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「告白されたりとかはしなかったの?」
彼が一人暮らしをしているアパートの階段を下り、少し道幅の狭い道路を並んで歩く。
公園が近いからか、少しガヤガヤとうるさくて僕の心臓の音が気にならず内心安堵した。
「まぁ、なくはなかったけど」
「?」
歯切れの悪い言い方に首を傾げていると、少し困ったように瑛士が笑う。
「恋愛どころじゃなかったんだ」
「え」
「俺が小さい時に父さんが死んで、子供ながらになんとか母さんの手伝いをして。高校生になってすぐバイト始めてさ」
あっけらかんと話すその言い方に、胸が苦しくなる。
「あ、でも俺が大学受かった時に再婚したいって言われて」
「再婚?」
「そう。俺が受験終わるの待っててくれてたんだと思う。大学には絶対に行かせるって母さんも必死に働いてくれてたから」
まぁ結局大学のお金は義父さんが出してくれたんだけど、とどこか誇らしげにそう言われ、反対に僕の心は落ち込んだ。
新しい家族仲も良さそうで、そしてやっとお金の心配もなくなったのに、彼にはもう寿命がないのだから。
ショッピングモールへ着いた僕たちは、最初に言っていた通りまず靴を見に行った。
靴擦れしないように、と履きやすいスニーカーを何足も履かされその中で一番白い物を瑛士が選ぶ。
“また白”
余程僕のことを清いとでも思っているのか、そのカラーチョイスに苦笑した。
その後は瑛士が観たいと言った映画を観る。
よくわからないアクション物で映画の内容には感想が無かったが、大きな音に驚いたりしながら観る瑛士を盗み見るのは楽しいと感じた。
“楽しい? 死神の、僕が?”
「……しろ、ましろ」
「あ、ごめん」
「考え事か? 映画、終わったぞ」
「そうだね」
気付けば映画は終わっており、慌てて席を立とうとした僕に瑛士が手を差し出す。
家を出た時はどこかぎこちなかったのに、自然と彼の手を取った自分に少し驚いた。
その後は色んなお店を覗いたり、水分補給がてらに本屋に併設されたカフェに入る。
特に食べる必要のない体の僕だが、食べられない訳ではないので瑛士の選んでくれたチョコケーキを口にし――
「美味しい……」
「そうか、それは良かった」
口の中でとろけて広がる甘さに唖然とした。
美味しい。流石甘味、本能的に好まれる味覚と言われるだけはある。
思わず夢中で食べていると、ふと瑛士の視線を感じて顔を上げる。
そこにはケーキに負けないくらいとろけた表情で僕を見つめる瑛士がいた。
“僕たちは本当の恋人って訳じゃないのに”
こんなに甘い表情をされると、本当に好かれているのではと勘違いしそうになる。
「後で本を買ってもいいか?」
「ここ本屋併設のカフェですよ、どうせ買うなら今買って読んだらいいんじゃ」
「いや、後でいい」
「そうですか」
まぁ、家でゆっくり読みたいのかも。なんて思っていた僕だったが、カフェを出る時に瑛士が買ったのはケーキのレシピ本だった。
「え、それ」
「恋人に作ってあげたいって思って」
「!」
「これでも母と二人だった時は料理担当だったんだ、美味しいのを頑張る」
「ぁ……、う、うん。ありがと……」
嬉しい。だがそれと同時にちくりと胸に違和感を覚えた僕は、だがその答えには気付かないふりをした。
――この感情は、知るべきじゃない。
瑛士が最初に作ってくれたケーキはぺちゃんこだった。
「失敗、だな」
「そうだね」
膨らまず、平べったい塊。
その失敗作を捨てようとする瑛士から慌てて奪うと、思い切りかぶりつく。
「少し焦げてるけど、美味しいよ」
「そんなはずは」
「そもそも材料は正しいんでしょ。なら味は一緒」
はぐはぐと食べる僕を唖然としながら見ていた瑛士は、突然ふはっと吹き出した。
そんな風に笑う彼を初めて見て、思わず目を見開いてしまう。
「頬、ついてる」
「あ」
僕の頬に手を伸ばし、ついた生地を自身の口へと運んだ瑛士が苦笑した。
「……あんまり美味しくはないな」
「次は、クリームも作って」
