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5.そんなパターン要りません

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「……その努力の結果が、これだとは」

 今日の勉強を終えた私は、私室へと帰り机に置かれていた何通もの手紙を見てげんなりとする。

“まさか私にこんなに沢山の婚約申込が届くなんて”

 完全に想定外である。

「まだ! 私は! コルンの! 婚約者よ!!」

 苛立ちのまま置かれた手紙に文句を言うが、当然手紙が返事をしてくれるはずもなく、私の虚しい叫びだけが部屋へと響いた。


「どうなされますか?」
「お断りの返事を書くわ」

 何度も同じことがありもうわかっていたからか、私の返答を聞いてすぐに侍女がレターセットを差し出してくれる。

“前ならふざけないでって破り捨ててたんだけどね”

 今の私に婚約者がいるのかは怪しいラインだ。
 書類上はまだ婚約中だが、彼から渡された婚約破棄同意書はこの机の引き出しに入っている。

 もちろん婚約申込をしてきた相手はそんな事情は知らないだろう。
 ただ単に、噂を聞いて送ってきただけ。

 その噂というのが――


「私が男漁りをしているだなんて!!」
「言い方変えなさい、この馬鹿」
「だってエリー、私まだ婚約中なのにぃ」
「最終勧告受けてるけどね」

 毎日毎日懲りずに送られてくる申込書に辟易とした私の避難先は当然友人の家である。

“なんだかんだで迎えてくれるし、やっぱりエリーって優しいわよね”

 口は限りなく塩ではあるが。


 こんなあり得ない噂という弊害が出るとは思わなかった私は、お行儀悪いとわかりつつテーブルに突っ伏した。

「ま、突然社交を始めたらねぇ」
「そうよね」

 あんなに毎日コルンの元へと通っていた私が通うのをやめ、突然社交を始めたことで私たちの婚約が破談になったという噂が流れたのだ。

「しかもアンタ、男とばっかり踊るし」
「コルンの情報が欲しくて……」

 完全に失敗した。
 会えない代わりにどうしているのかを知りたすぎた私は、騎士団に兄弟のいる参加者を中心に声をかけて踊りまくったのだ。

「も、もちろん令嬢たちを優先してたわよ? 情報が一番大事だしね。それに私と踊った人たちからは申込書、一通も来てないわ」
「そりゃダンスが始まった途端『コルンは~』『コルンが~』『コルンに~』を連呼したからでしょ」
「なんでわかったの!?」
「何故わからないと思ったのよ」

 エリーの指摘通りで、ダンスを踊った令息たちは私がコルンの話しかしないことで婚約破棄の噂はただの噂だと思ってくれたのか、単純にコルンの話しかしない私を面倒な奴だと切り捨てたかで婚約の申込どころか二度目のダンスの誘いすらない。

 だが、外から色んな令息と踊りまくる私を見た他の貴族たちはそうは思ってくれなかったようで、現状のモテモテ状態になってしまったという訳だ。
 
「侯爵家ってやっぱり魅力的なのよねぇ」
「あー、まぁそれでなくてもアリーチェは最近頑張ってるし……」
「え?」
「いいえ、気付いてないなら別に気付かなくてもいいの」

 フンッと顔を背けたエリーがすぐに手元の本へと目を落とす。
 私からのお礼という賄賂なのだが、気に入ってくれたようで満足だ。

「でも、このままじゃまずいわ」

 男漁りをしているなんて噂がコルンにも届いてしまったら、再び告白どころか会ってすら貰えないかもしれない。

“もう時間がない……”

 本当なら完璧に出来た刺繍入りハンカチと共に、夜景の綺麗な場所で夕陽が沈むのを眺めながらロマンチックにプロポーズしたかったのだが、こうなってしまっては仕方がないだろう。

「私、コルンに告白する」
「……そうね。まぁ、少しはマシになったんじゃない?」

 相変わらず本に目を落としたままのエリー。だがしっかり者の友人にそう言ってもらえたことで安堵する。
 まだ目標のいい女には程遠いかもしれないが、それでもあの私が愚かなことを口にした日からすればきっと良くなっているはずだから。

「次の狩猟大会で何か獲物を狩って、それを手土産にプロポーズするわ!」
「し、狩猟大会で!?」
「えぇ! 見ててねエリー、私やるから!!」
「あ、うぅん、んん、……が、頑張りなさい……」

 狩猟大会まであと一か月。

“騎士団長の娘の力を見せてあげるわ!”

 私はその日から、新たにクロスボウの訓練も始めたのだった。
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