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第四章・これなら君とお揃いだ

19.視覚的にも意識して

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「ジル、大丈夫ですか!?」
「ルチアっ」

 兄から恐ろしい話を聞き不安になりながらコンタリーニ家へと戻ると、当たり前のようにジルが出迎えてくれた。

 その姿に思わず抱き付くとジルもぎゅっと抱き締め返してくれて、その温もりに僅かに安堵する。

“良かった、無事みたい”

「私ジルが襲われたと聞いて」
「あぁ、そうなんだ。僕は怖くて怖くて……とてもひとりで眠れそうにないから、今日からずっと一緒に寝ていい?」
「えぇ、もちろんですよ殿下。全力で夜通し護衛致します。どうぞ俺の部屋で」
「ちょ、お兄様!」
「チッ」

 不安がるジルを無理やり剥がした兄へ慌てて抗議をしようとした時、階段から父と母が降りてきた。
 その二人の顔から表情が消えているのを見て嫌な予感を覚える。

“ジルは大丈夫、なのよね?”

 本人は元気そうに振る舞っているが、空元気というやつなのかも、と不安になった私の表情に気付いたのだろう。

 ジルが私を安心させるためににこりと笑顔を向けた。

「怪我とかはないよ。ちょっと加護が無くなっただけ」
「そうなんですね、良かっ……えぇっ!?」

 さらりと告げられたその言葉に愕然とする。
 隣で聞いていた兄の顔も驚愕に染まった。

「加護が、無くなった……!?」
「そうなんだ、呪物の類いかな? 本来呪いは光の加護で跳ね返せるんだけど、不意を突かれちゃって」
「そんな」

 誰が何の目的で?
 可能性なら無限にある。
 
 ジルのことが単純に気に入らない場合もあれば、誰かからの逆恨みもあり得る。
 だって彼は王族、ただそれだけで自国からも他国からも狙われる可能性があるのだ。
 
 加護がないということは今彼に毒が効く。
 暗殺を狙うことも出来るだろう。

“それに今なら他の薬だって効くわ”

 彼に睡眠薬を盛って寝込みを襲うことも、媚薬を盛って既成事実を作ることも出来る。
 私という肉壁がいたとしても、既成事実を盾に結婚を迫られれば拒否は出来ないのだ。

「そこまで深く悩む必要はないよ」

 血の気が引いていた私に優しくジルが声をかける。
 襲われたのはジルなのに、まるで私を慰めるような声色が私の冷えた心にじわりと染みた。

「ただ加護が無くなっただけ。確かに少し不便になることもあるけど、前に言ったように加護なんて無くてもいいんだ。加護で国を治める訳じゃないんだから」

“ただ加護が無くなっただけ……”

「それとも加護が無い僕には価値はないかな?」
「そんなことありません!」

 少し眉尻を下げたジルがそんなことを口にし、私は咄嗟に声をあげる。

「うん、そうだよね。だって加護が無いだけだもんね」

 それはまるで、加護がないということが大したことではないと言っているような言葉に聞こえた。
 加護が最初から無かった私ごと拾い上げるような、そんな言い回しにこんな状況だというのに思わず小さな笑いが漏れる。

「えぇ、そうかもしれません」
「むしろ僕はルチアとお揃いになれて嬉しいよ」
「もう、ジルってば」

 にこにこと笑うジルを見ていると、本当に加護が無いというのは重要なことでは無いのだとそう思わされた。

「でも、私みたいに最初から無いならともかく戻せるなら戻しましょう」
「そうだね。戻らなくても困らないけれど、どこかに加護が戻るキッカケがあるかもしれない。それに犯人の目的がわからない以上、逆にこっちから仕掛けるのもいいと思うんだ」

 ジルが真剣な顔でそう言い、私も同意し大きく頷く。

「だから積極的に出掛けようと思うんだけど、ルチアも一緒に出掛けてくれるかな」
「はい! もちろんです、肉壁としての仕事ですね」
「いや、ただのデートだよ」

“私を拐った犯人のこともあるもの。もしかしたら同一犯の可能性だってあるわ”

 ジルの婚約者を消し、その間にジルと既成事実を作る。
 そう考えればすべての辻褄が合うように思えた。

「それに目立つ行動をしていれば相手からアクションがあるだろうし」
「そうですね、誰の狙いなのかはわかりませんが、籠っていて突撃されるよりも人目のある表に出ている方がいいのかもしれません」

