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32.幸せな花に包まれて

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「お美しいです、お嬢様……!」
「いつもありがとう、ハンナ」

“色んなことがあったわ”

 四年間結んできたベネディクトとの婚約を破棄したこと、四年間身代わりを務めていたレヴィンと正式に婚約を結んだこと。

 クラウリー伯爵家の新たな事業立ち上げを見守れたのも、そして生花栽培の事業をレヴィンが担当し、これからはエングフェルト公爵領でも行うことになったこと。

“きっとすぐに花屋にもまた生花が溢れるわ”

 その時はまたレヴィンとオペラを見て、あの花屋で生花を一輪買おうと心の中でそう決意し、そんな楽しい未来を想像してくすりと笑みが溢れる。
 

 ベネディクト被害者の会という残念すぎる茶会で親しくなったマリエッテ様たちとの交流が続いているのも、私としてはかなり自分が変わったと思う点でもあった。


“今までは後継者教育ばかりで交流という交流を後回しにしていたものね”


「今日は一段と輝くようですよ」
「ジョバルサンってば」

 私の準備の進捗を確認しに来てくれたらしいジョバルサンが、ウェディングドレスに身を包んだ私を見て微笑みながらそう口にする。

 私が幼い時からずっとこのエングフェルト家の執事として仕えてくれていたジョバルサン。
 幼い私はよく彼の髭を引っ張る遊びをしていたわね……なんて思い出し、そしてそんな彼のことを私の第二の父のようだと実はこっそり思っていて。


「ジョバルサンに、今日この日の私を見て貰えて嬉しいわ」
「えぇ、私もです。我々の大切なお嬢様」
「これからもよろしくね」
「はい、もちろんでございます。次期当主様」

 
“いつか私とレヴィンの間に子供が出来ても、また彼の髭で遊ばせなくちゃね”

 まるで悪戯っ子のように、そんなことを内心考えていたのだった。


 そんな和やかな控え室をノックしたのはレイチェルで。

「今日は一段ととても素敵です」
「ありがとう」
「俺も入って構いませんか?」
「レヴィン!」

 そしてそんなレイチェルが連れてきてくれたのが、本日のもう一人の主役でもあるレヴィンだった。


「どう……かしら」
「本当に美しいです。ドレスについているのはカランコエですね、白を基調にしたドレスに白い花がよく映えています。花言葉は幸福を告げる、ですね」

“流石クラウリー伯爵家よね”

 生花栽培をメインにしているからか、元々詳しいと思っていたのだが私の姿を見てスラスラと説明してくれるレヴィンに感心する。

 きっと彼自身も花の事が好きなのだろう。

「髪に飾られているのはカトレアですね。ティナのミルキーベージュの髪色に馴染んでいて華やかです。魅惑的、という花言葉を体現しているようだ」

 にこにことレヴィンが説明し、にこにこと私のドレスや髪に飾られた花を目で追って褒める。

 とても嬉しい、とても嬉しいけれど――


「……私は?」
「え?」
「なんか、花ばかり褒めてない?」

 今日は一生に一度の、これからを誓う日なのだ。
 出来れば花だけではなく、私自身も褒めて欲しくて子供っぽいと思いながらもついそんな事を口にした。


「……ふ、本当にティナは……」
「な、なによ」
「可愛いな、と思っただけです」

 そんな私に一瞬ぽかんとしたレヴィンは、すぐにくすくすと笑いを溢して。

「カランコエの花には、幸福を告げる、とは別にもう一つ花言葉があるんですよ」
「もう一つ?」
「えぇ。『あなたを守る』です」

“あなたを守る……”

「どうかこれからも俺を側に置いてください。ティナを守る権利が欲しいから」
「……えぇ、私もずっとレヴィンといたいわ」

 少し熱っぽく見つめられると、拗ねていたなんて嘘のように胸がいっぱいになる。

 こんな小さな言動にも彼からの好意が溢れていて、私はレヴィンに手を伸ばし――


「そこまでです、お嬢様」
「は、ハンナっ」
「折角のセットが崩れてしまいます」
「そ、そんなに激しく触れたりしないわよ!?」
「ご当主様の娘であるお嬢様が……?」
「……一気に自分が疑わしくなったわ」

 少し怖い顔をしたハンナに止められてしまった。


「レヴィン様も、もうすぐお時間ですのでご準備を」

 レヴィンもジョバルサンに背中を押されるように出て行って。

“次に会えるのは会場ね”


 そして次に会ったときこそ、私たちの新しい第一歩なのだと思うと胸が高鳴るようだった。


 

「もしかして、これがはじめてのエスコートじゃないかしら」
「そうだねぇ、先日の夜会のエスコートは断られてしまったものね」
「お父様にはお母様がいたからいいでしょ?」

 入場の扉前で待っていてくれた父に寄り添った私がそう言うと、さらりとそんな返しをされる。

 サバサバとしたようなこの会話も、私が嫁ぐのではなく結婚後もこのエングフェルト公爵家に住み続けるからこその会話かもしれない、なんてそんな事を思ったのだが。


「結婚か」
「お父様?」
「やっぱり少し寂しいな」
「これからも一緒に住み続けるのに?」

 ポツリと呟かれたその言葉に驚いてしまう。
 だって私は、これからもこのエングフェルト公爵家でお父様たちの側にいるのに。


「離れていても家族なように、側にいても家族だよ」
「……はい」
「レヴィンくんと喧嘩したらいつでも部屋に来るといい」
「……はい」
「これからは、新しい家族と愛し愛される生活を」
「……はい、お父様。今までありがとうございました……!」
「こらこら、まだ泣くのは早いだろう?」
「お父様こそっ!」


 目頭が熱くなり視界が揺れる。

“私は決していい娘ではなかったのに”

 勝手に婚約を決め、迷惑ばかりかけたのに。


「私も、お父様たちのような夫婦になります」
「それはそれで嫉妬しちゃうなぁ」

 あはは、と豪快に笑った父の、私と同じ薄水色の瞳が赤く潤んでいるのを見て胸が締め付けられるようだった。


 
 父の腕にそっと手を重ね、開かれた扉から真っ直ぐ前を向く。

 ガーデンテラスには招待した人たちが笑顔で私たちを迎えてくれて。


「さぁ、行きなさい」
「はい」


 バージンロードを父と歩き、そして手を差しのべてくれていたレヴィンの手を取った。

 きゅ、と握られた手が少し震えていて、レヴィンも緊張しているのだと思うとやっぱり少し可愛くて。


“大好きだわ、私の旦那様”


 出張してきてくれた神官の口上にそれぞれ誓いを述べた私たちは、そのまま差し出された書類にサインをする。

 紙切れ一枚で婚約し、紙切れ一枚で破棄できるように、この紙切れ一枚で私たちは夫婦になったのだろう。


“なんだか不思議な気分”

 あまりにもあっさりと、あまりにも簡単に終わったこの式。
 それでも私たちにとっては特別で、大切で、幸せな一歩だと断言できる。


「では、誓いの口付けを」

 神官の言葉に、打ち合わせ通り向かい合った私たち。
 
 レースで作られたベールをレヴィンが捲り、視界がクリアになった私が目の前の彼を見上げると、太陽光の下だからだろう。
 
 私の大好きな、光の下でだけキラキラと濃紺に輝く彼の髪で視界がいっぱいになった。


「愛しています」
「えぇ、私もです」


 そっと重ねられた口付けは、こっそり何度もしたどの口付けよりも浅く、そして想いに溢れているように感じたのだった。 
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