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番外編

ご都合主義の現実主義な親友が壊れた話

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 ――胡散臭い笑顔の奴だと、そう思っていた。


 自分の遊び相手として、父である陛下から紹介されたのは宰相の次男。
 リドルというその少年は俺と同じ年だとは思えないほど大人びた、作り物の笑顔を貼り付けていた。

 とは言っても、王族、それも男児であり長子の俺に向けてくる大人なんて数えきれないほどいたし、気にするほどのことでもなかった。
 むしろこの幼さでそこまで考えて言動を選べることに好感を覚えたほど。


 そしてそんな彼との付き合いも十年以上になり、一緒に学園に通い一緒に登下校し、ついでに近寄る令嬢を牽制する意味もあって彼とばかり過ごした。
 付き合ってみるとリドル・グレゴリーという男は変に達観したところを持ってはいたが思ったよりも誠意のあるやつだということはすぐにわかった。

 俺が何かをやらかしても、それで見切りをつけるのではなく諫めてくれるタイプの人間。

 俺自身がこの国の王太子という立場があり結婚相手は父と国が決める。
 それと同時にリドルも、自身の後ろ盾になるのであれば誰でも構わないというスタンスだったし、そうまでして俺とこの国を守ることを重視してくれているのだとひそかに感動だってしていた。

 俺とは違い、ある程度結婚の自由は認められているのだからそこまで俺に合わせる必要はないと思うが、それを平然として受け入れている親友にはせめて彼のそんな素直じゃない部分ごと好きになってくれる令嬢なら嬉しいと考えていた。


 理性的で、理論的で、そして自分の未来をしっかり割り切っているそんな親友。
 ――だったのに。



「……おいリドル、最近上の空だが調子がよくないのか?」

 窓際でぼんやり外を眺めている親友に思わずそう声をかける。
 窓の外を眺めるメリットがわからない、と常に何かしらの書類とにらめっこしていたこの男が、最近はぼんやりしてることが多い。
 
 どう考えても病だ、そう確信したのだが。

「ロレッタってなんであんなに可愛いんだと思う?」
「……ん?」
「はぁ。高位貴族特有の傲慢さもないし、というかなんであんなに健気なんだ。どこに触れても柔らかいし、それなのに俺を甘やかそうとしているとか、甘やかしたいのは俺だってことに気付いてないのか? 可愛すぎる」

 熱っぽいため息を吐きながらどこかうっとりとしているその姿に言葉を失う。

“なるほど、病だな!”

 そう確信した俺がこほんと咳払いし、様子がおかしい親友へと視線を戻す。
 相変わらず彼は外を眺めたままだから、目が合うことはないのだが。

「確かになかなかに可愛らしい容姿はしているかもな。お前にとって都合のいい女だとも言っていたし、気に入ったならまぁ、よかったんじゃないか?」
「は? 都合いい女ってなんでコンラートにそんな言い方されなきゃなんねぇの」
「お前が最初に言ってたんだろ!?」

 突然牙をむいたようにギロリと睨まれビクリとする。
 どう考えても、将来は都合いい女と結婚する、と言い張っていた男が、「ちょうどいい相手を見つけた」と言ってきたのだ。
 確かに俺も言葉は悪かったが、俺だけが悪い訳じゃなくないか!?

 そんな不満が顔に出ていたのだろうか。
 

「王位継承権があるのはお前だけじゃないことを自覚しとけよ」
「こっっっわ! え、俺じゃなく妹側につくって話にまで飛躍したのか!?」
「チッ」
「舌打ちもこわぁ……」

 とんでもないことを口走る親友にぞくりと全身に悪寒が走る。
 ここまでリドルのキャラを崩壊させられる相手の令嬢がすごいのだろうか?
 それともここまで盲目になる恋という存在が恐ろしいのか。

“あ、愛のない政略結婚(予定)でよかった……”

 思わずそんなことを思ってしまった。


“まぁ、元々リドルの言葉だったとはいえ失礼な言い回しをしたのは確かだしな”

 なんだかんだでこの年まで俺の友人でいてくれている彼は、割り切って判断しているだけで心まで冷たいわけではない。
 表向きはまだだが、事前に侯爵家に婚約の打診もすかさず入れていたし王家への許可もしっかり取っていた。

 セシル侯爵家の領地で王都に近い場所に、リドルの私財で屋敷を建て始めたことも知っている。

 もちろんそれは婿入りする上で持参金のひとつとして、という建前で侯爵にも許可を取って建てているものだ。

“適当に豪華な家具で埋めて、彼女の私室には流行りのドレスとか揃えとくって言ってたんだよな”

 確かに屋敷まで建てられたらなかなか正式な婚約はまだとはいえなかったことには出来ないし、貢いでくれる男を無下にもしないだろう。
 リドルとしても、仕事のし易い家を王都に近い場所に持つのはこれからを考えれば悪くないし、ぶっちゃけそこまでするか? とは思ったが彼女以上にリドルの要望をクリアしている令嬢もいなかったのは事実だったので何も言わなかった。

 
「そういやお前が建てていた新居は出来たのか?」
「あぁ。大まかに外側は出来たな」
「家具や衣装室に入れておくドレスがまだってことか?」
「いや、先に準備するのはやめた」

“???”

 思いついたことは即実行、かつ有言実行のリドルが途中で計画変更したという事実に一瞬ぽかんとする。

“いや、まぁそこまで貢ぐ必要もない、もんな?”

 彼女はどう見てもリドルに惚れているようだったし、過剰なサービスは無駄だと思ったということかもしれない。

「俺たちの新居になるなら、彼女とゆっくり決めて彼女が本当に好きなもので溢れさせる方が喜ぶかと思って、俺の執務室にしか家具は入れないことにした」

“?????”

 それだと結婚してすぐ新居に住めないんじゃないだろうか。
 そうなれば、しばらくは別居婚か……?

「ま、まぁ彼女が学園を卒業するには更に一年がかかるし、それまでは彼女の寮生活を理由にグレゴリー家で過ごすのもいいか。まぁ王城に部屋を用意してもいいしな」
「いや、新居に住めるようになるまではセシル侯爵家で過ごすつもりだ」
「セシル侯爵家で!?」
「婿入りするんだ、作法とかあるなら学んでおきたいし。……それにロレッタが過ごしてきた家だし」
「えっ、えっ」
「それに新居が出来たら彼女とすぐにでも引っ越すからな。これくらいはして当然だろう」
「あ、あぁ、そうかも、な?」
「ロレッタも、自身の親と婚約者の仲がよかったら嬉しいだろうしな」

“???????”

 少し頬を赤らめてそんな言葉を口にするリドルに愕然とする。


「な、あんなところをロレッタが一人で歩いてるだと……!?」
「あー、本当だな」

 ガタッと突然立ち上がった親友がそんなことを口走ったかと思えば、そのまま教室を出ようとした。

「お、おい、授業は!?」
「心配だから行ってくる」
「は、はぁぁ!?」

 一人教室に取り残された俺は、ガリガリと頭を掻きながらため息を吐いた。

「何が原因かはわからんが……」


 どうやら俺の唯一無二の現実主義な親友が、恋の病とやらのせいで壊れてしまったらしい。

“ま、こういう姿も悪くないけどな”

 願わくば、俺はこの国の次期王として彼ほど溺れる相手とは出会いませんように。
 そして重ねて、可愛い婚約者とやらに夢中になっている親友が、このまま夢中になっていられるような平和な国であり続けられますようにと、そう心から願ったのだった。
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