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第一章・護衛令嬢、パーティーに出る

10.責任の所在

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「……ぅ、頭痛い」

 ガンガンとまるで金属音が反響するように頭痛がする。

“今何時なんだろ”

 窓から射し込む光はまだ少し白く、寝坊はしていなさそうで安心するが――


「というか、ここどこ……」

 見慣れぬ窓に少し戸惑う。
 昨日ドレスを無理やり着させられたまでははっきりと覚えているが、その後はどうだったのか。

 確かシュワッとした透き通ったピンクの飲み物を渡されて。

「そう、確かフレン様の瞳の色と同じお酒……」
「へぇ、そんなこと思ってたのか」
「!!?」

 
 突然横から声が聞こえてビクッと肩が跳ねる。
 驚き上掛けを掴んで転がるようにベッドから離れると、全身にズクンとした鈍い痛みがあることに気が付いた。


「おい、流石にこの状態で上掛け全部持っていかれると寒いんだが」
「あ、え? フレンさ……まッ!? 真っ裸!?」

 私が上掛けを引っ付かんでベッドから離れたせいで、フレン様の裸体が晒されていて。


「ち、痴漢!」
「ひでぇな!? てか、裸って話ならオリアナもだろ」
「はぁ?」

 きょどきょどしている私のためか、少しムスッとしながら枕で下半身を隠してくれたフレン様が指差す先を視線で追い――

「きゃぁぁあ!」
「待て! 体を隠す方に動け! 俺の眼球を潰そうとすんな!」

 反射的に指をフレン様の目を目掛けて突き出すと、慌てたフレン様が下半身を隠していた枕で顔を守る。

 枕で顔を守った結果、今度は目隠しになっていた枕から露になった下半身がバチッと私の視界に再び飛び込んで来て。

「きゃぁぁあ!」
「うわぁ!?」

 フレン様の顔面に持っていかれていた枕を咄嗟に掴み、剥ぎ取った私は枕で殴るように半回転し勢いを乗せて薙ぎ払った。

 幸か不幸か、ギリギリフレン様は避けてくれたものの風圧でかベッドから落ちてしまい、ドタンという間抜けな音がその場に響く。


 その隙に慌てて服を着ると、やはり自分の体を隠すものがあるだけで心の平穏さは全然変わり――……

 そして、少し冷静になったことで昨日の出来事が甦った。


 フレン様にしたこと。
 フレン様にされたこと。
 フレン様の前で泣いたこと。


“ていうか、いつからフレン様型抱き枕だと勘違いした!?”

 最初はちゃんとフレン様だと理解していた。
 それなのに、全然纏まらない思考とぼんやりとした微睡みのような感覚に気を取られているうちに抱き枕に変わって。

“気付けばその抱き枕がまたフレン様に変わりはじめ……る、訳ないじゃない!”

 フレン様が最終的にフレン様になったなら、それはただのフレン様なのだ。

 そんな当たり前のことが何故わからなかったのか、そして自分の言動全てがあまりにも恐ろしく震え上がる。

「不敬どころじゃない……!」


 フレン様が露出狂の痴漢ならば、私は強姦未遂の痴女である。

“ていうか、この痛みって”

 鈍い下腹部の痛み。
 しっかり記憶のある熱。

 煽ったのはどう考えても私だし、『覚えていろ』と言われたことも記憶にしっかり刻まれている。

“未遂じゃ、ない……!!!”
 
 完全にやらかしたと青ざめている私に気付いたのか、服を拾ってちゃんと着てくれたらしいフレン様がひょこっとベッドの向こうから顔を出して。


「オリアナ」
「は、はひッ」
「あ、その挙動不審さは記憶あるやつだな」


 私が目潰し攻撃を仕掛けた時にはムスッとしていたフレン様が、むしろどこか機嫌が良さそうにこちらを見た。


「とりあえず、座れ」

 まるで子供を呼ぶかのようにベッドの端をポンと叩いたフレン様。
 彼に促されるようにそこへ腰かけると、ぴったり隣にフレン様も腰を下ろす。

“ち、近いんだけど”

 すぐ隣に熱を感じるほどの距離感に、少し昨日を連想させられ鼓動が早くなった。

 

「オリアナ、改めて言うが俺と結婚しよう」
「は?」
「俺は王族として、そして男として責任を取るつもりがちゃんとある」
「い、いりませんッ!」
「え」


 さらりと告げられたその言葉を反射的に拒絶すると、少しぽかんとした顔を向けられ冷や汗が滲む。

“私はまた言い方を……!”


 カミジール殿下相手に『嫌です』と断言したことが頭を過る。
 あの時はフレン様がフォローに回ってくれたが、今回はそのフレン様相手への失言。

 相手は王族であり主君でもあるのだ、断るにしても言い方を考えなくてはならない。

 そんな当たり前なことが出来なかった私は、この失態を挽回すべく二日酔いで痛む頭になんとか鞭を振るい口を開いた。


「い、犬を噛んだと思って忘れますから!」
「犬扱いか!? しかも噛まれたじゃなくオリアナが噛むのかよ!」
「うっ」

“挽回とは……!”


