キミとのはなし。/SSまとめ

春瀬湖子

文字の大きさ
上 下
6 / 9

データのように、上書きを。

しおりを挟む
「なぁ、お前キスってしたことあるか?」


まぁどうせ独り身だしな。そう考え、新人のミスを格好つけて肩代わりし残業していた俺に、そんな頓珍漢な言葉をかけてきたのはSE課に配属されたはずの同期だった。



「⋯俺、仕事してんだけど」
「俺もだけど?」
「だったら経理部じゃなくてSE課帰れよ」
「だって暇だし」
「だ、か、ら!俺は!暇じゃねぇのっ!!」


俺のいる経理部とは違ってSE課には『待機』というシフトがあり、顧客からトラブルの電話がかかってきた時に対応する。

つまり電話がかかってくるまではシフト名通り『待機』する事になる⋯ということはわかるのだが。


「経理部じゃなくて自分の部署で待機してくんねぇか?」
「え?なんで?」


“なんでって、俺こそなんで?なんだが!!?”

心底不思議そうな顔をされて唖然とした。


「顧客からの連絡はこの業務用携帯にかかってくるから、どこで待機してても一緒だぞ?」
「どこで待機してても一緒ならここじゃなくていいだろ?」
「えー」
「なんで『えー』なんだよっ」

あまりにも不服な顔をされて一瞬俺が間違っているのかと思うが、どう考えてもそんなはずはなく。


「俺はお前と違って仕事があんの!」
「うは、だから俺も仕事中だって」


はははっと笑い飛ばされ、毒気が抜かれる。

言っても無駄だと思った俺はわざとらしくため息を吐き、パソコンに向き直ったのだが。


「あー、数字ズレてんのか、つかこっちの式もおかしいな」
「!」

横から俺のパソコンを覗いたそいつが、しれっとそう言い切った。


「そ、そうなんだよ!なんかどっかからおかしくなっちまったみたいで、しかもそのまま保存しちまったらしくて。だから一個ずつ遡っておかしくなった箇所を探してる⋯ん、だけど⋯」

言いながらチラッと様子を窺うと、そんな俺に気付いたのかニッと笑って。


「これくらいなら簡単なプログラムでエラー直せるぞ」
「マジで!!?」

新人に格好つけたものの、あまりパソコンが得意じゃない俺は徹夜も覚悟していたのだが。

“か、帰れるかもしれない⋯!!?”

突如現れた希望に思わずトキメいて⋯



「で、キスしたことはあんの?」


スンッと希望が打ち砕かれた。



「⋯あ、からかうつもりなら自部署にお帰りくださーい。俺はエラー探しに夢中でーす」
「このエラー解除したら、俺に夢中になってくれるってこと?」
「はぁ?さっきから何ワケわかんねぇ事言ってんだよ」


なまじ希望を見せられたせいで少し苛立った俺は、パソコンに戻した視線を再びそいつの方に向けて。

「ッ?」

何故か真剣な表情をしているそいつにドキッとした。


「で、キスしたことは?」
「⋯⋯そ、そりゃあるだろ。俺ら26だぞ?高校も共学だったし⋯」

何故か答えなくてはいけない気がした俺は、少し気恥ずかしくなりながら視線を外しそう答えた。

の、だが。


「ふーん」

“な、なんなんだよ!正直に答えたのに!”


しつこく聞くから答えたのに、俺の答えが不満だったのか興味がなかったのか、こいつから振った話題のくせにそのまま流され思わず不服に思う。


ムッとした俺に気付かないのか、気付いていてスルーしているのかはわからないが俺の後ろに回ったそいつは、そのまま椅子ごと俺を後ろから抱き締めるような体勢でキーボードを操作して。



「⋯ほら、この赤い表示になったとこがエラー箇所だな。式もここをこうして⋯っと、直ったぞ」
「え、えっ!!?」

5分もかからずそう言った。



「うわ、すげぇ助かった!えー!ありがとなっ」

ムッとした事なんてサクッと忘れた俺が、嬉しくなってパッと振り向き彼を見上げる。


“⋯近っ!?”


俺の後ろからキーボード操作をしていたのだから当たり前だが、想像よりもそいつと顔が近かった事に驚いた俺は思わず息を呑んだ。



「⋯今まで誰とキスしてたとしてもさ、俺とはしたことないもんな」
「⋯は、は?」
「それって特別ってことじゃねぇ?」
「な、に⋯」


謎理論に動揺する俺を無視して、何故かそいつの顔がどんどん近付いてきてー⋯



ピリリリッ


突如そいつの持っていた業務用携帯が鳴る。

「⋯呼び出しだ」


すぐさまピッと電話を取ったそいつは、さっきまでとは違った外用の声色で顧客と何やら話しながら経理部を出て行った。
おそらくSE課へ戻ったのだろう。



“⋯なんだったんだ?”

適正距離に戻っただけなのに、離れてしまった顔に少し心が乱された。


“あのまま電話がかかってこなかったらー⋯”



『キスしたことはあるか』としつこく聞いてきたその声が耳に甦り、じわりと熱くなる。


「⋯帰るか」

ちゃんとお礼を言えてないことが引っ掛かるが、それは顧客対応の邪魔をしてまで今言わなくてはならない事でもない。

ふせんに『ありがとう』と書いた俺は鞄を抱えSE課に向かう。


“これだけ渡して、今度飯でも奢ってやろ”


そっとSE課を覗くと、電話をしながらカタカタと凄い勢いでキーボードを叩いているそいつがいたので、俺は邪魔にならないようにそいつの机の端にふせんを貼り片手を上げて帰ると合図を送った。


そんな俺に気付いたそいつは。



「へ?」

俺の手をガッと掴んで引き寄せて。


「⋯ッ!」


唇に、掠めるだけの感触と吐息がかかる。
それは本当に一瞬の出来事だった。



「⋯はい、ではこちらの承認を⋯、えぇ、その権限はキャンセルにしていただきまして、次の画面に⋯」


ハッとした時にはもうそいつは電話で何やら指示を出しながらパソコンに向かっていたし、俺はぼんやり一人で立っていたし。


「⋯か、帰ろ⋯」


そのままそいつにくるっと背を向けてSE課を出る。
エレベーターのボタンを押し、俺のいる階まで上ってくるのを階数表示の灯りを呆然と眺めて待っていた。



「⋯⋯⋯、な、なんだったんだ⋯?」


なんて呟いてももちろん返事なんてある訳なく。

俺はただ混乱しながら、そいつが経理部で言っていた『特別』という言葉を繰り返し考える。




『俺に夢中になるって約束、ちゃんと守れよ』


なんてふざけたメッセージが、鞄の奥に入れたスマホに届いていることを俺が知るまで、もう少しーー⋯
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

年越しチン玉蕎麦!!

ミクリ21
BL
チン玉……もちろん、ナニのことです。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

素直じゃない人

うりぼう
BL
平社員×会長の孫 社会人同士 年下攻め ある日突然異動を命じられた昭仁。 異動先は社内でも特に厳しいと言われている会長の孫である千草の補佐。 厳しいだけならまだしも、千草には『男が好き』という噂があり、次の犠牲者の昭仁も好奇の目で見られるようになる。 しかし一緒に働いてみると噂とは違う千草に昭仁は戸惑うばかり。 そんなある日、うっかりあられもない姿を千草に見られてしまった事から二人の関係が始まり…… というMLものです。 えろは少なめ。

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

処理中です...