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一章
見つかる
しおりを挟む「階段を登ったら南方向に迎え。そこに甲板から浜に降りる用のロープを垂らしてある。俺はバレたら殺されるから手持ちに戻る」
「……はい」
心には切ない気持ちが広がり、胸が重くなった。アルバートに申し訳ない気持ちも心を占めた。自分だけ生き延びるのは、彼に対する裏切りのように感じた。
「ほら行け」
「………」
外は夜だった。
「……あれ、どうしよう」
日が照っていないため南方向がわからない。焦りが心を支配した。知識がない上に今何時頃なのかもわからないため、南を特定する手がかりが見当たらなかった。
私は先ほどの男を探そうと周りを見回すが、彼はどこにもいなかった。
「もう、どうにでもなれというやつだな」
明確に指示を出して私を助けようとしてくれていた彼に非常に申し訳ないが私は走り出した。
「おい!!捕虜が逃げやがった!」
見つかった。
足取り速く船の頭の方に向かった。足元の床が揺れる中、狭い通路をすり抜け、闇の中で手探りで進んだ。船の振動と追跡者の声が背後から迫るなか、私は必死に逃げる道を探し続けた。
「誰がお坊ちゃんを逃がしたんだ?!」
どうやら私が案外動けるということ知っているらしく、急いで捕まえようとする彼らの形相は激しく、大勢の部下たちが私に向かって迫ってきた。
「久しぶりに走るから疲れるな……」
約二週間ほとんど動かずにいた私にとって、この運動はかなりつらかった。とりあえず、近くにあったロープを掴み、振り子のように大胆に空中を飛んだ。そして浜辺に着地した。
正直、この状況から逃げ切れるとは思えなかった。なぜなら、私が逃げ出したことを察知した彼の部下たちが、膨大な数で私を追いかけてきていたからだ。
「待てごら!!殺すぞ!!」
とんでもなく口汚く罵る彼らをチラチラと見ながら私は街の方へ駆けていこうとした。
しかし、後ろばかり見ていたせいか、前からぬんっと人影が現れたことに気がついていなかった。気が付けば私は誰かにぶつかっていたのである。
「うぁっ!」
ぶつかった瞬間、背中をがっしりと捕まれた。嫌な予感がして、私は捕まえた人の顔をじっと見つめた。
金髪で美しい容姿を持ち、まだ少し若さを残すその顔立ち、そして険しい表情が印象的だった。
「あーー捕まった」
「じゃじゃ馬が」
じゃじゃ馬って女の人に使う言葉じゃなかったか。なんて考えているうちに大きく振り上げられた腕が見えたのでそりかえって避ける。
「………」
彼は私をなぐろうとしているようだ。避けた私を見てさらに目を尖らせて、そしてもう一度殴りかかって来た。
避けきれずにそのままぶん殴られる。そのまま彼の部下に小脇に抱えられて船に戻った。
私の逃亡劇短すぎやしませんかね。
ちなみに、私が逃げていたことを知った金髪の彼と一緒に略奪に参加していた彼の部下たちは、船の見守り役を果たしていなかったことにほっと胸をなでおろしていた。彼らは、私を逃がしたのではないかという疑念を抱かれることが怖くてたまらないそうだ。
私を抱き抱えたその男がぶつぶつと金髪の彼に聞こえないように愚痴っていたので、大きな声で、
「ねぇ!この人君のことが怖いらしいですよー!」
とちくった瞬間、彼の部下はその巨漢にも関わらず、まるで赤ん坊のように大声で泣き始め、その光景がとても面白かった。私は少し笑ってしまったが、金髪の彼は静かにしろと再び怒り狂って殴りかかってきた。
金髪の彼に対して舐めた口をきくなと彼の部下に叱られたが、私は舌を出して無視した。それに対して、お貴族様らしい態度ではないとまた愚痴られ、何故か狂人として認定されてしまった。
「おかえり」
「アルバートさん、ただいま」
二度の逃走に失敗した私は再び牢屋に閉じ込められた。しかし、今回はなぜかあまり暴力を受けることなく終わった。金髪の彼は急いでここを去りたい様子で、彼の部下に早く出発するよう指示していた。
「なんとなくまた帰ってくるかなと思ってたで」
「ちょっと人数が多くて…」
そう言ったきり、場所は静寂に包まれた。海の波の音が微かに聞こえ、船の揺れが感じられる。
私は申し訳なさと気まずい感情が合わさった。結果的に私だけで逃げようとした。ここに取り残されたら彼は死んでしまうとわかっていたのに。
「ふふ」
静寂を破るように微かに笑い声が響いた。私はアルバートさんの方をチラッと見る。アルバートさんは少し意地悪な顔をしていた。
「お坊ちゃまやな、自分。汚ったない世界に漬け込まれたうちには眩しすぎるわ」
「え?」
「うち置いてったこと申し訳なく思ってるんやろ。でもここは海の上やで。殺し裏切り、なんでもありな世界で、こんなことで負い目感じてたらあかんで」
「………」
納得しようと思っていたが、心の中にはなんと言えばいいかわからない複雑な気持ちが渦巻いていた。思考は交錯し、言葉が頭の中で渦巻いてもうまく形にならない。
(確かにそう、日の下ではっきりと顔を見たことのない人。ただここであっただけの人。でもな……)
「…でも、アルバートさんにも生きてほしい。せっかく出会ったんだし」
「………バカやな」
彼の声には色々な感情が混ざり合ったようだった。ただ、ひどく傷ついているような声だと思った。
私はいつもの快活なイメージからかけ離れたその声に困惑しながらも黙ってしまうことしかできなかった。何かを語るには彼のことを知らなさすぎる。黙りこくることが、この難解な状況で唯一の選択肢だと思った。
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