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1.ラブラブハッピーを目指したい!
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――愛に違いはないけれど。
“割合的には絶対私の方が圧倒的に大きいわよね?”
なんてつい考えてしまう私ことアリーチェ・ラヴェニーニが見つめる先は、愛しい愛しい婚約者であるコルン・ギズランディが所属している第四騎士団の演習場である。
「きゃー! 格好いいわ! 素敵よコルン! 好き!」
訓練の迷惑にならないようにと休憩になるまで見つめるだけで我慢していた私は、彼らが休憩に入ったのを確認してそう叫ぶ。
予定のない日は毎日通っているせいで他の騎士たちも慣れたものなのか、私の叫び声に反応したのはコルンただ一人で、汗を大判の布で拭いながら軽く右手を上げて応えてくれた。
“やだ素敵っ”
寡黙な彼が、彼なりに応えてくれるその姿に痛いほど胸の奥がきゅんきゅんする。
「ほんっとにコルンってば格好いいわ!」
黒髪を清潔な長さに整え、切れ長で緑色の瞳はまるでエメラルドのように輝いている。
何時間でも、いや、何日でも見続けられると私は思わず感嘆の声をあげた。
「そろそろ飽きてくれないかしら、毎日毎日付き合わされる身にもなってほしいんだけど」
「いいじゃない、エリー。本ならどこででも読めるんだから」
「わざわざ演習場で読むものではないってことが言いたいのよ」
はしゃぐ私の後ろではぁ、と大きなため息を吐くのはエウジェニア・フィオリ伯爵令嬢。
塩対応がデフォの私の友人だ。
「婚約までかなり大変だったのよ? やっと婚約者の地位を手に入れたんだから堪能しなきゃ損でしょ!」
「かなり大変って……、第一騎士団団長の娘であるアンタの家にコルン卿もよく来てたんじゃないの?」
“それはそうだけど”
この国には第一から第六まで騎士団があり、その数字が小さくなれば小さくなるほど地位が高い。
そして最もエリートである第一騎士団の団長こそがラヴェニーニ侯爵、つまりは父だった。
面倒見のいい父は私が幼い時からやる気のある騎士たちを集めラヴェニーニ侯爵家で個人的に訓練をつけており、そして今から六年前……私が十二歳、コルンが十五歳の時に私たちは初めて出会った。
騎士見習いになったばかりの真面目なコルンは誰よりも熱心に通っており、どんな訓練にも真っすぐ取り組む姿に私が恋に落ちるのはある意味当然の流れだったのである。
――とは言っても、そんな子供の片想いが簡単に実るほど世間は甘くなく、また彼の実家が子爵家ということで身分差もあった。
だが政略結婚より恋愛結婚という流れが出来始めていたお陰もあり、三ヶ月前にコルンと婚約するという悲願が叶ったのだが……。
「ねぇエリー。どうやったらもっとコルンとラブラブになれると思う?」
趣味の読書に没頭しようとしていたエリーへと話しかけると、かなり呆れた視線が返ってくる。
“でも、そんなこと気にしてられないのよ……!”
やっと婚約者になれたのだ。
出来れば手を繋いでデートに行ってみたいし、スイーツの食べさせあいっこや口付けだってしたい。
いつかはその先だって望んでいる。
だがコルンはと言えば出掛けてもまるで私を護衛するかのように歩き、なんとか手を繋ごうとしても「いざという時困るから」と許可してくれない。
いつかのその先どころか手すら繋いだことがないのだ。
「少しくらいラブラブになりたいのに」
「だったらほら、私の本を貸してあげるから参考にすれば?」
はい、と渡してくれたのは三冊の恋愛小説。
読みかけの本はエリーが相変わらず持っているので、彼女はいったい何冊の小説を持ち歩いているのだと少々呆れたが、藁にもすがりたい今はありがたく受け取った。
「ありがとう、読んでみる」
「ま、創作物は創作物よ。それでも気休めにはなるでしょ」
さらりとそう告げる彼女に私も頷く。
“それでも何か突破口が見つかればいいな”
なんて思いながら、私は借りた本へと視線を落としたのだった。
◇◇◇
その晩、早速小説を開く。
エリーが貸してくれた三冊のうち一冊は大人の三角関係を描いたドロドロとしたもので最初の十ページで却下。後で読むけど。
二冊目は逆によくある平民出身のヒロインがお忍びで来ていた王子様と出会うという物語で、天真爛漫なヒロインに好感を持ち身分差に悩む彼女に感情移入しながら読んだものの――
「そもそもの前提条件が違いすぎるわね」
確かに侯爵家と子爵家ということで身分差はあるが、互いに貴族同士でもある上に彼は騎士。
これから武勲を立てれば更に上の爵位の授与なんかもありえるし、それにそもそもコルンは父の弟子でもあるのだ。