 ジルの言葉にも説得力があり、なるほどとすぐに納得する。
 それに外ならば堂々と護衛もつけられるし、このタイミングで接触してくる相手が犯人の有力候補だ。
 攻撃は最大の防御というやつかもしれない。
 
「ルチアとのデート楽しみだな! うん。仲睦まじい婚約者としてどんどんアピールしなきゃね」
「めげませんね、殿下……」
「しれっと着実に外堀を埋めている殿下の質が悪いのは事実だけれど、そうさせているのは私たちの娘のせいかしらね」
「つまりは私の教育ということか……」

 はぁ、と後ろで固まっている家族からのため息に首を傾げつつ、私はジルを安心させるように笑顔を向けたのだった。

 ◇◇◇

「まずは一緒に孤児院へ行ってみない?」

 ジルが加護を失った翌朝、相変わらず当然のように一緒に朝食を取っていると、ジルからそんな提案がされる。

「孤児院ですか?」
「そう、守るべき王族として色んな現状を知らないといけないからね」
「素晴らしいと思います!」

“加護が無くなっても、ジルはジルだわ”

 皆から慕われる王太子。
 その責務を立派に果たそうとする彼の姿は、もう光の加護で発光出来なくなってもキラキラと十分光輝いて見えた。

「わかっていると思いますが、護衛は……」
「もちろんつけるよ、ルチアに何かあれば大変だからね。ただあまり表立ってつけると相手が接触してこない可能性もあるから、基本は隠れてつけようと思う。気分だけでも二人きりで満喫したい」

“犯人の炙り出しも兼ねているんだもの”

 ちゃんと考えているジルに感心した私は、そんな彼の足を引っ張る訳にはいかないと気合いを入れたのだった。


 そんなこんなで着いた孤児院。

「お兄ちゃんだー!」
「元気にしてたかな?」

 王城の馬車だと目立つので少し離れたところで降りた私たちが歩いて向かうと、ジルに気付いた子供たちが嬉しそうに駆け寄ってくる。

 懐いている様子で彼が何度もここを訪問していることに気付き少し驚いた。

「ジルは何度も来ているんですか?」
「あぁ。もちろん現状を把握したいってのが一番の理由ではあるけど……子供好きなんだよね」

 ふふ、と笑う彼の表情が穏やかで私も釣られて和んでしまう。

「子供って可愛いですもんね」
「うん、僕とルチアの子はつい甘やかして女の子なら一生嫁にやらん! なんて言っちゃうかも」
「あはは、ジルってば~」
「本気」
「もう~」
「最初から最後まで本気」
 
“確かにジルって子煩悩になりそうよね”

「僕はいい父親になると思うんだよね」
「えぇ、そうですね!」
「ルチアもいい母親になると思うよ」
「私もお母様みたいな強くて格好いい母親になりたいです」

“子供、かぁ……”

 いつか彼が誰かとそうやって家族を作っていくのかと思うと、言い様のない寂しさが私を襲う。
 だがここで暗い顔をする訳にはいかないだろう。

「私も子供って好きです、真っ直ぐで」
「ルチアとの子は格別可愛いけどみんな可愛いもんね」
「えぇ、可愛いですね」
「ダメか、子作り意識作戦……。まぁ、それとは別に子供ってみんな平等に見てくるから」

 一瞬笑みを消し呟かれた言葉にドキリとする。
 確かにジルの言葉通り、子供たちに権力は関係ない。

“私に加護がないように、全属性の加護を持っていたジルは常に特別扱いだったものね”

 神の愛し子。
 その呼び名は彼を特別にし、そして彼を孤立させるには十分だった。

“だから私だけは彼を特別視しないって決めたけど”

 けど、子供たちもまた私とは違った理由で彼を特別視しないのだろう。
 彼らにとって重要なのは相手の権力ではなく、誰が何をしてくれるかだから。

“遊びに来てくれたお兄ちゃん、それがきっと今の彼の呼称なのね”

 ジルがここに来た理由がよくわかる。
 きっと彼も突然加護を失い不安なのだろう。

 ずっと持っていた加護が全て無くなり彼を特別にしたキッカケが消えたのだ。
 加護がなくても彼がこの国唯一の王子であることには変わりないが、それでも加護の力が後押ししていたことも確かなのだから。

「大丈夫、ジルは何も変わってないわ」
「ルチア?」
「加護があってもなくても、私は……、ううん、私もここにいる子供たちにとっても、ジルはずっとただのジル。大切で大好きなジラルドよ」

 ハッキリそう断言すると、じわりとジルの頬が染まったのだった。
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