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本編
2.モブ顔だなんて聞いてない!
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入学した時やデビュタントの時以上の緊張感を持って向かうのは私の通う魔法学園えちはれである。
“相変わらずひっどい名前ね……”
しかしこのツッコミどころ満載の名前を疑問に思わず一年間通っていた自分が一番怖い。
「せめてもの抵抗でツインテールは避けてみたけど意味はあるのかしら」
はぁ、とため息を吐きながら長いストレートの髪を後ろに払う。
今日から新学年。
教室に行けばとうとう前世の兄やんがやっていた18禁ギャルゲーが始まってしまうのだ。
“というか、兄やんって呼び方もどうなのよ”
名前が思い出せず、またこの兄やん呼びにやたらとしっくりしてしまう。
だが由緒正しい侯爵家の一人娘である私からすれば『お兄様』呼びの方がしっくりきて当然なのだが――
「そもそも今世は一人っ子なのよ、しっくりくるも何もない……とか言ってたら教室についてしまったわ!?」
その事実に気付きごくりと唾を呑む。
はじまってしまう。私の攻略が、ハーレムエンドという未来が!
“せめてイケメンでありますように、せめてイケメンでありますように”
内心でそんなことを繰り返しながら開けたドアの先。
バクバクと跳ねる鼓動を必死に抑え込みながら教室内を見渡した私の視界の先には、残念ながら私好みの銀髪イケメンは見つからない。
というか、クラス替えがあったのだ。いくら貴族ばかりの学園だと言っても顔までも把握している令息ばかりではなく、誰が転入生かなんてわからない。
「それはそうよね」
そもそも私の見た目と私の名前、流石に知っている王女殿下の名前、この世界に魔物がいるということくらいしか一致要素はないのだ。
何故か都合よく今の私にない記憶がぶわっと蘇ったせいでそうだと思い込んだが、本当にこの世界が18禁ギャルゲーの世界だなんて確証はない。
むしろ私があり得ない悪夢に惑わされたのだとか、もう一周回って変な魔物に幻覚でも見せられたという方が納得できる。
このおかしな学園名は……苦しい一致だったとしても、魔物だってその主人公とやらが結界を張らなくても騎士たちが討伐しかつて一度たりとも国内への侵入なんてない。
“やっぱり私の勘違いだったかも”
なんてどこか脱力しながら、空いている席へ座る。
この魔法学園えちはれには自分の席というものはなく、生徒はどの席に座ってもいい。
仲のいい令嬢同士で座ったり、興味のある授業なら前の席に座ったり。
相思相愛の婚約者同士なら男女で隣同士に座ることもなくはないが、貴族という立場上あまり男女で並んで座ることはせず一定の距離は保つというのが暗黙のルールである。
それはもちろんいつか家のための政略結婚をする時に邪魔になる変な噂を嫌悪した結果なのだが、そんな暗黙のルールを無視し私の隣を目指してまっすぐ歩いてくる見覚えのない令息にギクリとした。
“ま、まさかよね?”
私の体が緊張から強張る。
偶然近くの席を狙っていたとか、私の後ろの席に友人がいてそこを目指しているだとか。
そんな私の淡い期待を無視するかのようにピッタリひっつくように席へ着いたその令息。
じわりと冷や汗が滲み、顔が上げられない。
視界の端に映るのはどう見ても男性用の制服なのだが、残念ながら私にはこの距離で着席してくるような婚約者なんていないし、男性用の制服を好んで着用する令嬢に心当たりもない。
だがもしこの世界が懸念した通りの18禁ギャルゲーの世界なのだとしたら、主人公が攻略対象である私に接触してくるのは至極当然。
暗黙のルールを無視し、婚約者同士であってもこんなに近く座らないだろうと思うほどの、太股同士が触れ合うギリギリという距離感で座られたことを考えれば、このゲームの主人公には私と同じゲームの知識がある可能性がある。
難易度が極端に低いゲームだと兄やんは言っていた。
攻略されてしまう。えっちなことをされ、ハーレムの一員とされてしまう。
政略結婚は納得していた、相手が誰だろうと互いだけを見つめられるよう努力したいと考えていたのに四人のうちの一人にしかなれない。
だったらせめて、それでもいいと思うほどのドストライクなイケメンであってくれと願いながら、意を決して隣の主人公(仮)へ視線を向けて――
「ひょっ」
私の口から変な声と空気が漏れる。
イケメン、銀髪のイケメンとあれだけ念じたのに、隣に座っていた主人公(仮)がねっとりとした黒髪小太りで顔に脂の浮き出た完全なる地味系の令息だったのだ。
“ま、まさかコレが主人公(未確定)なの!?”
