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第三章・助けてください、王子様!

12.加護を応用してみよう

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「殿下、コルティ公爵令嬢が謁見を求められております」
「コルティ?」

 机に並べられた書類に目を通していると、そう声をかけられ思わず怪訝な顔をしてしまう。

“コルティ公爵令嬢は今、僕のルチアと買い物に行っているはずだが”

 普段ならば令嬢からの謁見は絶対に許可せず、事前通達を要求するかその家の当主からの謁見要請も持ってくるよう伝え追い返すのだが、言い表せぬ嫌な予感を感じすぐに立ち上がった。

「わかった、応接室へ通しておいてくれ。僕もすぐに向かおう」
「はっ」

 指示を聞き執務室を出た側近を見送り、自分もすぐに執務室を出る。

“この時間なら訓練中だな”

 向かうのは第一騎士団訓練所だ。

 第一騎士団は王都の中心部に拠点を置いているため、訓練所も王城内にある。
 その為、大した時間もかからず目的の場所へと着いた。

「エミディオ・コンタリーニを呼んでくれないか?」
「でっ、殿下!?」

 近くにいた騎士にそう声をかけると、一瞬驚いた顔をしたものの目的の人物をすぐに呼びに行き、間もなく目的の人物であるエミディオ・コンタリーニ、つまりはルチアの兄が現れる。

「どうかなされましたか?」
「ついてこい、嫌な予感がする」
「はっ!」

 少し焦ったような顔をしている彼に詳しく説明はしなかったが、僕の様子を見てただ事ではないと感じたのだろう。
 いつもの兄の顔ではなく臣下の表情になり、すぐ一歩後ろに立ち歩きだした。

「僕に謁見だ、コルティ公爵令嬢から」
「コルティ公爵令嬢?」

 歩きながらそう告げると、エミディオからも怪訝な声が漏れる。
 
 ルチアと一緒にいるはずの彼女が何故謁見を申し込んでいる?
 もうルチアとは解散し、そしてルチアの悪口でも僕に伝えようと悪巧みしているのか?

 もしそうならば、無駄なことを。
 彼女の純粋さは誰よりも僕が知っている。

 ――だがもしそうじゃないのなら……

 そんな僕の緊張がエミディオにも伝わったのだろう。
 彼は何も言わなかったものの、空気が張り詰めたのを感じた。


「謁見を希望していると聞いたが」

 メイドが開けた扉からエミディオと共に入ると、すぐに一人の令嬢が立ち上がり頭を下げる。
 そこには予想していた真っ赤な髪ではなく、平凡な茶色の髪がさらりと揺れていた。

“コルティ公爵令嬢……、妹の方か!”

 社交でもあまり目立たず、公爵令嬢だというのに誰かの後ろに立っているせいであまり情報はない。
 まぁそれは、姉が目立っているせいでもあるのだが。

 チラリと視線をエミディオへ向けると、彼が予想していたのも姉の方だったようで一瞬戸惑いの表情が浮かぶ。

“姉がいない間に自分を売り込もうとしているのか?”

 いや、だがそんなタイプには見えないのだが……、しかし決めつけるのは良くないと思い直した僕はエミディオと連れだって彼女の元へと歩く。

「顔をあげ楽にしてくれ。何か話したいことがあるのだろう?」

 そう言いながら向かいのソファへと腰掛けると、エミディオはソファの後ろへと立つ。
 妹の心配で来たのではなく、あくまでも僕の護衛として来たという体面を保ちたいのだろう。

 そんな些細な変化は気にならなかったのか、おずおずとした様子でメルージラ嬢が口を開いた。

「ご、ご存知かもしれませんが、今姉がルチア様と出かけており、その、ちゃんと護衛もいて」
「?」
「でも私心配で、ですから、その」

 支離滅裂な言い回しにため息を吐きたくなる。
 何が言いたいのかわからず、だがルチアの名前が出ている以上切り上げる訳にもいかない。

 苛立ちを奥に隠し、表面だけは笑顔を作って彼女を見ながら続きを促した。

「心配、とは?」
「……ッ! その、王太子殿下は、加護のない彼女を選ぶおつもりなのですか?」
「話はそんな下らないことなのかな」
「ひっ」

 重ねられた言葉に圧をかけてそう答えると、ビクリと肩を震わせる。
 これ以上は聞く価値がないと判断し、嫌な予感は杞憂だったかと立ち上がろうとした、その時だった。

「……コルティ公爵家の護衛が、撒かれました!」
「なに?」

 叫ぶようにそう言われ、思わずエミディオと顔を見合わせる。
 浮かせた腰をもう一度ソファへ沈め、続きを促すように彼女の方へと視線を戻すと、またどこか不安そうに視線を左右へとさ迷わせながらメルージラ嬢が口を開いた。

「私、ルチア様が心配で……、その、姉が王太子殿下を慕っているのは一目瞭然で、だから……」
「……」
「ッ、だからその、こっそり後をつけていたんです、未来の王太子妃に何かあってはいけないって」

 さっさと重要なことを言って欲しいのに、そのまどろっこしい言い方に舌打ちしそうになる。
 だがここで焦れてそんなことをすれば、より萎縮させてしまうだろう。

“わざわざルチアを選ぶか確認したくせにルチアを王太子妃と呼ぶ意味はどこにある?”

