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7.まさかの世界線
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まさか、と思いながらも否定は出来ない。
テオドルの話はどれも真実味を帯びていて、そうかもしれないと信じるには十分だった。
(……でも、私元々嫁ぐつもりだったのよね)
衝撃的だったと聞かれればそうなのだが、けれど最初から自分が継ぐなんて思っていなかったことを考えれば悪いことばかりではない。
「確かに家を乗っ取られて好き放題されたら困るけど、貴族だもの。ある程度の野望って必要だし、確かに相手が先生なら申し分ないかもしれないわね」
「は?」
「だってそうでしょ。賢く、そして家格も同じなら悪くはないわ」
(まぁ、先生から何か言葉や好意を貰った訳じゃないんだけど)
だが先生のことは好ましく思っていたし、こんな人が相手ならいいなと思っていたのだ。
「見た目だって悪くないしね。黒髪が素敵だわ、背もテオドルより少し低いけど少しだけだし、まぁ筋肉もテオドルの方がありそうだけどそれは鍛えればどうとでもなるもの。あと魔力量も多いし」
先生のいいところをあげるながら無意識にテオドルと比べている自分に気付く。
あまりにもはっきり口に出して比べてしまったせいで、テオドルにも私の本当の気持ちが伝わってしまったのではないかと急に恥ずかしくなった。
「それなら、俺だって同じで」
「そ、そう! それよ。テオドルと似てて! それに身分も釣り合うの」
「身分……」
「だからその、えーっと、とにかく私が婿を取ればこの家にいられるわ。これからもずっとテオドルと一緒にいれるっていうか」
(ひぃ、ダメだわ、誤魔化そうとすればするほど墓穴を掘るんだけど!)
羞恥心を隠すように言葉を重ねれば重ねるほどいらないことを口走り、気が動転してしまう。
焦りながら後退ると、バルコニーの手すりに腰が触れた。
「……つまり、貴女が他の誰かと家庭を築く姿を俺にずっと見ていろということですか」
「え?」
「それも、貴女を道具に思っているようなやつと……?」
「テオドル?」
「そんなの、ダメだ、誰よりも幸せになってくれないと耐えられない」
「何を言って――、きゃっ!?」
「ソフィ!?」
(あ、私の名前……)
どうやら私は後ろに下がりすぎたのだろう。
反転する上下の中でそんなことだけが気になった。
まるで全てがスローモーションのように緩やかに動く。その世界の中で、テオドルが何かを叫びながら私へと手を伸ばした。
私も反射的に彼の手を掴もうと手を伸ばす。
だが、私と彼の手は触れることは無かった。
届かなかったのではない。
彼が、途中で手を伸ばすのを止めたからだ。
「テオ、ドル?」
「身分があれば……」
彼が何かを呟くが、私にはわからない。
ただただ悲しかった。手を掴んでくれなかったからでも、手を伸ばすのを途中で諦めたからでもない。
――テオドルが、泣いていたから。
「私、また貴方を泣かせちゃったのね」
また、ってなんだろう。わからない。わからないけど、そのことが一番悲しい。
でも叶うなら、どうかこの先の人生はテオドルが少しでも笑っていられる人生でありますように。
赤く滲む彼の目元が、落下しながらもはっきりと見える。
彼の涙を拭ってあげられないことがこんなにも悲しいだなんて思わなかった。
そう思うのは何回目なのか。
まるで記憶が割れたガラスに反射するように周りへと散りばめられ、私は目を見開く。
あぁ、これは三回目だ。
私は確かに、彼の涙を三回見ている。
(誰かの命と苦痛を犠牲に、時間が巻き戻る……?)