愕然としている私は目に入っていないのか、私の体を頭の先からゆっくり眺めたその令息は、唐突ににへらと口角を上げ手を差し出す。
「アイザンベック・ロングロンド。よろしくねロレッタ」
「よ、よろしくお願いいたしますわ……」
その聞き覚えがありすぎる格好いいようないかついような中二病のような名前を名乗った彼が、ぼそっと「ツインテールじゃないのか」と呟いたせいで初対面なのに呼び捨てにしてくる無礼さを咎めることすら忘れ私はただただ絶望した。
“主人公(確定)だわーーーッッ”
もし私が漫画の登場人物なら、背景に『イヤァァァ!』という描き文字がコマ内を埋め尽くしていたのだろうが、残念ながらここは漫画の世界ではない。
私含め4人の王女殿下含む令嬢がこの主人公(悪夢)に攻略されえっちなことをされ、ゆくゆくはハーレムに一員にされるという18禁ゲームなのだ。
「断固拒否、断固拒否よ……」
魔物の侵入?
知らないわ。主人公以外は死なないというし、きっと騎士団がなんとかしてくれる。
相手も死にたくないからと全力でえっちなことをして攻略してこようとするのだろうけれど、指一本触れられたくはない。
そう心の底から思った私は、この絶望的なまでに難易度の低いこのゲームとこの主人公に対し抗うことを心に決めたのだった。
そしてそう決めた私が最初にしたのは、ゲームの強制力があるのかの実験だった。
残念ながらゲームの設定やあらすじなどを語ってくれた兄やんは、全てのイベント内容を教えてくれたわけではない。
だが、確実に起こるイベントがひとつあった。
それは『出会いのイベント』である。
“発端である王女殿下との再会は避けられないし、同じクラスの私のイベントは多分終わってしまったけど”
図書室にいる優等生と保健室にいる爆乳先輩。
何故二人とも生徒なのに教室にいないのかと疑問は尽きないが、チラッと確認すると本当に兄やんに見せられたキャラと同じ見た目の彼女たちがそこにいたのだからもうこれ以上はつっこむまい。
もし彼女たちの好みがまさに主人公そのものだとしても、一夫一妻の世界でハーレムなんて嫌なはずだと自分に言い聞かせた私は、利用するようで若干の罪悪感を感じつつ主人公の魔の手から守ることを決意し行動を起こした。
そしてわかったことがある。
『イベントは必ず起こる』ということ、『努力で避けられる可能性もある』ということだ。
「優等生枠のテレーシア・バリエンフェルト伯爵令嬢には申し訳ないことをしてしまったけれど」
爆乳先輩枠のアンリエット・メルサ男爵令嬢の出会いを潰すことに成功したのだ。
私がやったことは単純で、同じクラスという利点を活かし主人公が図書室と保健室へ向かったタイミングでそれぞれの令嬢を連れ出し出会いを潰したのだ。
連れ出すのは案外簡単で、「図書室の本が捨てられている」「けが人がいる」と告げるだけで彼女たちは来てくれた。
その結果主人公との出会いは防げたはずだった。
の、だが。
“相変わらずひっどい名前ね……”
しかしこのツッコミどころ満載の名前を疑問に思わず一年間通っていた自分が一番怖い。
「せめてもの抵抗でツインテールは避けてみたけど意味はあるのかしら」
はぁ、とため息を吐きながら長いストレートの髪を後ろに払う。
今日から新学年。
教室に行けばとうとう前世の兄やんがやっていた18禁ギャルゲーが始まってしまうのだ。
“というか、兄やんって呼び方もどうなのよ”
名前が思い出せず、またこの兄やん呼びにやたらとしっくりしてしまう。
だが由緒正しい侯爵家の一人娘である私からすれば『お兄様』呼びの方がしっくりきて当然なのだが――
「そもそも今世は一人っ子なのよ、しっくりくるも何もない……とか言ってたら教室についてしまったわ!?」
その事実に気付きごくりと唾を呑む。
はじまってしまう。私の攻略が、ハーレムエンドという未来が!
“せめてイケメンでありますように、せめてイケメンでありますように”
内心でそんなことを繰り返しながら開けたドアの先。
バクバクと跳ねる鼓動を必死に抑え込みながら教室内を見渡した私の視界の先には、残念ながら私好みの銀髪イケメンは見つからない。
というか、クラス替えがあったのだ。いくら貴族ばかりの学園だと言っても顔までも把握している令息ばかりではなく、誰が転入生かなんてわからない。
「それはそうよね」
そもそも私の見た目と私の名前、流石に知っている王女殿下の名前、この世界に魔物がいるということくらいしか一致要素はないのだ。
何故か都合よく今の私にない記憶がぶわっと蘇ったせいでそうだと思い込んだが、本当にこの世界が18禁ギャルゲーの世界だなんて確証はない。
むしろ私があり得ない悪夢に惑わされたのだとか、もう一周回って変な魔物に幻覚でも見せられたという方が納得できる。
このおかしな学園名は……苦しい一致だったとしても、魔物だってその主人公とやらが結界を張らなくても騎士たちが討伐しかつて一度たりとも国内への侵入なんてない。
“やっぱり私の勘違いだったかも”
なんてどこか脱力しながら、空いている席へ座る。
この魔法学園えちはれには自分の席というものはなく、生徒はどの席に座ってもいい。
仲のいい令嬢同士で座ったり、興味のある授業なら前の席に座ったり。
相思相愛の婚約者同士なら男女で隣同士に座ることもなくはないが、貴族という立場上あまり男女で並んで座ることはせず一定の距離は保つというのが暗黙のルールである。
それはもちろんいつか家のための政略結婚をする時に邪魔になる変な噂を嫌悪した結果なのだが、そんな暗黙のルールを無視し私の隣を目指してまっすぐ歩いてくる見覚えのない令息にギクリとした。
“ま、まさかよね?”
