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本編

11.そんな定番はいりません

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 互いに達した私たちは、そのまま抱き合うようにして荒い息を整える。
 まるでタイミングを計っていたかのように「ぬかるみから脱せましたので出発します」と声を掛けられ、私は思わずビクリと体を跳ねさせた。

 
「こ、声……」
「聞こえていても聞こえなかったことにしてくれるから大丈夫だよ」

“それって何一つ大丈夫じゃないんだけど!?”

 さらっととんでもないことを言うリドル様に愕然としていると、彼がハンカチで精液がかかった部分を拭いてくれた。

 
「はぁ、こんなはずじゃなかったのに……」

 呟くように暗い声を出したリドル様にドキッとする。

“やっぱり私とするのは不本意だったのかしら”

 その事実を突きつけられたように感じ、なんだか黒いもやのようなものが私の心を重くしたのだが。

「ロレッタのはじめてはもっとちゃんとしたところで、大事にしたかったのに。こんなところで本当にごめん」

 しょぼんと子犬のように項垂れたリドル様に今度はきゅんと胸が高鳴る。

“その暗い顔の理由って、私を大事に出来なかったって思ってるからなの?”

「で、でもその、多分これイベントのせいであってリドル様のせいじゃありませんし」

 ドキドキと早くなる鼓動に気付かないふりをしつつそう言ってみるが、彼は項垂れたまま。

「それでも、馬車の中で愛撫もせずいきなり挿入は絶対ダメでしょ」
「それは脱がせた私が悪かったといいますか、その、リドル様が気にされる必要は……」
「あるよ。大事にしたいって言っただろ?」
「~~~ッ!」

 どこか拗ねたように上目遣いで見上げられると再び下腹部がじわりと熱を孕む。
 どうやら難易度激甘なゲームの仕様なのか、それともドストライクイケメンが新たな表情で私を誘惑してくるせいかこの体はとてもえっちに作られているようだった。

 
“うう、どうしよう、すごく好き”

「では今度、イベントとは関係のないタイミングで抱いてください」

 少し大胆なことを言ってしまったかと思ったが、これは私の正直な気持ちだった。
 何かに強制されなし崩しに行為へ及ぶのではなく、互いの意志で求め合えたらと思ったのだ。
 
「え、抱いて……いいの?」
「はい。その、リドル様になら抱かれたいです」
 
 ゲームとは関係のない彼を巻き込みすぐに起こるイベントで振り回しているのは私なのに、私だけだと約束し私の心と体を優先しようとしてくれる。

 このデートだってそうだ。結果としてはどうやらイベントがあったようだが、私ともっと親しくなろうと彼から提案し学園から離れたこの街まで連れて来てくれた。
 思い返せばいつも彼は私を大事にしようとしてくれていたのだ。
 
 ――そんな、彼だから。
 
 
“好みのタイプだからじゃなく、リドル様がいい”

 私はそんな彼を、いつの間にか好きになっていたらしい。

「……わかった。今度改めてロレッタを抱かせて? 次は絶対頑張るから」
“これ以上ナニを頑張るの!?”

 自由に動けない状態でイかされたせいか一瞬頑張る方向を勘違いしかけたが、この頑張るはきっと大切に抱くとかそういう意味だろうと考え直す。
 
 頼むそうであってくれ。恋愛初心者に絶倫は体がもたない。

 
「さすがにすぐだとロレッタが辛いだろうから、日を改めて君の部屋に行ってもいいかな」
「でも寮の部屋は」
「バレないように上手くやるよ」

 真剣な表情のリドル様に、確かに彼なら出来そうな気がした。

“でも寮の部屋に忍び込んでえっちって、イベントにありそうよね”

 ふとそんな考えが頭を過るが、彼はこのゲームの登場人物ではないのだ。
 つまりこの想いはゲームの強制力ではない。

 なら、イベントだろうとイベントじゃなかろうとどちらでも構わないかとそう思い直した。

 そして私がそっと頷き「お待ちしています」とだけ返事をすると、ふわりと笑った彼に今度は重ねるだけの口付けを贈られたのだった。


 ◇◇◇


 そんなリドル様との初デートが終わり学園という日常に戻ってきた私たち。
 最近は座学が多かったのと、思ったより押せ押せな王女殿下が休み時間の度に主人公を連れ出すもとい空き教室に連れ込んでくれていたお陰で私の日常は極めて平和だった。

