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最終章・護衛令嬢、婚約者に返り咲く!?

31.計画とは、時に180度変わるもの

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“でも、同盟って何をするんだろ”

 そんな私の疑問が顔に出てしまっていたのか、カミジール殿下がくすりと笑って。

「オリアナ嬢はギャフンと言ったことある?」
「普通に生きていてギャフンという単語を使う機会は滅多にないかと」
「つまりオリアナ嬢はあるんだね」
「暗にないと言っておりますが!?」

 割りとガチめにそう続けられ、思わずガクリと肩を落とす。
 そんな私ごと流すように、何かに納得したカミジール殿下は何故かうんうんと頷いた。
 

「私が思うに、元々計画していたことが破綻し覆された時に人はギャフンと言うんだ。だからさっさとスティナと結婚してしまおうと思ってる」
「はぁ」

 謎の理論を大真面目に語るカミジール殿下に、私財を作るための元手にしようと街でポップコーンを売っていたフレン様が重なる。

 あの時のフレン様も、今目の前にいる殿下も自身の出したその推論通りに事が進むと謎の自信を持っていた。

 そしてその過程が絶妙にズレている。
 

“え、全然違うと思ってたけどもしかして似た者兄弟なの?”


 なんだか少し微笑ましい気持ちになった私は、そんな殿下を応援したくなって。

「そうですね、婚約破棄される前にサクッとスティナ様と結婚してしまうのも手かもしれませ――」

 カミジール殿下のその提案に乗り大きく頷いた時だった。


「カミジール殿下?」

 突然固まったように私の後ろをじっと見ているカミジール殿下に違和感を覚える。

“何かあるのかしら”

 そんな殿下に首を傾げつつ、くるりと振り返ったその先にいたのは、何故かスティナ様をエスコートしているフレン様だった。


「……え、なんで……」

 デフォルトが騎士服の私とは違い、ふわりとしたドレスで隣を歩くスティナ様。

 そもそも護衛騎士なのだから当たり前なのだが、いつも少し後ろを歩く騎士と隣を堂々と歩く令嬢ならばどちらが『お姫様』っぽいのかなんて一目瞭然で。


“ああやって令嬢をエスコートしてるのを見ると、エロマンスの王子様じゃなくちゃんとした王子様みたい”

 その姿は、まさに私が憧れ続けたものだった。


 ズキッと痛む胸が苦しく、ズンッと重く感じる。

「……よし、暗殺計画に切り替えよう」
「カミジール殿下!?」

 ふわふわほわほわの絵本の中の王子様であるカミジール殿下の口から飛び出したその台詞に愕然とした私は、その突如として方向転換されたギャフン計画にギョッとして。

「あのっ、せめて半殺しで抑えていただけないでしょうか……!?」
「?」

 護衛騎士として平和的な交渉を口にした私に向けられたのは、それこそまさに人畜無害そうなキョトン顔。

“か、可愛いけども……!”

 やはり兄弟、絶妙にあざとさがわかっている。
 
 しかしここで流されるがまま頷いてしまえば、愛する恋人にちょっかいをかける弟の暗殺を目論む兄、という愛憎物語がスタートしてしまう訳で――

“なんとしてもそれだけは避けなくっちゃ”

 ごくりと唾を呑み込んだ私に重ねられたのは、

「いや、暗殺されるのは私だよ」

 という、全く意味のわからない言葉だった。


「?????」

 完全に私の脳内でハテナが飛ぶ。

「か、カミジール殿下が、ですか?」
「うん、まぁ自作自演だけど」
「自作自演ですか……」

“自作自演の暗殺計画がギャフンにどう繋がるんだろ”

 何一つ理解できていない私に、カミジール殿下はにこりと微笑んで。


「言ったでしょう? ギャフンとは、元々計画していたことが覆された時に言うものだって」


 にこにこと笑顔を貼り付けているカミジール殿下にゾクッとする。

“傀儡にしたい……? 絶対に無理よ”

