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9.きっとこれからは

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 ラヴェニーニ家のテントへと戻るべく花畑を後にして歩き出した私たち。
 もちろん辺りを警戒しながらではあるが、今までとは違い私たちの手は繋がれていた。

「嬉しい、こうやってコルンと手を繋いで歩きたかったの」
「それは……、その、俺も嬉しいです」
「っ!」

 少し気恥ずかしそうに、だがコルンからそんな甘い返しが来たことに心臓が握られているかと思うほどキュンと締め付けられて苦しくなる。

“好き! いつもの素っ気ない様子も格好良かったけれど、照れながら返事をくれるコルンの破壊力ってばとんでもないわ!!”

 もう好きすぎて苦しい。結婚して欲しい。
 というかしたい。今すぐコルンと結婚したい。

 私の中のコルン愛が溢れて駄々漏れになりそうだが、私たちはやっと始めたばかりなのだ。
 流石にそこまで飛ばすとコルンが重荷に感じてしまうかもしれないと必死に呑み込み、私の中のコルン愛を落ち着ける為に別の話題を探す。

「そ、そういえば私、クロスボウを落としてきてしまったわ」

 母グマと遭遇したあの場所に落としてしまったクロスボウ。
 結構性能がいいちゃんとしたものだっただけに少し惜しくはあるが、あの場所へと再び足を踏み込れるのは危険だろう。

 ラヴェニーニ侯爵家の私設騎士団を連れて行けば回収は可能かもしれないが、そんなことをしてあの親子を刺激したくもないので早々に諦めることにした。

 クロスボウは矢をセットしなければ使えないので、何もセットされていない本体だけならば子グマが遊び道具にしても怪我をすることはないと思う。

“……というか、どうしてコルンはあの場にいたのかしら”

 いや、あそこが上級エリアならば、国の騎士団に所属している彼がそこにいるのはおかしくない。
 の、だが。

「どうして武器が剣だけ、なの?」

 剣を持っていることが不思議なのではない。
 ただ狩猟大会に参加したのであれば遠距離で攻撃出来るものも一緒に持っているのが普通である。

 剣だとどうしても接近戦になってしまい、大会の趣旨に合わないからだ。

「必要、ないかと思ったから……です」
「必要ない?」

 どこかしどろもどろにそう言われ首を傾げてしまう。

“狩猟大会に、剣以外はいらない?”

 不思議に思い彼の顔を見上げると、そんな私の視線から逃げるようにコルンが顔を背けた。

「今日は獲物を狩るつもりはありませんでした」
「え」
「アリーチェ様が参加されると聞き、その、護衛をしようと思っていて」
「え、えっ! それってもしかして、私がまた危険に巻き込まれないように……?」

 狩り場に飛び込んで獲物と間違われたり、さっきのように私では太刀打ちできない猛獣と遭遇してしまった時の為に、彼はこっそりと私の周りを警戒して守ってくれていたのだろう。

“そんなこと全然気付かなかったわ”

 そして私に危険がなく気付かないままなら、そのまま姿を現すことも口にするつもりもなかったのかもしれない。

「コルン……!」

 彼のその優しさと気遣いに、私はまた惚れ直す。
 というかもう惚れっぱなしだ。

“ダメ、やっぱりコルンへの愛が溢れて止まらないわ!!”

「もう今すぐ私と――」
「そういえば、婚約破棄合意書の件ですが」
「……ひえっ」

 やっぱり今すぐ結婚してと口走りそうになった私を止めたのは、コルンからのそんな一言。
 そして私は告げられた単語にビクリと肩を跳ねさせる。

“そ、その話は無くなったんじゃ”
 
 なんて震えながら、私も口を開いた。

「ご、ごめんなさい、実はまだあれ出してなくて……」
「そうなのですか?」
「コルンと婚約破棄するのが嫌で、私の部屋の引き出しに仕舞ってあるの」

 少々、いや、かなりビビりながらその事実を告げる。
 一応今の私たちは誤解も解けて両想いというやつだが、恋人と婚約者の差は大きい。

 当然私は彼との結婚以外は考えられないが、もしコルンが婚約破棄が成立済みだと思っていたとしたら、私とはとりあえず恋人になっただけと思っている可能性もあるだろう。
 
 私は今どれくらいいい女になれたのだろう?
 結婚はしたくないが、恋人くらいにならしてやってもいい、というレベルにしかまだなれていないかもしれないと青ざめる。

“どうしよう、恋人までならいいけど婚約破棄はそのまましたい、なんて言われたら!”

 そんな不安が過り、さっきとは正反対の理由で心臓が潰れそうになりながら彼の言葉の続きを待つ。
 エリーの言葉を借りれば最終勧告待ちというやつだ。

 バクバクと激しく音を鳴らす心臓を服の上からぎゅっと抑えた、その時だった。

 
「では、そのまま破り捨てていただけますか?」
「……え? いいの?」

 思っていた内容ではなかったことに安堵しながらそう問いかける。

「はい。あれは俺からアリーチェ様をいつでも解放出来るようにと用意していたものですから」
「解放……」
「でも、もう必要はないですよね?」

 にこりと笑顔でそう言ったコルンに私は大きく頷いた。

「ない! ないです!!」
「ははっ、俺は思っていたよりもずっと好かれていたのですね」
「気付いてなかったとしたらコルンだけよ」

 ホッとしながらそう返事をすると、繋いでいた手を軽く引かれて彼の腕の中へと飛び込んでしまう。

“!?”

 驚いていると、そんな私の耳元に彼が口元を寄せた。

「アリーチェ様も、どうか俺からも凄く好かれているのだと実感してくださいね」
「は、はひ……」

 僅かに上擦ったように、吐息混じりにそんなことを口にされて私の全身から力が抜け、私は情けなくもその場にへたり込んでしまった。

 もちろん真っ赤な顔を隠すことも出来ずに、である。



 きっとこれからの私たちにはまだまだいろいろなことがあるのだろう。
 またすれ違うかもしれないし、誤解したり迷ったり不安になることもあるかもしれないけれど。

“私たちは今やっと始まったのだから”

 きっとそんな時間すらも、いつかの宝物になるようなそんな気がした。
 何度季節が巡っても。これからもずっと、彼と穏やかで優しい時間が過ごせますように――
 
 
 私が渡した一輪のノースポールの花が、彼のポケットからちょこんと顔を出し揺れている。
 その小さな花が堪らなく愛おしいとそう感じたのだった。
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