【R18】暴走系ヒロインは偽装婚約した騎士団長を振り回しながら聖女ではなく勇者を目指す

春瀬湖子

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第二章・聖女レベル、ぜろ

23.これは試合じゃないんだから

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 一人野営地まで戻った私は、キョロキョロしながら地面を眺める。
 どこかに落としたとすれば、コインか宝石が光を反射して気付くと思ったからだ。

“どこだろ……!”

 焦りながら見渡していると、バタバタと足音が二つ近付いてきた。

「こんっのあほ聖女!」
「わ、フランにアベル!?」

 息をきらせて駆け付けてくれたのはフランと、そして予想外にもアベルも来てくれていた。


「全員で戻ると危ないから待機させてきた。ほら、さっさと戻るぞ!」

 私の腕を掴もうとするフランの手を避けてさっとアベルの後ろに隠れると、フランが眉をひそめる。

「ちょっとだけ!ここまで来たんだし、軽く見回るくらいいいんじゃない?」
「対処できないような魔物が出てきたらどうする気なんだ!」
「それはわかってるけど……!」

 寝る前まではあったのだから、絶対このテントを張っていた近くにある。
 そう確信しているからこそ諦められず、そしてそんな気持ちを察してくれたのはアベルだった。

「少しだけ、ダメでしょうか?私も警戒いたしますし、それにもし魔物が近くにいるなら既に姿を表していてもおかしくないです」
「それは……」

 それでも渋るフランに私も慌ててアベルの背中から顔を出して言葉を重ねた。

「私からもお願い!本当にちょっとだけ、ここで落としたのは間違いないから」

 二人がかりで説得したからか、何度も「本当に少しだけ、それで見つからなければ諦めろ」と念をおしながら渋々頷いてくれたフランに私とアベルは顔を見合わせて喜んだ。


「必ず私か団長の側にいてくださいね?その、団長みたいに守ることはできないかもしれませんが、盾にはなれますから」
「アベルぅ……!」

 少し照れ臭そうに言ってくれたアベルのなんて可愛いこと!
 嬉しくなった私はぎゅうぎゅうとアベルを抱きしめて。

「何かあっても絶対絶対治してあげるからね!!」

 なんて、調子に乗って口にした。
 

 そんなやり取りをしている側で、誰よりも早く地面にしゃがみこみ必死に探してくれるのはやはりフランで。

“生真面目っていうかなんというか……、でも、こういうところがフランのいいところなんだよねぇ”

 なんて微笑ましく思いつつフランのすぐ側にしゃがみこむ。

“時間がないのに同じ場所を探してどうする!なんて怒られるかと思ったけど……”

 意外にもフランはそんなことは言わなかったので、その様子に甘えフランの隣でそっと周りを眺めるように探していた。


 案外すぐに見つかると思ったのだが、いくら地面を見ても見つからないネックレス。

“絶対ここだと思うんだけど……”

 テントを張っていた場所、という限定された場所なのに全然見当たらなくてさすがに私も焦り出した、そんな時だった。



「あ!リッカ様っ、これじゃないですか?」

 ぱあっと明るいアベルの声が響き、私とフランもほっとしながらすぐに声の方へ振り返る。

 アベルが指差したのは、私の背より少し高いくらいの木の枝だった。
 その枝に引っ掛けられたネックレスがゆらりと揺れ、キラキラと太陽光を反射する。


「……なんで、枝に?」

 落としたならば、地面にあるはず。
 万一私が立ち上がった時に落としたのだとしても、ネックレスが引っかかるのは私より低い場所でなければおかしい。

 私の背より高い枝に、自然と引っかかるなんてあり得る?


 不吉な予感がし、そしてフランも同じように考えたのだろう。

 
「アベル、近付くな!」
「え?」


 枝に引っ掛けられたネックレスを手に取ったアベルが、不思議そうにフランを振り返り――……


「ひっ!」

 その瞬間、ぐちゃりという嫌な音と赤い鮮血が宙を舞う。


「くそ、オルトロスだ……!」
「オルトロス!?」

 フランの声に反応し、慌てて魔物の方を見る。
 ゲームで見たオルトロスは、双頭の魔犬というだけだったが尻尾が蛇になっていた。

“ゲームでは詳細が省かれて描かれてたのか、それともこっちが本物ってことなのか……!”
 

