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求めるキッカケは、自然と故意のどちらでも
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先輩の旦那様が元お客様らしいと知ったのは、業務が落ち着いた午後の事だった。
「どうやって結婚したんですか?」
なんて、余りにも失礼過ぎる聞き方をしてしまったが、聞かれた先輩は不快どころかむしろ愉快そうに教えてくれて。
「相手から連絡先貰ったから、お返事しただけよ」
その場はなるほど、なんて返事したものの⋯
「いや、無理だろっ!?」
1人帰り道で思わず叫ぶ。
いや、確かに先輩くらい美人だったらあり得るのだろう、というかあり得たんだけど。
チラリと閉店間際のパン屋の窓に写り込む自分の顔を見てため息を吐いた。
顔は⋯まぁ、平凡。
身長はほどほど⋯と、思いたい。希望としてはもう少し伸びて欲しかったけど。
とにかく“普通”というか“中の中から下”くらいだというのが自分評価である。
しかしそれより問題なのは、自分が『男』である事で。
“連絡先なんてどうやって貰うんだっつの⋯”
先輩の話に思わず食いついたのも、もちろん連絡先を『貰いたい相手』がいるからだったりする訳で。
「せめて俺が女だったらな⋯」
そんな無意味な事を考え、2度目のため息を吐いた。
「⋯どうやったら話した事ない男のお客さんから、男の俺が連絡先を渡される事になるんだっつの⋯」
片想い、というには淡すぎる感情。
ただ得意先の1つとして定期的に来る彼は、爽やかとはかけ離れた“淡々とした男”で。
仕事を共にする上では確かに頼りになるが、恋愛的な好意を抱くかと言われたら返答しかねる雰囲気を纏っていた。
そんな彼と『全く目が合わない』事に気付いたのはいつ頃だったのか。
“目が合わないってことは、他の特定の人にばかり見てるとかが多いんだけどな”
例えば、お客さんと結婚した先輩とか。美人だし。
なのに彼は、特定の誰かばかり見ている訳でもなく、しかし俺とは絶対目が合わない。
その事が逆に俺の興味をひいて、気付けば俺の方が気になり出してしまったというオチだ。
何かキッカケが欲しい。
もう少し彼に近付くにはどうしたら⋯
そこまで考え、頭を左右に軽く振った。
「目すら合わないのに、どんなキッカケがあるんだっつの⋯」
恋と呼ぶには淡すぎるが、無視するにはしっかり芽生えてしまっているこの感情をもて余した俺は、はあぁ、と3度目のため息を吐いた。
彼の会社近くの店に行ってみるとかも頭を過るが、それは流石にストーカーだろ、なんて理性がストップをかける。
完全に煮詰まり、動けない俺はその時はまだ気付かなかった。
“特定の誰かばかり見ている訳ではない”のに、“頑なに俺とだけ目が合わない”というその意味に。
その日は結婚式の打ち合わせらしく先輩が休みで、受付業務を任される事になった。
受付業務はそこまで難しくはないものの、自分の本来の仕事の片手間にするには時間がかかる。
ー⋯が、それでも俺はその業務を少し楽しみにしていて。
“だってあの人が来るかもしれねぇし⋯!”
流石に受付で直接相対するなら目も合うだろう。
連絡先を渡されたり、なんて事はあり得なくとも、初めて目が合うかもしれないというその期待は確かに俺の胸を高鳴らせていたのだが。
「では、こちらを確認してサインをお願いします」
「はい」
「⋯⋯⋯。」
骨張った指がサインをするのを眺める。
そしてサインした書類を渡してくれた。のに。
“や、や、やっぱり目が合わねぇぇ~~!!”
相対すれば目が合うなんて誰が言ったのか。俺か。
受付で向かい合っているにも関わらず、今日も今日とて全く目が合わない事に、ガッカリを通り越して苛立ちすら覚える。
そしてある可能性に気付いてハッとした。
“特定の誰かばかり見ている訳ではない”のに、“頑なに俺とだけ目が合わない”という事は、それだけ俺が『嫌われている』って事なのか⋯!?
