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本編

4.だったら俺とでいいんじゃない?

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 リドル・グレゴリー。
 グレゴリー伯爵家の次男であるひとつ年上の彼は、この国の王太子であるコンラート・リフタジーク第一王子殿下と同じクラスということもありよく行動を共にしている。

 という情報は、前世の兄によるゲームの内容から得た知識ではなくこの国の貴族であれば最低限知っているべき情報である。

“顔がいい、とにかく顔がいい……じゃなくて!”


「えーっと、ハーレムとは……? この国は一夫一妻制だと思うのですが」

 苦し紛れにそう言ってみるが、残念ながら笑顔の圧で黙らされた私は好みの顔の前にひれ伏した。



「へぇ、つまりロレッタ嬢はこの世界が物語の世界だって言いたいのかな、しかも年齢指定有りの」
「そう、ですね……」

“主人公という存在がいるんだからあながち嘘じゃないはずよね”

 同人ゲームの世界です、という説明が上手く出来ず物語という表現を使ったが、このゲームはOVA化もされていたのだからこの説明でも問題はないだろう。
 問題があるとすれば、18禁部分を洗いざらい説明させられたことにより穴があったら入りたいくらいの気分だということである。

 
「にわかには信じがたいけれど、状況はロレッタ嬢の言う通りだね。信じるしかなさそうだ」
「え」

 あまりにもあっけなくそう告げられ、思わず拍子抜けしてしまう。
 どうやらその時の顔がものすごい間抜け面だったらしく、小さく吹き出したリドル様はすぐに真面目な顔になった。


「ロレッタ嬢の説明通りならば、この国の未来は魔物の侵入を防ぐためにロングロンド令息がハーレムを築くことになるんだよね?」
「はい、魔物が国を襲うなんて……」
「いや、重要なのはそっちじゃない。ハーレムの方」
「ハーレムの方!?」

 国の将来を担う宰相家の血筋の彼のことだから、てっきり危険視しているのは魔物の方だと思い込んでいた私は、リドル様のその言葉に唖然とした。

「あぁ。問題は彼のハーレムメンバーにレイラ王女殿下がいるってことだね」

“このゲームの合法ロリ貧乳枠!”

 そしてゲームスタートの合図でもあるパイタッチ済みの、最初に主人公が出会う攻略対象だ。

「誰よりも規律を重んじなければならない王族である王女殿下が、ハーレムはまずい」
「な、なるほど……?」
「正直魔物が万一侵入してきたとして、被害が一人だったというのであれば結界魔法が必要なほどの脅威だとも思えないしな」

“それは確かに!”

 あれほどツッコミどころしかないゲームなのだと言われていたのに、こうやって指摘されるまで魔物が弱い可能性を思いつかなかった私は目から鱗が落ちたようだった。

 
「そうなると、王女殿下をハーレムからどうやって救うかが問題ですね」

 何しろ魔法の発現という出会いイベントを誰よりも早く終わらせた彼女は、現状他の攻略対象より好感度が高い可能性がある。
 というか、散々私が残り二人の攻略対象のイベントを邪魔していたのだ、確実に一番好感度が高いだろう。

「では他の攻略対象に王女殿下よりも先に進んで貰って、王女殿下の好感度がこれ以上上がらないようにするしかないということでしょうか」

“もしそうなら問題は誰があの主人公の好感度を上げるかなのだけれど”


 まさか。
 まさかまさかまさか。

「わ、私じゃないですよね……!?」

 一気に血の気が引いた私がリドル様へそう詰め寄ると、可笑しそうに眉尻を下げた彼が大きく頷いてくれる。

「ロングロンド令息には、レイラ王女殿下の攻略を進めて貰いたいんだ」
「えぇっ!? で、ですが先ほどハーレムは……」
「あぁ、ハーレムはまずいね。レイラ王女殿下だけにしていただかなくては。だから彼と他の攻略対象のイベントは全て潰す」

“潰す!”

 そのパワーワードと彼の爽やかなイケメンスマイルとのギャップで私の笑顔が引きつりながら、そんなこと可能なのか首を傾げていると。

「えっちなイベントの相手は主人公であるロングロンド令息じゃなくてもいいんだろう?」
「ンンッ、そう、だと思います。アンリエット様の出会いのイベントは私が貰いましたので」
「ならこれからの……」
「それは無理です!」

 リドル様の言葉を遮るように声を上げる。
 確かに出会いイベントのように私が主人公の代わりに彼女たちとのイベントをこなせば、自動的に好感度が一番高いのは常にレイラ王女殿下になるだろう。

 だが、それは私がちゃんとこなせれば、の話だ。

「残念ながら私はどんなイベントがあるのかを知らないのです。同じクラスだからと彼に張り付き探ることは可能でしょう」

 実際にその作戦は半分は成功し、アンリエット様の出会いイベントを潰すことには成功したのは確かだから。
 でも。

「私自身も攻略対象なんです、あまり主人公の近くにいたくありません」

“うっかり攻略されたらたまったもんじゃないもの!”