私の体が緊張から強張る。
偶然近くの席を狙っていたとか、私の後ろの席に友人がいてそこを目指しているだとか。
そんな私の淡い期待を無視するかのようにピッタリひっつくように席へ着いたその令息。
じわりと冷や汗が滲み、顔が上げられない。
視界の端に映るのはどう見ても男性用の制服なのだが、残念ながら私にはこの距離で着席してくるような婚約者なんていないし、男性用の制服を好んで着用する令嬢に心当たりもない。
だがもしこの世界が懸念した通りの18禁ギャルゲーの世界なのだとしたら、主人公が攻略対象である私に接触してくるのは至極当然。
暗黙のルールを無視し、婚約者同士であってもこんなに近く座らないだろうと思うほどの、太股同士が触れ合うギリギリという距離感で座られたことを考えれば、このゲームの主人公には私と同じゲームの知識がある可能性がある。
難易度が極端に低いゲームだと兄やんは言っていた。
攻略されてしまう。えっちなことをされ、ハーレムの一員とされてしまう。
政略結婚は納得していた、相手が誰だろうと互いだけを見つめられるよう努力したいと考えていたのに四人のうちの一人にしかなれない。
だったらせめて、それでもいいと思うほどのドストライクなイケメンであってくれと願いながら、意を決して隣の主人公(仮)へ視線を向けて――
「ひょっ」
私の口から変な声と空気が漏れる。
イケメン、銀髪のイケメンとあれだけ念じたのに、隣に座っていた主人公(仮)がねっとりとした黒髪小太りで顔に脂の浮き出た完全なる地味系の令息だったのだ。
“ま、まさかコレが主人公(未確定)なの!?”
愕然としている私は目に入っていないのか、私の体を頭の先からゆっくり眺めたその令息は、唐突ににへらと口角を上げ手を差し出す。
「アイザンベック・ロングロンド。よろしくねロレッタ」
「よ、よろしくお願いいたしますわ……」
その聞き覚えがありすぎる格好いいようないかついような中二病のような名前を名乗った彼が、ぼそっと「ツインテールじゃないのか」と呟いたせいで初対面なのに呼び捨てにしてくる無礼さを咎めることすら忘れ私はただただ絶望した。
“主人公(確定)だわーーーッッ”
もし私が漫画の登場人物なら、背景に『イヤァァァ!』という描き文字がコマ内を埋め尽くしていたのだろうが、残念ながらここは漫画の世界ではない。
私含め4人の王女殿下含む令嬢がこの主人公(悪夢)に攻略されえっちなことをされ、ゆくゆくはハーレムに一員にされるという18禁ゲームなのだ。
「断固拒否、断固拒否よ……」
魔物の侵入?
知らないわ。主人公以外は死なないというし、きっと騎士団がなんとかしてくれる。
相手も死にたくないからと全力でえっちなことをして攻略してこようとするのだろうけれど、指一本触れられたくはない。
そう心の底から思った私は、この絶望的なまでに難易度の低いこのゲームとこの主人公に対し抗うことを心に決めたのだった。
そしてそう決めた私が最初にしたのは、ゲームの強制力があるのかの実験だった。
残念ながらゲームの設定やあらすじなどを語ってくれた兄やんは、全てのイベント内容を教えてくれたわけではない。
だが、確実に起こるイベントがひとつあった。
それは『出会いのイベント』である。
“発端である王女殿下との再会は避けられないし、同じクラスの私のイベントは多分終わってしまったけど”
図書室にいる優等生と保健室にいる爆乳先輩。
何故二人とも生徒なのに教室にいないのかと疑問は尽きないが、チラッと確認すると本当に兄やんに見せられたキャラと同じ見た目の彼女たちがそこにいたのだからもうこれ以上はつっこむまい。
もし彼女たちの好みがまさに主人公そのものだとしても、一夫一妻の世界でハーレムなんて嫌なはずだと自分に言い聞かせた私は、利用するようで若干の罪悪感を感じつつ主人公の魔の手から守ることを決意し行動を起こした。
そしてわかったことがある。
『イベントは必ず起こる』ということ、『努力で避けられる可能性もある』ということだ。
「優等生枠のテレーシア・バリエンフェルト伯爵令嬢には申し訳ないことをしてしまったけれど」
爆乳先輩枠のアンリエット・メルサ男爵令嬢の出会いを潰すことに成功したのだ。
私がやったことは単純で、同じクラスという利点を活かし主人公が図書室と保健室へ向かったタイミングでそれぞれの令嬢を連れ出し出会いを潰したのだ。
連れ出すのは案外簡単で、「図書室の本が捨てられている」「けが人がいる」と告げるだけで彼女たちは来てくれた。
その結果主人公との出会いは防げたはずだった。
の、だが。
応援ありがとうございます!
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