 三メートルほど転がったアベルは、それでも必死に起き上がろうとしていたのだが、まるでライオンが狩りを楽しむように、どこかなぶるように再びアベルの体を爪で抉った。

「アベルッ!」

 焦ってアベルの元にかけつけようとした私を無理やり止めたのはフランだった。

「なんでっ」
「お前が行ってもアベルの二の舞になるだけだ!」
「じゃあこのまま見てろっていうの!?」

 もし私が出がらしでさえなければこの距離でも回復魔法をかけられたかもしれない。
 けれど、ない能力を今更求めてももう遅いから。


「触れれば、触れれば回復できるのよ!」

 無理やりフランの腕を振り払い、竹刀を握ってアベルの前に走って向かう。

“怖い、怖いけど……!”

 今はオルトロスがアベルに夢中。
 だからこそ動けているが、もしオルトロスが私を攻撃してきたら。

“またトロールの時みたいに足がすくんで動けなくなるかもしれない”


 でも。

 盾になると言って来てくれたアベル。
 私のわがままで巻き込んでしまった彼を、助けられるのは私しかいないなら……!

 私は手汗で滑りそうになる竹刀を必死に握り、三撃目を狙っているオルトロスとアベルの間に割り込んだ。


 自分を奮い立たせるためにも指が白くなるほど握りしめた竹刀。
 相手は同年代の相手ではなく、動物園で見るライオンよりも一回り大きな魔物だ。

 その一撃にどれほどの力があるのか想像もつかず、だがアベルを庇うように割り込んだのだから避ける訳にはいかない。
 ひたすら踏ん張る以外私には選択肢がなく、最も基本的な型である中段の構えで魔物からの攻撃を受け――……



 バチン!とオルトロスが弾き飛んだ。


「「!?」」

 飛び出した私を追いすぐ側まで来ていたフランと私は、その突然の出来事に驚いた。


“え、なんで……!?”


 一瞬唖然とし、そしてすぐに以前フランが言っていたことを思い出す。

「聖属性魔法は魔物に有効……!」

 魔物たちが持つ魔力と相反する聖女の魔力。
 力んでいたことで出がらしだとしてもその魔力が持っていた竹刀に流れたのだとすれば、その竹刀を媒体にして触れた魔物が弾かれたことに辻褄が合う。

“いけるかも”
 
 触れないと効果はないが、自分から触れられなかったとしても相手の攻撃が『私に当たる』瞬間にも発動するということで。

  
「最速で倒してアベルを治す……!」

 私一人じゃ倒せなくても、ここにはフランだっているから。

 倒せると確信した私は、一気にオルトロスへ攻撃を仕掛けることを決めた。

「フラン!私が隙を作るからトドメお願い!」
「は!?な、なにを……っ」

 そう叫んだ私は、再びオルトロスの方へ向きしっかりと構える。


「メェーーーーン!」

 地面の上を滑らせるように右足を出し、そのまま一気に距離を詰めて一撃。

 思った通り竹刀が魔物に当たるとバチバチッと相反する。

“これなら……!”

 オルトロスが怯んだ隙に私はもう一歩踏み出し二撃目を狙った。
 次に狙うのは籠手……といっても、高さ的には首である。

「テェーーーッ!」

 しかし流石にオルトロスも学習しているらしく、竹刀が当たる寸前で後ろに飛び避けられた。

“まだまだ!”

 ならば、と私は更に足を滑らせるように二歩進み、竹刀を前方に突き出した。

「ヤァーーーッ」

 決まる時は一瞬の剣道。
 しかし私の攻撃はまたもや避けられた、のだが。


「はっ!」

 私に気を取られていたオルトロスの背後に回っていたフランが、魔物の首から肩にかけてを斬る。
 意識の範囲外から斬りつけられたオルトロスだったが、それでもすぐにフランの方へ振り向き爪で攻撃を繰り出した。

 
「こっち忘れてるわよ!」

“私だって何年も剣道を続けてたんだから!”

 フランの方を向いたオルトロスの横腹に思い切り打ち付ける。


「剣を抜けと言っただろ!?」
「でも効いてるならどっちでもいいじゃん!」
「それが驕りだって言ってんだ!」

 
 それを見逃さなかったフランが怒鳴るように叫び、釣られて私も怒鳴り返す。

 
 特注で作ったこの竹刀は、竹刀“自体”が剣の鞘になっていて。

“でもこの形が慣れてるし……!”

 私はやはり慣れ親しんだこの形が私には丁度良いのだと考えていた。
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