気付いてしまったらそうとしか思えなくなってきて。
そしてそう思ったら無性に苦しくなってきて。
「ありがとうございました」
そう一言告げ、やっぱり目が合う事なく背を向けエレベーターへ歩きだした彼の背中をただ眺めていた俺は、気付けば次の瞬間走り出していた。
「お、俺も乗ります!」
「えっ、あ、ハイ」
あっさり乗り込めたエレベーターに二人きり。
かなり故意的ではあるが、これこそずっと求めていたキッカケなのかもしれない⋯なんて考えて乾いた笑いが零れ出る。
“キッカケってなんだよ、嫌われてるのに今更⋯”
「何階ですか」
「え?」
乗り込んだものの、どの階も押さない俺に静かにそう聞いてくれた彼の目線は、やはり俺ではなくエレベーターの階数ボタンを見ていて。
「階。何階に行くんですか?」
「あー、俺はえっと⋯」
この状況でも頑なに合わない目線が、悔しくて苦しくて、なんだか少し自棄になって。
「⋯どの階にも、行きません」
「ー⋯は?」
開き直ったそんな俺の一言に驚いた彼は、初めてこちらを振り返った。
“ッ!”
初めて真正面から見る彼の顔は、驚きからか少し目を見開いて。
そしてみるみる赤くなった。
「え⋯?」
「っ、あ、いや⋯」
すぐにパッとまた目線をエレベーターのボタンに戻すが、その赤く染まったままの耳が見間違いではないと確かにそう告げていて。
“特定の誰かばかり見ている訳ではない”のに、“頑なに俺とだけ目が合わない”というその意味は。
「嫌われてる⋯って可能性、だけじゃない⋯?」
思わずそう呟き、そして彼の腕を掴み向かい合う。
それでも頑なに赤い顔を横に向け目が合わない彼に、今度は普通の笑いが込み上げて。
「ーー⋯あの、良かったら連絡先教えてくれませんか」
連絡先を渡される、なんてミラクルが起きなくっても。
“キッカケは、作れば良かったんだな”
なんてこれからの事を考えつつ、やっぱり目が合わない彼とそっと連絡先を交換するという一歩を俺は踏み出したのだった。
「どうやって結婚したんですか?」
なんて、余りにも失礼過ぎる聞き方をしてしまったが、聞かれた先輩は不快どころかむしろ愉快そうに教えてくれて。
「相手から連絡先貰ったから、お返事しただけよ」
その場はなるほど、なんて返事したものの⋯
「いや、無理だろっ!?」
1人帰り道で思わず叫ぶ。
いや、確かに先輩くらい美人だったらあり得るのだろう、というかあり得たんだけど。
チラリと閉店間際のパン屋の窓に写り込む自分の顔を見てため息を吐いた。
顔は⋯まぁ、平凡。
身長はほどほど⋯と、思いたい。希望としてはもう少し伸びて欲しかったけど。
とにかく“普通”というか“中の中から下”くらいだというのが自分評価である。
しかしそれより問題なのは、自分が『男』である事で。
“連絡先なんてどうやって貰うんだっつの⋯”
先輩の話に思わず食いついたのも、もちろん連絡先を『貰いたい相手』がいるからだったりする訳で。
「せめて俺が女だったらな⋯」
そんな無意味な事を考え、2度目のため息を吐いた。
「⋯どうやったら話した事ない男のお客さんから、男の俺が連絡先を渡される事になるんだっつの⋯」
片想い、というには淡すぎる感情。
ただ得意先の1つとして定期的に来る彼は、爽やかとはかけ離れた“淡々とした男”で。
仕事を共にする上では確かに頼りになるが、恋愛的な好意を抱くかと言われたら返答しかねる雰囲気を纏っていた。
そんな彼と『全く目が合わない』事に気付いたのはいつ頃だったのか。
“目が合わないってことは、他の特定の人にばかり見てるとかが多いんだけどな”
例えば、お客さんと結婚した先輩とか。美人だし。
なのに彼は、特定の誰かばかり見ている訳でもなく、しかし俺とは絶対目が合わない。
その事が逆に俺の興味をひいて、気付けば俺の方が気になり出してしまったというオチだ。
何かキッカケが欲しい。
もう少し彼に近付くにはどうしたら⋯
そこまで考え、頭を左右に軽く振った。
「目すら合わないのに、どんなキッカケがあるんだっつの⋯」
恋と呼ぶには淡すぎるが、無視するにはしっかり芽生えてしまっているこの感情をもて余した俺は、はあぁ、と3度目のため息を吐いた。
彼の会社近くの店に行ってみるとかも頭を過るが、それは流石にストーカーだろ、なんて理性がストップをかける。
完全に煮詰まり、動けない俺はその時はまだ気付かなかった。
“特定の誰かばかり見ている訳ではない”のに、“頑なに俺とだけ目が合わない”というその意味に。
その日は結婚式の打ち合わせらしく先輩が休みで、受付業務を任される事になった。
受付業務はそこまで難しくはないものの、自分の本来の仕事の片手間にするには時間がかかる。
ー⋯が、それでも俺はその業務を少し楽しみにしていて。
“だってあの人が来るかもしれねぇし⋯!”
