【R18】暴走系ヒロインは偽装婚約した騎士団長を振り回しながら聖女ではなく勇者を目指す

春瀬湖子

文字の大きさ
上 下
21 / 47
第二章・聖女レベル、ぜろ

20.これが噂の定番の

しおりを挟む
 トロールの襲撃をなんとか撃退した第六騎士団は、更に森を少し進んだ先で進行を止めた。
 
 理由は単純で、暗くなる前にテントを張り野営の準備をするためである。
  

 対象に直接触れる、という制限のせいで時間がかなりかかってしまったが、それでも全員の治療を終えた私は満足感に浸っていた。

 あれだけ恐ろしかったトロールとの対峙。
 何も出来なかったという不甲斐なさはやはりショックなことではあるが、『聖女しか使えない』という回復魔法は、自分の存在意義を確かにそこに示してくれていて。

“……ま、出がらしレベルなんだけど”

 それでも、自分にしかできないのだと思えば傷ついたメンタルも回復しつつあった。


 そしてメンタルが復活したら、気になるのはやはり……


「くっさぁ~い……」

 トロールのヨダレが乾き、多少はマシになったもののそれでも臭いものは臭い。

“ていうか、カピカピになってんだけど……”

 洗いたい。洗濯したい。というかお風呂に入りたい。

 しかし都合よく温泉なんてあるはずなくて。

「せめて湖、いや水溜まりでもいい……」

 フランが魔物に媚薬みたいな体液をかけられた時、水溜まりで必死に洗い流していたことを思い出す。
 あの時は、そんな場所で?なんて思ったが、いざ自分が似たような立場になったことでなりふり構わないあの気持ちが痛いほどよくわかった。


 そしてそんな私の声が聞こえたのか、ロクサーナがくるっと振り返って。

「湖、ありますよ」
「え!」

 切実に求めていた一言を与えられ、私の心が急浮上する。

「うそ!どこ!?近い?入れる?あ、湖の中に魔物とかいない?」

 私の勢いに気圧されたロクサーナがたじたじとしつつ、教えてくれた。

「もう少し先にはなりますが、水浴びも十分できる湖です。水中には魔物がいないので湖自体は安全ですよ」
「水中には魔物、いないの?」

 サメのような魔物がいないことは、水浴びしたい自分としてはありがたいが、いないということが少し不思議で思わず聞き返すと、ジープがロクサーナの脇からぴょこんと顔を出した。

「なんでも、魔王が水を嫌うかららしいですよ」
「え、水が弱点なの?」
「うぅーん、それはよくわからないですね……。水で弱体化したという記録は残ってないんで、弱点というよりはただ嫌ってる、としか」
「そうなんだ?」

“なんだろ、子供がピーマン嫌うみたいなもんかな?”

 嫌いはしてるが、ピーマンに恐怖しているわけではない。
 本当に魔王にとっての水が子供にとってのピーマンなのかはわからないが、答えを知るすべがない以上考えるだけ無駄ということで。

 
「そんなことより、まずは水浴びよ……!」

 この匂いは乙女的にNG、というよりもう単純に臭くて自分が耐えられない。

 ロクサーナに詳しい場所を聞いた私は、ライザをお供にいそいそと着替えを持って湖へ向かったのだった。


 体感で10分ほど進んだ先にその湖はあった。
 向こう岸も見えるくらいのその湖は、透明度が高く周りの木々から漏れる光を反射しキラキラと輝いていた。

 小指くらいの小魚が泳ぐ姿もハッキリ見えるほど澄んだ水は触れると冷たく、お風呂のように肩までしっかり浸かるには向かないだろう。

“それでもいい……!洗い流せるだけで万々歳……!”

 ライザに一言断り、いそいそと服を脱いだ私は、まず自分の体についたヨダレを洗い流そうと服を岸に置いたままじゃぶじゃぶと湖に入った。


「気持ちいい……!」

 足をつけた時はその冷たさにビクッとしたが、腰まで浸かってしまえば耐えられないほどではない。
 外で素っ裸になることに抵抗がないわけではないが、ぶっちゃけ臭いがキツすぎてそれどころじゃなく……

「っていうか、むしろ解放感……!?」

 これが開き直りというやつなのかもしれないが、脱いでしまった後だからか羞恥なんて忘れて水浴びを楽しんだ。

「髪も洗いたいぃ、シャンプー欲しい……けど、自然汚染とかになるのかな」

 いや、むしろシャンプーという存在があるのだろうか?なんてくだらないことを考えつつ、汚れた体を手のひらで擦る。
 バシャバシャと顔を洗うとサッパリし、まるで心が浄化されたようにすら感じた私は、この気持ちよさをせっかくだからライザとも分かち合いたいとそう考えた。

「ねぇ、ライザも入らないー?」

 思いきって声をかけるが、近くで見張りがてら待機をしてくれているライザからの返事がなくてドキリとする。

“……え?”