人柄も知っていて、かつこの縁談を整えた人こそ父である侯爵ともなればこの身分差なんてないも同然。
彼は三男なので、婿入りしてくれれば父も私もウルトラハッピーの大団円である。
「あまり参考にならなさそうね。それで最後の一冊は……」
小説としては面白かったが、参考文献としてはあまり参考にならなそうな内容にガッカリしつつ手に取った三冊目。
その三冊目も最近ではもう定番すぎる設定のもので、政略結婚で出会った初対面の夫に「君を愛するつもりはない」と宣言されるところから始まる溺愛ものだった。
“流行っていたのは知ってるけど”
実際手に取ったのは初めてで、パラリとページを捲ってみる。
仕方なく結婚したふたり。
そして初対面で告げられるその言葉に嫌な気持ちになったものの、そこから始まる溺愛の日々。
大事にされることへ戸惑いながらも少しずつ距離を縮めた二人が結ばれるところでは思わずうるっとしてしまった。
「最初はあんなこと言ってたくせにって思ったけど……」
つまりこれは振り幅の問題なのだろう。
元々の好感度を下げておくことで上り幅を急激にし、そのギャップでヒロインの中の好意を促す。
ゼロの好感度を百まで増やすより、マイナスの好感度を百にした方が「好きかも」から「すっごく好きかも!」と思わせる高度なテクニックだ。
しかも恋愛テクニックとしては高度なのに、やることといえば最初に相手へ好意がないと思わせてからのひたすら好き好きアピールをするだけというお手軽さ。
これならば私にも出来るのではとテンションがどんどんあがる。
「これでコルンとのラブラブハッピーエンドが手に入るってことね……!」
やることは簡単。ただコルンに、実は愛していないと告げてから猛アピールするだけである。
嘘でもそんなことを告げるのは心が痛いが、だがこれは私たちのラブラブ作戦の為だから。
「待っていなさいコルン! でろっでろに溺愛してあげるんだからね!!」
私はベッドの上で仁王立ちになり、まだ見ぬ明日へと指さしながらそんな宣言をしたのだった。
“割合的には絶対私の方が圧倒的に大きいわよね?”
なんてつい考えてしまう私ことアリーチェ・ラヴェニーニが見つめる先は、愛しい愛しい婚約者であるコルン・ギズランディが所属している第四騎士団の演習場である。
「きゃー! 格好いいわ! 素敵よコルン! 好き!」
訓練の迷惑にならないようにと休憩になるまで見つめるだけで我慢していた私は、彼らが休憩に入ったのを確認してそう叫ぶ。
予定のない日は毎日通っているせいで他の騎士たちも慣れたものなのか、私の叫び声に反応したのはコルンただ一人で、汗を大判の布で拭いながら軽く右手を上げて応えてくれた。
“やだ素敵っ”
寡黙な彼が、彼なりに応えてくれるその姿に痛いほど胸の奥がきゅんきゅんする。
「ほんっとにコルンってば格好いいわ!」
黒髪を清潔な長さに整え、切れ長で緑色の瞳はまるでエメラルドのように輝いている。
何時間でも、いや、何日でも見続けられると私は思わず感嘆の声をあげた。
「そろそろ飽きてくれないかしら、毎日毎日付き合わされる身にもなってほしいんだけど」
「いいじゃない、エリー。本ならどこででも読めるんだから」
「わざわざ演習場で読むものではないってことが言いたいのよ」
はしゃぐ私の後ろではぁ、と大きなため息を吐くのはエウジェニア・フィオリ伯爵令嬢。
塩対応がデフォの私の友人だ。
「婚約までかなり大変だったのよ? やっと婚約者の地位を手に入れたんだから堪能しなきゃ損でしょ!」
「かなり大変って……、第一騎士団団長の娘であるアンタの家にコルン卿もよく来てたんじゃないの?」
“それはそうだけど”
この国には第一から第六まで騎士団があり、その数字が小さくなれば小さくなるほど地位が高い。
そして最もエリートである第一騎士団の団長こそがラヴェニーニ侯爵、つまりは父だった。
面倒見のいい父は私が幼い時からやる気のある騎士たちを集めラヴェニーニ侯爵家で個人的に訓練をつけており、そして今から六年前……私が十二歳、コルンが十五歳の時に私たちは初めて出会った。
騎士見習いになったばかりの真面目なコルンは誰よりも熱心に通っており、どんな訓練にも真っすぐ取り組む姿に私が恋に落ちるのはある意味当然の流れだったのである。
――とは言っても、そんな子供の片想いが簡単に実るほど世間は甘くなく、また彼の実家が子爵家ということで身分差もあった。
だが政略結婚より恋愛結婚という流れが出来始めていたお陰もあり、三ヶ月前にコルンと婚約するという悲願が叶ったのだが……。
「ねぇエリー。どうやったらもっとコルンとラブラブになれると思う?」
趣味の読書に没頭しようとしていたエリーへと話しかけると、かなり呆れた視線が返ってくる。
“でも、そんなこと気にしてられないのよ……!”