ふと頭を過るのは、先ほどテオドルの言ったその言葉。
彼の言う“誰かの”とは、まさか――
「ダメ、時間切れね」
最初に鈍く大きな音が響く。
次にまるで熟れたトマトが潰れるようなそんな音を、どこか不思議に思いながら遠くで聞いた。
痛みはない。そしてその音の正体を知ることもなく、そのままプツリと私の意識は途絶えたのだった。
◇◇◇
「いっ、やあぁぁあ!」
ガバッと飛び起きると全身がぐっしょりするくらい汗をかいている。
「え、え?」
バクバクと激しく跳ねる鼓動に動揺しつつ自身の後頭部へと手を当てるが、その手に血がつくことはなかった。
混乱しベッドの上で呆然していると、私の部屋へ専属侍女のリーヤがノックもせず飛び込んで来た。
四歳年上の彼女が心配して飛び込んで来るのも三回目。
「ソフィお嬢様、どうかされましたか!?」
(リーヤのセリフも一緒だわ)
流石に今度はもうわかる。今までのは全て夢ではない。
きっと私は時間を巻き戻し過去へ来たのだろう。
(何年巻き戻ったのかしら)
私以上に動揺しているリーヤはつい先日まで見ていた彼女より明らかに若い。
どうやら前回より多く巻き戻っているらしかった。
「ちょっと夢見が悪かったの。えーっと、その、私っていくつだっけ?」
「そんなに混乱するくらい恐ろしい夢を!? すぐ旦那様をお呼びしましょうか!?」
「お、大袈裟にしないで!? お父様はきっと素敵な夢の中よ! ちょっと気になったというか、未来を生きるような夢だったというか」
「そう……です、か。えっと、お嬢様は現在十五歳でいらっしゃいます。テオドル様のひとつ下になりますね」
「五年も……って、テオドル、様?」
今までリーヤはテオドルを一度も様付けでなんて呼んだことはないはずだ。
何故ならテオドルもリーヤも同じ使用人であり、そしてリーヤは伯爵家唯一の息女である私の専属侍女。
使用人の中でも上位に当たる。
そんな彼女が、テオドルを様付けしている現状に違和感を覚える。
(前回は執事だったけど、今回は何にジョブチェンジしたの?)
ごくりと唾を呑んだ私が、慎重に口を開いた。
「テオドルは、いつもどこにいるの?」
騎士ならば騎士宿舎に、執事なら使用人棟にいるはずだと、ドキドキしながらリーヤからの返答を待っていると一瞬ギョッとしたリーヤがゆっくり顔を左右に振った。
「いけませんよ、ソフィ様。確かに突然できた家族を受け入れがたい気持ちはわかりますが、テオドル様はお義兄様になられたのですから」
「お、お義兄様に!?」
(えっ、今度はテオドルと私、兄妹になったってことなの……!?)
その事実に唖然とする。
テオドルが兄。
兄妹になった、ということは血は繋がっていないのだろう……というか突然そんな根本から変わられても困るのだが。
「とりあえずお風呂の準備をお願いしてもいい?」
「はい、もちろんでございます」
「軽く汗を流してもう一回寝るけど、起きたら一番にお義兄様に会いたいわ」
「かしこまりました」
私の為にお風呂の準備をすべく部屋を出るリーヤを呆然と眺める。
(どういうことなのかしら)
何故彼だけがいつも立場が違うのか。
あまり思い出せないけれど、最初は庭師だったはず。
次は騎士で前回は執事。そして今回はまさかの義兄。
回帰ものの物語の主人公は、巻き戻る前の記憶を頼りに未来を変える努力をする。
「まさか物語的に言えば主人公って、テオドルなの?」
私は彼が望む未来を手に入れるための犠牲ということなのだろうか。
なら、彼の望みとは?
