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2.わからない花の意味を探して

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 身代わり婚約者であるレヴィン様とのお茶会を終えて一週間。
 二十歳の誕生日を迎えた私も、このターンバル国基準で言う成人、つまり大人の仲間入りである。


“お父様、お母様との食事までまだまだ時間があるわね”

 私を溺愛してくれている両親たっての希望で、誕生日当日である今日の昼はいつもより豪華な食事をしようと提案を受けていた。

「暫く忙しくなりそう」

 正直誕生日当日くらいゆっくりしたいと思うものの、成人した誕生日というのはやはり特別。

 大人の仲間入りを果たしたことで、これから夜会に参加できるようになるからだ。

 
“しかも早速生誕パーティーもあるし”

 昼は両親と食事を楽しみ、夜は成人祝いのパーティー。
 それも自分の誕生日なのだから主催は自分である。

 
「準備は使用人の皆も手伝ってくれて順調だし大丈夫だけど……」

 昼間のお茶会はエスコートなしでも問題はないが、夜会となれば話は別。
 開催場所がエングフェルト家だからといって、エスコートがいらない訳ではない。
 
 婚約者がいる私の場合、選べるエスコートは父か婚約者の二択、なのだが。

『可愛い私たちのティナ、父さんは愛する母さんのエスコート以外しないよ?』

 ……なんて、あっさりと断られた後だった。


「一応エスコート了承の連絡はベネディクトから来てるのよね」

 誘わない訳にもいかず、エスコートも必要だったために送った招待状。
 参加する旨が書かれていた手紙を手に取った私は、再び開けることなくポイと机に投げる。

“この手紙は誰に代筆させたのかしら”

 形式上やり取りをしている手紙は毎回違う筆跡。
 今回のこそ本人かもしれないし、今回も彼の身代わりの誰かが書いたのかもしれない。

 ――……というか、それより。


「どっちが来るのかしら?」


 さすがにこの特別なパーティーはベネディクト本人が来る……と信じたいが、この四年間全てのお茶会に代理を送った張本人でもある。

 この拭えない一抹の不安に頭を抱えそうになっていた時、私の部屋の扉がノックされた。
 

 「アルベルティーナお嬢様、代理……かもしれないお客様がお見えです」
「代理“かも”しれない?」

 その歯切れの悪い言い回しに、両親との食事の為のドレスを選んでくれていたハンナと顔を見合せ首を傾げる。

 
「流石に今晩のエスコートには早すぎるわよね?」 
「えぇ、パーティーはあと12時間後でございますので」

 ならば何の代理かと不思議に思いつつ、ドレス選びをハンナに任せてメイドの後に続く。
 案内された応接室で待っていたのは、やはりというか案の定というか……想像していた通りの人物だった。

「レヴィン様」
「アルベルティーナ・エングフェルト公爵令嬢にご挨拶いたします」

 ペコリと頭を下げた想像通りのレヴィン様を見て思わず苦笑を漏らすと、少しだけ怪訝そうな顔をされた。

「ごめんなさい、レヴィン様がいらっしゃると問答無用で皆代理だと思うみたいですわ」

 くすくすと笑いながら、けれどそれは私も同じね? なんて考えつつ頭をひねる。

「それで、本日は何の代理かしら」
「アルベルティーナ嬢もですか」 

 そんな私の回答を聞いたレヴィン様が、小さくため息を吐きながら私の前まで歩いてきて。
 
 
「こちらをアルベルティーナ嬢に」

 差し出されたのはキレイな紫色の花で作られた小さな花束。

 
「二十歳の誕生日、おめでとうございます」

 手渡されたその花束を受け取ると、ふわりと甘いバニラのような香りに癒される。

「可愛いし良い香り」

 思わずそう呟くと、ずっと表情を崩さなかったレヴィン様が少しだけふわりと笑った気がしてドキリとした。


「スカビオサの花は甘いバニラのような香りがするんです。喜んでいただけたなら良かった」

 すぐにいつもの無表情に戻ってしまった彼を少し残念に思いつつ、貰った花束をメイドに手渡し私室へ持って行って貰った。


「これも渡すように頼まれたの?」

 てっきりすぐに肯定の返事が来ると思っていた私だったが、レヴィン様が何も言わなかったので少し不思議に思い彼を見上げる。

 彼の紫の瞳と目が合うと、さっき貰った花の色に似ていると思い――……


“えっ、まさかこの花束、レヴィン様からだったのかしら!?”