やっと婚約者になれたのだ。
出来れば手を繋いでデートに行ってみたいし、スイーツの食べさせあいっこや口付けだってしたい。
いつかはその先だって望んでいる。
だがコルンはと言えば出掛けてもまるで私を護衛するかのように歩き、なんとか手を繋ごうとしても「いざという時困るから」と許可してくれない。
いつかのその先どころか手すら繋いだことがないのだ。
「少しくらいラブラブになりたいのに」
「だったらほら、私の本を貸してあげるから参考にすれば?」
はい、と渡してくれたのは三冊の恋愛小説。
読みかけの本はエリーが相変わらず持っているので、彼女はいったい何冊の小説を持ち歩いているのだと少々呆れたが、藁にもすがりたい今はありがたく受け取った。
「ありがとう、読んでみる」
「ま、創作物は創作物よ。それでも気休めにはなるでしょ」
さらりとそう告げる彼女に私も頷く。
“それでも何か突破口が見つかればいいな”
なんて思いながら、私は借りた本へと視線を落としたのだった。
◇◇◇
その晩、早速小説を開く。
エリーが貸してくれた三冊のうち一冊は大人の三角関係を描いたドロドロとしたもので最初の十ページで却下。後で読むけど。
二冊目は逆によくある平民出身のヒロインがお忍びで来ていた王子様と出会うという物語で、天真爛漫なヒロインに好感を持ち身分差に悩む彼女に感情移入しながら読んだものの――
「そもそもの前提条件が違いすぎるわね」
確かに侯爵家と子爵家ということで身分差はあるが、互いに貴族同士でもある上に彼は騎士。
これから武勲を立てれば更に上の爵位の授与なんかもありえるし、それにそもそもコルンは父の弟子でもあるのだ。
人柄も知っていて、かつこの縁談を整えた人こそ父である侯爵ともなればこの身分差なんてないも同然。
彼は三男なので、婿入りしてくれれば父も私もウルトラハッピーの大団円である。
「あまり参考にならなさそうね。それで最後の一冊は……」
小説としては面白かったが、参考文献としてはあまり参考にならなそうな内容にガッカリしつつ手に取った三冊目。
その三冊目も最近ではもう定番すぎる設定のもので、政略結婚で出会った初対面の夫に「君を愛するつもりはない」と宣言されるところから始まる溺愛ものだった。
“流行っていたのは知ってるけど”
実際手に取ったのは初めてで、パラリとページを捲ってみる。
仕方なく結婚したふたり。
そして初対面で告げられるその言葉に嫌な気持ちになったものの、そこから始まる溺愛の日々。
大事にされることへ戸惑いながらも少しずつ距離を縮めた二人が結ばれるところでは思わずうるっとしてしまった。
「最初はあんなこと言ってたくせにって思ったけど……」
つまりこれは振り幅の問題なのだろう。
元々の好感度を下げておくことで上り幅を急激にし、そのギャップでヒロインの中の好意を促す。
ゼロの好感度を百まで増やすより、マイナスの好感度を百にした方が「好きかも」から「すっごく好きかも!」と思わせる高度なテクニックだ。
しかも恋愛テクニックとしては高度なのに、やることといえば最初に相手へ好意がないと思わせてからのひたすら好き好きアピールをするだけというお手軽さ。
これならば私にも出来るのではとテンションがどんどんあがる。
「これでコルンとのラブラブハッピーエンドが手に入るってことね……!」
やることは簡単。ただコルンに、実は愛していないと告げてから猛アピールするだけである。
嘘でもそんなことを告げるのは心が痛いが、だがこれは私たちのラブラブ作戦の為だから。
「待っていなさいコルン! でろっでろに溺愛してあげるんだからね!!」
私はベッドの上で仁王立ちになり、まだ見ぬ明日へと指さしながらそんな宣言をしたのだった。
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