混乱しズキズキと頭が痛む。
まるでついさっき打った頭が痛んでいるようだった。
「むしろ私、ただの生贄……?」
わからない。わからないけど、ちゃんと考えなくてはまたどこかのタイミングで殺されてしまうかもしれない。
うぅん、と頭を抱えながら思わず唸り声をあげる。
「ソフィ様!」
どうやらリーヤが準備を終えて呼びに来てくれたらしかった。
(あぁ、でもダメ、頭が痛いわ)
パタパタと駆け寄るリーヤの足音を聞きながら、私はそのまま目を閉じたのだった。
テオドルの話はどれも真実味を帯びていて、そうかもしれないと信じるには十分だった。
(……でも、私元々嫁ぐつもりだったのよね)
衝撃的だったと聞かれればそうなのだが、けれど最初から自分が継ぐなんて思っていなかったことを考えれば悪いことばかりではない。
「確かに家を乗っ取られて好き放題されたら困るけど、貴族だもの。ある程度の野望って必要だし、確かに相手が先生なら申し分ないかもしれないわね」
「は?」
「だってそうでしょ。賢く、そして家格も同じなら悪くはないわ」
(まぁ、先生から何か言葉や好意を貰った訳じゃないんだけど)
だが先生のことは好ましく思っていたし、こんな人が相手ならいいなと思っていたのだ。
「見た目だって悪くないしね。黒髪が素敵だわ、背もテオドルより少し低いけど少しだけだし、まぁ筋肉もテオドルの方がありそうだけどそれは鍛えればどうとでもなるもの。あと魔力量も多いし」
先生のいいところをあげるながら無意識にテオドルと比べている自分に気付く。
あまりにもはっきり口に出して比べてしまったせいで、テオドルにも私の本当の気持ちが伝わってしまったのではないかと急に恥ずかしくなった。
「それなら、俺だって同じで」
「そ、そう! それよ。テオドルと似てて! それに身分も釣り合うの」
「身分……」
「だからその、えーっと、とにかく私が婿を取ればこの家にいられるわ。これからもずっとテオドルと一緒にいれるっていうか」
(ひぃ、ダメだわ、誤魔化そうとすればするほど墓穴を掘るんだけど!)
羞恥心を隠すように言葉を重ねれば重ねるほどいらないことを口走り、気が動転してしまう。
焦りながら後退ると、バルコニーの手すりに腰が触れた。
「……つまり、貴女が他の誰かと家庭を築く姿を俺にずっと見ていろということですか」
「え?」
「それも、貴女を道具に思っているようなやつと……?」
「テオドル?」
「そんなの、ダメだ、誰よりも幸せになってくれないと耐えられない」
「何を言って――、きゃっ!?」
「ソフィ!?」
(あ、私の名前……)
どうやら私は後ろに下がりすぎたのだろう。
反転する上下の中でそんなことだけが気になった。
まるで全てがスローモーションのように緩やかに動く。その世界の中で、テオドルが何かを叫びながら私へと手を伸ばした。
私も反射的に彼の手を掴もうと手を伸ばす。
だが、私と彼の手は触れることは無かった。
届かなかったのではない。
彼が、途中で手を伸ばすのを止めたからだ。
「テオ、ドル?」
「身分があれば……」
彼が何かを呟くが、私にはわからない。
ただただ悲しかった。手を掴んでくれなかったからでも、手を伸ばすのを途中で諦めたからでもない。
――テオドルが、泣いていたから。
「私、また貴方を泣かせちゃったのね」
また、ってなんだろう。わからない。わからないけど、そのことが一番悲しい。
でも叶うなら、どうかこの先の人生はテオドルが少しでも笑っていられる人生でありますように。
赤く滲む彼の目元が、落下しながらもはっきりと見える。
彼の涙を拭ってあげられないことがこんなにも悲しいだなんて思わなかった。
そう思うのは何回目なのか。
まるで記憶が割れたガラスに反射するように周りへと散りばめられ、私は目を見開く。
あぁ、これは三回目だ。
私は確かに、彼の涙を三回見ている。
(誰かの命と苦痛を犠牲に、時間が巻き戻る……?)
