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26.ただ私がそうしたいから

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 さらりと告げられたその衝撃の単語に全身から血の気が引く。
 もしカップを手に持っていたら、私は落としてしまっていただろう。

「あら? 没落しかけている、と私は聞いたのですが」
「あそこは嫡男に長男が生まれたばかりだったわよね」
「これもニークヴィスト侯爵家のせいかと思うと、婚約破棄された程度では許せませんわ!」

“没落したの!? 没落してないの!? どっちなの!”


 こういうところは流石『噂話』。
 正確な情報がないことにやきもきとしてしまう。

“帰ったらジョバルサンに情報を集めて貰わなくちゃ”


 その後はまたベネディクトの悪口大会になってしまったお茶会が終了し、エングフェルト公爵家に帰ってきた私は疲れた体に鞭打って自分の執務室へと向かった。

 
「ジョバルサン、いるかしら」
「お帰りなさいませ、お嬢様」

 まるでタイミングを見計らっていたかのようにジョバルサンが現れて。

 
「レヴィンの家が没落したって噂が流れているらしいの」
「クラウリー伯爵家が、ですか?」
「裏取りをお願いできるかしら」
「畏まりました」

 私の話を聞いたジョバルサンは、顔色ひとつ変えずに頭を下げそのまま執務室を出る。

 一人残された私はぼんやりと今日一日で溜まってしまった書類の束を眺めていた。


“裏取りが出るまで二週間ってところかしら”

 ジョバルサンはどこかの創作話によくあるような、影の仕事や情報を集める専門という訳ではもちろんない。

 長年執事として働いているからこその顔の広さで、どこにでもいる少し口の軽いメイドや侍従、従僕から情報を集めてくれているのだ。

“だからどうしても情報に偏りが出る”

 より正確な情報が欲しければ、私側もジョバルサンが情報を集めやすいようにピンポイントで依頼するしかなく――……


「暫くは、お茶会に通い詰めになるわね」


 ――没落。


 そんなまさか、と思いつつも頭を過るのは花のない花屋。


 この現状が、条件だけだとしても婚約者がいたのに他の人を好きになってしまった罰なのだとしたら、その罪を背負うのは私のはずだったのに。

 大事に守られ、庇われ、当事者から外された。

 今なら『当事者にして欲しい』と言ったレヴィンの気持ちがよくわかるから。

 
“信じてる”


 根拠なんてない。
 ただ私が信じたいだけ。

 そしていつか、次何かあったら私も当事者なんだから、とレヴィンを叱りつけてやるのだ。
 

 そんな未来に思いを馳せて、私は少しだけ執務室の椅子にもたれ目を閉じたのだった。



 その後も数々のお茶会に参加し、わかったことがいくつかあった。

 まず第一に、やはり私とベネディクトの婚約破棄がベネディクト側の問題であると認識されていること。

 そして。

“やっぱり私とレヴィンの話は誰もしていないわ”


 それはやはりレヴィンがちゃんと口止めを項目に入れて交渉してくれたということで。
 
 つまりは、秘密裏にクラウリー伯爵家がエングフェルト公爵家の代わりにニークヴィスト侯爵家へ慰謝料というペナルティを受けたということでもあった。

 
 ジョバルサンが集めてくれた情報は、特に目新しいものではなかったもののそれらの推測をしっかり裏取りしてくれており、お陰で更なる陰謀を疑う必要がなくなったことに安堵する。


“手紙、送らなくて良かったわ”

 折角レヴィン側が話を止めてくれているのに、私側からこのタイミングでこそこそとレヴィンに手紙を送りその気遣いを台無しにするところだったと息を吐いた。


 もちろん、いつかは堂々とレヴィンの隣に立ちたいが、それがいつなのかはレヴィン側に準備が整ったらだ。

“何か絶対考えているはずだもの”

 その意図を私の浅はかさでダメにすることは絶対に許されないから。
 


 ミリグ男爵家の茶会で聞いたクラウリー家の没落。
 
 それはどうやらただの噂話だったようだが、それでもその噂が流れるくらいクラウリー伯爵家が貧窮しているというのは間違いなさそうで。


「レヴィンは今、きっと打開するために動いてる」

 待つと言ったのだ。
 ならばその言葉通り、彼が迎えにきてくれるまで私はここで背筋を伸ばし待っていようと心に決めていた。


 そして、もうひとつ大きな噂を私は手に入れていて。


「ニークヴィスト侯爵令息様のご婚約の話、本当なのでしょうか?」

 私が手に入れた噂を聞いたハンナが首を傾げながらそう口にする。


 私が繰り返し茶会に出て集めたベネディクトの現状。

 それが正に、『ベネディクトの婚約』である。

 
「相手は40歳年上の未亡人なんですよね?」
「えぇ。噂では、ね」
「突然ですね」

 私との婚約破棄がされてすぐだったなら、侯爵が次のターゲットへベネディクトを利用したのだろうと思うだけだったはず。

“それが、なんで今なの?”

 この時期に何か意味があるのか、それともクラウリー家が何か関係しているのか。
 だが流石にそんな情報を入手できるはずもなく、私はただ頭を捻るばかりで。

 
「また何かやらかしただけなんじゃないでしょうかね?」
「うーん、確かにそれも考えられるわよね」

“正直ベネディクトが酷すぎたせいで納得しちゃうのよねぇ”


 マリエッテ様たちの話を思い出しながらそんなことを考えていると、ジョバルサンから声をかけられた。


「旦那様がお呼びです」
「お父様が?」

 ベネディクトほどではないが、私も何かやらかしちゃったのかしら?
 なんてハンナと一瞬顔を見合わせた私は、今急ぎの仕事がないことを確認してすぐに父の元へと足を進めた。



「お呼びでしょうか?」

 父の執務室をノックし、娘特権でドアを開けて顔を覗かせる。
 私の姿に気付いた父の表情が穏やかだったので、深刻な話ではなさそうだと安堵した。


「今度、王家主宰の夜会が開催される。ティナも次期公爵として出席して欲しいんだが」

“夜会……”

 最近頻繁に顔を出している茶会とは違い、夜会となればエスコート役が必要だ。

 しかし兄弟も婚約者もいない私にはエスコートを頼める相手はいない。

 もちろん婚約者がいない今、エスコートの申し入れが書かれた手紙は何通か来るだろうが、レヴィン以外を選ぶつもりがない私は必然的に一人で参席するしかなくて。

“一人で夜会に出るなんて、奇異の目で見てくれと言っているようなものだわ”

 ざわつくだろう会場を想像し、少し憂鬱になってしまったのだが。


「ちなみに王城の飾り付けは、前回同様クラウリー伯爵家が担当するらしいよ」
「行くわ!」

 付け加えたようなその一言に勢いよく食い付いてしまう。

“生花で飾られた会場が好評だったらしいもの!”

 以前クラウリー伯爵家が王城のパーティーの飾り付けを担当した時の話を思い出し、それをこの目で見れるのかと思うと憂鬱だったなんて嘘のように夜会が楽しみになった、のだが。


“でも花をどうやって王都に運ぶのかしら”

 王城の飾り付けとなると、かなりの量の生花が必要になるはずで。

 何台もに分けてニークヴィスト領を通れば、それだけでも通行料が高額になる。
 しかも現在の通行料は従来の三倍にもなっているのだ。

“もし通行料が払いきれず王城の飾り付けに失敗してしまったら……”


 まだ噂話だけだったクラウリー家の没落が、一気に現実味を帯びた気がして背筋が冷えた。
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