上 下
23 / 35
最終章・えぇっ、本気だったんですか!?

23.今だけは貴方を独り占めしたい

しおりを挟む
「さっきは庇ってくれてありがとう」
「いや、私は嫌味を言うくらいしか出来なかったし」

“むしろ解決したのも庇ってくれたのもジルの方よね”

 お礼を言われるようなことは何ひとつしていないせいで少し気恥しく目線を彷徨わせていると、ふっとジルが笑みを溢した。

「凄く格好良かったよ」
「それは……ジルの方こそよ」

 ここに到着した時はまだ気まずかった私たちを温かな空気が包む。
 まだ若干ギクシャクしているが、穏やかに話せていることにホッとした。

「ドレス、ありがとう」
「着てくれて嬉しい。どんなドレスでもルチアには似合うだろうけど、僕の贈ったドレスを着てくれなかったら嫉妬してたかも」
「相変わらずジルは口が上手いわ」
「本心しか言ってないんだけどね」

 いつものような軽口を交わした私たちは、端に設置されていたソファへと腰を下ろす。
 一瞬沈黙が流れ、そしてゆっくりとジルが口を開いた。

「……コルティ公爵家が怪しいという僕の意見は変わらない。ここ二週間調べた結果も、空気がおかしかったことは確かなんだ」
「はい」

 ジルと会えなかったこの期間、彼はララの家のことを調べてくれていたのだろう。
 そしてその結果も、あの孤児院へ行った日と変わらずその結論に至ったことに心が沈む。

“でも、あの時より冷静に話を聞けているわ”

 突然ララの家の名前が出て動揺してしまった時とは違い、この二週間で私にも心構えが出来たのかもしれない。

“それに、ジルならきっとララが怪しいと調べたのではなく、ララが潔白だという前提で調べてくれた気がするもの”

 疑い、怪しいところを調べるのではなく、アリバイがないか、行動の理由が他にあったのではないかと彼女が関与していない前提で調べてくれたのだとそう思う。
 もちろん調べる内容に変わりはないが、それでもきっとそうだったんじゃないかと私はそんな気がしていた。

「ただ、フラージラ嬢が関与していたかはわからないんだ。彼女は何も知らされずただ利用されただけかもしれない」
「はい」
「その、結果としてルチアを悲しませることになって……」
「ジル」

 俯くジルの肩にそっと頭を乗せると、一瞬ジルの肩がビクリと跳ねる。

「ありがとう。ちゃんとジルの気持ちも優しさも伝わってるわ」

 肩に頭を乗せたまま彼を見上げると、一瞬目を見開いた彼の瞳が様々な宝石のように光輝く。
 そしてすぐに彼の表情がふわりと緩んだ。

 そのまましばらくお互いのことを感じながらじっとしていた私たち。
 そんな私たちにひとりのメイドが近付く。

「お飲み物はいかがでしょうか」

 今日は各領の特産品が沢山集まる夜会。
 その商品を売り込みするのが目的の家も多く、きっとその中の誰かが持ち込んだ飲み物なのだろう。

 むしろさっきまで誰も私たちに近付いて来なかったことの方が不自然だったこともあり、私は警戒なくその透き通った紫色の液体を受け取った。
 
 ふわりと香るのはブドウで、一口含むと芳醇な香りが鼻を抜ける。
 舌に広がる味も決して渋みはなく、甘いブドウをそのまま食べたかのような果汁感。

“すっごく美味しいわね”

 見た目が透き通っているのでブドウ水のようなものをイメージしたのだが、しっかりと味の濃いブドウジュースになっていた。
 アルコールは入っていないようで、高級なブドウジュースに舌鼓を打った私は朝食時に飲むのもいいかも、なんて呑気に思いながらコクコクと飲み進める。
 
 さっき啖呵を切ったことと今日はずっと緊張していたことで喉が渇いていたのだろう。

「あぁ、また毒見なく……」

 ジルが若干顔を歪めるが、今日はそもそもそういう会なのだ。
 どこの誰が持ち込んだかも調べればすぐにわかり、かつこの夜会で出す前に出すに値するものかも事前にしっかりと検査しているので限りなく安心感がある。

 まぁ、自分の名前を出しながら暗殺を企むような愚か者はいないだろうという話だ。

「このブドウジュース、すごく爽やかで美味しいわよ」

 想像以上にこのジュースが気に入った私がにこにことしながら飲んだグラスを眺める。
 その私の様子を見て苦笑したジルも、受け取ったその紫色の透き通ったブドウジュースをグラスを口元へ運んだ。

 彼のグラスの中でパチパチと弾ける泡が夜会の照明を反射しキラキラと輝いて――
 
“……泡?”

