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3.もう遅くとも

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「は、はぁっ!? 婚約破棄された!?」
「ちがっ、まだ、まだ書類に印は押してないもの! 不成立よっ」
「それもう最終勧告受けてるじゃない」

 動揺した私が婚約破棄合意書と共に駆け込んだのは、もちろん友人であるエリーの家、フィオリ伯爵家である。

 いつもは塩対応で私の話をほとんど全部聞き流しているエリーだが、流石に予想外だったのか珍しくお気に入りの読書を止めて私の方へと向き直ってくれた。
 
「で、なんでそんなことになったのよ?」
「エリーに借りた小説の真似をしたら……」
「創作物は創作物って言ったでしょう!? で、なにやらかしたの」
「き、君を愛するつもりはないって言いました」
「バカ決定」

 はぁ、と思い切りため息を吐きながら頬杖をつき呆れた顔を向けられた私は思わず俯いてしまう。
 
「大体私は、三角関係の本で大人の余裕を、平民からの逆転劇で健気に思い続ける大切さを学んでほしかったのよ」
「君を愛することはない、は?」
「そんなバカなことをしないようにの釘さし」
「うぐっ」

 まさかあの一瞬でそんな意図を込めて本をピックアップしてくれていたとは。
 そしてその一冊を選んでしまうとは。

 自分の浅はかさに思わず頭を抱えてしまう。

「そもそも、『君を愛することはない』は最終的に溺愛する側が言うセリフなの」
「はい」
「コルン卿に愛されたかったならアリーチェが言うセリフではないわ」
「はい」
「むしろ好感度を下げるだけよ」
「……はい」

 辛辣な、だが事実であることを指摘されて項垂れた私だったが、ここであっさりとコルンを諦めたくはない。

“だってこんなに好きなんだもの”

 もう嫌われてしまったかもしれないし、最初から私のことなんて少しも好きじゃなかったからこんな書類を用意していたのかもしれないが……それでも、まだ私は自分の力では何も頑張っていないのだ。

「婚約はお父様頼みだったし、それに毎日ただただ彼へとつきまとうことしかしてなかったわ」
「あら、それはいい気付きね」
 

 努力をしよう。私はそう思った。

 貴族の子女が通う学園でも、トップクラスの成績常連のエリーに比べ私は中。
 それも限りなく下のカテゴリーに近い中という学力。

“まずはわかりやすくそういった数字が出るものから頑張ろう”

 不器用だからと避けていた刺繍もやってみよう。

「もう受け取ってはくれないかもだけど……」

 それでも、今までの私から変わりたい。

“コルンが私を好きだったなら、こんな書類を用意しているはずはない。それに私の言葉にだってもっと他の言葉をくれたはずだわ”

 愛することはない、なんてセリフにあっさりと納得して受諾してしまったのだ。
 きっとそういうことなのだろう。

「だからせめて、好かれる努力をしたいわ」

 自分磨きならコルンへ迷惑はかけないし、騎士として努力している彼に釣り合うようになりたい。
 そうして少しでも成長したら、もう一度だけ彼に告白しよう。

“振られてしまったらちゃんと諦めてこの書類も提出するわ”

 だからもう少しだけ、彼の婚約者でいさせてください。
 自分勝手だとはわかっているけれど、私はそっと婚約破棄合意書を仕舞ったのだった。


 
 それからの私は頑張った。
 なんだかんだで面倒見のいいエリーに勉強を見て貰い、先生へも積極的に質問をしに行った。

 エリーには迷惑をかけているが、「人に教えられるということはそれだけ私の身になっているということよ。復習にもなるし構わないわ」なんて素直じゃない言い方で私を応援してくれている。

“今度エリーの読んだことのない本を取り寄せなくちゃ”

 私はとても友人に恵まれている。
 そして彼女のお陰もあって私の成績はかなり上がった。
 中の上……いや、上の下と言ってもいいくらいには上がった。

「この調子で頑張ればもう少し上を目指せそうだわ」

 コルンに会いたくなる気持ちを必死に堪え、演習場に通っていた時間を勉強へと費やした甲斐がある。


 それに刺繍も始めた。
 母に習い名前を刺繍するところから始めたが、出来は酷いものだった。

“でもいつか、家紋とか入れられるようになれば”

 名前ですら手こずっているのに文字と絵柄が複雑に絡み合っている家紋を刺繍出来る日が来るかは正直怪しいが、いつか彼が第四騎士団から第一騎士団まで出世する頃までには習得したい。

「その頃はもうコルンと婚約者同士ではないかもしれないけれど」

 それでもきっとコルンは優しいから、受け取ってはくれるだろう。

 
 
「アリーチェってどうしてそこまでコルン卿に執着してるのよ」

 放課後自主勉をするために訪れた学園図書館で、エリーにそう聞かれ思わず苦笑する。

「一目惚れ!」
「はぁ? 顔が好みってだけで今こんなに頑張ってるの? まぁ勉強することは悪いことじゃないけど」

 呆れたようなエリーの声色につい私は吹き出した。
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