 ふっと頭を過ったのは、『そこにいたはずのジープがいなくなった』時の事だった。

 もしこんな無防備な状況で魔物に襲われたら?
 そして私が魔物に襲われるとすれば、見張りをしてくれていたライザはどこに?

“ライザが私を一人残し戻るはずなんてない。なら――……”


「ら、ライザ!ライザ!?どこにいるの!?」

 ザァッと血の気が引き、思わず名前を呼びながら湖から飛び出す。
 バクバクと心臓が跳ね、手足の感覚が失われるような錯覚に陥った。

“そんな、うそ、まさかよね……!?”

 すみません聖女様、なんてひょっこり顔を出してくれる。
 きっとそう、なんて願うが彼女の気配はそこになく、それどころかライザが待っているはずの場所ではない茂みがガサリと揺れた。

 ガサガサとした揺れは私の声を追っているのか、すごい勢いでこちらに向かってくる。


「ひっ!」

 せめて武器を、と思うが竹刀は先ほど着替えを放置してしまった岸に一緒に置いており、ここから取りに行くには揺れる茂みの方へ向かわなくてはならなくて。

“取りに行く?それともこのまま反対に逃げればいいの……!?”

 武器がないのは致命的。
 しかし武器があっても恐怖で硬直してしまった私は何も出来なかった。


「ら、ライザ……」

 彼女に何かあったかもしれないのに、彼女に助けを求めてしまう自分のなんと不甲斐ないことか。
 聖女としても満足な働きは出来ず、勇者なんてもってのほか。

 ただのお荷物としか言えない最低な私は、恐怖から体が硬直し、また動けなくなっていて。


 すぐ一メートル先。
 この目と鼻の先という距離でガサリ、と茂みの揺れが止まり、私の心臓も止まりそうになる。

 荒くなる呼吸をなんとか両手で押さえ、どうかこのまま私に気付かず去って欲しいとそう願った、そんな時。
 揺れの止まった茂みから、ぴょこんと顔を出したのは――……


「おい、どうした、何かトラブルか!?」
「……は?ふ、フラン?」
「……は?おまッ!?」


 半泣きになった私の目の前に顔を出したのは、魔物でもライザでもなく、野営地で騎士たちに指示を出していたフランだった。

「ふ、フラン~~~っ」


 私は思ったよりも心細かったらしい。
 目の前に現れたフランに心底安堵し、その勢いのまま茂みから半分飛び出した状態で固まってしまったフランに飛び付こうとし――……


“って、私今裸じゃん!”

 自身の姿に気付いた私は、抱き付く寸前で立ち止まり、そしてその勢いのまま平手打ちした。

「の、覗き魔!」
「いってぇ!」

 バチンとその場に乾いた音が響く。

「なんっでだよ!?叫び声を聞いて駆けつけただけだろハレンチ聖女!」
「でも見たじゃん!全部見たじゃん!!」
「見たんじゃねぇ!見えたんだ!」
「やっぱり見てる!!」
「不可抗力だっつってんだよ!というか、この間既に見てるだろ!?」
「あーー!!そういうこと言う!?このデリカシー無し男!!」

 ぎゃいぎゃいと言い合いながら慌てて湖に飛び込んだ私は、先ほどは最高に気持ちいいと思ったこの湖の透明度の高さを恨みつつせめてもの抵抗で肩までちゃぽんと浸かった。


“確かにゲームとか漫画とかでお風呂ドッキリみたいなのあるけど!定番だけど!!”

 まさかそのド定番を自分が体験するとは思わなかった私は、この状況に嘆につつ湖に顔も浸けたのだった。
 
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!

柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

ブラック企業を退職したら、極上マッサージに蕩ける日々が待ってました。

イセヤ レキ
恋愛
ブラック企業に勤める赤羽(あかばね)陽葵(ひまり)は、ある夜、退職を決意する。 きっかけは、雑居ビルのとあるマッサージ店。 そのマッサージ店の恰幅が良く朗らかな女性オーナーに新たな職場を紹介されるが、そこには無口で無表情な男の店長がいて……? ※ストーリー構成上、導入部だけシリアスです。 ※他サイトにも掲載しています。

処理中です...