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本編

8.服をプレゼントする意味は

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 そんな保健室での一件から数日後。

「わぁ……! 素敵ですっ」
「そう? 楽しんでくれているなら嬉しいな」

 馬車の窓から顔を覗かせると少しひんやりとした風が心地いい。
 ゆったりと移り変わる景色に心を踊らされていると、そんな私を見てクスリとリドル様が微笑んだ。

「まだデートは始まったばかりだよ」
「あ、はい。そうですね……!」

 さらりと言われた『デート』という言葉に胸の奥がじわりと熱くなる。

 そう。今日はなんとリドル様が誘ってくれた、『イベントとは関係ないデート』である。


『イベントが始まるとどうしてもえっちなことになっちゃうけど、俺はちゃんとロレッタのことを知って大事にしたいから』

 そう言ってくれたリドル様は、お互いを知るためにと今回のこのお出掛けに誘ってくれた。


 学園の中ではどこでえっちなイベントと遭遇するかわからない。
 だからこそ学園から離れた街を選び、連れてきてくれたリドル様に感謝する。

“主人公とのイベントを潰すために一緒に過ごすのならわかるけど、わざわざ彼らが来ないような遠方まで連れてきてくれるなんて”

 魔法学園えちはれの生徒は基本的に寮生活である。
 もちろん貴族の令息令嬢たちが過ごすのだから、寮とはいえかなり大きなひとり部屋を与えられているのだが、寮で生活する以上馬車などの通学に使う乗り物などはない。

 それなのに、リドル様はわざわざご実家であるグレゴリー家から馬車を手配し迎えに来てくれたのだ。

“しかも家紋付きの馬車を!”

 お金を払えば手配できる辻馬車などではなく、家紋の入った馬車で迎えにくる。
 それは私と親しいのだと周り見せつけているようなもので。

“イベントをこなす相手ってだけじゃないってことかしら”

 彼が私を選んでくれたのは、主人公の動向が探れる同じクラスであるということと、ゲームの知識があることから都合が良かったからだろう。

 それなのにちゃんと“私自身”と向き合い知ろうとしてくれるその誠意が嬉しかった。


「今日はいっぱい楽しもうね」
「はい、リドル様!」

 ふわりと微笑まれた私がにこりと笑い返すと、どこか安堵したような息を彼が漏らす。

 もしかしたら彼も緊張しているのかな、なんて思うと私の心がきゅうっと締め付けられた。

“か、可愛い……!”

 ドストライクイケメンの少し油断したようなこの表情、これが乙女ゲームなら完全に特典映像である。
 思わず早くなる鼓動がバレないか焦っていると、どうやら目的地に着いたようで馬車が止まった。

 
「お手をどうぞ、お嬢様」
「も、もう……」

 先に馬車から降りたリドル様が、まるで騎士のように私へと手を差し出してくれる。
 その手にドキドキしながらもそっと自身の手を重ねると、きゅっと握られた。

 そして馬車を安全に降りた後も何故かその手をリドル様は離そうとしなくて――

「あの、リドル様……?」
「手、嫌かな?」
「嫌だなんてそんな! でもその」
「ならこのまま手を繋いで歩かない? 折角の初デートなんだから」

“初デート!”

 指を絡めるように繋ぎ直され、俗に言う恋人繋ぎで歩く私たちは周りからどう見られているのだろう?
 そもそも私たちの関係はなんなのだろうか。
 
 他の二人の攻略対象にはそれぞれ婚約者を見繕うと言ってくれていたが、もしかして私とリドル様もゆくゆくは婚約を結ぶことになる?

 わからない、だって何も言われていない。


“でも、これは初デートだもの”

 一瞬だけもやっとした気持ちになった私は、その気持ちを払うように軽く頭を左右に振ってそう自分に言い聞かせるように心の中で繰り返す。

 
「だったら楽しまなくちゃいけませんね」
「あぁ。楽しい思い出を作ろう」

 気になることはまだ沢山ある。
 けれど私は、今だけはそのことに目を剃らし彼との時間を楽しむことを優先したのだった。


 手を繋ぎながら散策する。
 普段なら食べないような、ただ串にお肉を刺して焼いただけのものや熱くも冷たくもない果実水。
 ただのガラス玉で作られた宝飾品を並んで選び、疲れたらふかふかなクッションのない固いベンチに座って休憩をする。

 前世の私ならば普通のことばかりだが、貴族令嬢として生まれ育った私にはあまり馴染のないことばかり。
 それなのに彼と一緒だと楽しく感じるから不思議だ。

“同じ目線で見てくれるからかな”

 彼は私とは違い生粋の貴族令息。
 だが平民だと相手を見下すような態度はもちろん、この散策を平然と受け入れている私に怪訝な顔ひとつせず私が気になった場所へと付き合ってくれる。

 おもちゃだとわかっているのに、記念にとお揃いのブレスレットを買ってその場で着けてくれたことも嬉しかった。

 
「どうして、ここまでよくしてくれるんですか?」
「それは……、ふふ、どうしてであって欲しい?」

 にこりと笑ったリドル様が、繋いでいない方の手で私の髪を一房掬い口付ける。
 彼の青い瞳で見つめられると、それだけで私の頬が熱くなった。

「か、からかわないでください」
「からかってないよ。それをどう証明しようか……そうだね、あの店に入らない?」
「?」

 あたりをきょろきょろと見回したリドル様が指さしたのは一軒の仕立て屋だった。

「ここですか?」
「そう、ここだよ。今日の記念に服をプレゼントさせて欲しいんだ」
「服……?」

 立てた人差し指を自身の唇に押し当てたリドル様は、どこか妖艶に口角を上げた。

「ロレッタは知ってる? 男がレディに服をプレゼントする意味を」

“それって……!”

