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プロローグ:どうしても欲しかったもの
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それは、私の二十歳の誕生日のことだった。
「テオドル、大好き……」
「俺もです、ソフィ。愛してる」
熱い吐息が耳をくすぐり、彼のあかぎれがある骨ばった手が私の体をなぞる。
薄い布地の裾から手のひらが入り、私の腹部を這った。
そしてそのまま胸まであがって優しく揉む。
「んっ、あ」
先端を引っ掻くように彼の指先が動き、ビクリと体が反応した。
もっと触れられたい。もっと、深く。
カリカリと乳首を刺激しながら乳房を包むように彼の手のひらが動いた。
(やっと、私テオドルと)
いけないことだと頭の隅ではわかっていたけれど、それでも止められないほど彼への想いが溢れて仕方ない。
自身のはじめてを彼に捧げられるんだということが堪らなく嬉しくて、今この瞬間私以上の幸せ者はいないんだとそう思った、時だった。
「……何を、しているんだ?」
「ッ!」
そんな私の思いはあっさりと潰える。
「逃げよう、テオドル!」
着の身着のまま彼の手を引きベランダへ出た。
自室を一階にしておいてよかった。ここからならば飛び降りても怪我はしない。
(捕まったらきっとテオドルが殺されてしまうわ)
庭師のテオドル。我がスクヴィス伯爵家の庭師として働いていた一歳年上の彼とは幼馴染のように育った。
一人娘の私と使用人の彼とでは身分違いだって分かっていたけれど、それでもこの想いを止められなくて秘密の恋人だった。
母を早くに亡くし、後妻も取らず私を育ててくれた父のことは大好きだけれど、父が母を今も想っているように私もテオドルを特別に想っている。
(ごめんなさい、お父様)
「街までおりて裏路地に紛れれば――きゃあ!」
「ソフィ!」
私の長い髪を掴んだのは伯爵家の騎士団の誰かだろう。
当主の娘への行いとしては暴挙としかいえないが、このまま駆け落ちされるよりもいいと思ったのだろうか。
主君の娘に対して魔法を使う訳にもいかないので、ただ単に余裕がないだけかもしれない。
そのまま髪を無理やり後ろに引っ張られ、ブチブチと嫌な音がする。痛い。鋭い痛みが頭皮に走り、全身が熱を持った。
それでも私は足を止めない。止める訳にはいかない。
そしてその判断は誤りだった。いや、きっと最初から間違っていたのだ。
視界の端に鈍く光る銀が見え、血の気が引く。
まるで舞うように鮮血が視界を染め、私は声にならない叫びをあげた。
(そんな!)
だが見つかればこうなることはわかっていたのだ。
だから逃げたのに。あぁ、どうして。
「テオドル! テオドルッ!」
必死に彼の名前を呼びながら、私の髪を掴んでいた騎士の腰に差している剣を引き抜き自身の髪を切って自由を得る。
彼の血のように私の周りをピンクブロンドの髪が舞ったが、そんなこと気にしてはいられなかった。
(やめて、私から彼を奪わないで)
「ソ、フィ……」
彼が私へと手を伸ばしている。
その手を握りたくて私は彼にもう一撃入れようとしている騎士と彼の体との間に飛び込んだ。
痛みはもうわからなかった。
鈍い熱がじわりと広がり胸部が重くなる。それと同時に手足から力が抜けたが、胸に刺さった剣のお陰かその場で崩れ落ちることは無かった。
彼の名前を呼びたいのに、口に広がる鉄の味が邪魔で声が出ない。
なんとか口を開くが息は吸えず、息の変わりに私の口からは血が溢れた。
苦しい。とにかく全てが不快で堪らない。
彼は肩口から腹部まで思い切り斬られているらしく、服だけでなく地面までもを赤く染めている。どう見ても致命傷だ。
彼の傷が前面なのは、髪を掴まれ足止めされた私を助けようとしたからだろう。
私と彼は、ここで死ぬ。
じわりと白く染まる視界の奥で、愛おしい恋人の真っ赤の瞳が涙で滲んでいくのが見えた。
あぁ。泣かせたい訳ではなかったのに。
ごめんなさい。私はその謝罪を彼にちゃんと伝えられたのだろうか。
本当は彼と幸せになる未来が欲しかったのに、私は身勝手に彼の未来を奪ってしまったのだと思い絶望する。
