選択肢は二つしかなくなったんですか!? 手を繋がずにお買い物という可能性もあったのでは!」
「ははっ、その選択肢は売り切れだったみたいだね」
「買い占めたの誰よ!」
「あはは」

 軽快に笑い飛ばすメルヴィに呆れつつ、それでも笑っている彼を見ていると少し落ち込んだ気持ちが浮上した。


 くだらない話を、くだらないからこそ楽しみながらメルヴィと手を繋いで街を歩く。
 前回は石鹸のお店しか見れなかったこともあり、うきうきとした気分で並ぶ店たちへ視線を動かせいていると、あるお店に目が留まった。


「ドレス……」
「入ってみる?」

 そういやあの時は結局試着しなかったな、くらいの軽い気持ちだったのだが、私がドレスに興味を持ったと思ったのだろうか。
 相変わらずにこにこと笑っている彼の瞳が一段ときらめいて。
 

「紺色のドレスを贈ろうね」
「着る場面がないんで!」
「なら着る場面を作ろうか」
「着る場面を作ろうか!?」

 ずるずると引きずるように店内に入る。

 
 半強制的に足を踏み入れた私は、外からチラッと見えたよりもずっと格式高そうな店内に完全に委縮する。
 
“こんな格好で入ってもいいの? お、怒られそうなんだけど!”

 今の私たちは完全に庶民の服に身を包んでいて、完全にこの店の雰囲気から浮いていた、のだが。


「紺色のドレスはあるかな」
「はい、ただいまお持ちいたします」

 何も言われないどころか嫌そうな顔もせず、メルヴィの言葉を聞いた店員だろう女性がすぐに店の奥へと向かった。


「ね、ねぇ、私たち追い出されたりしない?」
「え、なんで?」

 二人きりになったタイミングで彼にそう耳打ちするが、私の言ってる意味がわからなかったのか怪訝な顔を向けられて。

「だって私たち、今こんな格好で……!」
「あぁ、大丈夫だよ。ちゃんと俺たちが何者かはわかってるから」
「えぇっ!」

 あっけらかんとそう言われ唖然とする。

“それってメルヴィが王太子だって気付いてるってことよね”

 一緒に店内に入ったのだ。
 彼が身分を表す何かを見せている様子はなかった。

 ならば、どこで気付いたというのだろう?

 気になる。
 どこで身分を明らかにしたのか。
 
 それにさっきの書店でも、前回行った石鹸のお店でも彼を王太子として接しているようには見えなくて。

“なんでこの店でだけわかったのかしら”

「実は伝える合図がある?」
「はずれ」
「んー、じゃあ元々顔見知りだった!」
「ははっ、半分正解かな」
「半分かぁ~」
「この店は」

 まるで内緒話をするようにそっと耳元へ顔を近付けられた私の心臓がドキリと跳ねる。

 そんな私たちの間に割り込むように背後からコホンと咳払いが聞こえた。


「本日は足をお運びいただき誠にありがとうございます、殿下」
「あぁ、こちらこそ突然すまなかったね」

 先ほど店の奥へ消えた女性が紺色のドレスを何着か抱えて戻り、そしてそんな彼女と一緒に現れた一際優雅なマダムがメルヴィへと一礼した。

「実はこの店はね、王族御用達のお店なんだよ」

“だからメルヴィの顔を知っていたのね”

 ネタバラシされてしまえば割とすぐにわかりそうな答え。
 けれども、ちょっとした謎の解を得ただけでも私の魔女の性は満たされたように感じた。


「そちらのご令嬢のドレスをお求めでしょうか?」
「本当はオーダーメイドにしたいんだけどね。けれど、ここなら一級の新作、それも一点ものが手に入るだろう?」
「重い、重いんですけど新作一点物! しかも王族御用達の高級店のとかっ」
「じゃあ今からオーダーにしようか。すまないが最短でいつ完成する?」
「そうですね、寝ずに作業するとして……」
「ど、どれもすっごく素敵だと思います!」

 さらっと徹夜で作業する話になっていることに気付いた私は慌てて目の前に並べられたドレスに視線を移した。


 出してくれたそのドレスたちはどれも高級品だと一目でわかるほど上質な布で仕立てられており、透かしレースが入っているものやフリルがふんだんに使われているもの、パールがたくさんついているものなどがあって。

「とりあえず全部?」
「突然王太子感出さないでください!」

 メルヴィの瞳が割りと本気そうなことに恐れおののきつつ、出されたそのドレスの内の一着にふと目が止まった。

 そのドレスの生地は、他のと違い足元から胸元へ向けて淡い色へと変化していて。

「そちらのドレスはネモフィラの花をイメージしているんですよ」
「ネモフィラの花?」
「はい、殿下。花言葉は『可憐』でございます。お嬢様にぴったりですわ」
「へぇ、それは悪くないね」
 

“花……?”

 ドレスの説明を聞き頷いているメルヴィの頬に両手を添えた私は、そのままグギッと無理やり自分の方へと顔を向け、そして彼の顔をじっと見つめる。

“やっぱり、そうだわ”

「り、リリ!?」
「その花のことは知らないけれど、花じゃなくてメルヴィの瞳の色にそっくり」
「ッ」

 彼の紺の瞳は外側から中心部へ濃紺から淡い青へとグラデーションになっている。
 その色合いは見ているだけで引き込まれそうなほど美しくて。


「どれかを選ばなきゃなら、これにする」


“別に、一番メルヴィに近いからこれを選んだ訳じゃないけれど!”

 それでも、興味を一番引いたそのドレスを私は選んだのだった。
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