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第三章・護衛令嬢、教官になる

20.ご所望は、私の戦闘能力でお間違いございませんか?

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「で、何がどうなってオリアナが近衛騎士団の教官になるって話になったんだ?」
「わ、わかりません」

 フレン様に物凄く不服そうな顔を向けられた私は思わず視線を外してしまう。

“だって本当にわからないし”

 確かにちょっと他のことで頭がいっぱいであまり聞いてはいなかった。
 それは完全に私へ非があるけれど――


「ですがっ! フレン様だって悪いと思います!」
「はぁ? いや、絶対俺は悪くねぇだろ」
「だ、だってあの時フレン様が私の脳内を占めるから……っ!!」
「んッ、んん、んー、なるほど。オリアナの主張を全俺が認めた。俺が悪かった、すまん」

 不満そうだったフレン様が、何故か突然機嫌を直し……
 だが、根本的な部分は何も解決はしていない。


「新人の教育期間限定とはいえ、近衛騎士団かぁ」

 はぁ、とため息を吐くフレン様に私も思わず項垂れる。

 今の私はあくまでもフレン様の専属護衛。
 最優先すべきはフレン様の安全。

 それなのに。

“スケジュールに余裕があるから、フレン様が許可を出せば教官就任してもいいって私が言ったことになってるだなんて!”

 暗殺者の黒幕どころか足掛かりすら見つけられていないのに、スケジュールに余裕があるなんてことはない。
 爛れた時間を過ごしていたとしても余裕はないはず、多分。


「けど、兄上からの直々の依頼だし、しかもオリアナ本人は了承してんだもんなぁ」
「したつもりはなかったのですが」
「だけど、少なくとも兄上はそう思ってるんだよな……」

 どうすっかなぁ、とぼやきながらソファに深くもたれたフレン様は暫くうぅん、と唸っていたのだが。

「……許可するしか仕方ないか。そもそも選択肢はそれしかねぇし」

 直近でフレン様に大きな公務はなく、スケジュールが空いているという言質も取られている。
 そして何より王太子からの直々の依頼だとなれば、拒否権なんてあってないようなもので。

 のそのそと立ち上がり、執務机から印章を持ってきたフレン様が渋々承認の印を押した。

 
“近衛騎士団は王家の尖鋭騎士団だわ”

 そしてそんな近衛騎士団の統括は、現在王太子であるカミジール殿下にあって。
  
 
 つまりこの瞬間から、一時的に私の管轄がフレン様の配下から王太子であるカミジール殿下のもとへと変わるということを意味していた。

“フレン様の専属でいた時間はそんなに長くなかったけど”

 もちろん一時的に、ということではあるが、それでもその期間私はフレン様の専属ではなくなってしまう。
 
 そんな当たり前のことを改めて考えると、胸がズキリと鋭く傷んだ。


“私は世の令嬢たちみたいに綺麗なカーテシーは出来ないから”

 ザッた両足を揃えた私は、フレン様の前に真っ直ぐ立ち右手を胸の前に置く。
 左手は腰の後ろに回し背筋を伸ばせば騎士の忠誠を表すポーズの完成だ。

“だから、せめて私の出来る最も誠実な形で”

「今までありがとうございました、どうか私が戻るまで……ご無事で」
「あぁ。オリアナが戻ってくるのを待ってるよ」



 こうして私は、何故か突然私が最強になるキッカケになった初恋の人の部下として騎士のエリートと呼ばれる近衛騎士団の、新人教育を任されることになったのだった。


「……だった、んですよね」
「そうだな」
「じゃあなんでフレン様がここにいるんですか!?」
「スケジュールが空いていたからな。俺も今日から近衛騎士団の新人騎士だ」
「んな訳ないでしょ!!」
「ふふ、二人は凄く仲良しなんだねぇ」
「論ずるべきはそこじゃないです、カミジール殿下っ!」


 あんなに感傷的な別れをした私は、フレン様が印を押した書類をカミジール殿下へ持っていきお世話になる旨の挨拶をして。

“そのまま新人騎士たちを紹介するとカミジール殿下に連れられて訓練所に来ただけなのに……!”

 新人騎士たち紛れてそこにいたのはフレン様その人だった。

 
「大丈夫か? 30分前よりやつれてんぞ」
「誰のせいですか、誰のっ!」
「いやぁ、オリアナを近くで見ていてやっぱり筋肉こそ正義かなって俺も気付いたんだよな」
「フレンは頑張り屋さんだもんね」
「はい、兄上」

 計算で言っているだろうフレン様は置いておいて、こんなあり得ない会話をしているのににこにこほわほわしたカミジール殿下に少し戸惑う。

“そういえば、前にフレン様がカミジール殿下は天然だって言ってたっけ”

 こんなにゆるふわで王太子が務まるのか、なんて不敬過ぎることが頭を過るが、執務に関しては問題がないどころか器用にこなしているところを見るともしかしたら『ブラコン』というやつなのかもしれない。

“なんだかんだでフレン様もブラコンっぽいところあるし”

 半分がどうこう気にしていたフレン様だが、兄弟そっくりで少しだけ微笑ましくなりくすりと笑いが溢れてしまった。


“それに、こんな状況で顔色ひとつ変えないところを見ると新人とはいえ流石近衛騎士団なのね”

 そんなことを思いながら視線を向けるのは、私が教育担当をすることになった五人の新人騎士たち。
 
 人数こそ少ないものの、それこそ尖鋭である近衛騎士団に加入したことを思えばむしろ多い方かもしれない。

 ピシッと足を揃え並んだ新人騎士は、表情すらも崩さず真っ直ぐ二人の王子様へと視線を注ぎ――

「ん?」

 ――そんな中で一人、ぽかんと口を半開きにした新人騎士へと目が止まった。
 彼の視線の先は、近衛騎士団のトップであるカミジール殿下……では、なく。

“フレン様を見てる……?”