 僅かな違和感に背筋が凍る。
 違うかもしれない。そういった飲み物なのかも。 
 私が飲んだものとは違う種類だっただけという可能性もあるけれど――

「じ、ジル!」
「ん?」

 私の呼び掛けにピタリと動きを止めたジルからグラスを奪う。
 だが本当に毒が入っているのだろうか?

“毒だってわかっていたら叩き落とすんだけど”

 だがもしかしたらこれは本当にただの特産品かもしれない。
 そしてもしそうだった時、その商品を叩き落としたことがどのように影響が出るのかが一瞬で頭を過った。

 疑いがかかり価値を落としたとしての賠償金。
 それを理由に糾弾されるのは、ただの侯爵令嬢なのか、それともそんな令嬢を婚約者に選んだ王太子なのか。

“えぇい、こういう時は毒味よ、毒味!”

 軽く一口。
 嚥下する前に口内で違和感があれば吐き出してしまえばいい。

 そう判断した私がジルのグラスに口をつけてグイッと一口。
 口内にパチパチと弾ける泡は普通の炭酸で、ふわりと香るブドウの風味はさっき私が飲んだものと全く一緒。

“舌に痺れや苦味はないわね”

 もしかしたらこちらはシャンパン仕様だっただけかも。
 そう思った私がゴクリと飲み込むと、焦ったようなジルと目が合った。

「あ、ごめんなさい。私のとジルのが違ったみたいだから念のために毒味を」
「なっ、以前も言っただろう!? 毒味でルチアを失うことの方が、自分が毒を飲むより辛いって……!」

 私の言葉に愕然とするジルの過保護さに苦笑しつつ、彼にグラスを返そうとした時だった。
 ぐらりと視界が揺れて手から力が抜ける。

 グラスひとつ持つことが出来ず、ガチャンと音を立てて床に落ちた。

“あ、ら……?”

 体が熱い。
 くらくらとして、一気に全身が火照り汗ばむ。

「ルチア、ルチア!?」
「わ、私……ジル、私……」
「ッ、さっきのメイドは……くそっ、いないか!
 いや、それよりルチアだ、すぐに医師を」
「……あ、あんっ」
「!?」

 焦ったように少し乱暴にジルが私の肩を掴む。
 それだけで全身がふるりと震え、熱い吐息と僅かな嬌声が私から溢れた。

「ルチア、少し顔に触れるよ?」
「んっ、あ……、んんっ」

 私の頬を撫でるジルの手がぞくりとした刺激を体に与え、下腹部がじゅんと熱を孕む。

「なに、これ……っ?」
「瞳孔は開いてない……、まさか媚薬の類いか?」
「び、やく?」

 そうだ。
 彼は今加護がなくて普段なら効かない薬も効く。
 そうなれば既成事実を作りたい令嬢がジルにそういった類いの薬を盛る可能性があるのだということを今更ながらに思い出した。

「ん、ぁあっ、はふ、毒じゃ、なくて……良かっ……」
「何がいいんだ、くそ、ルチアっ」
「だって、誰も貴方を嫌ってないって、ことだもの……」

 ジルを消そうと悪意を持って毒を盛ったのではなく、彼を求めているからこその媚薬。
 もちろんそんな方法は許されないし認めるつもりもないが、その反面誰も彼を害そうとしていないのだと安堵した。

“誰かに嫌われているかもなんて思ってほしくないわ”

 誰よりも優しい貴方には、誰より幸せでいて欲しいから。

「これをジルが飲まなくてよかった」
 
 体が内側から燃えるように熱く、苦しい。
 これがたとえ毒じゃなくても、こんな思いをジルにはして欲しくない。

「僕なら加護がなくても一通り耐性はつけてるんだ!」
「それでも、次もまた、私が飲む……わ。加護があっても、苦しむジルは、見たくない」

 だって、私は。
 
「好きな人が苦しむところなんて見たくないもの」
「っ、本当にルチアは……!」

 小さく舌打ちをしたジルは一瞬だけ表情を思い切り歪め、そして私を強く抱きしめる。

「大丈夫、僕が全部してあげるから」

 そしてそう耳元で呟き、私を抱えてそのまま会場から抜け出したのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

