運命の足音

春瀬湖子

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「ね、ポルターガイスト現象って信じる?」
「日南子何言ってんの?」
「ちょっ! 本当なんだってばぁ」

 私の言葉を聞いた友人に呆れた顔を向けられた私は思わず半泣きになりながら彼女の腕にしがみつく。
 確かに医学部に通う私たちと幽霊なんていう存在は正反対に位置づけられるだろう。

 科学では幽霊なんて存在は立証されていないし、人の命を救うのが医者の目標。
 ならば死んだあとの存在を、死んだあとの世界を認めることはすべきではない。

 治療には痛く苦しいものも多いのだ。
 死後の世界があるならば、無理に生きる必要などなく次の『ステップ』を選ぶことだってできる。
 そうなれば、医者という存在自体が否定されかねないから。

(それはわかってる、わかってるけどぉ……)
 
「怖いものは怖いのぉっ」

 しがみついた腕に顔を何度も擦りつける私にため息を吐きながら、それでも彼女に私の気持ちが伝わったようで隣に腰かけてくれた。


「で、何? ポルターガイスト現象だっけ」
「そうなの。なんかね、毎晩窓からノックするようなコツコツって音が聞こえて、あと水道もなんでかすぐ出なくなって」
「は?」
「あ、でも水道はね、元栓が閉められただけみたいで開ければまた出るんだけど」
「ちょ」
「あと、なんか家に帰るとドアノブに白くてネバネバした変な液体がかけられてたことがあって」
「待って待って待って!」
「?」

 話を聞いた友人が真っ青な顔をして私の両腕を掴んだのでビクリと肩を跳ねさせる。
 そんな私にお構いなしに、顔を青ざめさせて彼女はゆっくり首を左右に振って。

「それ、幽霊じゃなくてストーカーじゃない?」
「え?」

 告げられた言葉に思わずきょとんとしてしまう。

(ストーカー?)

「あはっ、ないない!」
「え、日南子ちゃんストーカーにあってるの?」
「わっ! 南くん」

 そんな私たちの会話が聞こえたのか、同じ学部の南佳久くんに声が会話に入って来た。

「違うよぉ。ポルターガイスト現象なの。毎晩変な音もするし、水が突然止まったりするの! 映画では定番でしょ?」
「日南子あのね、ホラー映画の定番は突然水が『出る』方よ」
「はわ?」
「ははっ、そういう天然なとこ可愛いけど、でも確かになんかポルターガイスト現象とは違いそうだなぁ」
「そ、そんなことないもん」

 完全に信じてくれない雰囲気になった私が焦って口を開くが、そんな私を遮るように南くんがハッとした顔をして。

「あ、でも日南子ちゃん家の近くで最近物騒な事件もあったよね」

 南くんが暗い顔をし、釣られて私も俯いてしまう。
 確かに私の住んでいるアパートのすぐ近くで、最近動物の死骸が何体も連続で発見されるという事件が起こっていた。

「もしかして、その動物霊の呪い……?」

 ハッとした私がそう口にするが、二人は互いに顔を見合わせ大きなため息をひとつ。

「だからストーカーだって言ってんでしょ」
「で、でも窓のノックとか!」

 なんとか信じて貰おうと言葉を重ねるが、タイミングよくチャイムが鳴り話はそこで終わってしまった。

 そのままふたりと教室に移動した私は、薬理学を受ける友人とそこでわかれた。

 
「日南子ちゃんはこのまま解剖学だよね?」
「うん、南くんもだよね」

 同じ講義を取っている南くんと話しながら席につく。
 その日の講義も面白く興味を惹かれ、あんなに怖がっていたポルターガイスト現象についてもその時間だけは思い出さなかったことに私はホッとしたのだった。

(とは言っても)

「授業終わっちゃったなぁ」

 大学が終われば帰るだけ。
 バイトでもしていれば気を紛らわせることができたのかもしれないが、時間制限の多い医大生である私はありがたいことに両親からの援助で通わせて貰っておりバイトはしていなかった。

「憂鬱そうだね」
「ポルターガイスト現象がね」
「んー、まぁやっぱり女の子の一人暮らしは不安だもんね」

 浮かない私に気付いた南くんが、顎に手を当ててうーん、と唸る。
 何か考え込んだ彼は、すぐにパッと表情を明るくさせて。

「あ、じゃあ俺が一緒にいてあげるよ」
「え?」

 その突然の提案に私は思わずぽかんと口を開いた。
 
「ほら、お互い名前に『南』が入ってる仲間のよしみっていうか」
「で、でも」
「同じ学部だし、日南子ちゃんとは仲良いつもりっていうか……俺、もっと仲良くなりたいって思ってるんだ」

 いつもの穏やかな雰囲気とは違い熱を孕んだような視線にドキリとする。

「運命を感じてる、なんて言ったら大袈裟に聞こえるかもしれないけど」
「運命……?」
「でも、それくらい日南子ちゃんのことを想ってるってことは知ってほしい」

(これ、告白?)

 全く想像していなかったせいで私の頬が一気に熱くなる。
 さっきまであんなに不安だったのに、そんなことコロッと忘れて高鳴る胸をぎゅっと押さえるのに必死で。

「心配だから、送っていい?」
「う、うん」

 私は南くんの提案に頷くのが精一杯だった。


 二人で帰る初めての帰り道。
 なんだか気恥ずかしくて、でもどこかくすぐったくて。
 私はつい訳もなくへらへらと笑っていた。

「えっと、こうやって一緒に帰るの初めてだよね!」
「俺たち家は反対方向だもんね」

 南くんも少し恥ずかしいのか、少し顔が赤く見えて私は思わず顔を逸らしてしまった。

「あ、私の家は次の」
「信号を右、でしょ?」
「え?」
「で、その次の曲がり角を左。正解でしょ」

 にこにこと道路の先を指さす南くんに少しだけ違和感を覚える。

(私、家の話したことあったかなぁ)

 なんて思わず首を傾げるが、けれど南くんは私の友人とも仲が良い。
 ならばどこかで私の家の場所の話になることだってあるのかもしれない、と自分を納得させた私はそれ以上は気にしないことにした。

 そんな時、突然「うわっ」と南くんが声を上げたので、私も慌てて南くんの視線の先を見る。
 
 そこには首から腹部までまっすぐに切り裂かれたカラスが転がっていた。
 さらに切り裂かれた腹部からは内臓を出したのか、無造作に散らばっていて。

「酷いな、わざと内臓を取り出したのか?」

 その光景に愕然とした様子の南くんは、私の手をぎゅっと握り小走りでその場を後にする。
 私の手を引いて部屋の前まで送ってくれた南くんは、ドアの前についたというのに私の手を離そうとはしなくて。

「……やっぱり心配だよ」
「南くん?」
「さっきのだって異常だし、あんな異常なことが起きてる場所に君ひとり残すのが不安なんだ」

 真剣な顔を向けられると、まるでさっきの熱が戻ってくるように顔が熱くなる。
 けれど、それと同時にさっき感じた違和感が小さな引っかかりを私に与えた。
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