流石に受付で直接相対するなら目も合うだろう。
連絡先を渡されたり、なんて事はあり得なくとも、初めて目が合うかもしれないというその期待は確かに俺の胸を高鳴らせていたのだが。
「では、こちらを確認してサインをお願いします」
「はい」
「⋯⋯⋯。」
骨張った指がサインをするのを眺める。
そしてサインした書類を渡してくれた。のに。
“や、や、やっぱり目が合わねぇぇ~~!!”
相対すれば目が合うなんて誰が言ったのか。俺か。
受付で向かい合っているにも関わらず、今日も今日とて全く目が合わない事に、ガッカリを通り越して苛立ちすら覚える。
そしてある可能性に気付いてハッとした。
“特定の誰かばかり見ている訳ではない”のに、“頑なに俺とだけ目が合わない”という事は、それだけ俺が『嫌われている』って事なのか⋯!?
気付いてしまったらそうとしか思えなくなってきて。
そしてそう思ったら無性に苦しくなってきて。
「ありがとうございました」
そう一言告げ、やっぱり目が合う事なく背を向けエレベーターへ歩きだした彼の背中をただ眺めていた俺は、気付けば次の瞬間走り出していた。
「お、俺も乗ります!」
「えっ、あ、ハイ」
あっさり乗り込めたエレベーターに二人きり。
かなり故意的ではあるが、これこそずっと求めていたキッカケなのかもしれない⋯なんて考えて乾いた笑いが零れ出る。
“キッカケってなんだよ、嫌われてるのに今更⋯”
「何階ですか」
「え?」
乗り込んだものの、どの階も押さない俺に静かにそう聞いてくれた彼の目線は、やはり俺ではなくエレベーターの階数ボタンを見ていて。
「階。何階に行くんですか?」
「あー、俺はえっと⋯」
この状況でも頑なに合わない目線が、悔しくて苦しくて、なんだか少し自棄になって。
「⋯どの階にも、行きません」
「ー⋯は?」
開き直ったそんな俺の一言に驚いた彼は、初めてこちらを振り返った。
“ッ!”
初めて真正面から見る彼の顔は、驚きからか少し目を見開いて。
そしてみるみる赤くなった。
「え⋯?」
「っ、あ、いや⋯」
すぐにパッとまた目線をエレベーターのボタンに戻すが、その赤く染まったままの耳が見間違いではないと確かにそう告げていて。
“特定の誰かばかり見ている訳ではない”のに、“頑なに俺とだけ目が合わない”というその意味は。
「嫌われてる⋯って可能性、だけじゃない⋯?」
思わずそう呟き、そして彼の腕を掴み向かい合う。
それでも頑なに赤い顔を横に向け目が合わない彼に、今度は普通の笑いが込み上げて。
「ーー⋯あの、良かったら連絡先教えてくれませんか」
連絡先を渡される、なんてミラクルが起きなくっても。
“キッカケは、作れば良かったんだな”
なんてこれからの事を考えつつ、やっぱり目が合わない彼とそっと連絡先を交換するという一歩を俺は踏み出したのだった。
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