 相手が好みの……そう、リドル様のような人ならば一考の余地はあったかもしれないが、残念ながら主人公は私の好みとは正反対。
 むしろ何故王女殿下の攻略を進めさせたいのかすら疑問に思うほど。

 まぁ、元のゲーム自体がツッコミどころ満載なのだ。王女殿下の好みがあの主人公だったという可能性もあるのでそこはもうつっこまない方向でいくとしても。

「彼はハーレムエンドを目指しています。それにそもそも私一人ではとてもじゃないですが対応しきれません」

 現にテレーシア様の出会いイベントは達成されてしまっているのだから、同じことがまた起こる可能性も十分にある。
 そしてその私の訴えはリドル様へもちゃんと届いたらしく、少し考え込んでから彼も私の意見を肯定してくれた。


「確かにロレッタ嬢の言う通りだ。アンリエット嬢とテレーシア嬢へはそれぞれこちらで手を回そう。イベントをこなしさえすればそのイベントは起きないのだから、常にこちらの手の者を付ける」
「あの、せめて二人の好みの相手にしてあげてくださいね……」
「それはもちろん。家同士も納得できる婚約者を見付けよう」

 力強くそう断言され、思わずほっと息を吐く。
 彼女たちも貴族令嬢だ。政略結婚は覚悟していただろうし、しかも王太子殿下の側近でもあり宰相を担うグレゴリー家の紹介だ。

 むしろ喜ぶだろう。

「あ、じゃあもしかして私にも……」
「そうだね、ロレッタ嬢には」

 うーん、と自身の顎に指を添え悩んだ様子のリドル様をじっと見る。
 やはりどう考えてもドストライクすぎる。

 そして私は今からそのドストライクイケメンに別の男性を紹介され、その紹介された男性とえっちなイベントをこなさなければならない訳で――

「ッ」

 顔だけ。まだ彼のことは何も知らない。
 それなのに、何故か私の胸がツキリと痛む。

“どれだけ好物件の相手を紹介されたとしても、その人を好きになれなきゃ誰が相手でも一緒よね”

 いや、私だって貴族令嬢なのだ。
 政略結婚だって覚悟していた。

 政略の方向性が思っていたのとは違ったが、これも全て国の為。
 リドル様が紹介してくれる相手なあらばきっとセシル侯爵家にとってもいい縁談のはず。

 そうわかっているのに、どうしてだろう。

“足を心配してくれた時の顔、不安そうだったな”

 治ったことを伝えた時は本当に安堵した表情になったし、何より私の意味がわからない何一つ理論的ではないこのツッコミどころ満載のゲームの話も否定せず信じてくれた。
 あと顔がいい。

 
「すみません、やっぱり私――」
「ロレッタ嬢の相手は俺でどうだろう?」
「――――へ?」

 想定外のその言葉に、聞き間違いかと固まってしまう。
 そんな私に、リドル様は今度はどこか意地悪そうな笑みを浮かべた。

「だって君、俺の顔好きだろう?」
「なッ!?」
「これだけ熱心な視線を送られたら流石に気付くよね。俺、鈍感な方じゃないし」

 しれっとそんなことを言われた私は、羞恥から顔が一気に熱くなりハクハクと口を動かした。

 
「ま、本音を言えば、状況を理解して対策が取れる上にロングロンド令息と同じクラスのロレッタ嬢の協力は必須だからね。他の誰かに任せるのは非効率だ」

“非効率!”

「ですがそのっ、リドル様にだってその、好きな相手とか……」
「いるの? ロレッタ嬢には好きな相手」
「私はその、いません、けど……」

 リドル様側の話をしていたのに気付けば私側に好きな人がいるかどうかの話にすり替えられて思わず口ごもる。
 好きな人は、まだいない。好みの顔は目の前にあるが。

「だったら俺とでいいんじゃない?」
「で、ですからっ」

 さらりとそう重ねられて思わず頷きそうになるのをなんとか耐える。
 だってこれは、あまりに私に都合がよすぎる。

 代々宰相を担う一家の次男、長男が家を継ぐことを考えれば彼が次期宰相。
 しかも顔がドストライク。

“ずっと願ってた銀髪のクール系イケメンんんん!”

 攻略されるならそんな人がいいと思っていた。
 そんな理想が、目の前にいるのだ。

 こんなにうまい話があるはずないとわかっているのに、頷きたくなってしまう。
 

「これから君はいろんなイベントに巻き込まれるんじゃない?」
「それはそうなんですが」
「ロングロンド令息は真剣にえっちなことをしたくて近付くんだろうなぁ」
「うッ」
「それはこちら側としても困るし、君という協力者が攻略されるのも絶対避けたい。個人的にも、ロレッタ嬢がえっちなイベントを他の誰かとなんて想像したくないんだ」

 ――あぁ。
 絶対何か裏がありそうなのに。

「ね、ロレッタ嬢。ならそのイベントは俺としよ?」

 ドストライクイケメンに、まるでふわりと花が綻ぶような甘い笑顔を向けられて頷かない女がどこにいるのだろうか。
 少なくともここにはいなかった。


「……ハイ」


 頭の隅では警告音が鳴っているのに、気付けば私は彼の顔に見惚れながら頷いていたのだった。
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