ふと頭を過るのは、先ほどテオドルの言ったその言葉。
彼の言う“誰かの”とは、まさか――
「ダメ、時間切れね」
最初に鈍く大きな音が響く。
次にまるで熟れたトマトが潰れるようなそんな音を、どこか不思議に思いながら遠くで聞いた。
痛みはない。そしてその音の正体を知ることもなく、そのままプツリと私の意識は途絶えたのだった。
◇◇◇
「いっ、やあぁぁあ!」
ガバッと飛び起きると全身がぐっしょりするくらい汗をかいている。
「え、え?」
バクバクと激しく跳ねる鼓動に動揺しつつ自身の後頭部へと手を当てるが、その手に血がつくことはなかった。
混乱しベッドの上で呆然していると、私の部屋へ専属侍女のリーヤがノックもせず飛び込んで来た。
四歳年上の彼女が心配して飛び込んで来るのも三回目。
「ソフィお嬢様、どうかされましたか!?」
(リーヤのセリフも一緒だわ)
流石に今度はもうわかる。今までのは全て夢ではない。
きっと私は時間を巻き戻し過去へ来たのだろう。
(何年巻き戻ったのかしら)
私以上に動揺しているリーヤはつい先日まで見ていた彼女より明らかに若い。
どうやら前回より多く巻き戻っているらしかった。
「ちょっと夢見が悪かったの。えーっと、その、私っていくつだっけ?」
「そんなに混乱するくらい恐ろしい夢を!? すぐ旦那様をお呼びしましょうか!?」
「お、大袈裟にしないで!? お父様はきっと素敵な夢の中よ! ちょっと気になったというか、未来を生きるような夢だったというか」
「そう……です、か。えっと、お嬢様は現在十五歳でいらっしゃいます。テオドル様のひとつ下になりますね」
「五年も……って、テオドル、様?」
今までリーヤはテオドルを一度も様付けでなんて呼んだことはないはずだ。
何故ならテオドルもリーヤも同じ使用人であり、そしてリーヤは伯爵家唯一の息女である私の専属侍女。
使用人の中でも上位に当たる。
そんな彼女が、テオドルを様付けしている現状に違和感を覚える。
(前回は執事だったけど、今回は何にジョブチェンジしたの?)
ごくりと唾を呑んだ私が、慎重に口を開いた。
「テオドルは、いつもどこにいるの?」
騎士ならば騎士宿舎に、執事なら使用人棟にいるはずだと、ドキドキしながらリーヤからの返答を待っていると一瞬ギョッとしたリーヤがゆっくり顔を左右に振った。
「いけませんよ、ソフィ様。確かに突然できた家族を受け入れがたい気持ちはわかりますが、テオドル様はお義兄様になられたのですから」
「お、お義兄様に!?」
(えっ、今度はテオドルと私、兄妹になったってことなの……!?)
その事実に唖然とする。
テオドルが兄。
兄妹になった、ということは血は繋がっていないのだろう……というか突然そんな根本から変わられても困るのだが。
「とりあえずお風呂の準備をお願いしてもいい?」
「はい、もちろんでございます」
「軽く汗を流してもう一回寝るけど、起きたら一番にお義兄様に会いたいわ」
「かしこまりました」
私の為にお風呂の準備をすべく部屋を出るリーヤを呆然と眺める。
(どういうことなのかしら)
何故彼だけがいつも立場が違うのか。
あまり思い出せないけれど、最初は庭師だったはず。
次は騎士で前回は執事。そして今回はまさかの義兄。
回帰ものの物語の主人公は、巻き戻る前の記憶を頼りに未来を変える努力をする。
「まさか物語的に言えば主人公って、テオドルなの?」
私は彼が望む未来を手に入れるための犠牲ということなのだろうか。
なら、彼の望みとは?
混乱しズキズキと頭が痛む。
まるでついさっき打った頭が痛んでいるようだった。
「むしろ私、ただの生贄……?」
わからない。わからないけど、ちゃんと考えなくてはまたどこかのタイミングで殺されてしまうかもしれない。
うぅん、と頭を抱えながら思わず唸り声をあげる。
「ソフィ様!」
どうやらリーヤが準備を終えて呼びに来てくれたらしかった。
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パタパタと駆け寄るリーヤの足音を聞きながら、私はそのまま目を閉じたのだった。
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