 リドル様とは情報共有も兼ねて毎日昼食を共にしていたし、学園内にあるのに何かあったらいけないからと律儀に女子寮まで送ってくれていたお陰で主人公と二人きりになることもない。
 
 あとふたりの攻略対象も、約束通りリドル様と、なんと王太子殿下が紹介してくれた令息たちと距離を縮めつつあると聞いた。

“まぁ、心の距離よりも先にイベントのせいで体の距離を縮めたみたいだけど”

 それでも約束通りちゃんと彼女たちを大事にしてくれる相手を選んでくれたらしく、こっそり様子を見に行った時はそれぞれのカップルが幸せそうに笑い合っていたので良かったと心から思った。
 
 下手すれば彼女たちも主人公のハーレムの一員として家を継ぐことも夢を叶えることもなく、妻の一人としてただれた生活を余儀なくされていたのだと思えば最良の結果だろう。

 
 そんな中、私はといえば。
 
“日を改めてっていつなのかしら”

 連日えっちなイベントが起きた反動か、ここ暫く何も騒動がなく落ち着いた日々だったせいもあって、気付けばそのことばかり考えていた。

 だって気になるだろう、あんなに可愛く、だがどこか色っぽくドストライクイケメンが『抱く』宣言をしたのだから。

 だがこういうことを考えられるようになったということは、それだけ平和な証しとも言える。

 そんなことを考える余裕すらなくえっちなイベントに巻き込まれていた可能性だってあったのだから、とにかく平和だった。
 
 このままみんなゲームに負けずこの恋を大事にできますように、とそんなことを願えるくらい平和だったのだ。

 
 ――だから私は油断していた。

 この世界は「何故?」なんて理屈の通らない難易度激甘の18禁同人ギャルゲーの世界だとわかっていたのに、完全に油断してしまっていたのだ。


「大変だ、みんな逃げろ!」

 そう叫んだのは誰だったのか。
 その事件は『自身のオリジナル魔法を開発しよう』という授業中に起きた事故だった。

 
 いつものように演習場で生徒同士が一定の距離を保ち、自分の作り上げたい魔法をイメージし放つ。

 魔法とはイメージにより発動する奇跡の力で、もちろん個人の向き不向きは多少あるものの基本的にはどれだけリアルに『イメージ出来るか』で威力が決まる。

 魔法で炎を出そうと思った時、マッチの炎しかイメージ出来なければ小さな火しか出ないし、逆に爆炎を正確にイメージ出来れば高火力の炎を出せるのだ。

 ちなみに召喚獣なんかを呼ぶ魔法もあるが、これはどこかの世界から呼び出したのではなく、正確にはイメージから『作り出した』ものだったりする。

 その為召喚者の持つイメージによって姿形は様々で、能力も様々だ。

 そう、魔法とはイメージを具現化する奇跡。
 その奇跡の力で起きた事故。


 なんと、私の服だけ紙素材に変化したのだ。
 
「な、なんでぇぇ~っ!?」

“誰がどんなイメージで発動したらこんな事になるのよ!?”

 魔法を打ったのが誰かはわからない。
 みんな逃げろ、という声かけがされたということは魔法の暴発だったのだろう。

 そして運悪く私だけが被弾した。

“まさかこれもイベントの強制力じゃないわよね?”

 嫌な予感に血の気が引く。
 紙素材に変化した服はコットンのように柔らかいが、それ故に指でも簡単に破けそうで焦ってしまう。

 そしてもしこれがイベントなら――……


「うわぁぁあ!」

 生徒の一人がそんな叫び声をあげ、その声の方を見て唖然とした。

「やっぱりそうなるのね」

 思わずそう呟いた私の視線の先には、これもだれかの魔法で作られたであろう小さな雨雲があったのだ。
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