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第四章・これなら君とお揃いだ

20.ただこれからも見つめるから

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「どうしてこれで恋人が成立しないんだ……!」
「成立?」
「いや、いいんだ。ルチアはそんなところも魅力だから」
「?」

 謎に握り拳を作っているジルを不思議に思いながら見ていると、ふと私の袖が引かれていることに気付く。
 慌てて振り返ったその先には、小さな女の子が立っていた。

「あ、ごめんね! 何かして遊ぼうか?」
「ううん、あのね、お姉ちゃんとお兄ちゃんは夫婦なの?」
「いいね! 君は神かな?」

“ふ、夫婦!?”

 何故かジルが指をパチンと鳴らしているが、流石に破棄予定の肉壁婚約者がその関係を飛び越えて夫婦というのはまずいだろう。

「お姉ちゃんたちは別に夫婦って訳じゃなくてね」
「じゃあ夫婦じゃないの?」
「そうだね、もうすぐ夫婦になるとはいえまだ婚約者だからね」
「こんやくしゃ?」
「夫婦になる約束をしているふたりのことだよ」
「ちょっと、ジル!?」

“いや、何一つ嘘ではないんだけれど!”

 あまりにも当然のようにそう続けられて動揺している私とは裏腹に、その女の子は納得してしまったらしく「わかった」とだけ返事して他の子供たちのところへ戻ってしまった。

「うん、やっぱり僕子供って好きだな」

 何故かジルが上機嫌になっているが、今はそれどころではない。

「絶対今の、私たちがそのうち結婚するって勘違いされましたよ!?」
「するよ?」
「ジルはすぐそういうことを言う!」

 相変わらずリップサービスの上手いジルにいちいち顔が熱くなってしまうことがやっぱり悔しい。

“私だけ振り回されているわ”

 わかってる。彼のこの言動は、真実味を出すためのもの。
 私との関係が偽物だとバレてしまっては肉壁として意味を成さないから、こういうことをわざと言ったいるのだろう。

“だから信じちゃダメなのに”

 すべてはどこかで見ている誰かに向けてのアピールで、この婚約の真相を知っている仕掛人の私だけは騙されてはいけないのだ。
 それなのに。

「ほら、折角来たんだから遊ばなきゃ」
「……なんだか本当に嬉しそうですね」
「こうやってルチアと遊べる機会はなかなかないからね」
 
 私の手を引き子供たちの元へ向かうジルは、普段の完璧な青年の顔を外してどこか無邪気な少年のようで。

“こうやっていつか自分たちの子供が生まれたら、なんて話しながらジルと一緒に子供たちと遊ぶなんてこと、確かにもうないかもしれないわ”

 だったら、今だけは。

「私もただのルチアとして、楽しんでもいいわよね?」

 零すように私はそう呟いたのだった。

 ◇◇◇

 結果として孤児院への訪問は大成功だった。
 思ったよりも子供たちが元気で、文字通り泥だらけになったものの、まるで自分も子供に戻ったかのように走り回るのは凄く新鮮で少し落ち込んだ気持ちが浮上する。

「でも、こんなに泥だらけになるとは想定外でしたね」
「あはは、確かにそうかも」

“それにこんなに大きく口を開けて笑うジルも新鮮だわ”

 まさに少年のように追いかけっこをする彼を、一体誰が王太子だと気付けるのだろうか。
 そんな無邪気な姿が可愛く見える私も大概なのだが。

「楽しかったですね」
「うん、子供たちも喜んでいたね」
「はい」

 自然と視線が彼の方へと向かう。
 孤児院でのことを思い出しているのか、馬車の窓から外を眺めるジルの表情は穏やかだった。

“いつものジルだわ”

 外に向ける王太子の彼ではないけれど、私のよく知っている彼。
 加護が無くなったなんて思えないのは、彼がいつも通りだからだろう。

「……加護が無くなっても何も変わらないんですね」
「ルチア?」
「え、あ! ちがっ、今のは違うんです!」

 口に出すつもりなんて全然なかったのに思い切り言葉を滑らせじわりと冷や汗が滲む。

“ジルの加護は特別だってわかってたはずなのに!”