 失態に失言を重ねただけの結果になったことに絶望し思わず項垂れると、ぷっと隣から小さく吹き出す声が聞こえて。


「あー、ほんっと予想できねぇな」

 くっくっと噛み殺しきれなかったら笑いを漏らしながら、フレン様がそっと私の手に自身の手を重ねた。

“!”

 思ったよりも熱い手のひらにドキリと心臓が跳ねる。

 なんとなく振り払えず、重ねられたままにしていると、私の表情を確認するようにフレン様が顔を覗き込んできて。


「せ、責任を取る必要はありません」
「子種を注いだのに?」
「! そ、それでもですっ」
「それは、なんでだ?」

“なんでって言われても……”


 ――そんなの、だって。


「フレン様は、私のこと好きじゃないですし」

 彼は最初から強い相手を望んでいた。
 そして私にあるのは強さだけで。

 
“好みに近付きたくて最強になったけど”

 それはあくまでもカミジール殿下のため。
 決してフレン様のためじゃない。

 この筋肉と強さは私の誇りでもあるが、それと同時に『フレン様以外の人に好かれたくて』身につけたもので、その結果だ。


“フレン様のために努力した私ならともかく、別の人のために努力して身につけたものを求められるって……”

 それは、どこか都合よく聞こえて私を複雑にさせる。

 丁度いい、から選ばれるのではなく、私だから、と考える私は、やはり同僚騎士が言っていたように夢物語を追いかける乙女思考なのかもしれない。


 そんな拗らせた乙女心をどう理解したのか、フレン様は何故か大きく頷いて。


「じゃあ、責任を取ってくれ」
「……は?」

 その想定外の一言に唖然とする。

“責任を……、私が!?”

 
「私が取る側なんですか!?」

 ギョッとしながらそう口にすると、再び大きく頷いたフレン様は、重ねていた私の手をぎゅっと握り真剣な顔で私を見つめて。

 
「考え方を変えてみようぜ。強い者が弱い者を守るべき、だな?」
「それは、まぁ」
「一般人と騎士ならどっちが強い?」
「騎士、ですね」

 話の流れに嫌な予感がし、ごくりと唾を呑む。

「最強の騎士は?」
「私ですね」
「じゃあ護衛されている俺と護衛しているオリアナ、強いのは?」
「私」
「なら、責任を取るのは?」
「わ、私⋯!?」

 さらりと私が責任を取る形に話を誘導され愕然とする。

「よし、じゃあ責任を取ってくれ」

 そのまま今日一番の笑顔で言われ、一瞬意識が遠のくがこんな形でフレン様と結婚なんて嫌すぎる。

“というか、フレン様はなんでこんなに私に固執するのよ……!”

 どう考えても強さだけを認められているようで、好かれているとは思えない。
  
 既に護衛であると周知されている私とカモフラージュで婚姻を結ぶメリットもなければ、辺境伯家の後ろ盾も欲しがっているとも考えにくくて。


“騎士として責任逃れをするのはよくないけど……!”

 フレン様も私も、こんな形で人生のパートナーを決定するのはどうしても躊躇われてしまった私は意を決して口を開いた。


「か、体で払いますッ」
「……は?」
「ですので、この責任は体で取ります……!」


 私の言葉を聞いたフレン様は、さっきまでどこか余裕そうに私を言いくるめてきていたのだが、途端に少し焦りはじめて。

「いや、それはその、別に婚約を結んでからでも……」
「全身全霊お仕えしますからッ」
「…………は?」
「で、ですからっ! 結婚以外の方法で責任を取るべく、私の筋肉を存分に使ってください!」


 悪いことをしたならそれ相応の罰を受け罪を償う。
 
 フレン様が私の強さに固執しているならば、フレン様を守る盾になるだけでなくフレン様の手足として働けばいい。

 盾であり、矛になることで責任を取る。

 
「別に私と違ってはじめてでもないんです、ならこれくらいで責任は果たせるはずです!」
「ほぉーお」


 私としてはかなり完璧な解決策が出た、と大満足だったのだが。


「残念ながら俺もはじめてでね」
「はっ!? エロマンスの王子様なのに!?」
「おい、それどこの誰が言ってんのか後でリストを渡せ……じゃなくて、事実だから」
「令嬢をとろとろにしたって!」
「知らん、触れてない」

“触れてない……!?”


「こうなりゃ一生側に居て貰うから、覚悟しろよ」
 
“な、なんでこんなことに……ッ!?”

 今日二度目のムスッとした顔をしたフレン様は、そのまま笑っていない瞳のまま口角だけ上げてニヤリと笑顔を作ったのだった。
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