 どこかで聞いたことがある。
 異性から服プレゼントされる、その意味は――

「……その服を、脱がせたい……?」
 
 ごくりと唾を呑んだ私は、おずおずとその意味を口にすると、途端にリドル様が吹き出したので唖然として彼を見上げた。

 
「く、ふふ、ロレッタってばえっちだなぁ?」
「なっ、だ、だってリドル様が!」
「俺が?」
「その、服をプレゼントする意味を聞いたから……っ」
「うん確かに聞いたねぇ。でも、まさかそんな意味があったなんて知らなかったなぁ」
「……へ?」

 笑いながら告げられたのそ言葉にぽかんと口を開けると、さっきまで彼の唇に添えられていた指が私の唇へと押し当てられる。

「男が服をプレゼントする意味はね、『この気持ちを受け取って欲しい』だよ?」
「ッ!」

 また彼にからかわれたのだとわかり、そんな彼の行動にドキリとさせられたことが堪らなく悔しかった。

“でも顔がいい”

 うぐ、と思わず口をつぐむと、やっぱりどこか楽しそうに笑ったリドル様に手を引かれ店内へ入る。
 店内は思ったよりも広々としており、王都から少し離れた場所にあるが貴族をもてなすのにも十分だと思うほど美しく彩られていた。


「わぁ、素敵ですね」
「そうだなぁ、青い服を贈っても構わない?」
「青?」

 一瞬なんのことかわからず思わず聞き返した私だったが、すぐにそれが彼の瞳の色だと気付き顔が熱くなる。
 そんな私を見たリドル様は、わざわざ私の耳元へと顔を寄せて囁いた。

「この青い瞳に見つめられながら青い服を脱がされる君はさぞ美しいだろうね?」
「そ、れはっ」
「服を贈る意味を教えてくれたのはロレッタだろう?」

“も、弄ばれている……!”

 そうわかっているのに、何も言い返せない。何よりやっぱり嫌じゃない。
 むずむずとするようなこの気持ちを誤魔化すように、思わず俯くと、そんな私たちに気付いたのか店員さんだろう女性が声をかけてくれた。

「ようこそいらっしゃいませ、本日はどのようなものをお求めでしょうか?」
「彼女に似合いそうなものをいくつか出してくれるかな」
「かしこまりました」

 すぐに頭を下げたその女性に案内されてそのまま奥へと進むと、ゆったりとしたソファとローテーブル、そしてパーテーションで囲われたフィッティングルームが設置されている個室へと案内された。
 ローテーブルの上には宝飾品のカタログも置かれ、試着している間に小物類も選べるようになっている。

 慣れた様子のリドル様に促されるようにソファへ腰をかけると、すぐに何着かのドレスが部屋へと運ばれてきた。


「ふむ、ロレッタは何か気になるものはある?」
「そうですね……」

 目の前に並べられたのは夜会着ていっても問題のなさそうなほど豪華なドレスや、普段着にしてもいいだろうワンピース、初夜用なのかと思うようなスケスケのレース地で作られた夜着なんかもある。

“これ、可愛いけど試着した姿は見せられないわね”

 一体何を思ってこのナイトドレスも出されたのかと首を傾げるが、確かにリドル様は『似合いそうなもの』としか言わなかったので出してくれたのかもしれないと納得した。

「では、このワンピースを……」

 私がその一着を指さそうとした時、突然他の店員だろう女性が部屋へと飛び込んでくる。
 しかも何やら私たちの部屋についてくれていた店員さんに耳打ちしたと思ったら、二人して慌てて頭を下げて飛び出してしまった。

「な、なにかあったのかしら?」
「普通はあり得ないね」

 接客中に客をほっぽりだしてどこかへ行く店員なんてあり得ない。
 しかも一人で着るのが難しいドレスの試着をしようとしている時にだなんて尚更異例のことである。

 確かに私はこの18禁ギャルゲーの攻略キャラではあるが、それと同時に侯爵家の令嬢。そしてリドル様もこの国を担う一角のグレゴリー家の令息だ。
 名乗っていなかったとしても、所作でそれなりの高位貴族だとわかっていたはず。

“だからこそこの部屋に通されたはずだもの”

 だったら何故こんな対応を彼女たちがしたのか。
 あり得るとしたら、誰よりも優先しなくてはならないほどの高貴な方が来店されたという可能性――

 ハッとした私たちが窓から外を見ると、そこにあったのは王家の紋章が入った馬車。
 そしてその馬車から出てきたのは当然……

「しゅ、主人公と王女殿下っ!?」
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