 その可能性を考え息を呑んだ。
 今までのことから当然のようにベネディクトの代理で届けに来たのだと思い込んでいたが、もし彼からだったら私はとんだ無礼者。

 思わずあわあわとしてしまったのだが、そんな私の様子に気付いたレヴィン様がぷっと小さく吹き出して。


「ご安心ください、お届けに参っただけですよ」
「えっ!? あ、そ、そうよね?」

 その一言に安堵し……

「……もしかして私、からかわれたのかしら」

 その事実に気付いた私はムッとする。

「まるで子供みたいですね?」
「誰のせいかしら!」
「……ベネディクトかな」

 成人した当日に相応しくない態度だとは私も思ったが、何故か楽しそうに話すレヴィン様が少し珍しかったからか子供っぽい返しをしてしまった。

 そんな私に嫌悪感を示すどころか、いつものクールな彼からは想像できないほど楽しそうな表情で話していて、釣られて私も楽しくなってきてしまう。


「今は貴方のせいではなくて?」

 なんて、いつもの会話もほぼない私たちとは思えないような軽口を返すと、私の返事を聞いたレヴィン様が途端にきょとんとしてしまって。

“あ、あら? 流石にちょっと失礼すぎたかしら”

 そんな彼に思わず動揺した私だったのだが。

 
「……そっか、俺のせいか……」
「え?」

 少し耳を赤くした彼がぽつりと呟いたその一言に思わず心臓が跳ねる。

 
“その言い方、まるで……”


 まるで喜んでいるみたいじゃない?
 そんなことが頭を過り、レヴィン様が喜ぶ理由がないことに気付いてもう一度彼の方に視線を向けると。


「どうかされましたか」
「い、いえ……」

 物凄く普通な表情の彼と目が合った。

“……勘違い、よね?”

 ドキドキとまだ速いままの鼓動を隠す。


「では、お渡しいたしましたので俺はこれで」

 サッと再び頭を下げたレヴィン様。
 彼が扉から出ていくのを見送った私は、ふっと気になっていたことを思い出し慌てて廊下に飛び出して。


「本日は! 来られますか!?」

 公爵令嬢として少しはしたないと思いつつ叫ぶように声をかけると、足を止めたレヴィン様がゆっくりと振り返った。


「はい、レヴィン・クラウリーとして」

 
 レヴィン・クラウリーとして、ということは普通に参加者として参加するのだろう。

“なんだ、エスコートはしてくださらないのね”
 
 決して大きな声ではなかったが、ハッキリと聞こえたその返事に少しだけがっかりした私は、その気持ちに気付かなかったフリをして改めてお辞儀をし、彼を見送ったのだった。
 


 私室に戻ると、メイドから花束を受け取ったハンナがキレイな花瓶にいけてくれていて。
  
 
“届けに来ただけって言ってたけれど”


「キレイなお花ですね」
「えぇ」

 その花瓶から、一際紫の濃い一輪を手に取った私は花の香りを楽しむように顔へと近付けた。


“……どういうつもりでこの花を選んだのかしら”

 きっと選んだのはレヴィン様。
 
“だって婚約してから一度も顔を出さない婚約者がわざわざ私のために花を選ぶハズがないもの”


 彼の瞳に似た色のそのスカビオサの花を眺めながら、私はぼんやりとそんなことを考えるのだった。
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