 それとも彼女の言う王太子妃はフラージラ嬢のことなのか。
 それならばルチアがフラージラ嬢に何かをしたと言いたいのか?
 いや、話の流れからしてそれはない。

 一分一秒がやたらと長く感じながら、続きを待っていると、まるでやっと決心しましたというような表情でこちらへとメルージラ嬢が視線を向けた。

「コルティ公爵家の護衛が何者かに足止めされたんです。まるで護衛一人一人の癖を知っているかのような動きで……そして彼らが足止めされている間に馬車がどこかに出て……!」
「!」
「申し訳ありません、もしかしたら姉がっ」

 ソファから立ち上がり、床へと跪きながら彼女が頭を下げる。
 だがそんなこと気にしてられず、慌てて立ち上がった。

“ルチア!”

「どこに向かったかはわかるか!?」
「い、いえ、王都から出たとしか……」
「くそ、わかった。情報感謝する。行くぞエミディオ」
「はい、殿下」

 応接室を早歩きで出て、扉の前で待機していたメイドに彼女を馬車まで送るよう指示を出し、そしてついてきていたエミディオを振り返った。

「悪いが至急コンタリーニ侯爵夫妻に連絡してくれ。コルネリオ侯爵には侯爵家の人員で捜索隊を作るように、カロリーナ夫人にはありとあらゆる情報を」
「畏まりました」
「僕は一歩先に出る、お前は……」
「俺も殿下と一緒に出ます。両親には確実なルートで言付けをしますので」
「わかった」

 一度執務室へと戻り、剣を腰に差して部屋を出る。
 同じく装備を整えたエミディオが既に待機しており、すぐに厩舎へと向かった。
 

「どちらへ向かったかわかるんですか?」
「まぁ、大まかな方向はね」

 馬を走らせていると、エミディオからそんな質問が飛ぶ。
 迷いなく進んでいることを不思議に思っているのだろう。

“闇の加護のお陰だな”

 王族だけに顕現するという光の加護と闇の加護。
 稀にしか出ないこのふたつの加護は他のものとは違い、かなり特別なものだった。

 そしてそれらの加護は明かされていない使い方も多い。
 それは秘匿されているというよりも、全てわかっていないという部分もあるのだろう。

“加護の強さは人それぞれだ。それに王族といえど光と闇の加護を授かるとも限らないしな”

 そしてその特別な加護をふたつとも授かったからこその使い方も出来るのだ。

「ルチアに贈ったネックレスに光の加護を授けてある」
「加護を? ですが加護は」

 加護は本人にしか発動できない。
 どれだけ僕の加護をネックレスに込めたとしても、ルチアには使えない。

 それを知っているからか、エミディオから怪訝な声が漏れる。
 
「あぁ。あのネックレスを使えるとしたら僕だけだね。けど、光の加護は闇の加護と相反するんだ」
「それはつまり」
「僕のための加護が、僕のために位置を教える、ということだよ」
「それってつまり……!」

 彼女に渡したネックレスに授けている光の加護に、光の加護としての意味はない。
 だがその光の加護を、相反する闇の加護が反応し大まかな位置がわかるのだ。

 つまりそれは。

「ルチアのストーカーをしている……ということですね?」
「嫌だなぁ義兄殿。ちょっとどこにいるのかを確認しているだけじゃないか」

 不安を誤魔化すようにあはは、と笑うと大きなため息を吐かれる。
 だが以前僕たちの空気は張り詰めたままだった。

「……っと、何かありますね」
「あぁ。なんだあれは……、っ、鳥の羽!?」
「それもこんな大量に!?」

 エミディオの視線の先を見ると、こんな場所にはそぐわない大量の鳥の羽が落ちていた。
 風で多少は移動し散らばっているのだろうが、それらを差し引いても一ヶ所にあるべきではないほどの大量な羽に違和感を覚える。

“何故こんなところに?”

 辺りに血痕がないということは近辺で殺された訳ではないのだろう。
 だが、何故大量の羽が落ちているのか理解が出来ない。

「風で飛ばされてきたとしても、不自然です」
「何らかの警告か、それとも……」
「儀式、という可能性も」

“儀式!”

 どんな儀式なのかはさっぱり想像つかないが、だが嫌な予感がする。

“加護を持つのは人間だけとされている”

 つまり、この殺された鳥たちに加護はない。
 だがもし、誰かの加護を移すことが出来たなら?

 そういった実験や、新たに加護を授かるための儀式が行われているのだとしたら。

「もしルチアが狙われた理由が加護にあるなら……」

 いや、加護のないルチアに加護を授ける実験をするメリットはない。
 彼女は貴族だ。

 貴族で加護がない人間は珍しいが、平民では逆に加護を持っている方が珍しい。
 後付けで加護がつけられるかの実験をしたいなら、わざわざリスクを追って貴族の令嬢を選ぶ必要はないだろう。

 ならばこれは。

「……僕の加護を狙っているという、警告か」

 王族にしか顕現しない光と闇の加護。
 これらを他者に移せるのなら。

「人質にルチアが選ばれたのも、そこが理由かもしれません」
「あぁ。腹立たしいが、効果的だ」

 彼女を取り返せるのならば、加護なんて手放して構わない。
 だからどうか。

“無事でいてくれ……!”

 もしこれがどんな儀式や警告なのだとしても、必ず愛する彼女を助け出す。
 決して、決してこの見せしめのように捨てられたおぞましい羽たちのようにはさせまいと、そう僕は心の底から誓ったのだった。
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