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本編

17.甘い時間は二人きりで

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 ――最近気付いたことがある。


「ロレッタ、これこの間気になるって言ってたショーのチケットなんだけど、今度どうかな」

「あはは、確かにそこってちょっと引っかけ問題みたいになってるんだよね。これ俺が去年使ってたノートなんだけど、割りと纏めてるから少しは参考になるんじゃない?」

「そこ段差になってる。お手をどーぞ? 気をつけてね」


“……リドル様が、なんか優しい!”

 いや、元々優しい人だった。
 たまにからかわれたりもするけれど、基本的には私のことを優先してくれる人だったし、気遣いだっていつもしてくれていた。

 けど。
 

「あの、手……」
「ん? 繋いでいちゃダメ?」
「そんなことないです、むしろ嬉しいといいますかっ」
「そっか。うん、俺も嬉しい」

“より優しくなったっていうか、甘くなったっていうか……!”

 いつもの完璧な微笑みではなく、どこかふにゃりと綻ぶような笑顔を向けられて私の心臓がぎゅんと苦しくなる。
 いつもより近い距離感に、薄い膜のようにあった最後の壁が取り払われたような気がし、鼓動が高鳴って仕方ない。

「まさかまだ媚薬の効果が残って……、いやいっそ後遺症に……」
「ロレッタ?」
「あっ、いえ! なんでもないですっ」

 思わず疑問を口に出してしまったが、彼に聞こえていなかったようで安心した。
 

「そういえば、この間実技でわからないところがあるって言っていなかったっけ」

 ふと思い出したようにリドル様からそう聞かれ、私は素直に頷く。

「はい。実技、特に魔法関係のものはどこでどう主人公と絡むことになるかわからないのでなるべくいい点数を取っておきたいんですが」

 うっかり二人っきりでの補修授業、みたいなリドル様が介入出来そうにないイベントに巻き込まれては困るのだ。

 もちろん私の成績があまりにも良かった場合は主人公に教える個人授業みたいなパターンもあり得るが、私の実力では頑張ってもせいぜい平均なのでそこは考えなくてもいいだろう。


「そっか、少しなら俺も教えられると思うからやってみる?」
「え!」

 さらりと提案された言葉にドキリと心臓が跳ねる。

 正直めちゃくちゃありがたい提案ではあるのだが、二人きりの勉強会なんてまさにイベントなのではと疑うが。

“いや、イベントだとすればむしろ積極的にこなすべきよね!?”

 そう思いなおした私はリドル様に個人授業をお願いすることになったのだった。


 とは言っても、あまり注目を集めるのも得策ではないだろうということで裏庭にある東屋で座りながらでも可能な魔力制御の魔法から始めることにした。

 
「そうそう、杖の先端に炎を灯すイメージで……うん、その調子だよ」

 習っているのは光の具現化。
 この世界の魔法とはイメージする力が強く明確なほどより強力な魔法が発動する。

 鮮明にイメージできればまるで本当に生きているかのような生き物も「召喚獣」として具現化できる。


 だがそのイメージする力が私はとことん弱かった。

“妄想ならできるのに!”

 だが妄想力では残念ながら魔法は発動しない。
 必死になって杖の先端に意識を集めても、理想的なサイズの半分どころかろうそくの炎くらいの光しか顕現しなかった。

「せめて手のひらサイズくらいの光になってくれないと」

 ぶつぶつと一人言を言いながら何度も挑戦し、点いては消えるを繰り返す。
 どれくらいそれを繰り返していたのか、トン、と突然肩に小さな衝撃が来て私の頬をふわりと銀糸の髪がくすぐりキリとした。

“え”

 思わず半信半疑になりながら重みを感じる方をちらりと見ると、なんとリドル様が私の肩に頭を預けてうたた寝している。

「――――ッ!!」

 驚いて声をあげそうになるが必死に押し殺し、深呼吸をした。


“え、ほんとに? リドル様がこんなに無防備にされているところ見たことないんだけど”

 となればまず考えられるのがイベントである。

“睡眠姦なの? 睡眠姦よね!?”

 いつも完全無欠なリドル様がうたた寝なんてあり得ない。
 ならばこれはもうゲームの強制力がかかっているとしか思えず、そして主人公役であるリドル様が寝ているということは私が寝ている彼に跨りえっちなことをするのだと思ったのだが――


「勃って、ない?」

 そう、彼のアレがおはようしていないのである。

“私が勃たせるってこと?”

 一瞬そう思うが、ここは難易度激甘の18禁同人ゲーム。
 イベントで主人公のモノがおっきしていない可能性は低いだろう。

 むしろいつでも挿入できるようにいつでも臨戦態勢であるべきだ。
 
“勃っていないソコをこっそり起こすより、シチュエーションとしては、寝ているのに勃起している彼のソコに我慢できなくて攻略対象が勝手に挿れて楽しんでいる、とかの方がしっくりくるもの”

 理由は簡単。スチルの都合である。

 主人公の知らないことは描かれないというセオリーがこのゲームにも適応しているのなら、眠っている主人公が目を覚ますと女の子が跨っていた、というスチルになるだろう。
 寝ている主人公のソレを口に咥えていた、というスチルは発生しない。

“まぁ、咥えているところに目を覚ますパターンもあるけど”

「今臨戦態勢じゃないならこれはイベントじゃないのよ……!」

 平常モードの彼の下半身を眺めながら根拠のない確信をした私は、何故『自主練』『二人きり』『うたた寝』というトリプルコンボで当然あるべきイベントがないのかと内心ツッコミつつそっと杖を下ろした。

 灯った光で彼を起こしたくないと思ったからだ。
 

“疲れていたのね”
 
 いつもうっかり主人公と二人きりにならないように、王女殿下の護衛騎士と連携を取りながら私や他の攻略対象たちを誘導したり送り迎えしてくれたり。

 それにイベントが起きたら当然そういった行為にも励む。
 学生という身分ではあるが、ここはまさに社交界の縮図。勉学はもちろん、王太子殿下の側近として常に周りを警戒し情報も集めているはずで。

 それなのに私の自主練にまで付き合ってくれているのだ。
 体がいくつあってもありないだろう。


 それにいくら疲れていたとしても、彼が誰の前でもこんな風に無防備にうたた寝するなんてきっとない。

「私だから、だったらいいなぁ」


 私に体重を預け無防備に寝てしまったリドル様に、無性に触れたくなった私はきょろきょろと辺りを見回した。

“少しくらいならいいわよね?”

 誰もいないことを確認し、規則的な寝息を零す唇に自身の唇をそっと重ねる。
 それは表面を掠める程度のものではあったが、理由のない口付けというのは堪らなく私の心を甘美に震わせたのだった。



「――また、アイツ……」

 そう呟く影には気付かずに。
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