「あぁ。今度はもう失敗しない」
彼が一人暮らしをしているアパートの階段を下り、少し道幅の狭い道路を並んで歩く。
公園が近いからか、少しガヤガヤとうるさくて僕の心臓の音が気にならず内心安堵した。
「まぁ、なくはなかったけど」
「?」
歯切れの悪い言い方に首を傾げていると、少し困ったように瑛士が笑う。
「恋愛どころじゃなかったんだ」
「え」
「俺が小さい時に父さんが死んで、子供ながらになんとか母さんの手伝いをして。高校生になってすぐバイト始めてさ」
あっけらかんと話すその言い方に、胸が苦しくなる。
「あ、でも俺が大学受かった時に再婚したいって言われて」
「再婚?」
「そう。俺が受験終わるの待っててくれてたんだと思う。大学には絶対に行かせるって母さんも必死に働いてくれてたから」
まぁ結局大学のお金は義父さんが出してくれたんだけど、とどこか誇らしげにそう言われ、反対に僕の心は落ち込んだ。
新しい家族仲も良さそうで、そしてやっとお金の心配もなくなったのに、彼にはもう寿命がないのだから。
ショッピングモールへ着いた僕たちは、最初に言っていた通りまず靴を見に行った。
靴擦れしないように、と履きやすいスニーカーを何足も履かされその中で一番白い物を瑛士が選ぶ。
“また白”
余程僕のことを清いとでも思っているのか、そのカラーチョイスに苦笑した。
その後は瑛士が観たいと言った映画を観る。
よくわからないアクション物で映画の内容には感想が無かったが、大きな音に驚いたりしながら観る瑛士を盗み見るのは楽しいと感じた。
“楽しい? 死神の、僕が?”
「……しろ、ましろ」
「あ、ごめん」
「考え事か? 映画、終わったぞ」
「そうだね」
気付けば映画は終わっており、慌てて席を立とうとした僕に瑛士が手を差し出す。
家を出た時はどこかぎこちなかったのに、自然と彼の手を取った自分に少し驚いた。
その後は色んなお店を覗いたり、水分補給がてらに本屋に併設されたカフェに入る。
特に食べる必要のない体の僕だが、食べられない訳ではないので瑛士の選んでくれたチョコケーキを口にし――
「美味しい……」
「そうか、それは良かった」
口の中でとろけて広がる甘さに唖然とした。
美味しい。流石甘味、本能的に好まれる味覚と言われるだけはある。
思わず夢中で食べていると、ふと瑛士の視線を感じて顔を上げる。
そこにはケーキに負けないくらいとろけた表情で僕を見つめる瑛士がいた。
“僕たちは本当の恋人って訳じゃないのに”
こんなに甘い表情をされると、本当に好かれているのではと勘違いしそうになる。
「後で本を買ってもいいか?」
「ここ本屋併設のカフェですよ、どうせ買うなら今買って読んだらいいんじゃ」
「いや、後でいい」
「そうですか」
まぁ、家でゆっくり読みたいのかも。なんて思っていた僕だったが、カフェを出る時に瑛士が買ったのはケーキのレシピ本だった。
「え、それ」
「恋人に作ってあげたいって思って」
「!」
「これでも母と二人だった時は料理担当だったんだ、美味しいのを頑張る」
「ぁ……、う、うん。ありがと……」
嬉しい。だがそれと同時にちくりと胸に違和感を覚えた僕は、だがその答えには気付かないふりをした。
――この感情は、知るべきじゃない。
瑛士が最初に作ってくれたケーキはぺちゃんこだった。
「失敗、だな」
「そうだね」
膨らまず、平べったい塊。
その失敗作を捨てようとする瑛士から慌てて奪うと、思い切りかぶりつく。
「少し焦げてるけど、美味しいよ」
「そんなはずは」
「そもそも材料は正しいんでしょ。なら味は一緒」
はぐはぐと食べる僕を唖然としながら見ていた瑛士は、突然ふはっと吹き出した。
そんな風に笑う彼を初めて見て、思わず目を見開いてしまう。
「頬、ついてる」
「あ」
僕の頬に手を伸ばし、ついた生地を自身の口へと運んだ瑛士が苦笑した。
「……あんまり美味しくはないな」
「次は、クリームも作って」
「あぁ。今度はもう失敗しない」
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