 口が閉じれていないせいで少し間抜けに見えるものの、じっと見つめ目を逸らさないその視線はどこか異質なものを感じさせて。


「……そこの、名は?」

 気付けば私は、そんな新人騎士とフレン様の間に割り込むようにして立っていた。

 じろりと睨むように立ちはだかった私を見て、フレン様を食い入るように見ていたその赤茶髪に黒っぽい瞳の新人騎士は、今度は何故か一瞬で顔を赤らめて。


“ん?”

 その表情に何故か嫌な予感がする。

「凄い、本物……! 本当にラブラブなんですね!!」
「ごはっ」

 キラキラ真っ直ぐなその発言に思わず咳き込み、そして予感が的中したことを実感した。

 
「あ、馬鹿! 突然何言ってんだラシュ!!」
「ごめんトリス、カミジール殿下が仰っていたまんまだったから、つい」

 ラシュ、と呼ばれたキラキラ真っ直ぐな新人騎士を慌てて止めるのは、トリスと呼ばれたこれまた新人の騎士。

 その騎士は黒髪に緑の瞳の整った顔立ちで――そしてどこか苦労がにじみ出ていて。


“これ、いつも黒髪の騎士が尻拭いしてるパターンのやつ……”

 一瞬で関係性を察し内心同情する。

 そして出来れば聞きたくないが、それでもフレン様の護衛であり一応現在は彼らの教官になるのだから、と私は渋々口を開いて。

「おい、カミジール殿下が仰られていたという、その……ラブラブ、というのはなんだ」

“聞きたくない、聞きたくないけどさっきの視線の意味がここにあるなら”

 というか、むしろ嫌な予感がするからこそ確認しておかなくては、とごくりと唾を呑んだ私に聞かされた回答は。


「はいッ! フレンシャロ殿下への愛ゆえに素手で敵を瞬殺したという事実と、そしてそれをフレンシャロ殿下がカミジール殿下へ惚気た事がキッカケでこの度の就任に繋がったという話でございます!」

“あ、愛ゆえの瞬殺と惚気っ!?”

 素手での戦闘といえば、先日の地下カジノの一件だろう。
 だがあれは愛というより職務だったはずで。


 慌ててフレン様を振り返ると、一瞬目を泳がせたフレン様はにこりと微笑み大きく頷いた。


「いやっ、誤魔化されませんけど!? なんですか惚気って!」
「違うんだ、俺はただ事実報告をだなっ」
「ウチのオリアナが強くて可愛い、流石に危険かと思った時も素手で薙ぎ倒してた……って惚気を聞かされたんだよ」

 ふふ、と微笑ましそうに笑いながら会話へ入ってきたカミジール殿下のその発言に、じわりと頬が熱くなる。

“つ、強くて可愛い……?”
 
 私が赤くなったからか、釣られたらしいフレン様の頬も少し赤く染まったように見えてそれが一層私の顔を熱くさせる。

 甘く私の心をくすぐられ、なんだか心臓が落ち着かなくて。


「いつも武器を持っていられる訳じゃないからね。素手で敵を倒した実績を聞いて、オリアナ嬢に是非教官を引き受けて欲しいって思ったんだ」
「へ」

 にこにこと微笑むカミジール殿下の言葉に、ふっとフレン様の私室で不服そうな顔をした彼が頭を過る。

“話を聞いてなかった私が安請け合いしたせいでこうなったかと思ってたけど……”


「厳密に言えば、これフレン様のせいじゃないですか!?」
「いやぁ、おかしいな。ちょっと自慢しただけだったんだが」
「私、絶妙に責められた気がしたんですが!」
「それに関しては……、すまん」
「うんうん、仲良くてとてもいいね」
「良くないですっ」
「いや、仲はいいだろ? 最近だっていい感じだしよく夜も……ぐほっ」

“何を言い出すのよ!?”

 とんでもないことを言われると察し片手をフレン様の口の中へ突っ込むことで事なきを得た私は。

「ぐ、ぐご、ごごっ」
「ほんと、油断も隙もない……!」
「独特なコミュニケーションが取れるくらい仲良しなんだね」

 なんて、やはりどこか微笑ましそうに見るカミジール殿下と、モゴモゴとしているフレン様。

 そして。

“ラシュとトリス、か”

 そんな私たちを、呆然とした表情で見る五人の新人騎士たちの中で、この二人だけの視線に違和感を感じたのだった。
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