 加護なんてなくてもいい、と口にすることも多いジルだが、今まで当たり前のように使えていた能力を突然失って平気な人なんていない。

 この失態に何を言っていいかわからず私が俯くと、そっと頭を撫でられて思わず目を見開いた。

「――ずっとそう言っていたでしょ。加護なんてあってもなくてもいいんだ」
「ジル……」
「あったら確かに便利かもしれないけれど、無くても困らない。加護がないなら他でいくらでも補える」

 それは私が彼に加護がなかったことを告げた時に言われたことと同じ意味合いの言葉。

“ジルはあの時から本気でそう思ってくれていたんだ”

 加護が無かったことを嘆く私を励ますための言葉ではなく、彼が本心からそう思っているからこそ今もこうやって口に出来るのだろう。

“私は本当に小さいわ”

 こんなに何度も言ってくれていたのに、どこか自分を励ます為に言ってくれているのだと思い、彼のその言葉を心の底から信じられていなかったことを暴かれた気分になる。

 そしてそんな誠実な彼だからこそ、私も誠実でいたいと改めてそう思った。

「ジルを形作るものは加護じゃないです。私ははじめて会った時に約束したように、今も、そしてこれからもジルだけを見つめます」

 子供たちと一緒に走り回り、泥だらけになって大きな口で笑う。
 そんな彼も本物の彼であることに違いがないのだから。

「だからずっと、見つめられていてくれますか?」
「……あぁ。僕もずっと、ルチアのことを見ているよ」
「はい。約束ですよ」

“もしこのまま彼の加護を戻すキッカケが見つからなくても、誰よりも私が彼の味方になるわ”

 加護のない、盾にも影にもなれなかった私に何が出来るのかと思っていた。
 でもきっと、彼のことを見ているだけで良かったのだろう。

 ただ彼を認め、見つけ、見つめればいい。
 そして今私はそんな彼の婚約者なのだ。

 隣に立つ権利がある私が、彼の壁として一緒にいれる。
 例えその時間が今だけなのだとしても、それでもきっと好きな人と過ごせる時間は何よりも尊いものだから。

“だから絶対、貴方を守るわ”

 
「そういえば、尋問の件だけど」
「ぅえっ!?」

 気合いを入れていた私の耳に物騒な単語が飛び込み変な声が漏れる。

「この間ルチアを拐った犯人のことだよ」

“あの時の!”

 結局怒鳴られはしたものの犯人の顔すら見ず救助されたことと、一人ではなかったこと。
 そして夜通しジルが側にいてくれていたお陰で若干忘れつつあったことをなんとか思い出しへらりと笑みを作る。

“あとすぐその後にジルが襲われるっている衝撃的なことがあったせいで一瞬抜けてたわ”

 私の笑顔にジルが苦笑したので、頭から抜け落ちていたことに気付かれていそうである。
 だがその事には触れず、真剣な表情になったジルが再び口を開いた。

「結局彼らは何も知らず、雇われただけだったようだ」
「じゃあ、何も情報は……?」
「うん、ごめんね」
「ジルが謝ることじゃないわ!」

 少ししょぼんとしたジルに慌ててそう言うと、どこか困ったような表情を向けられる。

「でも、不甲斐ない婚約者でごめんね」
「もう! さっきも言ったようにジルは何も悪くないわ。相手が何も知らなかったのならどうしようもないじゃない」

“それに下っ端に何も知らせないことなんてよくあるもの”

 使われる側も、雇われであれば積極的に事情を聞きたがったりもしない。
 雇い主に口封じされる恐れがあるからだ。

「ただ、情報は得られなかったけどわかったこともあるよ」
「わかったこと?」
「あぁ。彼らはどうやらあの場所で乗り換えるはずだったようなんだが、時間になっても来なかったみたいなんだ」

“そういえばそんな話をしていたかも?”

 あの時馬車の外から聞こえた声を必死で思い出していると、ジルの声色が僅かに低くなる。

「けど、調べさせたがあの場所へ他の馬車が向かった形跡がなかったんだ」
「……え?」
「ルチアたちが乗り換えさせられる予定だった馬車は、最初からなかった」

“最初から無かった?”

 言われていることの意味がわからず唖然としてしまう。
 来るはずの馬車が最初から用意されていないということは、それはつまり。

「救助されることも込みの計画だったということだ」
「でも、それって……」

 護衛もつけていた高位貴族の令嬢が二人も白昼堂々と拐われたのだ。
 助けは必ず来る。その助けが間に合うかどうかが重要なポイントだったはず。

“でも最初から救助されることも計画に入っていたのなら”

「怪しいのは、コルティ公爵家だ」
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