 慈悲深くそれでいて冷めたように怒るカミジール殿下。
 そんな彼の姿にそう確信する。


 時に大胆で、慈悲深い。
 しかし冷酷さも併せ持つその資質は、紛れもないカリスマ性。

 きっとこれこそが王に求められているものなのだろう。

 穏和な見た目に彼の本質を図り間違えたのは誰だったのか。


“年齢こそフレン様の方が下だけど、それでも正統な血筋で王位継承権も持っているフレン様がチラリとも王の座を望まない理由”

 もしかしたら、カミジール殿下のこの資質を知っているからなのかもしれないとそう思った。


「じゃあ計画の第一歩として……」
「第一歩として?」

 どうやら何か計画があるらしいカミジール殿下の言葉の続きを待っている私に告げられたのは。


「暫く休もう!」
「は、はいぃ!?」



 カミジール殿下に言われた通り、暫く仕事を休むことになった私。

“正直暇ね……”
 

 カミジール殿下の采配か、あのままフレン様の護衛を一時的に外された私はぶっちゃけ時間をもて余していた。

 フレン様が気にならない訳ではないが、フレン様に暫く外に出るような公務がないので暗殺される心配も低いだろう。

 何故なら現状城内に潜り込んでいる暗殺者はトリスタンのみ。
 そしてそのトリスタンはといえば……

「たるんでるぞ! その場で片手腕立て伏せ100回追加!」
「鋼鉄で出来たレリアット教官とは体の作りが違うんですけど!?」
「文句なら聞こうかトリスタン?」
「やりますよッ」

 絶賛私にしごかれ中だからである。

“連携の取れない暗殺者を城内という場所に何人も送り込むのはリスクが高すぎるもの”

 トリスタンという暗殺者がいる以上、ヴレッドブラード公爵家からフレン様に対する別の暗殺者は送り込まれないだろう。

 そして警備が一際厳しい城内へ暗殺者を送り込めるような家門はそうそうない。


「暫く暇だもの、教官の仕事受けといて良かったわ」
「鬼畜過ぎて堪ったもんじゃないんですけど!?」
「ラーシュも何か文句が?」
「レリアット教官ストイックで格好いい!!!」

 生徒の悲鳴を無視した私は、無意識に指をそっと撫でる。
 そこにはもうフレン様に貰った指輪はなくて。


“って、まぁ革紐に通してネックレスにして着けてはいるけど”

 別の男性との婚約を本人に勧められた以上、素直に指へはめることは出来ず、けれど部屋に置いておくのも気が引けた私はネックレスとして肌身はなさず持ち歩いていた。

「ほんと、我ながら諦めが悪い……」


 あんなにもう甘い言葉には乗らないと決めていたくせに結局乗り、そして現状あっさりと手放されて。

 それでもこうやって貰った指輪を持ち歩いてしまうくらいまだ好きなのだから。


「やっぱりあの噂を聞いて機嫌悪いんじゃないか?」
「え、じゃあ八つ当たりってことか……!?」
「?」

 はぁ、と大きくため息を吐いた時、新米騎士たちからそんな声が聞こえて不思議に思う。

“なんだ……?”

 何故か気になった私は、こそこそと話していた彼らの方を真っ直ぐ向いた。

「ッ」

 私と目が合うと明らかに気まずそうな顔をする新米騎士たち。

「何か気になることがあるなら言え」
「あ、その……」
「ちょっと噂を聞きまして……」

“歯切れ悪いな”

 少し後押ししてやるか、と思った私は無理やり口元だけで笑みを作った。


「そういえば、八つ当たりがなんとか聞こえたな」
「いやっ、それは!」
「これらはただの訓練だ、基礎作りは基本だからな。もし私が八つ当たりをするならこんな体の為になることはしないと誓おう」

 ひっ、と息を呑む新米騎士たち。

“後一押しだな”

 そう確信した私は、更にニィッと口角をあげて。


「口を割らなかった者で実践しようか」
「かっ、カミジール殿下とスティナ様の婚約破棄が噂されてますッ!」
「原因はフレンシャロ殿下の横恋慕ですッ!」
「その結果レリアット教官がフラれて護衛騎士を解任されたと聞きましたッッ」
「………………は?」
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