愚かだった。愚かな私は、失ってなおやはり彼へと手を伸ばすのだ。
この手に、もう感覚がないのだとしても――
「テオドル、大好き……」
「俺もです、ソフィ。愛してる」
熱い吐息が耳をくすぐり、彼のあかぎれがある骨ばった手が私の体をなぞる。
薄い布地の裾から手のひらが入り、私の腹部を這った。
そしてそのまま胸まであがって優しく揉む。
「んっ、あ」
先端を引っ掻くように彼の指先が動き、ビクリと体が反応した。
もっと触れられたい。もっと、深く。
カリカリと乳首を刺激しながら乳房を包むように彼の手のひらが動いた。
(やっと、私テオドルと)
いけないことだと頭の隅ではわかっていたけれど、それでも止められないほど彼への想いが溢れて仕方ない。
自身のはじめてを彼に捧げられるんだということが堪らなく嬉しくて、今この瞬間私以上の幸せ者はいないんだとそう思った、時だった。
「……何を、しているんだ?」
「ッ!」
そんな私の思いはあっさりと潰える。
「逃げよう、テオドル!」
着の身着のまま彼の手を引きベランダへ出た。
自室を一階にしておいてよかった。ここからならば飛び降りても怪我はしない。
(捕まったらきっとテオドルが殺されてしまうわ)
庭師のテオドル。我がスクヴィス伯爵家の庭師として働いていた一歳年上の彼とは幼馴染のように育った。
一人娘の私と使用人の彼とでは身分違いだって分かっていたけれど、それでもこの想いを止められなくて秘密の恋人だった。
母を早くに亡くし、後妻も取らず私を育ててくれた父のことは大好きだけれど、父が母を今も想っているように私もテオドルを特別に想っている。
(ごめんなさい、お父様)
「街までおりて裏路地に紛れれば――きゃあ!」
「ソフィ!」
私の長い髪を掴んだのは伯爵家の騎士団の誰かだろう。
当主の娘への行いとしては暴挙としかいえないが、このまま駆け落ちされるよりもいいと思ったのだろうか。
主君の娘に対して魔法を使う訳にもいかないので、ただ単に余裕がないだけかもしれない。
そのまま髪を無理やり後ろに引っ張られ、ブチブチと嫌な音がする。痛い。鋭い痛みが頭皮に走り、全身が熱を持った。
それでも私は足を止めない。止める訳にはいかない。
そしてその判断は誤りだった。いや、きっと最初から間違っていたのだ。
視界の端に鈍く光る銀が見え、血の気が引く。
まるで舞うように鮮血が視界を染め、私は声にならない叫びをあげた。
(そんな!)
だが見つかればこうなることはわかっていたのだ。
だから逃げたのに。あぁ、どうして。
「テオドル! テオドルッ!」
必死に彼の名前を呼びながら、私の髪を掴んでいた騎士の腰に差している剣を引き抜き自身の髪を切って自由を得る。
彼の血のように私の周りをピンクブロンドの髪が舞ったが、そんなこと気にしてはいられなかった。
(やめて、私から彼を奪わないで)
「ソ、フィ……」
彼が私へと手を伸ばしている。
その手を握りたくて私は彼にもう一撃入れようとしている騎士と彼の体との間に飛び込んだ。
痛みはもうわからなかった。
鈍い熱がじわりと広がり胸部が重くなる。それと同時に手足から力が抜けたが、胸に刺さった剣のお陰かその場で崩れ落ちることは無かった。
彼の名前を呼びたいのに、口に広がる鉄の味が邪魔で声が出ない。
なんとか口を開くが息は吸えず、息の変わりに私の口からは血が溢れた。
苦しい。とにかく全てが不快で堪らない。
彼は肩口から腹部まで思い切り斬られているらしく、服だけでなく地面までもを赤く染めている。どう見ても致命傷だ。
彼の傷が前面なのは、髪を掴まれ足止めされた私を助けようとしたからだろう。
私と彼は、ここで死ぬ。
じわりと白く染まる視界の奥で、愛おしい恋人の真っ赤の瞳が涙で滲んでいくのが見えた。
あぁ。泣かせたい訳ではなかったのに。
ごめんなさい。私はその謝罪を彼にちゃんと伝えられたのだろうか。
本当は彼と幸せになる未来が欲しかったのに、私は身勝手に彼の未来を奪ってしまったのだと思い絶望する。
愚かだった。愚かな私は、失ってなおやはり彼へと手を伸ばすのだ。
この手に、もう感覚がないのだとしても――
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