【完結】記憶を失くした旦那さま

山葵
恋愛
副騎士団長として働く旦那さまが部下を庇い頭を打ってしまう。 目が覚めた時には、私との結婚生活も全て忘れていた。 彼は愛しているのはリターナだと言った。 そんな時、離縁したリターナさんが戻って来たと知らせが来る…。

【R18】××に薬を塗ってもらうだけのはずだったのに♡

ちまこ。
BL
⚠︎隠語、あへおほ下品注意です

婚約破棄されたら第二王子に媚薬を飲まされ体から篭絡されたんですけど

藍沢真啓/庚あき
恋愛
「公爵令嬢、アイリス・ウィステリア! この限りを持ってお前との婚約を破棄する!」と、貴族学園の卒業パーティーで婚約者から糾弾されたアイリスは、この世界がWeb小説であることを思い出しながら、実際はこんなにも滑稽で気味が悪いと内心で悪態をつく。でもさすがに毒盃飲んで死亡エンドなんて嫌なので婚約破棄を受け入れようとしたが、そこに現れたのは物語では婚約者の回想でしか登場しなかった第二王子のハイドランジアだった。 物語と違う展開に困惑したものの、窮地を救ってくれたハイドランジアに感謝しつつ、彼の淹れたお茶を飲んだ途端異変が起こる。 三十代社畜OLの記憶を持つ悪役令嬢が、物語では名前だけしか出てこなかった人物の執着によってドロドロになるお話。 他サイトでも掲載中

新春辰年配信企画!ハメハメでガッポガッポなオトシタマタマッ!

BL
炎上御曹司「弍王頭龍鶴」が企画した新春のスケベ企画に乗っかり、配信好きの「L亜」が新年早々新規の推しを探すべくあれこれ企画用の配信を観て楽しむお話。いろいろなカップルや人物が登場しますが、L亜本人のスケベは含まれません。 Xのリクエスト企画にて執筆したお話です。リクエストをくださった皆様、誠にありがとうございました! 大変遅れましたが今年もハメハメよろしくお願いいたします! ・web拍手 http://bit.ly/38kXFb0 ・X垢 https://twitter.com/show1write

私は何も知らなかった

まるまる⭐️
恋愛
「ディアーナ、お前との婚約を解消する。恨むんならお前の存在を最後まで認めなかったお前の祖父シナールを恨むんだな」 母を失ったばかりの私は、突然王太子殿下から婚約の解消を告げられた。 失意の中屋敷に戻ると其処には、見知らぬ女性と父によく似た男の子…。「今日からお前の母親となるバーバラと弟のエクメットだ」父は女性の肩を抱きながら、嬉しそうに2人を紹介した。え?まだお母様が亡くなったばかりなのに?お父様とお母様は深く愛し合っていたんじゃ無かったの?だからこそお母様は家族も地位も全てを捨ててお父様と駆け落ちまでしたのに…。 弟の存在から、父が母の存命中から不貞を働いていたのは明らかだ。 生まれて初めて父に反抗し、屋敷を追い出された私は街を彷徨い、そこで見知らぬ男達に攫われる。部屋に閉じ込められ絶望した私の前に現れたのは、私に婚約解消を告げたはずの王太子殿下だった…。    

うちのワンコ書記が狙われてます

葉津緒
BL
「早く助けに行かないと、くうちゃんが風紀委員長に食べられる――」 怖がりで甘えたがりなワンコ書記が、風紀室へのおつかいに行ったことから始まる救出劇。 ワンコ書記総狙われ(総愛され?) 無理やり、お下品、やや鬼畜。

ヤリチン無口な親友がとにかくすごい

A奈
BL
 【無口ノンケ×わんこ系ゲイ】  ゲイである翔太は、生まれてこの方彼氏のいない寂しさをディルドで紛らわしていたが、遂にそれも限界がきた。  どうしても生身の男とセックスしたい──そんな思いでゲイ専用のデリヘルで働き始めることになったが、最初の客はまさかのノンケの親友で…… ※R18手慣らし短編です。エロはぬるい上に短いです。 ※デリヘルについては詳しくないので設定緩めです。 ※受けが関西弁ですが、作者は関東出身なので間違いがあれば教えて頂けると助かります。 ⭐︎2023/10/10 番外編追加しました!

処理中です...