【R18】暴走系ヒロインは偽装婚約した騎士団長を振り回しながら聖女ではなく勇者を目指す

春瀬湖子

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第一章・恋愛レベル、いち

プロローグ:はじまりの心構え

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――――それは、突然のことだった。


「あれ、セミじゃん。生き……てんのよね?」

 道路の真ん中でひっくり返っている夏の風物詩。
 左右をキョロキョロしてみるが、車が来る様子はない……けれど。

“このままだったら轢かれるよねぇ”

 一応先に言っておくが、別に私は昆虫が好きとかでは一切ない。
 むしろどちらかと言えば苦手な方。


 けど、ここは私こと上植六花の通う専門学校の通学路で。

「明日通って潰れてるの見るの嫌だなぁ……」

 はぁ、と思わずため息を吐く。
 好きではないが、見たくないものは見たくないのだ。


「仕方ない……」

 もう一度左右を見て、車が来ていないことを確認しひょいと道路に飛び出す。
 躊躇いながら、でもここまで来たんだから、と意を決してセミに手を伸ばし――――…………


 ジジジジジッ
「ぎょえぇぇぇえっ」

 掴もうと手を伸ばした瞬間にひっくり返ったまま大きな鳴き声を響かせ地面を暴れるその怪物。
 
 どうしてセミというやつは死んでるのかと思うほど静かな状態からこんなにも大きな円を描きながら地面を動けるのだろうか。
 

「うわゎ、とっ、とっ、と…………、ぅえ?」

 暴れるセミに驚き慌てて歩道へ勢いよく後ずさった私は、道路と歩道の段差に気付かず思い切り足を引っ掻けてしまって。

 
“あれ、このガードレールの向こうって”


 ガクン、と視界が、世界がブレる。
 そんな私の目に最後に映ったのは空高く飛んでいくセミ――……
 

 だったら私が手を伸ばす前に飛んで逃げてくれよ。
 ――なんて今さら思っても仕方ない。




 
 そこで私の意識は途絶え――――――――は、しなかった。


「ッ!?」


 ぐわんと揺れたその視界の先が気持ち悪いぐらい明るくなり、眩しくて目が開けられない。

 私を待っているのは落下したその頭蓋骨へ来るだろう衝撃……のはずが、それも来ない。

 普通に考えたら落ちて死ぬ。というか死んだ、もう死んだ。
 だがその原因になるだろう痛みが来ないことで、私は察した。


“これ、異世界召喚ってやつなのでは!!!”


「何年前からの流行りかはわかんないけど私のオタク心がそう言ってる!」


 散々そういう小説も漫画も読んだし、ゲームだってした。
 ……とは言っても、私がするゲームは主にRPGかFPSばかりなのだが。


 ――――だけど、もし異世界召喚なるものを自分が体験するならば。


“これが頭を打ったことによる夢でも、意味わかんない走馬灯でもないならば……!!”


「乙女ゲームッッ!!!」


 そう。もしここから何かが始まるならば。


「乙女ゲーム乙女ゲーム乙女ゲームッ!!メインヒーローは絶対王子!もちろん王子の弟も攻略対象でっ!宰相の息子とかもラインナップに入れて!!あと騎士も!隠しルートでレアキャラの情報屋とかも選択肢に入れてぇぇえ!!」


 王道の王子にショタ枠王子の兄弟とか美味しいし。
 攻略キャラに賢い眼鏡キャラは必須だし。
 騎士という寡黙なタイプも悪くないし、やっぱり難易度の高い隠しキャラだっているなら欲しい。


 プレイしてきたメインゲームは別だったとしても、乙女ゲームの存在だって知っている。

 
 地道なレベル上げだって嫌いじゃないが、自分が実際にトレーニングするなら話は別だ。
 どうせならイケメンと楽しく恋愛なんかをする、そんな世界であって欲しい!

 もっと言えばイケメンに囲まれてモテてモテてモテまくりたい!


“けど、彼氏すら出来たことのない私には普通に攻略、なんて難易度高いから……”

「攻略本もセットで転移させてぇぇえ!!!」



 もちろんこんな、馬鹿な願いが叶うなんて本気で思ってはいなくても。

 次に来る衝撃が、地面に叩きつけられるような痛みだという覚悟を決めるより、楽しい転移への心構えをしたいから。


“だって、もしこれが走馬灯のようなものだったら怖いだけだし”


 最後の悪あがきをするような、そんな私の精一杯の強がり。
 その強がりは――……




「……成功だ!これで世界は、世界は救われる……っ!!」
「………………は?」
「魔王を討伐し、魔物もいない平和な世界を人間の手に!!」
「………………………………はっ!?」


“ま、魔王?”

 現実離れしたその単語に耳を疑うが、まるでどこかの美術館のような、そんな豪華な部屋の中央にぽつんと座っていたことで一気に現実味を増した。
 

 呆然としている私の目の前には『どきどきっ!メイドの下克上~たったひとつの恋を掴み取れ!~攻略本』と書かれた本が一冊置かれていて……




「…………ま?」


 あまりにも驚きすぎて、私の口からはそんな一文字しか出ないのだった。
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